第13話 天を剋す者(てんをこくすもの)
ヒーロー協会本部の吹き抜けとなったエントランス
には最新のヒーロー総合ランキングが大きく表示
されている。
その前で順位を見上げる男が一人いた。
綺麗に整えられたアッシュブラウンの髪にすらりとした長身に白を基調としたヒーロースーツには余計な装飾がなく、左腰には鞘に収められた一振りの剣を携えていた。
端正な顔立ちと落ち着いた佇まいには
トップヒーローらしい風格が漂っている。
「……今日も二位か」
ヒーロー総合ランキング
第2位――《VALIANT》
普段なら確認するのは自分の順位と
一位との差だけだった。
しかし立ち去ろうとしたところで本来なら気に留めることもないはずの位置に以前より明らかに順位を上げている名前を見つける。
《JUSTICE》
「……こいつ、いつからこんな上位にいる?」
詳しい経歴までは知らないが規格外の力を持ち
“現役最強”とまで呼ばれているヒーローだと
いうことは知っていた。
『待て。
私より下にいる貴様が現役最強と呼ばれ……
そのうえ私を抜くつもりなのか?』
『……落ち着け。私は一位を目指している。
奴の遥か先にいるのだ』
考えれば考えるほど《JUSTICE》
の名が気に障った。
『そもそも何だ、私を差し置いて現役最強とは』
そこまで考えて、ヴァリアントは自分を戒める。
『……いかん。相手は何もしていない。
会ったことすらない男に
腹を立ててどうする』
『…………』
『……許せん!』
「おのれジャスティス!!」
突如響き渡った怒声にエントランスを行き交っていた人々が一斉に振り返った。
「な、何だ!?」
「急にどうした……?」
長年にわたりトップ争いを続けながら、
一位にはあと一歩届かず、誰にも
二位を譲らない彼についた異名は――
《永遠のNo.2》
ヴァリアントが最も嫌う呼び名だった。
♢
ヒーロー協会本部では新人職員とベテラン職員が
並んで事務作業を進めていた。
「そういえば最近“ハカネェ”って
呼ばれなくなりましたよね」
「今は“テイネェ”だからな」
ベテラン職員は仕事を続けたまま答える。
「最初に聞いた時は何のことかと思いましたよ。
定時お姉さんって……」
「本人は気に入ってるらしいぞ」
「そりゃそうですよ。少し前まで定時帰宅
なんて夢のまた夢だったんですから」
新人職員は感慨深そうに頷いた。
「ジャスティスも変わりましたよねぇ。
最近じゃ被害報告もほとんど――」
「おい。あんまりそういうこと言うな」
「何でですか?」
「この職場で平和を口にすると
大体ろくなことにならん」
「そんなわけ――」
「…………帰りたい」
聞き覚えのある声に振り返ると机の上には
大量の書類が積み上がり、その向こうで
ハカネェが完全に力尽きていた。
「……ハカネェさん?」
「その名前で呼ばれるの……
久しぶりですね……」
「えっ!? 何があったんですか!?」
「バスティオンの件と……地下通路の件と……
ジャスティスさん関連の処理が……
全部こっちに……」
「でも今回、ジャスティスは
何も壊してませんよね?」
「そうですよ……何も壊してません……」
ハカネェが書類の山から力なく顔を上げる。
「でも私、ジャスティスさんの担当
なんです……。だから全部私に
押し付けられたんです……!」
「そ、そんな理不尽な……」
「私が一番そう思ってます……!」
そのまま再び机へ突っ伏す。
「昨日までは……定時で帰れたのに……」
「きょ、今日は?」
「無理です……」
「明日は?」
「もっと無理です……」
「じゃあ……テイネェは?」
「……短い人生でした」
新人職員がベテラン職員を見る。
「今日からまたハカネェですか?」
「そうなるな」
「嫌ぁぁぁ!! 戻りたくないぃぃ!!」
ハカネェの悲鳴が響く中、職員達の背後から
落ち着いた声がかけられた。
「取り込み中のところ失礼する」
「ヴァ、ヴァリアント!?」
新人職員が思わず声を上げる。
そこに立っていたのはヒーロー総合ランキング
第2位――《VALIANT》
先程エントランスで怒声を響かせていた人物
