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24.人馬の騎士

(さて、どうしたものか……)


 時雨ときさめはゴレムの突進を躱し続けながら、反撃の手段を考えていた。

 一度、切れないものかと刃を当てて感触を確かめてみたが、鋼鉄の塊と言う他に形容する言葉が見つからない。

 刃がまるで通らないのだ。

 相手が止まっていれば時雨にも斬る技がある。

 しかし、これほど高速で動き回られては、狙い通りに刃を滑らせることが難しい。


(昔、猪と格闘させられたことを思い出すな……。まあ、あいつはこんなに早くないが)


 動きは直線で、フェイントもないため読みやすいが、重量と速さが相まって手出しが出来ない。

 そうして思案を巡らせているところへ、ムルカたちがやってきたのだ。


(途中で止めに入るかと思ったが、流石に空気を読んでくれたみたいだな)


 これだけの大舞台とノームの観客を見れば、気圧されても無理はない。

 ゴレムの動きを目で追っていると、突如、何かがきらめき、時雨の脇腹に突き刺さった。


「何だ!?」


 辺りに気を配ると、何もなかったはずの闘技場内に、いくつか鋼鉄の柱のようなものが立っている。

 真鋼で出来た一メートルほどの柱の先端は、時雨が見ているうちに、粘土のように柔らかく形を変えてクロスボウとなり、時雨へ矢を放った。


「そういうのもアリかよ!?」


 それを口火に、鋼鉄の矢はありとあらゆる方向から時雨めがけて降り注いだ。

 全神経を集中させ、矢の雨を躱し、叩き落としていくも、あまりに数が多く、何本かは体へと突き刺さる。

 矢が手足を貫通し、一瞬、全身の力が緩んだところを、ゴレムは見逃さなかった。


 矢の雨に紛れてもゴレムの足音へ警戒をしていた時雨は、足音がしなかったために、それへの対処が遅れたのだ。

 矢の雨の中、一直線に、時雨へと迫った鋼鉄の槍。

 ゴレムが遠方から放った鋭い弾丸のような突撃槍は時雨の胴に突き刺さったまま、勢いに任せて後方へと飛んで行き、見事に壁へと突き刺さった。


「これだけやって、ただの一撃しか与えられないとは……」


 感心したように、ゴレムはそう言った。


「これは流石に抜けない、か」


 時雨は自分の腹に根元まで突き刺さった突撃槍を見てそう言った。


「君は僕が思うよりも、各段に強かった。だけど、所詮人間だ。宝玉を持っていても、卓越した技術があっても、僕のようにそもそも体の作りが違う種族とは……――――」

「……どうした? 続けろよ」


 ゴレムが言葉を止めたのは、もうどうすることもできないはずの時雨が、剣を持ち上げて何かしようとしていたからである。


「何をするつもりなんだ?」

「こうするんだよ」


 時雨は槍の突き刺さった胴体を、白骨剣で切り裂いた。

 苦痛に顔が歪み、脂汗がにじみ出る。


「もう負けだろう! なぜそこまでするんだ!?」


 再生するとはいえ、痛みはあるのだ。

 胴を裂いて脱出することも理屈の上では可能だが、それを実行することは狂気である。


