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トンこま!  作者: 根谷司
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今、魔法少女になります

「その後も色々とありました」


 と、未来から来た『私』は感慨深げに語ります。


「黒槻さんが事の真相に迫っていたので殴って記憶を消そうと奇襲を仕掛けた事もありましたし、貴女と銭湯で遭遇してしまう事もありました。色々、本当に色々……」


 遠い目をしているところ悪いのですが、殆ど自分で招いている事では?


「そして今に至るわけです」


 無理矢理な感じはありますが、『私』はそうやって話を区切りました。


「何か質問は?」


「何もかも解りません」


「そうですか。なら話を進めますね」


「話を進める前に私の話を聞いてください」


 何事も無いかのように『私』は話を続けました。私の事は完全にスルー。絶対に将来こんな人間にはならないと心に誓った瞬間です。


「後は、最初に話した通りです。この五日間で変た……もとい、想魔の数が急増しています。少し前から増加傾向にはあったようですが、とにかく今は異常な程に増えているんです。その中心になっているのが友香さん。おそらく、彼女がこの街に変た……想魔を呼び寄せているのかと」


「そんな事あるはずが……っ!」


 言いかけたところで止まったのは、残念な事に心当たりがあったからです。彼女、友香さんは私を軟禁した時に言っていたではありませんか。全ての変人を駆逐してやる、と。


 つまりこういう事だったのです。変態を駆逐するために自らが変た……想魔となるなどという二律背反を犯しながらも彼女は、邪道とも言えるその道を選んだ。


 何故そんな事を、なんていうのも、彼女は言っていたはずです。


 すなわち、私を守るためだと。


「そ、そんな……」


 私はその場に膝を着きました。こんな……こんな残酷な現実があっていいのでしょうか。変態を嫌った友香さんが、私を守るために自ら変態となる……。


「そんなの……あんまりです……」


 上を向く事が出来なくて、首が妙に重たくなって俯くと、その肩に小さな手が乗せられました。その手の主であろう未来の『私』は無言でしたが、なんとなく、これが現実なのだ、というようなニュアンスを感じました。


「なんとかっ……なんとかならないんですか!」


 顔を上げて懇願するものの、未来の『私』は露骨に顔を逸らします。


「私にはもう心力が残っていません。使える魔法はおそらくあとひとつ。これを使えば私は、この時間軸から消滅するでしょう。それにどうせ、タイムリープするために供給し続けた心力ももう尽きるでしょうから、消える頃合なのです」


 つまりは戦えないのだと。


 自らの無力を断罪するように、彼女は唇を噛んでいました。


「私が居た時間軸では、友香さんは変た……想魔にはなりませんでした。だから私には、どうすれば友香さんを救えるのかは勿論、どうして友香さんが想魔になったのかも知りません。戦う事さえろくに出来ない私には、もう……」


 言葉が途絶えたのと同時に私の肩に乗せられていた手の力が抜けて落ちようとしたので、私はなんとかそれを掴みます。未来の『私』の手を両手で握るその様は、傍から見れば祈りに見えるでしょう。しかしその実、これはただの無いもの強請りなのです。


 未来の『私』は自分が無力だと言います。


 この私だって無力です。変た……想魔と呼ばれる異能を持った人と戦うなんて事は出来ません。


 ……これが……。


「それが、現実なんですか……」


 これでは。それでは友香さんが可哀想過ぎます。悪い子じゃないのに。それなのに変なものに身体を支配されて……。


「友香さんは優しい人です」


 悲しそうに、未来の『私』は言います。


「そういう人程、生き難い世の中なのでしょう」


 それはひとつの諦観。しかし、現状に最も適した感情。だからこそ、それを責める事など誰にも出来ません。少なくとも私には、未来の『私』を糾弾する権利などありません。


 しかし、


「だからこそ、戦わなければならないのだろう」


 声がしました。


 凛と研ぎ澄まされた、強い決意を伴った、男性の声。それは聞き覚えのある声でした。


 黒槻蓮。


 未来の『私』を魔法少女へと誘った張本人であり、この街に潜むもう一人の魔法少女。


 振り向くとそこには、黒を基調とした白いフリル着きのスカートコスチュームを身に纏ったイケ面が居ました。


「…………」


 話を聞いてる時から、想像はしていました……。


「あいつは中学の時からそうだった。弱い者を救うため悪に立ち向かう事に躊躇いが無く、あいつが割り込んだいじめや喧嘩の数は枚挙に暇が無い程だ」


 鋭い視線で私を見つめながらこちらに歩み寄る黒槻さん。


「そのあいつが今、力を得て暴走している。止めてやらねばなるまい」


 黒槻さんは私の前で立ち止まると、鍛ええられたその腕を伸ばし、私に掌を差し出しました。


「戦え。稔小町」


 月明かりに照らされた魔法少女コスチュームの黒槻さんは、どこか神々しく見えました。


 そして彼は言うのです。


「あいつを救う力が、欲しいとは思わないか。稔小町」


 と。


 ひらり、と、私の決意を煽るような風が吹きました。靡いた彼のスカートが舞うと肉付きが良く白い足が顕わになり、一枚の白い逆三角形が見えました。




 パ ン チ ラ!




「…………こんなの、あんまりです……」


 こんな現実、知りたくなかった……!


「おい、現実から目を逸らすな。お前が抱くべきは絶望ではなく戦意だ」


 見られた事に気付いていないらしい黒槻さんはかっこよく言っていますが、だって、見えてはいけないブリーフィングルームが……!


「友香さんを救うためなんです。覚悟を決めて下さい」


 未来の私まで真面目モードのところ悪いんですが、今ちょっと、吐きたい気分です。


「勿論、友達を救えるだけじゃないんだーよ」


 ばさ、っと、羽ばたくような音がしました。音のしたほうを見ると、成る程、あれがミネルバさんでしょう。美しい梟が黒槻さんの肩に止まっていました。


「心力をチャージすればどんな魔法でも使えるようになるんだーよ。非科学的な望みだって叶えられる……。そう考えると、美味しい仕事だと思うんだけどなー」


 どうやら黒槻さんとミネルバさんは既に事情を知っているようでした。


「自分の望みのために戦うんだーよ」


「自分の友のために戦え」


「私自身のために戦って下さい」


 三人が三人、示し合わせたかのように口を揃えました。


「「「――さぁ、魔法少女に」」」


「……………」


 私は無言で、ミネルバに手を伸ばしました。


 決意なんて決まっていません、当然ですが逃げたいです。


 でも…………。


「えっと……私に、戦う力を……?」


 この空気、どっからどう見ても拒否権が無いじゃないですか。


 こうならないために時間まで飛んできた未来の『私』はどこか悲しげに顔を伏せます。


 黒槻さんは寡黙に、危機へと向かう雛を見守る親鳥のように見守っています。


 ミネルバは私の手をその羽で包み込み、「ようこそ」と言いたそうに微笑んでいます。


 温かい光が私を包みました。


 ああ、私、魔法少女になるんだなー、と、妙な虚脱感に見舞われたものの、その三人の表情を見ると、文句など言えません。本当はすごく言いたい。


 でも……これで、いいんですよね? そもそもこれしか、無いんですよね……。


 諦めという覚悟を身に纏うように、私を包むコスチュームが変形していきます。友香さんから貸し出されたパジャマからピンクを基調とした白いフリル着きの衣装へ。


 こうして、私は魔法少女になりました。

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