21.宝玉の研究者
「刀は置いてないのか?」
時雨はアンダークレイにある武器屋で剣を新調しようとしていた。
骨の剣は軽く、使い勝手も悪くないのだが、いい加減自分にあった武器が欲しかったのだ。
ロングソードでは鏑木流の技術がさほど活かせないことを、マケリとの戦いで痛感した。
「カタナ?」
店番をしていたドワーフの女性は首をかしげて言った。
「ああ、脇差、小太刀、大太刀、何でもいい。ないのか?」
「悪いけど知らないね。そんな剣は聞いたことないよ」
「まあ、そうだよな……」
期待はしていなかったものの、日本のないこの世界に日本刀が存在するはずがない。
「私にはわからないけど、鍛冶屋で聞いてみたら? なくても形が分かれば作ってもらえるかもしれないよ」
「いや、鍛冶屋には行ったんだ。でも作り方を伝えただけで、出来ないの一点張りでな。もしかしたら、店頭に似たようなものでも並んでないかと思ってここに来たんだが……」
「そりゃ悪いことしたね。剣はないけど鎧はどうだい? うちのは一級品だよ」
「悪い、鎧は着けない主義なんだ」
時雨は礼を言って、店をあとにした。
この世界で日本刀を手に入れる方法について真面目に考えるとすれば、作れる者から作らなければならないのかもしれない、と恐ろしく気の長い入手経路を頭の中で展開させる。
基本的に西洋剣に近い刀剣が使われているこの地域の鍛冶屋に、製法の全く違う日本刀を作れと言うのが無理難題である、と時雨は感じていた。
諦めるつもりはないが、後回しにするより他はなかった。
刀探しは早々に切り上げ、ムルカとアリアネの待つ宿屋へ向かった。
土や石で作られた建物はひんやりとしており、気候のおかげか、湿気もなく、見た目よりも快適な具合である。
夕食は宿屋ではなく、道沿いに見つけた食堂ですませた。
アンダークレイは辺境にあるために、食事は豆や芋などの淡白な穀物と大変質素であったが、幸い、この中に質素な食事に対して文句を述べる者はいない。
食堂にドワーフの姿はなく、たいていがこの村に少数しかいないエルフかアネールであったために、おそらく食事の技術や文化が育っていないのだろう、と結論づけた。
日が落ち、暗くなった空を窓から覗ける寝室で、三人は今後の行動指針について話合っていた。
ゴレムの持っている宝玉が手に入れば、いよいよ最後の宝玉を探す旅になるはずである。
「三つめの宝玉はどこにあるんだ?」
時雨の質問にアリアネは答えあぐねた。
「私が知っている宝玉はこの村の物しかないんだ。君たちが一つ持っていることにも驚きだったからな」
「となると、手がかりは……」
次に繋がる手がかりを持っていそうな者を頭に思い浮かべる。
ゴレムが知っていればいいのだが、そのような様子は見せていなかったことから、望みが薄い。
それならば、マリスを捕まえて聞き出す方法が今のところ有力な説として思いつく。
自力で宝玉の一つを見つけており、性質の研究まで行っていたのだから、何か知っていてもおかしくはない。
「……あ」
ムルカが何か思い出したように声を出した。
「何だ?」
「そういえば、宝玉同士の引きあう性質の話しましたよね?」
「そんな話したか?」
「したんですよ! あの時は分からないと言ってましたけど、今、これだけ近くにいても何も感じないんですか?」
言われて初めて意識してみたが、特別な気配や感覚のようなものは、何も感じなかった。
「……駄目だな。分からん。だいたいそれは誰から聞いた話なんだ?」
「マリスの研究資料からです。奴は宝玉の研究をしてました。トキサメ、いや、その体を甦らせたのだって、資料から方法を知ったからですよ」
「他には何か情報はなかったのか?」
「あとは、アリアネがたびたび説明してくれているようなことです。今私だけが知っている新しいことは、ありません」
ムルカは申し訳なさそうに下を向いた。