「悪いが、手段の残っているうちは、負けを認めないぜ、俺は」


 ずるり、とすべるようにして、地面へ倒れ込んだ時雨を見て、ゴレムはゆっくりと槍を壁から引き抜いた。

 分かれた脇腹を繊維が繋ぎ、再生していく。


「……君を相手にしたことを後悔しているよ。はっきり言って、君は異常だ」

「異常だとか、勝手に決めるんじゃ、ねえよ」


 再生しつつある体を起こし、ふらつきながらも剣を構えた。

 とても戦える状態ではなく、軽く押せば倒れてしまうだろう。


「全力を出すっていうのは、こういうことだろうが。口先だけだったのか?」


 時雨の言葉に、ゴレムは怪我をさせないことを諦めたように言った。


「……分かった。僕が間違っていた。真剣勝負というのは、そういうものだったな。だから、僕はその体でもまだ戦うつもりの君を完全に叩きのめす。それで、終わりだ」


 槍の鋼鉄が腕へと広がり、ロングボウの形を形成する。

 先程の槍も、これを使って飛ばしたのだ。


「名を、『人馬弓サジタリウス』という。セレーネを守るために編み出した技だ」


 『人馬弓』の弦を引き絞り、キリキリと音を立て、時雨を狙う。

 時雨を剣ごと貫くには充分な威力が出るであろうことが、その弦の張りから伝わる。


「いくぞ、トキサメ!」


 ゴレムは槍を放った。

 高速で放たれた槍に対して、時雨は左手を突き出した。

 手の平に突き刺さるも、槍は止まらず、左手は粉々に吹き飛ぶ。


 そのまま手首から腕の骨に沿って、真っ直ぐに肉を弾き飛ばしていく。

 腕部を半分ほど通過したタイミングで、時雨は肘を曲げて骨に角度をつけた。

 左腕を巻き込みながら、槍は時雨の左後方の壁を貫通し、外の空間へと突き刺さった。

 時雨は槍の方には目もくれず、腰を捻り、右手に握った白骨剣でゴレムの下腹部を切り裂き、両断した。


「まさか……! こんなことまで出来るなんて……!」


 腕を失う覚悟をしても、それに伴う技術がなければおおよそ為しえなかったであろう防御方法に、ゴレムは驚きながらも地面へ落ちていった。

 魔力を供給していた上半身が離れたことで、馬の足を作っていた真鋼が一気に縮まって、ごつごつとした鈍色の鉱石へ変わり、ゴレムの腰から下だけがその場に残った。


「鋼鉄の部分は切れそうもなかったからな。初めから生身狙いだ。再生能力がないことも、一回切ったところで確認済みだったしな。お前にここから逆転する手がなければ、俺の勝ちだ」

「……君とは違うからね。地面に転がった僕に出来ることはない。降参だよ、参った。でも、普通ここまでやるかい? 胴を切断なんて、人間だったら死んでるよ?」

「死ぬとか生きてるとかいうのは、単なる戦いの結果だ。こだわるところはそこじゃない」


 時雨は転がっていた真鋼の欠片をゴレムへ渡した。


「これで下半身作れるんだろ?」

「そこまで使い方を理解出来ているのか……」


 ゴレムは驚いた様子で言った。


「さっきやってたろ。バカにするなよ。さて、宝玉をもらう前に、あんたには宝玉に関する知識を全て話してもらう必要がある。あそこで今こっちに降りて来ようとしてる二人もだが――――」


