65 ガルダ
ガルダは退屈していた。
この『ロマック』とかいう街に来てからというもの、惰弱な人間ども相手にしばらく遊んでいたが、すぐに飽きた。
脆弱過ぎるからだ。
ガルダに肉親はいない。
記憶にあるのは、母体から生まれ落ちてすぐ捨てられたという事実だけだ。
「・・・邪魔だね。」
そう言ってベッドから蹴落とされた。
猛烈な飢餓感により母体から栄養を摂取しようと懸命に立とうとしたが、さらに蹴られて階段から落とされた。
生きていられたのは僥倖とも言える。
懸命に立ち上がろうとしては、転んだ。
そして藻掻く。
その繰り返し。
汚泥が顔に当たった。
夢中で飲んだ。
それがガルダの、最初の記憶だ。
生後二日目から、立てるようになった。
そうでなければ、見知らぬ誰かに踏み潰されるからだ。
自分と同じ生まれたての赤子が踏まれ、絶命している遺体がそこかしこにあった。
懸命に壁を伝い、路地裏に逃げた。
息つく間もなく首根っこを掴まれ、持ち上げられた。
「あん?生まれたてかよ。へその緒も切ってねぇじゃねーか。」
しげしげと見られる。
爬虫類のような顔をした男だ。
息ができず、必死に指を掴んだ。
「おい!何遊んでんだ!さっさと行くぞ!」
「おっとそうだった。」
ぽいと捨てられた。
柔らかい身体は地面に跳ねたが、まだ生きていた。
また水溜りがあった。
迷わず飲んだ。
毎日が、その繰り返し。
懸命に生きた。
数年後。
言葉を覚え、常識を学んだ。
「強いものが生き、弱ければ死ぬだけ。」
これがこの町のルールだった。
盗み、ひったくり、ケンカ・・・生きていくために何でもやった。
「小僧。立派な角もってんじゃねぇか。」
ある日、酔っ払いに声を掛けられた。
いつもなら道端にある手ごろな石で背後から襲い、金品を奪う所だが、何故か酔っ払いの言葉が気になった。
「んだよ。」
「立派な角だって、言ったんだよ。」
「角?」
「お前ぇの頭に生えてる・・・そう、それだ。よく捻じれてんじゃねせか。」
「コレがどうした?」
「捻じれた角は “強さ” の証よ。ちっこいのに “修羅場” 潜って来たんだな。」
「・・・だから何だ。」
「ウデに自信があるならよ。『兵士』に志願してみたらどうだ。」
「兵士?」
酔っぱらいは、建物の隙間から見える城を指差した。
「『魔王城』にいけば、強いヤツは誰でも大歓迎さ。残念ながら、今は『魔王』様は不在だがよ。」
「・・・お前は行かないのか。」
酔っぱらいの頭には捻じれた二本の角が生えていた。
「俺か?俺はホレ、このざまヨ。」
マントを広げた酔っ払いの右足は、膝から下が無かった。
「ヘマこいちまってな。役立たずはいらねぇって追い出されちまった、」
酔っ払いは自嘲するように笑った。
「『魔王城』か・・・」
「おう。行ってみるといいさ。運が良けりゃ出世するかもな。」
そういうと、酔っ払いは酒を煽った。
「そういや、お前ぇ。名前何てんだ?」
「・・・ねぇよ。んなモン。」
「そりゃ不自由だな。そうだ、俺が付けてやろう・・・ガルダってのはどうだ?」
「・・・がるだ・・・」
「そうだ。ガルダだ。憶えとけ。『兵士』になるんなら名前くらいないとな。それと入隊の金も必要だぞ。」
「・・・金か・・・」
「おうよ。最低でも金貨1枚は必要だな。持ってるか?」
「ねぇよ。」
「そうかい・・・ま、頑張って稼ぎなw」
「・・・ああ・・・」
ガルダはそう言うと、礼も言わず立ち去った。
路地をぐるりと回り、手事な石を見つけた。
酔っ払いは、相変わらず飲んでいた。
気付かれないように背後に回り、思い切り殴った。
糸が切れたように倒れる酔っ払いのポケットを探ると、銭袋を盗った。
それを握りしめたガルダの足は、迷わず『魔王城』へと歩み始めた。
「兵士になりたい」
ガルダは門番に銭袋を差し出しながら言った。
「あんだ小僧。兵士になりたいのか?」
奪い取るように銭袋を開いた門番が言った。
袋の中身には、銀貨数枚と銅貨と鉄銭しか入ってなかった。
「全然足りねぇじゃねぇか!出直して来な。」
「まあ待て。」
投げ捨てようとする門番の手を、もう一人の門番が抑えた。
中身を確認し、ガルダの角を繁々と見る。
「小僧。名前は?」
「・・・ガルダ。」
「ガルダか。いいぜ。この道まっすぐ行きゃ、もう一つ門がある。そこでの誰かに試験を受けに来たって言いな。そうすりゃ試験会場まで案内してくれるだろうよ。」
