サマルトリアのホシくん
「ちょっ、ベル。ブロッサムをどこに連れてくつもりだよ!」
デイジーが怒鳴るように言う。
けど、子供のキンキン声じゃちっとも迫力がない。
「カーネリア様の所よ。あなた達は無関係なんだからついて来ないで」
乱暴に手を掴んでいるブロッサムに、歩調を合わせずずんずんと進んでいくベルちゃんの背中はとても冷たい。
俺がドキドキしたあの女の子と同一人物なのか、わからなくなりそうだ。
俺、ちっともベルちゃんを知らないで好きになりそうになってたんだって、思い知らされた。
「心配しないで」
ブロッサムはこちらを振り返り、また泣きそうな顔で笑う。
その顔は子供のそれなのに寒さの中咲き誇る花のように可憐で、俺は少しドキリとした。
「デイジー、私は大丈夫だよ」
その身体は小刻みに震えており、今から受ける罰に怯えているように見える。
「ブロッサム!」
デイジーは狭い廊下を猿のように俊足で駆け抜け、ベルちゃん達の前に両腕を拡げて立ちはだかった。
「ベル、違うよ! 最初にアニキに乗っかったのはデイジーなんだよ! ブロッサムもやろうって誘ったのもデイジーなの!」
ベルちゃんは立ち止まる。
俺はデイジーが必死の形相でまくし立てるのを、どうする事もできず黙って見守る事しかできなかった。
「仮に本当にそうだとしても、あなたは第二部隊長として罪は免れる」
「なんでさ! デイジーもいけない事したのになんでブロッサムだけなのさ!!!」
ベルちゃんは相変わらず怖くて厳しい女上司みたいなオーラを纏ってるし、ブロッサムは下を俯いて、何も話そうとしない。
「デイジーはいいのよ」
ベルちゃんの口調は冷たい。
「なんで……なんで!!」
デイジーは目にいっぱいの涙を溜め、声を震わせて、尚も胸を張ってふたりを通せんぼしている。
「行きましょう、ベル様。カーネリア様にお時間を取らせては申し訳ないです」
ブロッサムが、静かに言った。
「デイジー。これはしょうがない事なんだよ」
きっと二人は、ブロッサムの方がお姉ちゃんなんだろう。
「なー、ホシくん。なんでベルちゃんはあんなにブロッサムに厳しいんだろうな」
俺は自室に戻り、ぶっ壊れた扉の木片を拾いながら、ホシくんに話掛けてみる。
っていうか朝の騒動があってもコイツ、一言も喋らなかったよな。
空気読んでたのかな。
「なんの話してるんだ?」
ホシくんがポチポチと点滅を繰り返し、くるくると回りながらこちらへ近づいてきた。相変わらず明るそうだなぁ。
「え、だから今朝のさぁ」
ホシくんが首を傾げるかのように角度を傾ける。
「寝てたんだ、何があったか説明して欲しいんだ」
「え、寝てたの!? あの騒ぎの中でぇ?」
疑問形というか語尾がアゲアゲのチャラ男さんになるのも無理はない。
だって、今朝の騒動って最初にデイジーが扉突き破ったとこから始まったわけで。
正直さ、滅茶苦茶うるさかったよ?
ラリホーかけられたって覚めるんじゃないかってレベルの騒音だよ?
っていうか手元に布団たたきがあったらベランダから身を乗り出して「さっさと引っ越せ」コール始めちゃうレベルだよ?
まあ異世界から引っ越してきたのは俺の方だけど。
それを無視してグーグーと鼻ちょうちん作れるとかどんな神経してんだよ。さてはお前、サマルトリアの王子だな?
じゃなかったら。あ、もしかしてホシくんって俺の声しか聞こえないの?
それならあの騒音で爆睡っていうのも納得ができる。
「キヨさーん」
遠くの方から女の人の声がした。知らない声だった
「あ、キヨシくん、呼ばれてるんだ。部屋から出るんだ!」
あ、コイツ。この星。ダメなのは耳じゃなくて頭っぽいな。
頭弱いっぽいな。こいつの正体はやっぱサマルトリアの王子なんだな。
それにしても俺を呼んだのは誰なんだろう。
「キヨさん、あらあらまあまあ、なんという事でしょう」
知らない女の人は、俺の部屋を見るなり大改造ビフォーアフターみたいな事を言って息を呑んだ。
白いホルターネックのドレスに身を包んだ彼女の露出は控えめだ。
確かに二本の腕はまるまる露出しているものの、ネリアやデイジーの痴女ルックとは天と地程の差がある。
「わたくし、レスティと申しますの。騎士団員志願兵の教官をしておりますの」
レスティと名乗った女の人は膝丈のワンピースの裾を掴んでおじぎする。
なんていうか、育ちの良さそうな女だ。
ふわっとしたミルクティー色の顎まで伸びた髪が揺れる。
えっとこの髪型、何て言うんだっけ?
外人っぽい名前のやつ。
アンディじゃなくてなんだっけ、えっと……ボブ!
「貴方の事はカーネリアの方から聞いておりますの。あなたの指導はわたくしがさせて頂く事になりましたの」
「は、はあ」
レスティはすっと目を細める。
可憐だ。映画の中のお嬢様みたいに優雅な女の人だ。
白いワンピースが更にそのイメージを加速させている。
胸は……普通ぐらいかな。あ、でもベルちゃんとブロッサムのせいで目測機能が麻痺してるのかも。栃木基準ならきっとこれでも巨乳だ。
「それでは、挨拶も兼ねてお茶を致しましょう。案内致しますわ」
と、白のワンピースを翻してレスティが俺に背中を見せる。
俺はぎょっとして息を止めた。
レスティの白いワンピースの背中はざっくりと開いており、割れ目が丸見えのお尻の大事な部分を交差させたベルトが隠している。
なんということでしょう。
こいつも痴女だった。