 観客席からアリアネが飛び降り、次に降りるムルカを受け止めようと手を広げている様子を指さす。


「俺たちは宝玉のことをほとんど知らない。それこそ、力のある球だってことくらいしかな。あんた、何百年もこれを守ってきたんだろ? 知ってることがあれば教えてほしい」

「ああ、良いだろう。宝玉と共に知識も託すのが、僕の務めだ。だったらこの闘技場は片づけてもらわないとな。……そうだ」


 真鋼で下半身を作って立ち上がったゴレムは、真鋼の一片を拾い上げ時雨に渡した。


「これを君にあげよう。残りはノームたちにあげる約束だったから、これだけしかあげられないのが残念だが、とにかく、君ならこれの使い道もあるだろう」

「ありがたくもらっておく」


 ムルカとアリアネが合流し、二人は口々に文句を言った。

 当然のごとく、時雨だけでなくゴレムにも白羽の矢が立った。

 返す言葉もなく、二人はただ彼女らの気が済むまで話を聞き続けた。


 一通りの熱が冷め、少しばかり落ち着いたムルカに、時雨は真鋼を渡した。

 以前、大量の竜の鱗を宿屋に忘れたことがあり、自分で持っておくことに対して自信がなかったのだ。

 ゴレムがノームたちに指示を出したあと、四人は闘技場からログハウスへと繋がる扉に入った。

 その直後に解体工事が始まったようで、ノームたちの慌ただしい声が微かに聞こえる。


「次に出る時には、元の幻影の森に戻っているだろう」

「そんなにすぐ作ったり壊したり出来るもんなのか?」


 時雨が聞き、ゴレムは頷いた。


「土の魔法について彼らの右に出るものはないよ。精霊ってのはそれくらいに強い力を持っている。本来、魔法というものは精霊のものだからね」


 人間が使う時に必要な魔法陣を省き、自然の力を手足のように使役できるから、彼らを精霊と呼ぶのだ。


「ノームたちのことはさておき、君たちの話を進めようか。特にアリアネ、君は時間があまりないのだろう?」

「知っているのか?」


 アリアネは驚いた様子で言った。

 それはすなわち、ウィンドブロウの出来事をずっと見られていたということである。


「ノームたちは全て繋がっている。彼らと共に暮らしていれば、地上で起きたことのほとんどは僕の耳に入って来るのさ。まあ、彼らには何が重要で何が重要でないか分からないから、知りたいことはこっちから聞く必要があるけどね」

「なんでも分かるのか? 例えば――――」

「マリスの居場所、かい? 分かるよ。おおまかな方角と距離だけどね。ノームたちは地名を呼ばないから、そう判断するしかないんだ」


 ゴレムはそのあとに付け加えるようにして続けた。


「ごめん。本当は君たちの素性をずっと前から知ってたんだ。ノームに、その、君が持っている宝玉を追わせていたからね。だから、ここにすんなりと通せたし、宝玉を託すことにも迷いはない」

「たとえ、死ぬことになっても、ですか?」


 ムルカが聞くと、ゴレムは優しく微笑むように顔を動かし、言った。


「僕は守り手だけど、同時に箱でもある。鍵の壊れた箱の中身を取り出すには、壊すしかない。そこまで含めて僕の役割だ」

「死なずに取り出す方法はないのか?」


 時雨の問いに、ゴレムはかぶりを振った。

 ゴレムから宝玉を抜き取るということは、生きている人間から心臓を取り出すに等しい行為なのだ。


「君のように考える人は久しぶりに見たよ。思考出来たとしても人形は人形。そっちの二人が淡白ってわけじゃないけど、人形を壊すことそのものに感情を抱く人間はあまりいない。壊さないと中身が手に入らないなら、壊す。人間にとって、人形ってのはそういうものなんだ。人型をしているから勘違いされやすいけど、僕だって魔法の一部。人間のように振る舞っていたって、実際にこの世界に存在しているわけじゃない」

「こうして会話が出来て、あれだけ戦えて、それでも人間じゃないって言うのかよ!」


 時雨は語気を荒げて言った。

 人間の定義に関して苛立ったのではなく、自分に手傷を負わせた相手が人間じゃないと言い張られていることに対してだ。


「……ああ。僕は人間じゃない。だから、壊すことをためらうな。割り切れ。人型であることが気になるなら宝玉の部分だけを残して……」

「そういうことを言ってるんじゃない。何百年も生きて来たんだろ。死ぬことをあっさり選ぶ必要があるのかよ。何なら死人である俺を殺して、お前が一緒に着いて行った方が百倍役に立つぜ。俺にない知識も手段もたくさん持ってるんだからよ」

「君は、戦ってる時は大胆なのに、こういう時は繊細なんだね」

「戦いは戦いだ。それ以外のところで人の生き死にを見るのは気分が悪い」


 自分勝手な理論、価値観であるが、考えてることはなんとなく伝わったようで、それを聞いたゴレムは何も言わず、ただ肩をすくめた。


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