とは思えないほど穏やかな態度で職員達へ
軽く頭を下げた。
「驚かせてしまったようだな。すまない」
「い、いえ! まさかヴァリアントさんが
こんな所に来るとは思わなくて……!」
「少し人を探していてね」
「人……ですか?」
「ああ。ジャスティスの担当職員に
聞きたいことがある」
新人職員が机に突っ伏しているハカネェを示す。
「……あちらです」
大量の書類に埋もれたまま、
ハカネェが僅かに顔を上げた。
♢
いつもの公園ではジャスティスと優が
ベンチに座り、その前で子供達が
今日あった出来事を好き勝手に話していた。
「俺、今日のテスト62点だった!」
「おお! 結構いいじゃねぇか!」
「微妙だよ。隣の奴は98点だったし」
「じゃあそいつが凄すぎるだけだろ。
62点取れたなら十分じゃねぇか」
「……何か元気出てきた!」
「だろ?」
「じゃあ次は100点目指す!」
「いきなり100点じゃなくてもいいだろ。
次は63点を目指せ」
「1点だけ?」
「前より上なら成長してるだろ」
「確かに!」
隣で聞いていた優が口を挟む。
「でも1点ずつだと
100点を取るまで38回かかるよ?」
「38回も成長できるのか!」
「そんなに!?」
「だったら一気に100点取るの
勿体なくねぇか?」
「確かに! 100点は最後に取る!」
「……なんか話変わってない?」
♢
――――ドンッ!!
公園の入口ではヴァリアントが堂々と
ジャスティス達を見つめていた。
『下手に身を隠せば余計に怪しまれる。
私はヒーローだ。普通にしていればいい』
「あっ、ヴァリアントだ!」
通りかかった親子が足を止める。
「こんにちは~」
「こんにちは。今日も元気そうで何よりです」
「今日もパトロール?」
「ええ。皆さんが安心して過ごせるよう
街の安全を見て回っています」
「ヴァリアント、頑張ってね!」
「ありがとうございます。
その言葉が何よりの励みになります」
親子へ丁寧に頭を下げて見送るとヴァリアントは
再びジャスティスへ目を向けた。
先程、ヒーロー協会で見た光景が脳裏に蘇る。
大量の書類に埋もれ、
机に突っ伏していた担当職員。
『あれほど疲弊した担当を残して、
本人は子供達と楽しそうに談笑か……』
『この鬼畜が……!』
だが、あの惨状の中でハカネェが語った
ジャスティスの話は意外なものだった。
『前だったらこのくらいの書類、
ジャスティスさんが壊した分だけでも
珍しくなかったんですけどね……』
『でも最近は本当に壊さなくなりましたよ。
地下通路でも誰一人傷つけずに
全員助けちゃったんですから』
目の前のジャスティスも子供だからと
適当に話を合わせてはいない。
62点を取った少年を誰かと比べることもなく、
その子が次に進むことだけを考えていた。
『……なるほど』
現役最強と呼ばれているのは気に食わない。
自分の順位へ迫っているのはなお気に食わない。
それでも目の前で見たものまで否定する理由には
ならなかった。
『少なくとも噂だけで判断していい男では
なさそうだな』
『……気に食わんが』
「……まだ帰らないのか」
木陰から聞こえた声にヴァリアントは
ジャスティス達を見たまま答えた。
「随分子供達に懐かれている。
しばらくは無理だろうな」
「ちっ……一人なら話が早いんだが」
「奇遇だな。私も一人になったところで
奴に話を聞くつもりだ」
男が木陰から半身を覗かせる。
「……あんたもあいつに用があるのか?」
「ああ。少々気に食わないことがあってね」
「そうか。俺もだ」
『……ん?』
「現役最強だか何だか知らねぇが
最近やたら評判まで上がってるらしいな」
「そこは私も気に食わん」
「話が分かるな、あんた」
男は木陰から姿を現し、さらに一歩近づいた。
『…………ん?』
「俺なんかあいつのせいで
ずっと酷い目に遭ってきたんだ」
「それは災難だったな。ただ事実以上に
悪く言うのは感心しない」
「まあいい。あいつが一人になったら
ケリをつける」
『…………んん?』
いつの間にか男はヴァリアントの
すぐ隣まで来ていた。
「でも子供がいるうちは駄目だ。
