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夕飯とじっさま

 じっさまに呼ばれ、私は一階に降りた。じっさまは無言でスプーンと水の入ったコップを突き出し、私はそれを受け取り机に並べる。並べ終わって振り向くと次はヨーグルトサラダを持ったじっさまが同じようにこちらに差し出してくる。私がそれを机の中央に置いてキッチンに顔をのぞくとじっさまから声がかかる。


「巴、カレーにチーズのせるか」

「いいね、お願い」


 私に聞く前からいつの間に持っていたのだろうスライスチーズを、じっさまは丁寧に千切りお皿に盛り付けられたカレーに乗せていく。カレーの熱ですぐに溶け始めて輪郭がぼやけていくチーズを眺めていると、じっさまがキッチン下からバーナーを取り出して一言。


「危ねぇから、どけ」

「あ、うん」


ゴーーゴーーという音と共にカレーごとチーズが炙られていく。カレーのスパイスの香りにチーズの焦げた匂いが混ざって、先ほどまであまりお腹が空いてなかったのにもかかわらず腹の虫が鳴き始める。それはバーナーの音にも負けないぐらいしっかり鳴ったようで、じっさまが鼻で笑った後に「席座って待ってろ」とぶっきらぼうに言った。

 私が席に座ってスマホをいじっていると、じっさまが両手にカレーを持ってやってきた。じっさまはカレーを私の前と自分の場所に置いた後、キッチンへ引っ込み、次は湯飲みと仏飯器を両手に持って現れた。仏飯器にはカレーライスが乗っていて、器用に盛りつけてあるものだから私はつい笑ってしまった。


「っははは。じっさま、上手に盛ったねそれ」

「そうだろう」


じっさまは仏頂面を崩し、嬉しそうにドヤ顔してから隣の和室にある仏壇へそれを持って行った。おりんから綺麗な音がして、その音は隣のダイニングにも届く。おりんの音が消えた後、部屋がいつもより静かに感じる。私はその瞬間が好きだったりする。その瞬間だけ時間が止まった様に感じるからだ。そしてその時間は時計の針のカチッという音と共にまた進み出す。

 ダイニングに戻ってきたじっさまは、いつも通りの仏頂面になっていた。席につき、手を合わせ一緒にいただきますと言う。チーズがあるとより美味しいねとか、今日のヨーグルトサラダ、いつもより色んな種類のドライフルーツ入ってるねとか、そんな感想は口に出さない。毎食、私とじっさまは黙って食事を取る。そう決まってるわけじゃない、じっさまは口数は少ないがお喋りが嫌いなわけじゃない。でも、私とじっさまは喋らない。なんとなく、黙々と食事を進め、だいたい同じタイミングで食事を終え、一緒にご馳走様でしたと言う。そして二人で洗い物をするのがいつものルーティンだ。


 洗い物が終わって二階にあがろうと階段に足をかけた所で、じっさまに呼び止められる。


「巴」

「ん、何じっさま」

「学校は、楽しいか?」


じっさまのその問いに、私は思わず笑ってしまう。


「じっさま、それ高二の秋に聞くことじゃないよ。高一の頃ならともかく、フフっ」

「む」

「大丈夫だよ、友達が多いわけじゃないけどいるし。成績もまぁ……悪くはないでしょ?心配しないで」

「ならいい」


私の言葉を聞いて、じっさまは眉間によった皺を少し緩めて安心したような顔をした後、背を向け自室へ歩いていった。じっさまも歳を取ったけど、少し猫背になっただけで足腰も食欲もしっかりしてるよなぁ、と少し小さくなった背中を見てそう思った。

 じっさまが自室へ入るのを見届けた後、私も階段を登り、自室へ向かう。頭にあるのは、帰り道のあの二人。いつか高校生活を振り返った時、下校中のくだらないあの会話は、きっと彼らは思い出さないんだろう。思い出すのはみんな強く印象に残ったものだろうから。

 部屋の扉を開けて真っ直ぐ、机に向かう。椅子に座ってシャーペンを手に取る。ノートを開いて彼らの会話を、夕日を、無邪気な笑顔を思い出す。口から垂れそうになった涎を啜りながらペンを走らせる。

 私は何気ない事が好きだ。生まれたての小鹿が立って歩き始めた瞬間よりも、母鹿と共に草を食べてる方が好きだ。子供が仲直りしたり、幼いなりに誰かに好意を伝える瞬間よりも、普段の追いかけっこしたりバレバレの嘘が混じった自慢話をしている時の方が好きだ。体育祭、文化祭、部活動、ありとあらゆる青春の1ページよりも、誰の記憶にも残らないようなくだらない会話の方が好きだ。でも、それらはいつか忘れてしまう。特別な思い出ではないから。だから、描く。

 そんなそれっぽい理由を脳内に並べながらも私は描き続ける。自分の口から声が漏れてるとも知らずに


「…うへっ、男子二人、仲良く買い食い…うへへ、尊いなぁうへ、うっへへへ」

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