「マリスの研究資料など、信じても良いのだろうか?」
アリアネが唱えた疑問に対して、時雨は少し思案して口を開いた。
「呪いのこともあるが、マリスはそうとう真面目なやつなんだろう。じゃなければ、わざわざ覚えた呪いを試したり、手に入れた宝玉に関して資料を作ったりしないだろうからな。そんなやつが居るかもわからない不特定の誰かのために嘘の資料を作るとは思えない。事実、俺の体を動かす方法は合っていたこともある」
「つまり、君は、マリスが探求心の強い真面目な研究者だと言いたいのか?」
アリアネは納得していないように言った。
「あー、少し違うな。お前らが倒した追手にだって、何も知らせていなかったんだろう? マリスにとっては、結果として目的が達成できていれば手段はどうだっていいんじゃないか? だから研究者というよりは、真面目な狂人だな。研究者なら経過は重要だろうし、その結果だけにしか興味がないとすれば、その先にこいつがやろうとしている『何か』があるはずだ。まあ、それが俺たちに関係あるかは知らないがな」
「あながち間違いでもないだろうが、それは推測だろう」
「情報の正誤を調べる方法がないんだ。どうやったって推測にしかならない。本人に聞くわけにもいかないしな。アリアネはどうしてもマリスをただの悪人にしたいみたいだが、可能性は考えておかないと」
ぐっと口を結んだアリアネから視線をムルカへと移し、時雨は続けた。
「話が逸れたな。ともかく、宝玉同士の引きあう力があるとする。しかし、なぜ機能していないのか、というところだな。それについては何か分かることはないか?」
「宝玉は人の魔力に反応して動くものじゃないので、調べることもできません。マリスの研究資料に何か書いてなかったか思い出そうとしているんですけど、何も……」
「魔力じゃなかったら、何に反応するんだ?」
「生命力や魂です。強い感情にも微かに反応するみたいです」
「俺に使った時はどうやったんだ?」
「死霊魔法を使うと生命力に直接繋がりますから……。体に埋め込む以外に特別な手順というものは何も……」
それを聞いて時雨はひとつ思いついた。
「ちなみに、今以上に生命力とやらを注ぐとどうなるんだ?」
「一切の例外なく、死にます。生命力というのは多くても少なくても体を保つことが出来なくなるんです。それに、すこし配分が変わるとそれはもう別の生き物になってしまいます。犬を作りたければ犬の分量、猫を作りたければ猫の分量を正確に知っていなければ死霊使いにはなれないんですよ」
ムルカはきっぱりと言った。
『骨組みの我が子』を使う際も目的にあった分量をその場で充填するために、自分の魔法は発動に時間を要するのだ、とムルカは説明した。
「生命力が多すぎると体が持たない、と言ったな?」
「そうですよ。そのうえ、地獄のような苦しみを味わうことになります。まるで自分が自分ではなくなってしまうかのような、そういった苦しみを、です」
「俺の体なら死なないんじゃないのか? その苦しみとやらに俺が耐えられるなら、と条件はつくが」
「たしかに、その体なら死ぬことはないかもしれないですけど、人間であるトキサメの魂が耐えられるとは思えないですし、そんな予測のつかない賭けはできないです」
「なんでだよ。やってみなけりゃわからないだろ」
「まだそんなやらないとわからないようなことに手を出すタイミングじゃないって言ってるんですよ」
ムルカは断固として反対した。
しかし、時雨も試してほしい気持ちが先走り、どうにか説得できないかと思案を巡らせる。
互いに一歩も引かないまま、しばしの時間が流れ、耐えかねたアリアネが口を開いた。
「明日、ゴレム殿に聞いてみるのはどうだろう? 彼の方が宝玉には詳しいような気がしているのだが……」
正論であったが、二人はそのまましばらく言い合い続けた。
そうして、アンダークレイの夜は更けていった。




