幼女による彼女のための彼女との決戦
「状況は、お前が思っている以上に深刻だろう」
目的地たる駅前へ走りながら黒槻さんが言います。
「ソナーを使って調べた結果、今現在この街に居る想魔の数は百。そしてこの街に居る魔法少女の数は、そこの未来人を含めて三人。お前を含めて四人。――どう考えても数が足りない」
たった三行程度の言葉で驚く点がてんこもりでした。
まずはこの街に居る想魔の数。想像と比較して、まさに桁違いの数でした。次にこの街に居る魔法少女の数。未来から来た『私』の話と齟齬が生じます。彼女の話では、この街には未来の『私』と黒槻さんしか魔法少女は居なかったはずなのに。
「黒槻さん以外にも、魔法少女が居るんですか?」
「ああ、居る。この街で一番のベテランであり、エースだ」
魔法少女にも一番二番があるんですね。しかしベテランの魔法少女、というとなんだか嫌な絵が浮かぶのですが、私だけですか?
「そのエースが今、殆どの想魔を引き付けている。俺達がやるべきは真鍋を止める事だ」
「えっと、だとしたら彼女が寝てる今がチャンスって事ですか?」
「残念ながらそれは出来ない」
黒槻さんの即答。
「真鍋はもう目を覚まし、お前が檻から消えている事にも気付いた。ソナーで検索した結果、あいつは今駅前に居る」
とのこと。でもだとしたら、私を救出する際に手を出さなかった未来の『私』の失態では? そう思って後ろを走る未来の『私』を見ると、
「そんな目で見ないで下さい」
と、『私』は露骨に目を逸らしました。
「寝てる間は心が動いていません。想魔になる根幹、つまり心力が奥に引っ込んでしまっているので、寝てる間、もしくは気絶している間に心力を吸収する事は基本的には出来ないんです。魔法少女のコスチュームを身に纏っている状態の人と戦って気絶した場合は別ですが」
「成る程。では私を救出する際に一度叩き起こしてから改めて気絶させれば良かったわけですね」
「お前は本当に真鍋の友達なのか?」
合理的だとは思うんですけどねー。
「でも止めるって、詳細としてはどうするんですか?」
聞くと、簡単そうに黒槻さんは言いました。
「殴る」
「さっきの私の意見とどう違うのですか?」
結局は力任せじゃないですか。
「状況が違う」
と、黒槻さんは言います。
「寝ている状態と寝起きの状態は本能的に欲求が抑えられている。さっき未来人が言っていた通り、心が奥に引っ込んでいるわけだな。心力を吸収するのに最も適した状態は、本能を爆発させている間に弱らせた状態だ。殻を持ったカタツムリをイメージすればわかりやすいだろう」
成る程理解しました。
「つまり変態になるのを待ってから殴打するのが効果的なわけですね」
「お前は本当に真鍋の友達なのか?」
友達である事と変態扱いしない事はイコールでは無いかと。
「とりあえず殴ってどうするんですか?」
「とにかく殴る」
まぁ簡単。魔法を使って弱らせるとかっていう選択肢は無いんですね。
「どれくらい殴ればいいんですか?」
「気絶する寸前まで」
「簡単そうですね。それくらいなら私にも出来そうです」
「お前のその順応性はなんなんだ……」
どうせもう引き返せないなら、慣れるしか無いじゃないですか。変態さんと戦う力も手に入れたわけですし。あと、後ろで呟いていた未来の『私』曰く「だから魔法少女にならない未来にしようとしたのに……」とのこと。
それに。
「目を覚まして貰わないと」
私は答えました。とっても簡単な事です。とっても単純な理由です。
「友達が悪い事をしてるなら、叱ってあげないと駄目じゃないですか」
例えそれで友香さんを傷付ける事になったとしても、私がそれをやらなければならないのです。私はもう、魔法少女になってしまったのですから。
「そうか」
ふ、っと、黒槻さんは柔らかく笑います。月夜に照らされた彼の横顔はとっても綺麗で、身に纏っているのが魔法少女の衣装でさえなければ見惚れていた事でしょう。
「だが、そこに至るまでが困難なんだ」
意味ありげな言葉と共に、なんらかの意図を伴った視線が前方に送られました。もうすぐで駅前。到着かと思い黒槻さんの視線を辿ると、そこには――地獄絵図がありました。綺麗だったはずの駅周辺には夜に馴染むような黒い霧が張り巡らされていて、舗装されていたコンクリートにはヒビ割れと血痕。
そして、街灯に照らされるようにして積み上げられた、沢山の人。
捨てられた人形のように脱力して山を築くその様は、死体置き場のようでした。
「っ……酷い……!」
強烈な鉄の匂いに堪えかねて鼻を手で覆いましたが意味は成しません。それ程の量の鉄が……いえ、血が、辺りに広がっているのです。
「ソナーで見てみたが、全員息があるようだ」
冷静にそんな事を言う黒槻さんですが、分析している場合ですか!? 今はあの人達を助けないと!
