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第18話 よくある話

厳かな雰囲気の中、壇上で手を取り合って向かい合う2人は、まさに雑誌から抜け出してきたようで、寿々菜は先ほどからため息ばかりついている。と言っても、ニコニコしているのは坂井医師だけで、門野社長と山崎は渋い顔、高井戸薫は懐の深いことを言っておきながら、やはり実際和彦の結婚式を目の前にすると面白くないのか、憮然としている。

スタッフとして参列している倉屋宗太郎は、引き締まった表情をしているものの、内心では小杉との約束どおり無事Tホテルで和彦の結婚式を催すことができて、ホッとしているのだろう。


そして武上は・・・なんとも不思議な気分だった。

あの和彦が白い燕尾服に身を包み、緊張した面持ちで結婚式をしている。しかも相手は女優顔負けの美人だ。



なんかドラマのワンシーンみたいだな。

全然現実味がない。



だが現実には結婚式は粛々と滞りなく進み、残すところは指輪交換と誓いのキス、そして婚姻届を書く、というイベントを残すのみとなった。



ここで婚姻届を書いて、結婚式の後に役所に出しに行くって言ってたな。

最近の結婚式はそういうのが流行りなのか。



勉強になると言えば勉強になる。

武上は「いつかはきっと自分も」と改まった気持ちで寿々菜を見た。その寿々菜は武上の横で豪快に鼻をすすっているのだが、武上にとってはそんなのはどうでもいいことだ。


事件の方も、小杉が正直に全て話したことと、小次郎が死んだ部屋から出てきた指紋の1つが小杉の物と一致したことで、無事解決した。


武上は、指輪交換の準備をしている新郎新婦から視線を外してその脇に立っている宗太郎を見た。


事件解決の過程で分かったのだが、やはり宗太郎は相当の切れ者だ。

小次郎の死んだ部屋からは宗太郎の指紋は出なかった。宗太郎が小次郎を殺したのではないから当然のような気もするが、総支配人である宗太郎が以前たまたまあの部屋に入ったことがあり、その時の指紋が残っていてもおかしくはない。

宗太郎はその辺のことも計算した上で、小杉をかばって自白した時「自分の指紋ならこのホテルのどこから出てもおかしくはないが、手袋は一応した」などと言ったのだ。


また、これは和彦の推測だが、和彦がカマを掛けるために宗太郎に「自殺に見せかけて小次郎を殺したのか」と言った時、宗太郎は返答するのを少し悩んだ。あれは小杉をかばうかどうか考えていたのではなく、警察が小次郎の死を他殺と見ているか自殺と見ているかの判断に悩んでいたのだろう、というのだ。

そして宗太郎は前者だと判断し、そしてその場合は予め自分が犯人だと名乗り出る覚悟だったのであっさりと罪を認めた。

実際には警察は小次郎の死を自殺で処理しようとしていて、他殺だと疑ったのは和彦1人なのだが・・・。



全く、どいつもこいつも・・・結局今回警察は、和彦と倉屋宗太郎に踊らされただけじゃないか。



しかしまあ、今日のこのめでたい日に免じて許してやろう、と思う。あんなに緊張している和彦を見れるなんてそうそうないだろうし、さっき和彦の両親にも会えた。見た目も中身も意外と普通なので驚いたが、両親も息子の結婚式で緊張しているのか、周囲への挨拶もそこそこに一番に式場に入って行き、今はもちろん式場の最前列に座っている。



そう言えば和彦、前に双子の妹がいるって言ってたな。



武上は少し背筋を伸ばして前の席の方を見てみたが、それらしい人影はなかった。欠席だろうか。


「・・・武上さん」


寿々菜が武上に小声(かつ、鼻声)で呼びかけてきた。


「はい。どうしました」

「ちょっと・・・また・・・」

「違和感ですか?」


頷く寿々菜に武上は驚いた。寿々菜の違和感は事件が起こった時にのみ発揮(?)される。和彦の結婚は寿々菜にとっては大事件かもしれないが、違和感が発揮される種類の事件ではないだろう。


