第15話 因縁は静かに交わる
三人のヴィランは声を発することも出来ずに
ラミエラを見つめていた。
先程までの高揚が嘘のようにラミエラは
どこか退屈そうに三人へ視線を向けている。
「せっかく期待していたのに……残念ね」
何気なく持ち上げた指先に小さな黒炎が灯ると
三人の表情が強張った。
「あら……そんなに怖がらなくても
いいのよ?」
「さっきの子にはちょっと期待しすぎちゃった
みたい。全然満たされなかったもの」
指先を軽く払うと黒炎がふわりと宙へ舞い、
そのまま三人を囲むようにゆっくりと
漂い始めた。
黒炎が傍をかすめるたびに三人の視線が揺れる。
その様子を眺めるラミエラの口元にはいつしか
楽しげな笑みが浮かんでいた。
「ねぇ……今度は誰が
私を満たしてくれるのかしら?」
バチッッ!!
三人の間を漂っていた黒炎を雷が貫き、
その炎を跡形もなく掻き消した。
「おいおい、姉さん。
また随分と楽しんでんじゃん?」
「あら……ガルヴァ。
せっかくいいところだったのに」
黒炎を消されたというのにラミエラは
眉一つ動かさない。
むしろガルヴァの姿を見つけるとゆっくりと
微笑んだ。
「もしかしてこの子達が
心配で来てくれたのかしら?」
「忠告しに来てあげたの!
あんまやりすぎると“あの方”に
いじめられちゃうよ?」
「あら……」
ラミエラは一瞬だけ目を細めると何かを
想像するようにゆっくりと唇をなぞった。
「ふふっ……“あの方”になら少しくらい
激しく攻められるのも……
悪くないかもね?」
「はいはい、どっちもいける人でしたね~」
軽い調子でそう返したのはどこか少年っぽさの残る若い男だった。無造作に伸びたハニーブラウンの髪に黒を基調とした軽装。細身ながら鍛えられた身体に力みはなく、目の前の惨状にも気負う様子はない。
「それにちゃんと
三人も残してあげたでしょう?」
「その三人まで燃やそうとしてたあんたが
よく言うぜ」
「あら、少し遊んでいただけよ?」
「姉さんの『少し』は信用してねぇから」
「ふふっ。あなたも強い相手を見つけると
夢中になっちゃうくせに」
「ははっ、そりゃ否定できねぇな」
その口元に特徴的な八重歯を覗かせながら、
ガルヴァは悪びれる様子もなく笑い、
そのまま三人へと目を向けた。
「でもまあどうせならこいつらにも
少しくらい楽しませてもらいたいじゃん?」
そう言って三人へ目を向けたガルヴァから
ふっと笑みが消えた。
「……分かってるよな?
これが“あの方”の慈悲で与えられた
最後のチャンスだってことは」
先程までとは違う声音に三人の表情が強張る。
「い、言われなくても分かってるさ」
三人の中で最も小柄な男が低い声で答えた。
「俺達は一度失敗した。
次はない……それだけだろ?」
「そ。分かってんなら話は早い」
それだけ確認するとガルヴァはいつもの調子に
戻り、三本の指を立ててみせた。
「さっき施設周辺でヒーローが
三人確認された。
そいつらを殺せたら……まあ、お前らにも
再起のチャンスがあるかもな~?」
「……誰をやればいい?」
「おっ、やる気じゃん!」
楽しげに笑ったガルヴァは三人を見回すと
先程答えた小柄な男を指差した。
「じゃあまず……そこのまん丸のおっさん!」
「……ミスター・タッチよ」
ラミエラが呆れた様子で横から名前を添える。
「あー、それだそれ!」
ガルヴァは思い出したように手を叩く。
「お前の能力面白いんだよな~
お前はジャスティスとやれ!」
「あー……残り二人は好きにして~」
――よし、ちょっとした賭けをしよう。
ジャスティスがアイツに勝てたならご褒美に
俺が遊んでやる。
うん、ご褒美だ。
頑張ったアイツへのご褒美だ。
決して俺の為ではない!
「……あら。イケナイこと……
したそうな顔してる」
「よーし! お前らしっかりやれよ~!