携帯電話を取り出して救急車を呼ぼうとしたら、五日前から電池が切れたままだったのを思い出しました。この役立たず!
「救急車! どなたか救急車を!」
しかし未来の『私』も黒槻さんも動こうとしません。
「何してるんですか! 早く助けてあげないと……っ!」
しかし、黒槻さんは冷徹に告げます。
「必要ない」
と。
「なっ……!」
こんな人だったんですか。黒槻さんはこういう人だったんですか! 友香さんはミステリアスと言っていましたが、こんなのただ他人に無関心なだけじゃないですか!
「もういいです!」
どうせ未来の私も携帯を持っていないでしょうし、私は一番近くで倒れている男性に走りよりました。スーツの男性。仕事帰りにこうなってしまったのでしょうか。もう深夜だというのに着崩す事もせずに居た品行方正(?)な彼がぼろぼろになっているという現実が、冷たすぎて直視出来ませんでした。
私はその人が羽織るブレザーのポケットに手を入れ、その人のアイフォンを取り出しました。私が使っているのはガラケーなので使い方がよく解りませんが、しかし通話くらいならなんとか出来るでしょう。
「待っていて下さい。今、救急車を呼びますからね」
そう声を掛けながら操作していたら、す、っと、その男性の手が私を止めます。
「良いんだ……幼女よ」
「私は幼女ではありません! しっかりして下さい!」
何故か幸福そうな表情を浮かべながら、しかし苦痛に耐えるような声でもって男性は続けます。
「良いんだ……ブルマの女の子に蹴り殺されるなら、本望……」
おもわず手に持っていた携帯の電源を落としてしいました。
そして男性は、心から満たされたような表情で天を仰ぎ、最期にこう言います。
「我が魂が滅びても、ブルマは永遠に、不滅……だ」
「もう滅びてると思います」
間に合わなくて良かった。今、心からそう思いました。
滑り落ちていく彼の手を取る者は居ませんでした。いつの間にか私の隣に来ていた未来の『私』は私の肩に手を置き、黙祷します。黒槻さんは無言のまま、その男性から心力を吸収していました。
「もしかしてここに居るのは全員……」
「想魔ですね」
未来の『私』が答えます。
「だが、少しおかしな事になっているな。カスみたいな心力しか残っていなかったのだが、こいつの言動からしてもっとデカイ心力があったはずだ」
最期の言葉がブルマでしたからね。とんでもない変態であることは確かです。
「心力は使うと減るんですよね? 使用したから減ったのでは?」
自分なりに考察を述べると、黒槻さんは首を横に振りました。
「浪費された心力は心をすり減らす事で供給される。抱え込んだ欲求が解消されない限り、想魔の心力は尽きない。もしくは、魔法少女に吸われるかだ」
なんだか小難しい話になってきような気が……。
追加で説明してくれたのは、マスコットのミネルバでした。ああ、まだ居たんですか? ちょっと、存在感が無さ過ぎて忘れていました。いつ登場しましたっけ?
「想魔が消える条件は細かく言うと三つあるんだーよ。ひとつは魔法少女による対処。もうひとつは心が空っぽになって心力の供給が途絶える。最期のひとつは抱えていた欲求が無くなった時だーよ」
「つまりこの人は、心が尽きたか欲求が無くなったって事ですか?」
「多分そうだーよ」
「だが、前者では無いだろうな。心が尽きたら何も感じなくなる。植物人間も同然の状態になる事だってあるほどだが、こいつにはそういった様子が無かった」
「でも欲求が無くなった様子もありませんでしたよ?」
「いや……」
考えながら、黒槻さんはゆっくりと言葉を紡ぎました。
「きっと、こいつの願いが叶ったんだ」
「? どういう事ですか?」
「願いの形は様々だ。永続的な欲求もあれば、一度叶えば充分な願いもある。こいつは後者だったのだろう。言動からして、そうだな、一度でいいからブルマを装着した女子に蹴られたい、とかか……」
成る程、つまり変態さんの願いを誰かが叶えてあげたという事ですね。余計な事をする人も居たものです。
「でも、誰がそんな事を……」
そんな物好きがこの世に居るとは思えません。
しかし黒槻さんは答えました。
「真鍋だ」
「え?」
友香さんが、ブルマを? まさか、そんな過去の遺物を彼女が身にまとうなんて……。
「あいつがどうやってこの街に想魔を集めていたのかが謎だったが、もしかしたら……」
一人考え込む黒槻さん。そしてすぐに答えを見つけたのか、顔を上げてこちらを見ました。
「急ぐぞ。このままでは本当に、取り返しが着かなくなる」
「は、はいっ!」
急に走り出した魔法少女(の格好をしたイケ面)を追って、私も走りました。
――友香さん。
心の中で友達の名前を呼びましたが、勿論返事はありません。
――友香さん。嘘ですよね……?
