波乱を起こす置き手紙
金曜日、夜の10時20分
ロビーの床は広々としていて輝いており
天井にはシャンデリアが揺れている
五十嵐グループが持っている高級ホテルの1つで
ホテルに出入りする人々はどこか華やかさがあるように見える
涼の兄である夏が経営しているそんなホテルに
裏口から侵入して
足音を立てずにしかし素早く
会議室のある階まで来ていた
「あの突き当たりが会議室だ」
涼は声をひそめ細心の注意を払いながら
奥に見える大きな扉を指差す
「行こう」
勇真が先頭で会議室の扉の前まで行く
重く閉ざされた扉
ここを開いた瞬間に戦いが始めると思うと廊下に緊張感が漂う
「準備はいいか?」
勇真が扉に手をかけ
いよいよ突入しようとする
「3、2、1…」
勢いよく扉が押し開かれる
「………」
状況を把握するまでに時間がかかる
そこには誰もが予想していなかった光景が広がっていたからだ
目の前には5人以外には誰の姿もない会議室
確かにここに幹部が集まるはずだったのだが
なのに今、この瞬間
仕組まれたようにがらんとしていた
円に作られた机と椅子を照らすように
電気がつけられているだけだった
「何だよこれ…」
最初に声を発したのは
今日幹部が集まると情報をつかんできて
4人をここまで案内した涼だった
あまり表には出さないが
誰よりも信じられない
どういうことなのかわからない
という気持ちで一杯なのだろう
涼は眉をひそめて会議室の中を見渡す
「今日の会議は無くなったのか…?」
「そんなはずない
今まで会議の日時がズレたことなんてなかった」
勇真の言う可能性を涼は否定する
しかしそのことで涼は不審な目を向けられることになってしまった
「なら、五十嵐が俺達がここに来ることチクったんじゃねーか?」
扉に背をもたれかけたまま
遠くから賢人は疑ってかかった
するとその言葉に
誰よりも早く反応した一華
「は!?お前裏切ったのかよ!
確かに協力とかはなしだって話だったけどよ
裏切るとか…」
頭に血が上り
涼に詰め寄っている
だが涼は一華を無視して
賢人を見た
「チクったりなんかしてねーし
裏切りとか勝手に決めつけてんじゃねーよ」
「…チッ」
確かに裏切りが
決まった訳じゃないと納得した一華は
涼から離れようとする
その時、机に置かれた紙を鈴が見つけ
そこに書かれてある文字を読み上げた
「これ…
“お前たちがここに来ることは知っていた
なぜなら情報が筒抜けだからだ
それは裏切り者の仕業だ”」
「やっぱ裏切ってんじゃねーかよ!」
涼から離れようとしていた一華は
更に距離を詰める
「うるせーな
裏切り者が俺だとは書いてないだろ
俺を怪しむよりも先に
疑うべき奴がいるだろ」
「は?誰のことだよ」
一華は涼が裏切ったから起こっているのか
ただ涼が気に食わないから怒っているのか
もうわからなくなっている
そして混乱は収まることなく
更にややこしくなっていく
「篠原だよ」
言いにくさなど全くなく
当然のことだろというように
最も疑わしき人物として鈴の名前を出した
「こいつはユグドラシルの抱えるチームのトップだぞ?
どう考えたって1番怪しいだろ
その紙を見つけたふりして
読み上げることで
自分は裏切ってないって言いたかったんじゃねーか?」
遠慮なんて無しに
鈴を敵視する涼
だが鈴の淡々とした態度は
裏切り者と疑われようと変わらなかった
「私が裏切り者なら
自分が疑われないように
もっと慎重にいきますよ
こんな紙で人を欺けるなんて
思ってないので」
そう述べると紙を勇真に手渡した
勇真はずっと何かを考えているようで
無言で受け取った
「やっぱ五十嵐が怪しいじゃねーか」
鈴の言い分に納得したのか
一華は涼を睨む
そこまで言われて
やっと涼は一華に対して反論するする
「何でこいつが白だと言いきれる?
お前さ、ウルドが何のためにこの街に存在してるのか知ってるだろ?」
「あ?
街で出過ぎた真似してる奴らを潰したり
街から出したりしてたんだろ?
それが何だよ?」
「あぁ、ってことはだ…」
いまいちピンと来ない一華だが
他の3人は涼が言いたいことが推測できた
「涼…!」
だからこそ勇真は止めようとした
しかし注意を促されたくらいでは
涼は見向きもしない
「西岡順也が消えたあと
そのチームを潰したのは
こいつらなんじゃねーのってことだよ」
「…」
ドストレートな涼の言葉は
今まで鈴と順也が結び付くとも思っていなかった
一華の脳を強く刺激した
「…まじかよ、篠原」
一華の周りだけ凍りついたような
そんな雰囲気だ
静かに鈴の方を向く
鈴は嘘を言ったところで
意味はないと思った
「…えぇ、本当よ
私がウルドのトップではなかった頃のことですが
とあるチームを潰すように指令があり
私たちの手で潰しました
…それが西岡順也のチームだと気づいたのは
つい最近です」
少しだけ言いづらそうに話す鈴
それでも一華をじっと見ていた
一華も鈴をじっと見る
鈴が潰したくて潰した訳ではない
仕方のないことだったのだろう
そうわかってはいるが
一華は黙っていられなかった
「何なんだよ、くそ!」
もて余す感情からなのか
拳で壁を強く殴ると
一華は部屋から出ていってしまった
「とにかく今日はもう何もできねーってことだろ?
なら俺は帰らせてもらう
チームを解散させるつもりなら
別に連絡とかはいらねーから」
「俺も付き合ってらんねーよ
裏切り者が誰かわからねーと
次はないってことだな」
賢人と涼もそれぞれそう言うと一華に続いて出て行ってしまった
がらんとした会議室に残された勇真と鈴
勇真は状況を見守っていたものの
頭の中では
いろんなことを考えていた
「倉沢君、大丈夫?」
チームがバラバラになってしまっているような気がした鈴は
勇真に声をかけた
「なぁ、鈴
これは俺らがチームとして
敵の幹部と連絡が繋がったと考えるべきだよな
確かに俺らの今回の作戦は失敗に終わった
でも向こうが仕掛けてきたんだ
何も反応がないよりは全然良いよな」
手にした紙を見ながらそう言う
勇真は微塵も落ち込んでなどいなかった
むしろその表情には喜んでいるように見える
「今度また5人集まって作戦会議だ
これで解散なんて馬鹿げてる」
そう言う勇真の言葉には力が籠っていた
鈴はそんな勇真の様子を見て
決して強がっているようには思えなかった
何手も先をよんで
勝機があると思ったのかもしれない
もしそうなら
それは頭の良さでできることではないと思った
その笑みには恐怖すら感じる
倉沢勇真は敵に回してはいけない男だと
鈴は本能的に感じたのだった