「おい!」
抗議しかける門番を制し、もう一人の門番が片側の門を開いた。
「地獄へようこそ。」
「いいのかよ。勝手に通して」
ガルダを見送った門番が、言った。
「お前ぇ、兵士長の行ってたコト忘れちまったのか? “ねじれ” は将来性があるから通してやれって言ってたじゃねぇか。」
「憶えてっけどよ。ありゃホンモノかよ。」
「ああ、最近の若いモンは弱ぇくせに “ハク” 付けようとして、薬やら道具使って無理矢理 “ねじれ” 作るバカがいるがよ。そーゆー角の『角輪』は “乱れ” が出んのさ。あの小僧・・・ガルダって言ったか?『角輪』はキレイなモンだったぜ。」
「・・・そーゆーモンかよ。」
「そーゆーモンさ。それによ。」
「まだアンのか?」
門番は銭袋を掲げて笑った。
「 “ねじれ” の細工師どもも、その辺の事情は知ってっからよ。銀貨数枚程度じゃ指一本動かさねぇよ。」
「へ!違ぇねえ。」
ガルダは、偶然通りかかった所管らしい女に声を掛けた。
「試験を受けに来た。」
「試験?・・・ああ、入団試験ね・・・はいはい。コッチよ。」
女は慣れた様子で、先に歩いた。
「どこへ行く。」
「兵士団の試験受けに来たんでしょ?裏の訓練場で受けられるよ。」
案内された先では。多くの兵士が訓練中のようだった。
刃の潰れた剣や槍、ハルバートやメイスなど、思い思いの武器で戦っていた。
「ロザンジド兵長! 入隊希望者で~す!!」
「応!」
訓練中の兵士を掻き分けて、見上げるほどの大男がやってきた。
「ちっこいな。名前は。」
「・・・ガルダ。」
「ガルダか。武器は何使う?」
「・・・ナイフ。」
「チンピラか・・・まぁいい・・・おい!入隊希望者だ!誰か相手してやれ!」
「んじゃま、オレからだな。」
両手にメイスを持った、二足歩行するトカゲのような小柄な男が舌なめずりしながら、前に出た。
「ルールは単純だ。どっちかが『参った』と言いえば終了。もちろん死んだら、それまでだ。」
「・・・俺の武器は?」
「そこにある。さっさと行かねぇと死ぬぞ。」
大男は訓練場の隅にある箱を顎で示した。
箱の中には様々な武器が、雑多に放り込まれていた。
「じゃあ始め!」
合図とともにトカゲ男が飛び出した。
ガルダは距離を取り、武器の置いてある箱に向かって走る。
足には自信がある方だが、すぐい追いつかれた。
「簡単に死んでくれるなよ!ほれ!!」
ガルダの足に向かって、メイスが振り下ろされる。
咄嗟に避けて、夢中で足を延ばした。
つま先がトカゲ男の顎を掠める。
「チ!避けんじゃねぇよ!」
一瞬足を止めたトカゲ男が、忌々し気に再び走り出した。
ガルダはある程度近付いたところで、身を屈めて転がった。
武器の入った箱に、手が触れる。
そのまま箱を押し倒した。
散らばった武器を手に取る前に、背筋に悪寒が走った。
思わず左手で頭を庇う。
ゴキリと音がした。
「くぅ~たまんねぇな!これだから打撃武器はやめられねぇ!!」
トカゲ男はメイスを抱きしめるように、身悶えした。
「あ~あ、始まったよ。ドゥサイの悪癖が・・」
「生かさず殺さず、嬲り殺しか。新人もツいてないな。」
「賭けるか?」
「バカ!賭けになるかよ。」
ガルダは痛みを押し殺し、さらに転がった。
右手に触れた武器を構える。
ショートソードだった。
ナイフより長いが、振れないことはない。
「へ!オトナシクしてりゃ楽に死ねたのによぉ!片手で何ができるってンダ!!」
容赦なくメイスを振り回すトカゲ男から距離を取り、足を振り上げた。
落ちている武器を土ごと蹴り上げる。
武器は明後日の方向に転がったが、蹴り上げられた土は、トカゲ男の顔面に当たった。
「ぐへ!きっさま!」
トカゲ男の視線が外れた。
ガルダは全力で踏み込み、ショートソードを突き出した。
武器の刃は潰しているとはいえ、刃先は鋭い。
ズグリと腹に刃先がめり込んだ。
さらに踏み込み、右手を柄に握り直して捻りながら押し込む。
「ぐぶお!」
吐しゃ物と血が、ガルダの顔に掛った。
だがガルダは止まらない。
さらにもう一歩踏み込んで、力一杯押し込んだ。
「お~い。ドゥサイ?生きてっか~」
「ば~か。とっくに死んでんよ。ちぇ!やっぱ賭けときゃよかったぜ。」
「最近、調子乗ってたもんな~」
仲間が目の前で死んでも、誰も咎めなかった。