巻き込むのは後味が悪い」
「その点は同感だ。彼らが帰るまで待とう」
「やっぱりあんた話が分かるな」
「君もな」
「……で、あんたはどこを狙う?」
「どこを狙う、だと?」
「俺は心臓だ。確実に殺すならそこだろ?」
『…………んんんっ!?』
ヴァリアントが隣を向く。
男もそこで初めて白いヒーロースーツと
左腰の剣をまともに見た。
互いの正体に気付いたのはほぼ同時だった。
『こいつ……普通にヴィランでは!?』
「お前まさか……
《永遠のNo.2》ヴァリアント!?」
「その呼び方は許さん!!」
「ちっ……ヒーローがいたのかよ!」
男がジャスティスへ狙いを定める。
「邪魔される前に殺す!」
力が噴き上がった瞬間、
ヴァリアントがその身体を捉えた。
「なっ――!?」
「子供を巻き込まないと言ったのは君だろう」
ヴァリアントは男を捉えたまま地面を蹴り、
一気に公園の外へ飛び去った。
♢
「……行ったか」
「あの人に任せて大丈夫そう?」
「ああ。近くに来た時に感じたんだ。
あいつ相当強いぞ」
「感じた?」
「最近なんとなく分かるようになってきた。
距離が離れすぎてると感じ取りにくいがな」
「成長してるね。意外と」
「意外とは余計だろ!」
ジャスティスは子供達へ声をかける。
「師匠達! 今日はここまでにしようぜ!」
「えー! もう終わり?」
「続きはまた今度な。今日は俺が送ってく!」
「弟子が?」
「おう。たまにはいいだろ!」
「じゃあアイス買って!」
「何でそうなるんだよ!」
「弟子から師匠へのお礼!」
「何のお礼だ!?」
「早く行こーぜ!」
「おい!! 買うとは言ってねぇぞ!」
先に歩き出した子供達を追いかけようとした
ジャスティスが優を振り返る。
「天城も行こうぜ!」
「うん」
優も白杖を手に立ち上がり、
皆と一緒に公園を後にした。
♢
公園から離れた人気のない場所へ降り立つと
ヴァリアントは男を解放した。
「随分遠くまで連れてきやがって……!」
男は数歩下がって距離を取る。
ヴァリアントは左腰の剣へ手を添えたまま、
ただ男が動くのを待っていた。
「……何だ、その余裕」
ヴァリアントからの反応は無い。
「ハッ……所詮は《永遠のNo.2》だろ?
ジャスティスを殺す前の景気づけには
ちょうどいい!」
男の身体から異能が溢れ出す。
空気が震え、足元の地面に亀裂が走った。
それでも――ヴァリアントは動かない。
「これが俺の能――」
男の言葉が途切れた。
《不天》
はすでに鞘へ収まっている。
「……喋りすぎだ」
「……は?」
遅れて男の肩口から鮮血が噴き出し、
膝から地面へ崩れ落ちた。
「……な、何が起き……」
ヴァリアントは倒れゆく男へ告げる。
「貴様では
《天剋一刀流》
を見ることすら叶わん」
ヴァリアントの左腰に収まる
愛剣――《不天》。
その名の如く、天より授かる異能も
生まれ持った才も求めない。
己が磨き上げた一刀のみで天を剋す(こくす)。
その信念を託した剣こそが――
《不天》である。
♢
ヴィランをヒーロー協会へ引き渡した
ヴァリアントは再び公園へ向かっていた。
子供達を危険から遠ざけ、ヴィランは一撃で制圧。周囲に被害も出していない。
『……決まった』
我ながら完璧な立ち回りだった。
ジャスティスについても実際に見て印象は
少し変わった。
気に食わんことに変わりはないが――
『もう少し様子を見てみるか』
そんなことを考えながら公園へ戻ったヴァリアントだったが、先程までジャスティス達がいた場所には誰もいなかった。
「……いない?」
ベンチにも遊具の周りにも
ジャスティス達の姿はない。
公園を離れてからそれほど時間は
経っていないはずだ。
『待て……』
自分がヴィランを連れ出した途端、
ジャスティス達は姿を消した。
『まさか、あのヴィラン……』
先程まで緩んでいたヴァリアントの表情が
徐々に険しくなっていく。
『私をここから引き離すために……!?』
「図ったな――!!
ジャスティスゥゥゥ――ッ!!!」
次回からは数話にわたる中規模のエピソードが始まります。




