第10話 顔を上げた先に
♢
暫く空を進み、ジャスティスは公園へ向かって
高度を落とした。
「着いたぞ!」
「や、やっと……」
地面へ降ろされた私は乱れた髪を直しながら
息を吐いた。
そんな私を余所にジャスティスは公園を見渡し、
少し離れたベンチへ視線を向ける。
「…………」
誰もいないベンチを暫く見つめ、
何も言わずに視線を戻した。
『……何か、気になるものでもあるのかな』
「あっ! 弟子きた!」
声に振り向くと数人の子供達が
こちらへ駆けてきた。
「遅いぞ!」
「必殺技できた!?」
「まだだ! だが、色々調べてきたぞ!」
ジャスティスは慣れた様子で子供達を迎え、
手帳を得意げに取り出した。
「師匠達の意見を聞かせてくれ!」
『……師匠?』
「ちゃんと勉強してきたんだな!
じゃあ見せて!」
「任せろ!」
『この子達が師匠なの!?』
ジャスティスは手帳を開き、
子供達の輪へ加わった。
以前この子達から、
「ヒーローなら必殺技があるものだ」
と教えられて以来、本気で研究を始めたらしい。
「俺が調べた限り必殺技は力を溜めてから
一気に放つものが多かった」
「やっぱり溜める時間は必要だよな。
すぐ出したら普通の攻撃じゃん!」
「なるほど……!」
ジャスティスは真剣に頷き、
その言葉を手帳へ書き込んだ。
「あと名前も大事だぞ!」
「名前?」
「必殺技なんだから、
カッコいい名前じゃないと!」
「英語にするだけで強そう!」
「英語……なるほど」
「放つ前に光ったり、
音が鳴ったりするのもいいぞ!」
「待て待て! 一気に言うな!」
好き勝手に飛んでくる意見を一つ残らず
書き留めようとジャスティスは慌てて
ペンを走らせる。
『……全部書くんだ』
「そうだ! こういうのもあるぞ!」
一人の男の子が立ち上がり、
両手を腰に構えた。
「か~め……」
「待て!」
「何で?」
「……分からん。
だが、その先は何かマズい気がする」
「だから何が?」
「俺にも分からん!」
『何を察したの!?』
そこだけ妙な危機感を働かせ、ジャスティスは
男の子の肩を押して静かに座らせた。
「じゃあ必殺技を出す直前に
静かになるのは?」
「静かになる?」
「そう!
それまでバーッて光って、
キーンって音がしてるのにさ」
男の子は大きく広げた両手をぴたりと止める。
「…………」
「そこで技の名前を言うんだよ!」
ジャスティスの目が輝いた。
「おお……! それはカッコいい。採用だ!」
「採用なんだ……」
ジャスティスは私の声も気にせず、その後も
子供達の思いつきを急かさず聞き続けた。
あれだけ強いヒーローなのに、
どんな意見にも真剣に耳を傾けている。
相手が誰でも自分にないものを持っていると
思えばこうして素直に聞けるのだろう。
『……変な人』
そう思っているうちに私は小さく笑っていた。
「そういえば、そのお姉ちゃん誰?」
子供達の視線が一斉に集まり、思わず一歩退く。
ジャスティスも今になって私を思い出したように
振り返った。
「ああ、こいつか? さっき会った!」
「さっき!?
知らないお姉ちゃん連れてきたの!?」
「知らないわけじゃねぇぞ!
