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神隠しの子  作者: ミドリ
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其の四十二 風呂

挿絵(By みてみん)

 夏場の風呂は、入るまでは暑くて正直浸かりたくないが、一旦浸かった後は、不思議とさっぱりとする。それを認識した瞬間の感覚が、俺は好きだ。


 風呂場の窓を少し開けると、外気温はまだかなり高い筈なのに、時折吹き込む風は、心地よく俺の表面の粗熱を冷ましていく。


 窓の外から、昼間とは違う虫の鳴き声が聞こえてきた。家の裏は雑草が育ち放題になっているので、虫にとっては天国なのかもしれないな、と少しカビが生える天井のタイルを眺めながら考えた。


「そろそろ上がるかー」


 今日は、俺にしては珍しく朝から労働した所為か、身体が重かった。午後には花を味わってから勉強を詰め込み、更に体力を削られている。


 まあ、どう考えても自分のスケジュールの組み方に問題があるだけなのだが、誘惑とはかくも抗い難いものなのだ、と最近は己の欲にどこまで素直になるべきかに頭を悩ませていた。贅沢な悩みであることは承知している。


「あ、そうだ」


 今夜は、花からおやすみのキスをもらえる。花は基本受け身なので、この一歩は大きかった。


 花も母さんも、まだ風呂には入っていない。俺がここで時間を食うと、花とのキスがどんどん遅くなるだけだ。


 急いで立ち上がり、風呂の蓋を閉じる。


 風呂場のプラスチック板の扉を開けた。


「――うおっ!」

「あ、入ってたんだ」


 花が、裸でこちらを向いて立っていた。俺の身体だって散々見られているっていうのに、俺は咄嗟にバスタオルを掴むと股間に当てて隠した。


 花の白い肌に、視線が釘付けになる。俺が付けた跡はくっきりと残っていた。恥ずかしがりもせず堂々と胸を張って立っているから、俺の視線はどうしたってそこに行く。これはもう、仕方のないことだろう。


「……後でね」


 花は小さく笑いつつ言うと、すっと横を通り過ぎて行った。


 パタン、と風呂場の扉が閉まる。


 俺は、花が消えて行った扉の向こうを、暫くぼんやりと眺めていた。


 シャワーのお湯が床に当たる音が聞こえる。


 外じゃないから、か――?


 あんなにも恥じらいを全面に出していた花とは思えない態度に、俺は戸惑いを隠せずにいた。


 ポタリ、と髪から床に水滴が落ちる。


 それをキッカケに、とりあえず拭くことに思考を切り替えることにした。髪をガシガシ拭きながらも、脳裏に浮かぶのは先程の、堂々と、且つ美しい花の裸体ばかりだった。


 女子は女になると変わるとかなんとか、聞いたことはなかっただろうか。ある様なない様な話で無理矢理自分を納得させると、俺は自分の部屋に戻った。


 部屋の電気は点けっ放しだった。花は節約家なので、珍しいこともあるものだ。


 そこで、ひとつの可能性に気が付いた。そうだ、俺や母さんが疲れた様に、いくら花が普段炎天下で走りまくっているからといって、花だって疲れているに決まっている。しかも、午後はあれだ。肉体的にも精神的にも、疲れ切っているのだろう。


 脱衣所のあれは決して急に積極的になった訳ではなく、疲れでぼうっとしていたのに違いない。

 

 すとんと腑に落ち、ひとり情けなく笑みを浮かべた。


 すると、二段ベッドの下の段、すなわち俺のベットのタオルケットが乱れているのが目に入った。――おかしい。朝、しっかりと布団は綺麗に整えた筈なのに。


 それか、疲れた花が力尽きてそこで横になったのか。まあそれも、のちほど花に聞けば分かるだろう。


 俺は首を横に振ると、水を飲みに台所へと足を向ける。


 足元にぐしゃぐしゃに丸められたタオルケットに、はっきりとは分からない既視感を覚えた。だが、脳みそは言ってみれば半覚醒状態で、気を抜けば休む方へと傾いていってしまう状態にある。


 従って、俺の脳みそは「究明は後回し」という選択をした。


 ――花にキスをしてもらったら、俺のベッドで何をしていたのか聞いてみよう。きっと、花は真っ赤になってあれこれ言い訳をする筈だから。


 花の反応を考えるだけで、俺の顔には自然と笑みが浮かぶのだった。

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