「また何か事件が、」

「いえ。和彦さんと栄子さんを見てください」


武上は言われた通りに和彦と栄子を見た。結婚式の最中なのでいつもと様子が違うと言えばもちろん違うが、別段おかしなところはないように思える。


「2人がどうかしましたか?」

「2人とも変です。栄子さんはあんまり幸せそうじゃないし、和彦さんは緊張しているというか・・・なんだか少し怯えてるみたいに見えます」

「え?でも寿々菜さん、感動して泣いてるじゃないですか」


寿々菜が赤くなる。


「これは、その、雰囲気に感動してです!2人はちっとも幸せそうじゃありません!」


寿々菜にそう言い切られて、武上は改めて壇上の2人を眺めた。結婚式はいよいよ指輪交換に差し掛かっている。

確かに2人とも顔が少し強張っているが、武上には単に緊張しているだけのように見えた。



しかも和彦が怯えてるって?そんなこと、ある訳ないじゃないか。



と、その時、結婚式場に「カツン」という音が鳴り響いた。なんと和彦が栄子の指に結婚指輪をはめそこなって床に落としたのだ。


「あ・・・悪い」


和彦がそう言って慌てて結婚指輪を拾おうとする。宗太郎も素早く動き、指輪に手を伸ばした。だが指輪はコロコロと転がり、パイプオルガンの下に入ってしまった。


式場中がどよめく。


「和彦の奴、何やってるんだ」

「緊張して指が滑ったんですかね?」


武上と寿々菜がオロオロしながらそんなことを言っている間に、スタッフ達が総出でパイプオルガンの下から指輪を救出しようとしたが、指輪は奥まで入ってしまったのかなかなか出てこない。しかも大きなパイプオルガンだ、動かすことも簡単ではない。


「もういいわ」


栄子が言う。


「このまま式を進めましょう」

「でも・・・いいのか?」

「いいの」


和彦も栄子のさっぱりした口調に納得したのか、壇上に戻った。しかしその時再び信じられないことが起きた。しかも今度は「カツン」なんて小さな音とは比べ物にならないほど大きな音と共に。


「ちょっと待った!!!」


バタンと開いた扉から声が飛び込んでくる。

栄子が弾かれたように声の方を向いた。


そこには和彦と同世代くらいの男が1人、立っていた。スーツでもなんでもない普通の服を着ているところを見ると参列者ではないらしい。


パイプオルガンに張り付いていたスタッフたちは慌てて男を押しとどめようとしたが、男は構わずバージンロードを前進して行く。参列者はみんなポカンとするばかりだ。


そして男はすぐに、和彦と栄子がいる壇上の前に辿り着いた。


「なんだ、お前?」


和彦が睨むように男に言った。それに違和感を感じたのは寿々菜だけではないだろう。和彦の声は必要以上に冷たく、そして怒っていた。


男が一瞬怯む。しかし男は負けじと声を振り絞った。


「め、愛美めぐみを返してください」


寿々菜は武上に訊ねた。


「めぐみ、って誰ですか?」

「えっと・・・ああ、そうだ、栄子さんの本名ですよ。確か、藍原愛美あいはらめぐみさんです」


忘れていたが「栄子」は「A子」から派生したあだ名だ。本名は愛美と言うらしい。


「愛美は俺の婚約者です。返してください」


男が和彦に食い下がる。


寿々菜は驚いて、呆然としている栄子、いや、愛美を見た。そして気が付いた。愛美が着ている可愛らしい感じのドレスも低いヒールも、和彦と並ぶよりも婚約者だと名乗る男と並ぶのにピッタリだということに。


「うっさい。今更何言ってんだ」


和彦が突き放すように言う。


「お願いします!」


男がガバッと頭を下げると、和彦は「どうする?」と伺うように愛美を見た。しかし答えは聞くまでもなかった。


愛美はブーケを放り出し、男に抱きついたのだから。





「・・・つまり、全部嘘だったと?」

「ま、平たく言えばそーゆーことだ。愛美の彼氏は就職して地方に行くことになった。愛美はてっきり結婚して自分も連れて行ってくれるもんだと思ってたのに、彼氏は『東京で生まれ育った彼女を田舎に連れて行くのは忍びない』と1人で行ってしまった。で、俺との結婚をでっちあげて、彼氏にプレッシャーをかけたって訳だ」

「・・・」

「結婚話を誰かにマスコミにリークしてもらわないと始まらないから、小次郎を選んだ。つっても、わざと愛実と大きな声で小次郎に聞こえるよう、結婚の話をしただけだけどな。思い通りに動いてくれたもんだぜ」


新郎控え室で和彦は「解放された!」とばかりに燕尾服の上着を脱いで背伸びをした。

しかし武上はそれどころではない!


