オムレツ(蒼人視点)
キッチンの方から、どう繕って表現をしようにも、「焦げ臭い」としか言えない匂いが漂ってくる。
麻琴が俺を追い出して、鼻歌を歌いながらキッチンを占領したのが、30分ほど前。
『なにするんだ?』って聞いても、『いいからいいから~~♫』と嬉しそうに返してくるだけ。
俺はどう考えても嫌な予感しかしなかったが、麻琴の意思を尊重すると決めているので、言う通りにおとなしく部屋を出た……のだが。
「なんでぇ……?」
程なくして聞こえてきたのは、情けない麻琴の声だった。
その後も、やっと聞き取れるほどの声で、ああでもないこうでもないとブツブツ言っている。
それと時折混ざって聞こえてくるのは、派手に何かを落とした音……と、叫ばないようにと慌てて口を塞いだように思える悲鳴。
やっと、何やら良い香りがしてきたな……と思ったのに、段々と香ばしくなり、とうとう焦げ臭い域に入ってしまった。
流石に火事でも起こしたら困るから慌てて部屋へ入ると、目の前に広がるのは惨劇のあとだった。
「あおとぉ~~」
眉をこれでもかとへの字にして半泣き状態の麻琴が、焦げ臭い匂いの正体を乗せたままのフライパンを片手に、ゆっくりと振り返った。
「何度やってもうまく出来ない……」
シンクの中のゴミ入れには、いくつもの卵の殻と、黒く焦げた物体。
あちゃー…と頭を抱えたくなるが、ここで麻琴を責めてはいけない。
「とにかくフライパンを置いて。火は…うん、消してあるね? どこか火傷とかしてない?」
フライパンを手放させ、指とか腕とか隅々まで確認する。
痛がる様子もないし、不自然な箇所もない。
「片付けはあとで俺がやるから、とりあえず手を洗って、あっちの部屋へ行こう」
シンクでそのまま手を洗い、隣の部屋まで連れ出す。
そして、ソファーへ座ると、ひざの上に麻琴を座らせて抱え込んだ。
腕の中にいる麻琴は、思い通りに行かなかったせいなのか、自分が不甲斐ないのかわからないけど、べそべそと半泣き状態のままだ。
よしよしと宥めるように頭を撫でる。
黙って何も言わない俺に、麻琴は自らゆっくりと話しだした。
「蒼人の、好きな……オムレツ、食べさせてやろうって……思ったのに……何度やっても、何故かあっという間に、焦げちゃうし…」
卵料理は、うっかりしてると焦げやすい。火加減と返すタイミングなど慣れていないと慌ててしまう。
麻琴は正直言って、料理はからっきしだ。調理実習でも、言い方は悪いが班のみんなの足を引っ張ることもよくあった。
そのせいもあって、つい俺が手を出してしまうクセがついてしまい、麻琴はなにか食べたいものがあると、俺にねだるようになってしまった。
麻琴のご両親に、あまり甘やかさないでねと言われた時に、大丈夫ですよとは言ったものの、本当は十分甘やかしてしまっている自覚はある。俺の弱点は間違いなく麻琴だ。
そんな麻琴が、俺の為に自らオムレツを作ろうとしてくれた。……こんな幸せなことがあるか?
まるで、『恋人』が『俺の誕生日』に、手料理を振る舞おうと頑張ってくれたみたいじゃないか。
……そんな妄想で、脳内がお花畑のようになっているのを悟られないように、平然とした態度で返事をした。
「俺に、オムレツ?」
「……ん。この前テレビ見てて、美味しそうって言ってたじゃん」
グズグズと鼻を鳴らしながら答える麻琴が可愛くて仕方がない。
俺に内緒で作って、驚かせたかったに違いない。やばい、顔がにやける。
「そっか。ありがとな。……じゃあ、今日は俺が作るから、今度また別の日に麻琴が作って」
俺の提案に、麻琴は黙ってこくんと頷いた。
涙は止まったものの、目は赤くウルウルした瞳のままだ。上目遣いで見つめられると、理性がぶっ飛びそうになる。
今までずっとそばで見守り続けてきたんだ。自らぶち壊してどうする。
んんっと軽く咳払いをすると、麻琴の頭をぽんぽんっと撫でる。
「麻琴は部屋で待ってて」
そう言って、麻琴を部屋に残したままキッチンへと戻った。
改めて見回すと、なにかの事件現場のようだった。
あまり麻琴を待たせたくないから、素早く片付けをした。
我ながら、家事スキルが高くてよかったなと、こういう時は思う。
そして材料の確認をし、ここにあるもので足りると分かると、テキパキと準備を始めた。
まずは卵液を作り、滑らかになるまでこし器でこす。フライパンを火にかけ、バターを焦がさないようにしながら、卵液を入れる。ヘラで半熟になるまで混ぜる。そこで一度火から下ろし、濡れ布巾の上で卵の形を整える。
……と、あと少しで出来るぞーって麻琴を呼ぼうとしたら、後ろからどんっとぶつかる衝撃。え?と思って見ると、麻琴が腰にしがみつき、ぎゅーっとエプロンを握りしめていた。
「危ないよ」
まだ火をつけて仕上げをしないとならない。近くにいると危ないのだが、俺から離れる様子はないので、そのままにしておくことにした。
後ろからは、まだ鼻をグズグズとすする音がする。
「おれが、作りたかったのに……」
ボソボソと言うのが可愛くて、口元が緩んでしまう。
「今度一緒に作ろう」
返事の代わりに、背中には顔を擦り付ける感触があった。
形を整えたオムレツは再び強火にかけ、表面を固めてからお皿に盛り付けた。
そして赤ワインを煮詰めケチャップを入れてソースを作り、オムレツにかけて、付け添えを乗せて完成だ。
「ほら、出来たぞ」
そう言ってオムレツを見せると、さっきまでべそをかいていた麻琴の顔が、ぱぁぁぁっと笑顔になった。
「美味しそう!!写真撮ろ!」
自分で作りたかったといじけていたのはすっかりと彼方へ追いやられ、俺と二人で出来上がったばかりのオムレツを持って、記念撮影を始める麻琴。
そんな満面の笑みの麻琴を眺めながら、次は手取り足取りオムレツの作り方を教えてやるか……と、やっぱり緩む口元を抑えられずにいた。