不墜華
にすげぇ似てる!」
『結局それだけなの!?』
その名を聞くなり、
子供達が興味津々に私を囲んだ。
「本当だ! 髪とか似てる!」
「すげぇ! 黒重の魔女みたい!」
「ちょ、ちょっと……」
前から横から顔を覗き込まれ、
逃げ場を探すように視線を彷徨わせる。
「あ、それ何?」
一人の子が今日ようやく手に入れた
限定グッズを覗き込む。
「こ、これは……その……!」
咄嗟に身体の後ろへ隠す。
「何で隠すの?」
「えっ……い、いや……!」
答えに困る私を余所に別の男の子だけはグッズではなく私の顔を見つめ、確かめるように首を傾げた。
「ていうかこのお姉ちゃんが
グレイスフォール本人なんじゃないの?」
不意に核心を突かれ、全身が強張る。
「違うぞ」
私が何か言うより先にジャスティスが
迷いなく否定した。
「何で分かるの?」
「グレイスフォールはもっと堂々としてるし、
こんなにずっと下を向いてねぇ」
子供達と一緒にジャスティスまでこちらを見る。
いたたまれずに更に俯いたが、
彼の判断は揺らがなかった。
『……助かったけど、何か複雑……』
「でも似てるよなぁ。
そういえばお姉ちゃんの名前は?」
「えっ?」
考えてみれば今日ジャスティスと会ってから
一度も自分の名前を名乗っていない。
「あっ。そういや俺も聞いてなかった!」
『今!?
私も名乗ってなかったけど、
普通もっと早く気付かない!?』
「お姉ちゃん?」
子供達は急かさず、私の答えを待っている。
私はいつもより僅かに顔を上げた。
「ひ、柊……結衣です」
「結衣?」
「……うん」
「じゃあ結衣姉ちゃんだ!」
「よろしく!」
あまりにも自然に呼ばれ、少し遅れて
私も返事をした。
「……よ、よろしく」
「よし! じゃあ俺も名乗っとくか!」
「え?」
ジャスティスは妙に改まった様子で胸を張る。
「俺はジャスティスだ!」
「知ってるよ! 今更!?」
「何でだ? 結衣が名乗ったんだから、
俺も名乗った方がいいだろ?」
「もうずっと僕達、
ジャスティスって呼んでるじゃん!」
「…………」
ジャスティスは暫く考え、納得したように頷く。
「確かに!」
『今気付いたの!?』
子供達が呆れたように笑い出し、
私もつられて口元を緩めた。
つい先程まで離れた場所から眺めていたのに
いつの間にか私まで当たり前のように
その笑い声の中にいた。
「とにかく結衣だな!」
ジャスティスが改めて私を見る。
「覚えたぞ!」
「…………」
私はそっと視線を逸らした。
『なんか……凄く嬉しい……?』
「なあ、結衣姉ちゃん!」
「え?」
「どんな必殺技がいいと思う?」
「わ、私!? えーっと……」
♢
「……つ、疲れたぁ……」
子供達を見送り、私はようやく肩の力を抜いた。
『でも……楽しかったかも』
賑やかだった公園に静けさが戻る。
ジャスティスは手帳をしまうと
再びあのベンチへ視線を向けた。
『……また見てる』
公園へ着いた時から気にしている。
『……聞いても、いいのかな』
暫く迷ってから私は口を開いた。
「あ、あの……」
「ん?」
「さっきから……あのベンチ、
気にしてるよね……?」
「ああ。いつも天城がいるんだ」
「……天城?」
「俺の友達だ!
……最近は全然会ってねぇけどな」
ジャスティスは誰もいないベンチを
見つめたまま続ける。
「アイツ、俺に何か隠してるみたいなんだ。
聞きたいことはあるんだけどよ……
何か会いづらくてな」
「…………」
〝隠してる〟という言葉が胸に引っ掛かった。
ジャスティスはまだ隣にいる私が
不墜華だと知らない。
最初から隠すつもりはなかった。
ただ彼が私を別人だと思い込み、
訂正出来ないままここまで来てしまった。
『……私も、
秘密にしてることになるんだよね』
それでも今日は少し前の私なら
考えられないほど長くジャスティスと過ごし、
彼のことを少し知れた。
名前を覚えてくれたことが嬉しかったのも本当だ。
『……秘密があるからって、
全部が嘘になるわけじゃないんだ』
天城という人の気持ちは分からない。
けど、言えないことがあるだけでジャスティスから離れたいとは限らないのかもしれない。
「あ、あの……!」
思ったより大きな声が出て、
ジャスティスがすぐに振り向いた。
「えっ……あ……」
『こ、こっち見ないで……!』
頭の中では纏まっていたはずなのに
真正面から見られると言葉が出てこない。
私は視線を落としながら何とか続けた。
「その……秘密があるからって、
会いたくないわけじゃないと思う……」
「…………」
「言いたくても言えなかったり……
ど、どうしたらいいか分からなくなったり
することも、あると思うから……」
言葉にするほど自分のことまで話しているような気がして声が小さくなる。
それでも、今は途中でやめたくなかった。
「だから……その……ジャスティスから、
会いに行ってみてもいいんじゃないかな」
「俺から?」
「う、うん……」
最後は何とか彼の方を見る。
「……友達、なんでしょ?」
ジャスティスは暫く何も答えず、
誰も座っていないベンチを眺めていた。
やがて、迷いを振り切るように頷く。
「ああ。友達だ」
その返事に、何故か私まで安心した。
「だったら会いに行く!」
「えっ!?」
ジャスティスは勢いよく立ち上がった。
「天城が何を隠してようが関係ねぇ!