「ドゥサイは死んだか。おい、コレ片付けろ!いいぜ新入り。入隊を許可する。救護班!新入りの怪我を治してやれ!」
こうしてガルダの訓練が始まった。
毎日が “死と隣り合わせ” だった。
早朝から日没まで、誰かと剣を交える毎日。
基本訓練などない。
自称 “教官” は「実践に勝る訓練は無い!」と突っぱねた。
いつ誰が死んでもおかしくなかった。
だがガルダは満足だった。
今日 “生き延び” れば、水浴びが出来る。
侍女たちが洗った下着を着て、腹一杯飯が食える。
フカフカのベッドで熟睡できる。
空腹を抱えながら、地べたに寝なくていいのだ。
チンピラの陰に怯えなくてもいいのだ。
通行の邪魔だと、荷車の下敷きにならなくてもいいのだ。
門番は『地獄』とか言っていたが、ガルダは十分に満足していた。
さらに数年後。
ガルダは『十人兵長』になっていた。
とはいっても、今までの生活に変化があるわけではない。
時折、命じられるままに国境を越え、近隣の人間の村や町を破壊して回るだけだ。
人間は脆弱で、すぐ死んだ。
『亜人』と呼ばれる者もいたが、大した強さではなかった。
これなら入隊したての『新兵』のほうが、よっぽどタフだ。
遠距離から『魔法』を使う者もいたが、呪文を唱えきる前に “間合い” に入ってしまえば造作もない。
殆どの『魔法使い』は近距離戦においては “惰弱” そのものだった。
つまらない作業だが用が済んで帰れば、また訓練と飯とベッドが待っている。
その繰り返しであった。
ある日。
直属の『百人兵長』から命令があった。
名は・・・何と言ったか・・・ろざ・・・忘れた。
「ロザンジド兵長!十人兵ガッサスとガルダ来ました!」
そうだ、ロランジドだった。
ガッサスとは割と仲がいい。
隣にいてくれて助かった、
「おう!これからちょっと『グランパス帝国』乗っ取りに行くからよ。お前ら先に行って周囲の町村を引っ掻き回してこい。間違っても帝都に入るなよ。めんど臭いことになるからよ!」
「皆殺しですか!」
ガッサスが聞いた。
「いや、出来るだけ生きたまま帝都には運べ。逆らう奴は見せしめに殺していい。」
「殺さず、帝都に運ぶんですか?」
「そうだ。大将軍ヘラキュート様が産卵期に入った。新鮮な人間の肉をご所望だ。」
「了解しました!」
「お前らは帝都の北側を荒らせ。なるべくハデにな。」
「陽動ですね。解りました!」
ロザンジドが立ち去った後、ガッサスが意地悪く笑った。
「お前、名前忘れてたろ?」
「うるせーよ。」
帝都の北側といっても、結構な範囲だ。
ガルダ達は北西側と北東側の二手に分かれ、それぞれの主要な町から潰すことにした。
ガルダの戦略は単純だ。
命懸けの訓練で何度も死線を掻い潜っているうちに、知らずに身に付けた『空中浮揚』。
単身で町の中央に降り立ち、歯向かう者を容赦なく屠った。
全く無傷とまではいかないが、その程度でガルダの戦闘力を削れない。
悠々と門を開き、仲間を引き入れる。
「女子供は殺すなよ。大将軍様にお仕置きされるぞ。」
「「「「「「応!!」」」」」
あとは “阿鼻叫喚” の地獄絵図だ。
人間の中には協力者も現れた。
いわゆる “裏社会” とかいう連中だ。
愛想笑いを浮かべながら同族を差し出す “協力者” に、侮蔑の笑いを浮かべつつ荷馬車を集めさせた。
人間を帝都に送るためだ。
「協力すれば命だけは助けてやる。」
もちろん嘘だ。
帝都に行けば諸共捕まえられて、餌にされるだろう。
だが、知ったことではない。
町も村も。容赦なく潰した。
いや。
残らず・・・とは、言えない。
何故か入りたくない場所があった。
『教会』とかいう場所らしい。
無理に入ろうと思えば、入れなくもない。
だが、長居したくない。
そんな場所だ。
全部が全部、そうではない。
やたら煌びやかで無意味な装飾で飾り付けている『教会』は隅々まで調べ、隠れている人間共を引きずり出した。
逆に、質素ながら清潔感に溢れる『教会』は、さっと調べるだけで終わらせた。
隠れている人間もいるかもしれないが、なんとなく居心地が悪く、探す気にはなれなかった。
《 まあいい。いずれ飢えて死ぬだろう。》
その程度の認識だった。
おっちゃん「”尻切れトンボ” ですまぬ!」
相方 「脳内のヒューズが飛んだそうですw」
おっちゃん「言い方ぁ!」
やいのやいのと、次回更新 8月23日




