おでこにキス(蒼人視点)
大学へ進学して間もなく、麻琴に2回目のヒートが来て、俺達は番になった。麻琴いわく、その瞬間は、体中の細胞が生まれ変わったみたい……と、感じたそう。
でも、産まれた時から距離感バグっていた俺達からすると、正直その後の生活には大きな違いはないように思える。
ただ、俺から一つ言えるのなら、あんなにかわいい麻琴なんだから、他のやつに狙われるかもしれないという漠然とした不安が、かなり軽減したように思う。
麻琴のうなじには、しっかりと俺の付けた印。
俺のモノ。俺だけのモノ。誰にも渡さない。
「蒼人ー。これ見て見てー」
麻琴が手にしているのは、一枚の封筒。その中身を出しながら、こちらにパタパタと駆け寄ってくる。
「卒業式の写真、クラスメイトが持ってきてくれたんだー!」
あの事件のあと、外部との接触を制限していたが、首謀者も特定出来たし、なんと言っても俺達が番になれたことは大きい。
なので、麻琴の行動制限はほぼ解除されていて、こうやって高校時代のクラスメイトともやり取りをしている。
その中には、麻琴の事が好きだったと告白したやつも含まれるのが、気に入らないが。
そんな俺の心の内を知らない麻琴は、そのクラスメイトの名前を出し「Kくんが、写真を撮ってくれてたんだって」と、のんきに俺に言ってきた。
無意識にムッとして口をへの字にしてしまうが、麻琴はどうしたの?と大したことないと思いながらも軽く首をかしげて聞いてきた。
コテンと首を傾げる仕草は、絶対に俺を殺しにかかってると思う。世の中に麻琴よりも可愛いものはいるか?……いや、いない。
こんな些細な仕草でさえ、俺への無自覚な煽りかと思ってしまうほどだ。
高校まで我慢し続けた鋼の理性も、今は必要はない。とは言っても、麻琴の身体のためを思えば、本能のままに貪り尽くすわけにもいかず、常識の範囲内に留めているつもりだ。
「ほら、これ!」
数枚ある中で、嬉しそうに取り出した一枚。
麻琴が俺のおでこにキスをしている写真だった。
「……はっ?!」
これは麻琴に、『学校での思い出を作りたいから、屋上へ続く階段に行きたい』と言われ、何をしたいのだろうと?と思いながら付いていった時の写真だ。
漫画やドラマでよく見る、人気の少ない階段の踊り場などで、人目を忍んで恋人同士などがキスをしたりするのを、卒業前にやってみたかったのだと言った。
そんな可愛いことを言われたら、叶えてやるしかないじゃないか。
二段ほど高い位置に立ち止まった麻琴は、くるりとこちらを振り返ると、花でも咲いたかのような笑顔を向ける。
「蒼人、大好きっ」
そして、ちょっと恥ずかしそうな照れた表情になると、麻琴は俺のおでこにチュッとキスを落とした。
「あの時の写真?!」
卒業式の時の可愛い麻琴を思い出しながら、俺は驚いた声をあげた。周りには誰もいなかったはずだ。
「たまたま通りかかったKくんが、おれ達に気付いて撮ってくれたんだって」
たまたま……?
Kは確か写真部だったはずだ。それに加え、某テーマパークでダンサーがキレイに撮れるようにと、バズーカのような望遠カメラも持っていたはずだ。教室で自慢していたのを見たことがある。
……ということは、たまたまそこを通りかかる可能性よりも、俺達がそこにいるのを知っていて、狙って撮った可能性の方が高いだろう。
一歩間違えれば、犯罪だ。
麻琴が写真のことまでは知らなかったのは、本当だと思う。
大方誰かに、思い出に高校生っぽいことをしようと誘われたか、麻琴自身が言い出したかのどちらかだろう。
「おれが太陽に、高校最後の思い出作りをしたいから何かないかなって相談したら、ドラマみたいなシチュエーションでって、提案されたんだよ」
──犯人はお前か、太陽!!
「この写真、まるで結婚式みたいじゃないかって言われたんだ。そう思って見ると、ほんとにそう見えてきて……」
麻琴はそこまで言うと、急に照れたようにもじもじすると、ちょっと背伸びをして、素早く俺のおでこにチュッとキスをした。
おでこにキスくらいで、こんなに照れる麻琴が可愛い。
俺達はもうそれ以上の関係だし、心も体も深く深く愛し合っている仲だ。はじめは何も知らずに戸惑い恥ずかしがっていた麻琴も、身体を重ねる毎に、少しずつ俺との行為に慣れてきているはずだ。
それでも、こうやってほんの少しのキスに照れてもじもじとする姿が、本当に愛おしい。
「麻琴、こっちにおいで」
俺はソファーへ腰を降ろすと、手招きをした。膝をポンポンっとしなくても、スススーッとやって来て、ポスンと俺の膝へ着地した。
「俺はまだ学生だし、親の援助を受けないと生活していけない。本当は今すぐにでも麻琴と結婚して家族になりたい。……いつか、この写真のように、みんなの祝福に包まれて結婚式をあげたい」
俺の言葉に、こくこくと首を縦に振る。
俺の付けた噛み跡が、ほんのり赤くなったような気がした。
その印に唇でそっと触れると、それに答えるかのように、ビクリと麻琴の身体が震えた。
俺は何度も確かめるように、うなじの印を吸い上げる。
「んっ……」
麻琴の口元からわずかに漏れた吐息を合図とし、俺達はそのままソファーへ倒れ込んだ。
◇
「結局、犯人は太陽だったってことだな?」
俺の言葉に、麻琴はクスクスと笑う。
「犯人だなんて、ひどい言い方だなぁ」
結局あのあと俺達はさらにベッドへ移動して、今に至る。気付くと辺りはすっかり暗くなっていた。
ベッドの中で後ろから麻琴を抱きしめたまま、先程の写真の話をしていた。
「どうせ太陽のことだから、オレに任せとけとか言ったんだろ」
「当たり! 良くわかったね?」
「太陽が考えそうなことだ」
楽しいこと大好きな太陽は、学内外のイベント企画なども請け負うほど、ひらめきや発想が人より長けていて、それをしっかりと形にする企画力も併せ持っている。
麻琴が相談したことにより、クラスメイトの協力を得て、ドラマみたいなシチュエーションでのキス写真を撮ることに成功したのだろう。
少々呆れつつも、俺達の思い出作りに協力をしてくれたということで、一応感謝しておこうか。
「あそこで俺が、キス以上のことをしたらどうするつもりだったんだ?」
俺の意地悪な問いかけに、麻琴は「ふぇっ?!」っと変な声を出した。
「キ、キスいじょっ……?!」
抱きしめた腕の中にいる麻琴が、動揺のあまり落ち着きがないようにもぞもぞと動く。
「そ、そんなこと、学校でするわけない、だろっ?! ……そういうのは、家に帰ってから、でっ!」
麻琴は慌てながらそんなセリフを言うけど、無自覚に煽っているということに気付かないのだろうか。
まさに今、その『家にいる時』なのに。
一度静かになった俺の心も体も、麻琴を欲して再び熱を持ち出したことに、まだ麻琴は気付いていない。
(終)