今、どこで、何をしているのでしょう。心配でなりません。
なにより、
――友香さんがブルマを穿いてるなんて、嘘に決まってますよね?
どうか、どうか嘘だと言って下さい!
そして。
「見つけたぞ、真鍋!」
十人以上の亡骸を乗り越え、ようやく辿りついた場所。そこで友香さんは、満面の笑みを浮かべながら、警棒にて婦警さんを殴打していました。服装は……良かった、ブルマじゃなくてただのレスラーパンツとレスラーブラだった。
……最悪の状況では?
「友香さん!」
叫ぶと、ぴたり、と、友香さんの手が止まります。
「あー、小町ちゃんだー。どこに行ってたの? 心配したんだよー?」
へたへたと不気味な笑い声を上げながら、ゆっくり立ち上がる友香さん。
「せっかく小町ちゃん用に鉄の首輪と鎖を手作りしたのに、どうして居なくなっちゃうの?」
それを事前に聞いていたら私はなんとしてでも逃げ出した事でしょう。そもそも彼女は、あの檻といい首輪といい、鉄をなんだと思っているのでしょう。簡単に加工出来るものではありませんよ?
「小町ちゃん、かわいー格好してるねー。ていうか、あれー? 蓮君も居るじゃーん、なにその格好。クソなの? 死ねよ」
「…………」
硬直する黒槻さん。しかし唇は高速で動いていました。多分、服装の言い訳でもしているのでしょう。隣に居る私にすら聞えないのですから、当然友香さんには届いていませんが。
「ところで小町ちゃん、どうして二人になってるの? あ、もしかして、二人分あたしと一緒に居たいとか? うんいいよ、二人共あたしが守ってあげるよ」
ならばまずはプロレスラーみたいなその格好をなんとかしてくれないでしょうか。いえ、魔法少女のコスチュームを身に纏っている私が言えた事ではありませんが。
「おい」
ふと、黒槻さんが驚いたような表情を浮かべて私を見ていました。
「……なんだ、その体は」
その体はこの体。私の体ですが、何か?
訳がわからず自分の体を見てみると、すらっと長い手足を見るよりもっと手前で、私の視線を覆う膨らみが。
近くにあったビルのガラスを利用して、そこに写った自分を見てみます。
長くて細い手足。推定百七十センチはあるであろう身長。推定Eはあるであろうバスト。少し幼さは残るといえどきりっとした顔。
「…………」
トレードマークは長い黒髪。これのお手入れには結構手間をかけている気がします。まぁ、最近は少し手抜きになっているので、キューティクルにダメージが蓄積されつつあるのですが。
「紛う事なき私ですが?」
「しらばっくれるな。現代医療では整形してもそれほどの変化はありえん」
まぁ、そうですよね。違いますよね。一瞬だけ私の夢が叶ってどこからどう見ても大人にしか見えない風貌になれたのかと思ったのですが、この一瞬で成長するなんてありえませんよね。
「変なところで魔法を使うな。お前はまだまともな心力をチャージしていないだろう」
「失礼な。私は魔法なんて使っていません。ちゃんと将来成長するのですから、こんな卑怯な手を使わずとも問題無いのです」
「成長した末路がこれなわけだが?」
「と、言いながら私を指差すのはやめれくれます? (↑未来の私)」
「……魔法で身長、伸びますか!? (今の私)」
「伸びるには伸びるが……」
言いよどむ黒槻さん。
変わりに答えたのは未来の『私』でした。
「魔法は結構アバウトなので、身長の指定が出来ないんですよ」
とのこと。
「身長が五メートルに及ぶこともしばしば」
経験談でしたか……。流石未来の『私』です。
「しかし、だとしたらいったいこの姿は?」
首を傾げると、何故か不敵に笑う友香さんの姿が妙に目に着きました。
「あいつだろうな」
と、黒槻さんが言います。あいつ? そいつってどいつ?
