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神隠しの子  作者: ミドリ
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其の三十 報告

挿絵(By みてみん)


一部改稿を行ないました。ストーリーに変更はございません。

 台所で母さんと並ぶと、その小ささに思わずどきりとした。――いつの間にこんなに小さくなったんだろうと思い、いや違う、自分が大きくなったんだと思い直す。


 それほど長い間、俺は様々なものから目を逸らして生きてきたのだ。


 母さんからも、太一からも、花からも、そして何よりも自分自身から。


 母さんの指導の元、米を研ぐ。


 若干ニヤニヤしている様な気がしないでもない母さんの顔をチラッと見て、確認を仰いだ。


「ん、いいんじゃないかな」


 最近は精米技術も発展し、白いのが出切ってしまうまで研ぐと逆に美味しくなくなってしまうんだとか。


 言われた通りの線まで水を入れると、米と水は1対1だから、鍋で炊く時はそうやって測るのよ、なんて教えてもくれた。


「へえ、面白いね」


 どうしてそんなきちんとした比率になってるんだろうと考えると、料理もなかなかに面白い。料理のさしすせそだって、染み込ませる順番だと聞いたけど、そこにもきっと科学的根拠があるに違いない。


 先人の知恵というものは凄いんだな、とこれまで料理に一切興味がなかった俺だって思えてくるのだから、まずは手始めにとりあえず台所に立つというのは、大事な一歩なのかもしれなかった。


 母さんに言われるがまま、今度はじゃがいもの皮を皮剥き機で剥いていく。芽の部分と緑色になっている部分は取らないとお腹を壊すのよと言われ、これまで母さんが何年も何年も当たり前の様に俺を腹痛から遠ざけてくれていたことにだって、今初めて気が付いた。


 子供は、そうやって知らない間に親に守られて育つのか。その有り難みをこうやって知っていくのは案外悪くない。


 だって、母さんが何だか嬉しそうだ。


 俺はこれまでずっと、家族にも花にも迷惑を掛けて生きてきた。……これから先、それを返していっても別によくはないか?


 一体誰に言い訳や遠慮をしているのかと自分に問いたくなる考えだったが、反抗期がなかった俺に残されたささやかな反抗心に対する言い訳なのかもしれない。


 太一として生きてきた期間は、俺は俺であり俺ではなかった。太一ならこうするだろう、それだけを指標に持ち、太一で居続けることが唯一の目標だった。


 つまり、始めから目標は達していた。だから、それ以上の目標がなかった。あえて言うならば、現状維持、それだけだ。


 ――それが、周りから見てどんなに痛ましかったか、夢から醒めた今なら分かる。


 だが、それを指摘出来ずにぬるま湯の中で共に過ごすことを選択した母さんを、誰が責められよう。母さんにとっては、太一も大事な子供だ。亡くして胸が引き裂かれる様な思いをしたのは、母さんだ。


 俺は、その痛みから早々に逃れてしまった。後始末を全て周りに押し付けての戦線離脱だ。


 もういい加減向き合おう。だったら、ちゃんと母さんに見せてやろう。


 俺が未来へと一歩踏み出したことを。


「母さん、あのさ」

「うん?」


 俺が皮を剥いたじゃがいもを、母さんがまな板の上で切っていく。


「俺、花と付き合うことになった」


 驚くかな、それとも花に写真を提供していた位だから、やっぱりね、なんて言うだろうか。


 皮剥きを続けながら待った。がしかし、反応が返ってこない。不審に思い、手を止め母さんを見ると、なんとエプロンで目尻を押さえているじゃないか。


 ドキッとして、慌てて屈むと母さんの顔を覗き込んだ。


 母さんは俺と花のことを応援してくれていると思っていたが、あれは勘違いだったのか。いくら花が可愛いとはいえ、それとこれとは話が違うのか。俺の不安がピークになったその時。


「ふ、ふふ、ふふふ……」


 エプロンの奥から聞こえてきたのは、まさかの笑い声だった。


「花ちゃん……! 頑張ったのね、おめでとう……!」


 しかも何か方向がずれている気がするのは、俺だけだろうか。


 母さんは晴れやかな顔を上げると、俺の背中をバン! と思い切り叩いだ。


「宗ちゃんてば、待たせ過ぎなのよ! もうどれだけこの時を母さん達が待っていたことか!」

「ちょっと待って母さん、話が見えないんだけど」


 すると、母さんは俺の背中を更にバンバン叩いた。痛い。


「あんたってばもう本当に鈍感なんだから、もう母さんやきもきしちゃったわよ! ああ、よかった―!」


 そう言って胸を撫で下ろしている。これは普通の親の反応なのだろうか? ちょっと違う気がしたが、まあこれで俺と花は親公認の仲な訳だ。


「ま、まあ喜んでくれるならよかったよ……」


 他に何と言っていいか分からずにそう言い微妙な笑みを浮かべると、丁度風呂から上がってきた花と目が合った。


「あ、花……」


 花に今の話をしようとした途端、母さんが花に飛びついて行き、俺の上げられた右腕は行き場を失ったのだった。


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