提案
登記が完了したのは1週間後。
正式な屋敷の主となった大河内は、ジェームズとランドを連れて屋敷へと戻る。
それまでは町にある民宿で、この領主や街の様子を聞いて回っていたためだ。
また、ジェームズの紹介で支族長らにも会うことができ、屋敷を購入することについての話し合いも済ませていた。
さらには、砂賀当主、手野当主の双方から、とある承認も取り付けていた。
全て、手はずを整えたうえで、屋敷へと戻って来た。
執事が玄関先で出迎える。
「お待ち申しておりました、大河内卿」
「すまない、予定より少し遅れたようだ」
ジェームズが降り、それから大河内がおり、そして従者がそれぞれ馬車から降りた。
馬車はすぐに屋敷の敷地から出ていく。
それを見届けることなく、一行は屋敷の中へと入った。
入るとすぐに元の屋敷の主人であるグッディ子爵が出迎える。
「大河内卿、待っていた。それで、契約はまとまったそうだな」
「ええ、グッディ卿。全て滞りなく」
ジェームズが子爵へと答える。
予め契約書については、ジェームズの責任において回覧させていて、内容の全ては子爵は理解していた。
「家ともオサラバか……」
「それについてですが、多少、契約について説明が必要かと思い、この度の面会となりました」
ジェームズがすでに大河内から話を聞いていて、そのことを話し出す。
「説明?これ以上、どのような説明がいる。10年間は少なくとも執事以下使用人は継続雇用され、この家はそのまま売払われる。登記手続きは完了しているはずで、私はこれからこの家を離れることとなる。これ以上に、か」
「その通りでございます。この屋敷は広い。会社の事務所の一つや二つ、あったとしても師匠はございませんでしょう」
大河内がある辞令を恭しく子爵へと差し出す。
これは電報で伝えられたもので、あくまでも公式文書ではないが、それでも追って来ることは確実だ。
「私が所属しております春雷会。これは手野家、砂賀家の家政機関であると同時に、手野財閥全体の統帥機関となっております。こちらが決定をし、正式に御当主らが承認したものです」
それは英文で書かれており、子爵もすぐに理解することができた。
ちなみに電報で到達した時点では日本語で書かれていたものを、大河内はジェームズとともに英語に翻訳した。
「手野財閥の最高親会社であります手野統括、そちらの役員となっていただきたく思います。すでに席はご用意しております」
「……どういうことだ」
「同も何も、私が言っているそのままの意味でございます。貴方の失敗を学びたいと申しました通り、貴方の失敗を我が財閥のさらなる飛躍のための糧としていただきたく、そのための席をご用意しました」
「その事務所は、もしかしてここに造るというのか」
「その通りです。ランドをこの度呼びつけましたのは、そのための下見、ということも兼ねております。ただ、子爵という貴族の身。長期にこちらを空けられるのはいささか不都合もございましょう。それでありましたら、こちらにそのまま住まわれ続けまして、我々を手助けいただきたく思います」
「屋敷は手放す、だが住むことはできる。ということか」
「左様でございます」
子爵へと、大河内は頭を下げる。
「いやはや、そのような提案をされるとは思いましなかった。いいだろう。ただ、それについて給金は支払っていただくぞ」
「もちろんでございます。また、もう一つお話しさせていただきましてもよろしいでしょうか」
「かまわん」
「ありがとうございます。確か、アマーダンには大学がございましたね」
「ああ、アマーダン大学だな」
アマーダン大学は元々は聖職者の養成するための学校であった。
この地にキリスト教が伝来して以来、その学校はポッシュ教会の傍らに小さく作られている。
これを母体として、17世紀に科学技術のためのカレッジが作られ、1900年時点ではアマーダン周辺に12のカレッジがある総合大学へと発展していた。
「そこへ留学をしたいという者がおります。そのあっせんをしていただきたく思います。当然、試験そのた必要なことをしたうえで、で結構でございます」
「……わかった、それも引き受けよう」
「ありがとうございます。では、これにて失礼を。これらのことを本国へと伝えなければなりませんので。すぐに戻ります」
大河内が辞去しようとすると、子爵はそれを引き留める。
「いや、君がこの屋敷の主人だ。となれば、ここにある電話も君が使っても構わん」
執事を呼ぶと、すぐに大河内は電話をかけたいことを伝えた。




