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神隠しの子  作者: ミドリ
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其の四十三 追憶

挿絵(By みてみん)

 リビングでテレビを見ていた母さんと言葉を少々交わし、喉の渇きを潤した後は、早目に自室に退散した。


 花が戻ってきた時に、部屋にいたかったのだ。何と言い訳するのかを考えるだけで、ニヤつきが止められなかった。


 二段ベッドの下段に仰向けになり、今日の出来事を反芻する。


 墓場で見かけた赤いTシャツの男は、あれから俺達の前には現れてはいない。これまでちょくちょく目に入った太一の手も足も、そういえば今日は見ていなかった。


 太一の影は、俺が宗二という認識を取り戻してから、俺の前をチラつく様になった。だが、こうも突然に現れるものだろうか。


 そこで考えた、ひとつの可能性。それは、俺が太一だった時も奴はいたのでは、ということだ。そこかしこにいたのに、俺が認識していなかったが故に、見えていなかっただけなのではないか。


 ふう、と大きく息を吐く。考えても答えの出ないことをぐるぐると考えていても、発展性はなさそうだ。


 ここはやはり、あの日に何があったのかをはっきりと思い出すべきなのではないか。


 昼間に見た山の森の光景が、脳裏に広がる。それと同時に、迫り来る蝉の声が脳内に響き渡り、今はまだ昼間なのではと思わず錯覚した。


 それほどに、その音はあまりにもリアルだった。


 振り払おうが消えない蝉の声に、いつしか俺の意識は子供の頃へと飛んでいた――



「宗二! 何であいつらを言わせっ放しにしとくんだよ!」


 僕とそっくりなのに僕には出来ない、悔しげな中に怒りを含んだ表情を浮かべ、太一が怒鳴った。太一は、薄い布の長袖を着て膝丈のズボンを履いている。季節は春の様で、田圃にはまだ小さな苗がポツンポツンと植えられているだけだ。


「だって、別に怒ってないし」


 僕の横には、伏目がちの花が静かに歩いている。僕は、そんな花の歩幅に合わせて歩いていた。


 せっかちな太一は、僕達に合わせて歩くのをいつも嫌がる。トラクターが路駐している、畦道に毛が生えた程度の道をいつも大体後ろ向きに歩くので、緩衝材という大事な役割を担っているランドセルは、まだ三年生だというのに既にボロボロだ。


 前を向けばいいのにと思うが、それも嫌らしい。待てないなら先に帰ればと言うと、それも嫌だという。困ったものだった。


「宗二がそうやってあいつらを甘やかすから、奴らが調子に乗るんだよ!」

「別に、からかわれる位、何ともないし」


 今日登校すると、教室の黒板に花と僕の相合い傘が書かれていた。花は真っ赤になって俯いたが、僕は周りもそう見ているならライバルが減っていいや、と放置した。すると、寝坊して僕に置いて行かれて走って登校して来た太一が、見た瞬間激怒したのだ。


 太一による犯人探しは、現場を見ていた気弱な女子に詰め寄ることであっさりと終了した。こちらをニヤつきながら眺めていた犯人のクラスのガキ大将の前に行き、臨戦態勢に入った太一。


 ああ面倒臭い、と思いながら、僕は無言で相合い傘を黒板消しで消した。ここで太一が暴れると、また放課後に母さんが呼び出しを食らって相手の親に頭を下げにいく羽目になる。太一が殴りかかる前に止めないと面倒なことを、僕は身に染みて学んでいた。


「太一、先生がもうすぐ来るよ。座って」

「宗二! お前は腹が立たないのかよ!」

「別に。好きにさせておけばいいじゃん」


 僕と花の間を引き裂かれないなら、基本何をされようが構わない。すると、こちらが全く気にしていない様子なのが理解出来なかったのだろう。ガキ大将が、僕を化け物でも見るような目つきで見たが、暫くしてふっと目を逸した。これで当面は静かになるだろう、と僕は安心した。


 からかっても通じない相手は、段々からかわれなくなる。僕が未だにからかわれる対象になっている理由のひとつは、どう考えても太一にあった。


 いちいち太一が突っかかるから、それであいつはからかうのを止めないのだ。暇を持て余している人間の相手にわざわざ名乗り出る程、僕は暇じゃない。そんな時間があったら花を見ていたいのに、太一の所為でこうやって花と過ごす時間が削られていくのが、僕は嫌で嫌で仕方なかった。


「――でもっ!」


 まだ納得がいかなそうな表情の太一に、僕はひと言。


「太一」


 ぐっと詰まった太一は、思い切り頬を膨らませながら、大きな音をわざと立てつつ、自席に座った。


 斜め後ろの席の花を振り返り、安心させる為小さく微笑む。花は、ほっとした様に笑いを返してくれた。それを見て、僕は一時間目の授業の準備を始めることにした。


 まだ怒りを発している太一の背中を、冷めた気持ちで見つめる。太一が怒るのは、太一が僕と花の仲を認めたくないからだ。そこに僕の気持ちは関係なくて、なのに太一は僕の為だといつも言う。


 それが、僕はいつも嫌だった。

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