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22.鋼鉄の闘士

 明るい光を感じて時雨は眠りから覚めた。

 目を開けると顔の前にノームがおり、その目の光を爛々と輝かせている。

 部屋の中には五体のノームがそれぞれそっと動き回っていた。

 アリアネとムルカを起こさないよう注意を払っているらしい。


「ホセヌ、ゾオエール」

「ヌァエ、ィウア」


 ノームたちはささやくようにそう言った。


「何言ってるのか全然わからんが、俺に用があるのか?」


 ノームたちに腕を引かれ、時雨は宿屋をあとにした。

 言葉はわからずとも、どこへ向かっているかは分かる。

 ゴレムのところだ。


 村長の家は開け放たれており、中には誰もいない。

 時雨を真っ直ぐに通すように指示が出たのだ。

 ノームたちは時雨を囲うようにしてぴょんぴょんと跳ねまわっている。


 ゴレムの場所へは彼らが導いてくれていた。

 幻惑の森を抜け、ログハウスの場所まで来ると、尋常ではない数のノームが集まっていた。

 まるでこの地域のノームが全てここにいるかのような錯覚すらある。


 ひしめき合う彼らを踏まぬよう気をつけながら、時雨はログハウスへと足を踏み入れた。

 扉を開けると、昨日と同じように、ゴレムは暖炉の前で椅子に座っていた。


「俺だけ呼び出して何の用なんだ?」


 時雨は単刀直入に聞いた。


「代表として、呼ばせてもらったよ。あとの二人には、明日の朝にでもノームが伝えてくれるだろう」

「三人同時に呼んじゃいけない理由があるのか?」


 回りくどいやり方に疑問を持った時雨はそう言って、ソファに腰かけた。

 ゴレムの考えを聞かなければ到底納得などできない。


「宝玉を渡す代わりに、君に頼みたいことがあるんだ」


 ゴレムは一呼吸おいて、言った。


「僕と戦ってほしい」

「あ?」


 『戦ってほしい』とは予想外の言葉であった。

 彼のような温和な人物の口から聞くには違和感のある言葉である。


「僕はセレーネの人形の中で一番強かった。だけど、全力を出したことはほとんどない。彼女は頭がよかったから、最終兵器である僕を使うような場面になることがなかったんだ」


 強すぎる故に、相手がいない。

 自己を構成する要素でありながら、それを披露する場のない苦しみは時雨にも痛いほど分かる。

 特に彼のように主人が聡明であればあるほど、活躍の場は限られる。

 才能は才能によって奪われるのだ。


「戦ってやってもいい。だが、それだけじゃまだ二人を呼ばない理由にはなってないぜ」


 ゴレムは黙って考える様子を見せた。

 答えは出ているが、伝え方を思案しているのだろう。

 時雨は頭を指先でカリカリと掻いて言った。


「俺だったら、もし死んでも大丈夫だから、か? 屍は死んでも替えが利くんだろ。最悪、死霊魔法さえあれば体は使えるからな」


 ゴレムは答えなかったが、それは明らかに肯定であった。

 時雨はため息をついて立ち上がった。


「まあ、その判断は間違ってないぜ。ムルカがいたら、勝負の邪魔をされるかもしれない。――――で、どこでるんだ? ここか?」


 ゴレムは扉を指さした。


「外に用意してある」


 時雨がログハウスの扉を開けて外に出ると、そこはすり鉢状に作られた観客席に囲まれた、丸い闘技場であった。


「すごいな……。まるでローマのコロッセオだ」


 時雨が驚きを表したのは瞬く間に作られていたその建造物に対してだけではなく、観客席に座る無数のノームたちも含めたものであった。

 ノームたちは観客になりきっているのか、歓声を上げたりヤジをとばしたりしている。


「彼らに作ってもらったんだ。これは森の幻影とは違う、本物の建造物だ。土の精霊である彼らにはこういうことができる」


 ゴレムはそう言いながら、闘技場の中央へと歩いていく。

 それに倣って時雨も中央へ向かった。


「最後に確認するけど、条件を本当に飲んでくれたんだよね?」

「戦えばいいんだろ? 勝っても負けても宝玉はムルカたちに渡す。それでいいんだな?」

「ありがとう。それでいい」


 時雨とゴレムは互いに距離をとった。

 腰から白骨剣を抜き出し、肩にかつぐ。

 時雨にしてみればゴレムの攻撃方法は全くもって謎である。


 直接攻撃でくるのか、飛び道具を使うのか、魔法を使うのか。

 あまりにも攻撃手段が存在するこの世界で、相手のスタイルを予測することは不可能であった。

 何が来るか、ではなく、何でも来ると思っておいた方がいい、と時雨は気を引き締めた。


 対してゴレムは全く武器を出す様子はなく、構えもとらずにただ立っていた。


「さて、改めて自己紹介をさせてもらうよ。僕はセレーネが作った至高の人形がひとつ、黄道十二宮、射手座のゴレムだ」

「俺は鏑木流剣術の桐谷時雨だ。さあ、始めようぜ」


 空気が制止し、二人の準備が完了したことが、審判を務めるノームへと伝わり、闘技場に銅鑼の音が響いた。


 次の瞬間、ゴレムが凄まじい土煙を上げながら、時雨へと突進してきた。

 速いが、この距離からならば避けられないほどではない。

 しかし、彼は見るからに硬く重量があり、あの突進に当たることは、ダンプカーと正面衝突するようなものだろう。


(すれ違いざまに切りつける!)