話したくなったらその時に聞けばいい!」
「う、うん……!」
『……ちゃんと伝わった』
「よし! 今から行ってくる!」
「ま、待って!」
「ん?」
反射的に声を上げ、私は口元を押さえた。
『と、止めちゃった……!』
けど今の話を聞いた直後に
押しかけるのも違う気がする。
「あの……急に行ったら、
天城さんも困るかもしれないし……」
「困る?」
「う、うん……その……言えないことが
あるなら、いきなり来られたら……
私だったら困るというか……」
『わ、私だったらって何言ってるの……!』
ジャスティスは私の動揺には気付かず、
真剣に続きを待っていた。
「だから……会いに行くって決めたなら、
今日はそれでいいんじゃないかな……って」
言い終えた途端、恥ずかしくなって俯いた。
余計なことまで言ったのではと
不安になった時――
「分かった!」
「えっ?」
ジャスティスはあっさりと頷いた。
「結衣がそう言うなら今日はやめとく!」
「わ、私が!?」
「さっきのも結衣に言われて分かったからな!」
『そ、そんなに素直に言うことを聞くの……?』
ジャスティスの顔を見たままでは落ち着かず、
私は長い前髪の奥へ逃げるように俯いた。
けど――
『……嫌じゃない』
その感覚だけは今度はすぐに分かった。
「よし! じゃあ俺もそろそろ行くか!」
「あ……う、うん」
私も帰ろうとしたところで彼が振り返った。
「そうだ、結衣。これお前のだろ?」
「え?」
差し出されたものを見た瞬間、
私は目を見開く。
「あっ……!」
今日ようやく手に入れた限定グッズだった。
「さっき落ちてたぞ」
「えっ……!? あ、ありがとう……!」
慌てて受け取り、傷が付いていないか
確かめる。
『ぜ、全然気付かなかった……!』
何処にも問題がないと分かり、
一気に力が抜けた。
「よかったぁ……!」
私は限定グッズを大事そうに胸元へ抱える。
「本当にありがとう!」
人の目も上手く話せているかどうかも忘れ、
ジャスティスへとびきりの笑顔を向けていた。
彼はそんな私を少し意外そうに見て、呟く。
「……やっぱ似てるな」
「え?」
「グレイスフォールに」
「……っ!?」
突然その名前を出され、
浮かんでいた笑顔が固まった。
「な、何で急に……!?」
「最初に似てると思ったのは髪とか顔だった。
でも、今は違ってよ。
さっきまでずっと下を向いてたのに
今はちゃんと顔を上げて俺を見てただろ?
何か……グレイスフォールみたいに
堂々としてたぞ」
「…………!」
今、彼がグレイスフォールと重ねたのは
スーツを纏っていない私自身だった。
グレイスフォールは〝あの日〟がなければ、
私がなれていたかもしれない姿。
もう一人の自分にそう名付けた時から
ずっと何処か遠い存在のように感じていた。
でも――
『……私にもなれるのかな』
今の私からでも、いつか。
「じゃあな、結衣! また会おうぜ!」
その言葉に以前、顔を合わせることもなく
ジャスティスへ残した「またね」が脳裏を
よぎった。
今度は目の前に彼がいる。
私はもう一度、ゆっくりと顔を上げた。
「……うん。またね!」