「どうするんだ!みんな大騒ぎだぞ!」


今ここには和彦と武上の2人しかいないから静かなものだが、客はどうしたらいいかわからず帰ってしまったし、スタッフは前代未聞の出来事にてんやわんやだ。そのうちマスコミにも花嫁争奪劇の一部始終が流れて、それこそ日本中大騒ぎになるだろう。


「前代未聞ってことないだろ。古いドラマじゃよくある話だ」

「現実にはない!」

「デカイ声出すな。このこと知ってるのは、俺とお前と愛実だけなんだからな」

「山崎さんも門野さんも知らないのか?」

「ああ。本当に花嫁が奪われたと思ってる。あ、俺の両親には一応言っといたけどな」


武上は俯き加減の和彦の両親を思い出した。そりゃ今から有名人の息子が公衆の前面で花嫁を奪われるというのだから、俯きたくもなるだろう。


「ん?でももし彼氏が来なかったらどうするつもりだったんだ?そもそもなんでこんなギリギリまで来なかったんだよ?それになんでお前が偽花婿役になったんだ?」

「いっぺんに色々聞くな。俺だってヒヤヒヤだったんだよ。俺とあいつの結婚のニュースはだいぶ前に流れてたから・・・愛美はモザイクかかってたけど彼氏なら見りゃ分かるだろ、もっと早く迎えに来てくれればいいのにじらしやがって」

「お前な・・・」


自分の恋人とは言え、結婚相手が芸能人のKAZUじゃ尻込みもするだろう。と武上は思ったが口には出さなかった。なんだかKAZUを認めているみたいだからだ。


「あいつと昔からの知り合いってのも、仕事の関係で再会したってのも本当だ。その時に彼氏のことで悩んでるのを聞いて、俺が『一芝居打とう』って言ったんだ。相手が俺なら、嫌でも毎日テレビで俺達の結婚のことを聞かなきゃいけないから、いいプレッシャーになると思ったんだよ。でもなかなか迎えに来ないから俺も愛実もヤキモしたぜ。愛実を俺の部屋にかくまってる間大変だったんだぞ?指一本でも触れたら殺す!とか言いながら、俺のベッド使うし」

「お前はどこで寝てたんだ?」

「ソファ。ホテルに泊まった時も、ソファに追いやられた」

「あはは。お前にしちゃ献身的じゃないか」

「・・・まあ、愛美は俺の姉貴みたいなもんだし?」


いつになく歯切れの悪い和彦。武上は少し「おや?」と思い、わざともう一度訊ねてみた。


「それで、もし本当にあの彼氏が愛美さんのことを諦めて迎えに来なかったらどうするつもりだったんだ?」

「それは・・・言い出したのは俺だし世間に知られちまってるからな、責任とってそのまま結婚したよ」

「ほぉ~」


武上はニヤニヤした。


「式の最中に寿々菜さんが、お前が怯えてるみたいに見えるって言ってたけど、あれは案外『来なかったらどうしよう』と怯えてたんじゃなくて『来たらどうしよう』とか思ってたんじゃないのか?」

「バカ言え。来ないからヒヤヒヤしてたんだよ。指輪を落としたのも時間稼ぎの為にわざとやったんだ」

「へぇ~。俺はてっきり本当に緊張したのかと思ったよ」

「武上・・・」


さて、真相はいかに。

とにかく愛美の彼氏は愛美を迎えに来た。二人がTホテルで挙式したというのは後日談だ。


すっかりいつものカジュアルな服に着替えた和彦に武上は言った。


「これから大変だぞ。『KAZU、結婚式中に花嫁を奪われる!』なんてタイトルが連日踊る」

「そうだな。でも見てろ、絶対同情票で俺の人気は上がるから」



きっとそうなんだろうな。



武上はそんな女性ばかりの日本の将来を憂いつつ、控え室の扉を開いた。

そこにしっかりと同情票を握り締めた寿々菜と薫が待ち構えていたのは言うまでもない。






―――「アイドル探偵 9 和彦の結婚編」 完 ―――




投稿日時間違いがありましたが(すみません・・・)無事今年中に終えることができました!

ご愛読、ありがとうございました。

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