 そう考えて回避に集中するが、彼はそのまま向かっては来なかった。

 ゴレムは時雨の近くまで来ると、鳥のように素早く五メートルほど飛び上がり、空中で拳を振り上げたのだ。

 時雨は彼が何をしようとしているか察知して、後方へ跳ねた。


 直後、凄まじい衝撃が闘技場を揺らした。

 ゴレムは着地の衝撃を拳に乗せ、地面を殴ったのだ。

 そして、それだけでは終わらない。


 地面を殴った反動を利用して、揺れに足を取られた時雨の方へと体当たりを仕掛けたのだ。

 その威力たるや、もはや大砲であり、時雨は体中の骨が折れ、肉の避ける音を聞き、受け身をとることすら出来ず、壁に当たって止まるまで吹き飛ばされた。

 大量の砂埃が舞い、闘技場の半分を覆った。


(とんでもないやつだ……)


 高速再生する体を起こしながら、時雨は思った。

 体を盾にしたために、剣は傷ついていない。

 剣が折られてしまっても戦えないこともないが、段違いに厳しくなるだろう。


 それだけは避けなくてはならない。

 そして、あれほどの衝撃を生む腕力も油断できない。

 再生する体とはいえ、頭蓋を砕かれても再生できるかは不明である。

 時間が経つに連れ、砂煙が空中に消えていき、佇むゴレムの影が濃くはっきりとしてきた。


(……なんだあれは?)


 そこで目にしたものは、鋼鉄の突撃槍を携えたゴレムと、その周囲に浮かぶ三本の刃。

 体を覆っていた金属板がなくなり、筋繊維のような組織が見えている。

 防御のための皮膚を捨てた、文字通りの突撃形態である。

 その変化を起こすための時間を稼ぐ意味での突進だったのだろう。


「嬉しいな……」


 時雨はつい独り言を口走ってしまった。

 彼は全力を出すと言った。

 それはつまり、出し惜しみをしないということである。


 こういう相手とは久しく会っていない。

 勝負前の言動は虚であることが常となっていた日常から解放されたような、すがすがしい気持ちが胸中を満たす。

 ゴレムの真っ直ぐな姿勢が、時雨の感情を昂らせた。


(――――応えなければ)


 時雨は白骨剣を両の手で正面に構えた。

 鏑木流剣術に限らず、全ての剣道において基本形とも言える、中段の構えである。

 浮遊する武器を持つゴレムに比べれば、剣一振りで掴める制空権は狭く、懐に入ることすら困難であるかもしれない。

 まだ身体能力や再生能力に任せた戦いをした方が、分があるだろう。

 しかし、感情が理を捨てさせた。


 間合いの遙か外側にいるゴレムはゆっくりと歩み寄る。

 表情のない顔でありながら、心なしか微笑んでいるように見えた。

 相手も同じ心情であるなら、言葉は不要である。

 時雨は不動を貫き、彼を待った。


 間に遮るものはない。

 互いの間合いが重なり合ったところで、ゴレムは止まった。

 敵意や殺意といったものではなく、もっと純粋な『強さ比べ』である。

 ゴレムの背後で舞っていた刃が、時雨の左右と後方へ移動する。


「次はこれだ」


 ゴレムの声に、時雨は無い眉をひそめて応えた。

 刃三枚と突撃槍による連撃が始まった。

 上下左右、全ての空間から矢鱈滅多に打ち込まれる攻撃を、時雨は体さばきと足さばきでほとんどを避け、どうしても避けきれないものだけは、剣で軌道をずらした。


 『一対多こそ鏑木流の神髄なり』という言葉が、父親の口癖であり、そのための訓練を嫌というほどさせられた時雨にとって、四つとはいえ、一人分の思考しか持たない刃などは、とりたてて脅威にはなり得ない。

 ゴレムは表情を崩さなかったものの、驚きと焦りが攻撃に表れており、霞と戦っているかのようなその様子は、実体なき幽霊を相手に剣を振るう騎士そのものであった。


 どれほどの時間それが続いたのか、無尽蔵の体力を持つ人形であるゴレムでさえも、連撃を躱され続け、集中力の途切れる瞬間が訪れた。

 その一瞬の隙を、時雨は見逃さなかった。

 眼前に迫る槍を、体を開いて躱し、槍を引くよりも早く踏み込み、胴を切り抜ける。


 稲妻のような早業であることから、鏑木流剣術において『電光』と呼ばれる高速の返し技である。

 白骨剣はゴレムの胴を二分するに至らなかったが、膝をつく彼を見るに、軽い怪我ではないようであった。


「強い、強いな……! 相手が君で良かった……!!」


 ゴレムは傷を抑えながら噛み締めるように言った。

 宙を舞っていた剣の一つが液状へと姿を変え、脇腹に張りつき、同化する。

 硬化するのに時間がかかるらしく、さらにゴレムは口を開いた。


「さっきの踊るような動き、見たことのない技術だった。どこでそんな戦い方を知った?」

「剣術と言ってな。親父から習った技だ」

「ケンジュツ……」


 反芻するように繰り返すゴレムに、時雨は聞いた。


「その鉄板もたいしたもんだ。受けた感覚で分かるが、かなりいい鋼を使ってるだろ」

「これは『真鋼』という希少な鉱物で出来ている。魔力に応じて姿を変化させ、硬度を失わずに紙よりも薄くなることができる。つまり――――」


 残りの二枚の刃は空中で粘土のように混ざり合い、膨らみ、ゴレムの足にはりついた。


「こういうこともできる」


 ゴレムの下半身は銀色に輝く馬のそれとなり、その四肢を確かめるように、地面を軽く蹴った。

 腕には突撃槍を持ち、下半身には馬の体を備えた姿はさながらケンタウロスである。


「今更こう言うのも何だが、魔法ってずるいな」

「君のケンジュツも、僕から見たら充分ずるいさ。――――いくぞ!」


 ゴレムは嘶いた。

 猛る馬上の騎士となって。



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