ま、全員勝てとは言わねぇけど!」
ラミエラの言葉には答えず、ガルヴァは
三人へ向けて楽しげに声を張り上げた。
そんなガルヴァを見つめながら、
ラミエラはすべてを察したように目を細める。
「……ふふっ。本当に悪い子なんだから」
♢
プロメテウス計画に関連していたとされ、
バスティオンの目撃情報もあった廃施設。
ジャスティス達はその施設の目前まで
迫っていた。
「それにしても随分張り切ってるわね」
隣を歩く不墜華に
そう言われジャスティスは上機嫌に笑った。
「そりゃそうだろ! 久しぶりに
真壁のおっさんから直接任された
仕事だからな!」
「長官を『おっさん』って呼ぶくらいだもの。
やっぱり付き合い長いの?」
「ああ。俺をヒーロー協会に誘ってくれたのも
おっさんだ。昔は言うこと聞かねぇわ、
任務じゃ好き勝手やるわで散々迷惑
かけたけどな」
当時の自分を思い返し、ジャスティスは
苦笑しながら頭を掻いた。
「それでも見捨てずに色々教えてくれた。
だから感謝してるんだ」
「へぇ……ちゃんと感謝してるのね」
「おい! 俺をなんだと思ってんだよ!」
グレイスフォールが小さく笑うとジャスティスは
気を取り直すように両手で頬を叩いた。
「よしっ! バスティオンがここにいるなら
今度こそ連れ戻してやる!」
「ちょっと気合い入りすぎじゃない?」
「これくらいで丁度いいんだよ!
それに今の俺なら前よりもっと
蒼光を上手く使えるかも
しれねぇ!」
ジャスティスは前方に見えてきた廃施設へ視線を
向けたままさらに続ける。
「おっさんにも成長したところを
見せてやれるしな!」
「……張り切るのはいいけど
空回りしないようにね」
「大丈夫だって!
今日の俺は絶好調だからな!」
「ジャスティス……」
不意に名前を呼ばれジャスティスは
ヴァリアントへ目を向けた。
「ん? なんだ?」
「一つだけ言っておく」
ヴァリアントは足を止めることなく
前を向いたまま続ける。
「何のために我々は戦うのか――
履き違えるなよ」
「……?」
思いもよらない言葉にジャスティスは
目を瞬かせる。
「お、おう……」
ヴァリアントはそれ以上何も言わずに
廃施設へと視線を戻した。
「……急にどうしたの?」
グレイスフォールが尋ねるとヴァリアントは
少し間を置いて答えた。
「少し気になっただけだ」
「気になったって……」
グレイスフォールは隣を歩くジャスティスへ
目を向ける。本人は忠告の意味が分かって
いないのかどこか腑に落ちない顔をしていた。
確かに今日はいつもより
張り切ってるけど……。
それだけなら私も気にしなかった。
でもあのヴァリアントがわざわざ口にしたと
いうことは――
『ジャスティス……大丈夫だよね……?』
♢
「……酷い」
施設内に足を踏み入れたグレイスフォールは
思わずそう呟いた。
長い間放置されていたはずの内部には今も
過去の研究の痕跡が生々しく残されている。
「……ここは能力者の研究に
使われていた施設のようだな」
周囲を探っていたヴァリアントが
静かに口を開く。
「能力者には未だ解明されていない謎が
多い。独自に研究する為に表には出ていない
研究施設が存在すること自体は
それほど珍しいことではない」
ヴァリアントはそこで足を止めた。
その視線の先には床にこびりついた黒ずんだ
血痕が残されていた。
「……だが、ここでは随分と非道な研究が
行われていたようだ」
その後も施設内を進んでいると三人は
壁に残された古びた案内図を見つけた。
「かなり広い施設だな……」
ヴァリアントが案内図を確認していると
ジャスティスが不意に通路の奥へ顔を向けた。
「……この先に誰かいるな。
それも一人じゃねぇ」
「バスティオン?」
「分からねぇ。
ただ……あんまり良い感じはしねぇな」
ジャスティスが反応を感じた方角を伝えると
ヴァリアントは案内図を辿り、その先にある
広い区画へ目を留めた。
「……どうやらお待ちかねのようだな」
三人は警戒を強め、そのまま通路の奥へと進んでいった。
やがて三人の足音が遠ざかり、施設内に再び静寂が戻る。
その途中で誰にも気に留められることのなかった一室の色褪せた扉のプレートには一つの名が残されていた……。
――TENJOU
♢
通路を抜けた先にはそれまでとは比べものに
ならないほど広大な空間が広がっていた。
「うお……広っ!」
ジャスティスが思わず声を漏らす隣で
グレイスフォールもその広さに目を見張る。
「ここが案内図にあった区画ね……」
「……いたぞ」
ヴァリアントの声に二人が前方へ目を向けると
実験場の中央には三人のヴィランが
待ち構えている。
「……あいつらか」
ジャスティス達が足を止めて三人のヴィランと向かい合う姿を観察室からラミエラとガルヴァが見下ろしていた。
静まり返った実験場でミスター・タッチの口元が不気味に歪む。
「……ヒッ」
次から戦闘開始です。