「真鍋が得た異能の正体。それは、相手の望みを具現化することなんだ」
「…………はい?」
ちょっと、スケールが大きすぎません? というか、想魔って変態さんがなるものなのでは?
「あいつは優しいやつだ。中学の頃からそうだった。一重に悪を倒すと言ってもあいつのことだ。悪にも情けをかけ、散る時はせめて夢を見ながら、とでも思ったのだろうな」
「えっと……」
何故それをそんな深刻そうに語るのでしょう。
「この街に想魔が集まっているのもそういうことだろう。願いを叶えてくれる。そんな存在感がこの街のどこかから溢れているから、この街に想魔が集まる。それを、真鍋が屠る……」
「それって良い事なのでは?」
「現象だけはな」
きっぱりと断言する黒槻さん。しかし私の理解は追いつきません。
「つまりですね」
と、解説してくれたのは未来の『私』でした。
「それ程便利で強力な魔法を友香さんは使っているのです。勿論心力を使って。――自分の心をすり減らして」
「!?」
一瞬、本当に一瞬だけ、頭が真っ白に。
そして次の瞬間には、今までこの有様に気付かなかった自分の愚鈍さと、能天気に考えていた自分への嫌悪感がこみ上げてきます。
「友香さん」
私はさっきまでのやり取りが終わるのをご丁寧に待ってくれていた彼女と向き直り、問います。
「どうして、こんな事を……?」
すると、彼女の肩がぴくりと動揺を示しました。
「……守るためだよ」
立ち尽くした彼女は言います。しかし、その言葉にはそぐわない、絶望を語るような声色でした。
「あたしね、この間のロリコン騒動の日、駅前に居たんだ」
「……え?」
ロリコン騒動。駅前で『GO! HOO! ローリ!』と叫びながら行進した連中が居た、という事件です。
……ん? もしかしてそれ、『合法ロリ』じゃね? だとしたら犯人、生誕の残滓じゃね?
「そこで、そいつらに絡まれて泣いてる女の子が居たの……可哀想過ぎてその犯人の一人を半殺しにしちゃったんだけど……その時、手に着いた血がね、全然取れないの……」
私は隣に居る未来の『私』に目を向けました。彼女は自身にも思い当たる点があったのでしょう、露骨に目を逸らしています。
「許せない……許せないよね……」
そうですね、許せないですね。激しく同意です。何が許せないって、友香さんが想魔となる原因を作ったのが他ならぬ私だったというのが一番許せない。おい未来の私、ちゃんとこっち見ろよ。
「もうね、普通のお湯とか洗剤じゃ全然落ちないんだよ……」
と言いつつ血に濡れた手を見せてくる友香さんですが、それはあなたがたった今着けた血では? その婦警さんの血……ねぇ、その婦警さん、どうしてお髭が生えているんですか?
「だからっ! 目には目を、歯には歯を! 変態の汚れには変態の血を! こうやって変態の血で洗っているんだ! これなら完璧に落ちるよね! 変態の駆逐にもなって一石二鳥だよ!」
前半は完全にループに陥ってる気がします。
「まともなやり取りなど無駄だ。今の真鍋は正気ではない」
黒槻さんが言いました。
確かに、普通に判断すれば今の真鍋さんが正気ではないのははっきりと解ります。それに、私達に話し合いをさせまいとしてか、それともただの偶然か、おそらく想魔であろう人達がぞろぞろとこちらへ近付いてきました。何人もの想魔。体格の良い津奈木を来た男性が「や、ら、やーらないーかーや、ら、やーらないーかー」と謎の歌を歌いながら謎のダンスをしつつこちらへ近付いてきていたり、「バトルじゃぁあバトルじゃぁあ……」と狂気の目をしたおばあちゃんが舌なめずりをしていたり。割とホラーです。
本来ならば友香さんと一緒に、あの変態達と戦うべきなのでしょう。友香さんの目的は変態の駆逐。つまり共闘関係。しかし、彼女にこれ以上の心力を使わせるわけにはいきません。彼女のためにも。
「戦え。稔小町。お前のために戦え」
黒槻さんは私の背後に回って言います。
「真鍋友香はお前に任せた。他の雑魚は俺に任せろ」
そして彼は駆け出しました。遠くなる足音に、僅かばかりの安堵を覚えたのは何故でしょう。
「……ねぇ、友香さん」
ああ、きっと、こういう事なのだな、とすぐに気付きました。
「なぁに、小町ちゃん?」
へたへたと笑う友香さん。
「今やってる事、私達に任せて、貴女は引いてくれませんか?」
「それは無理だよー。自分でも抑えられないし、抑えたくないもん。変態は全部あたしが、このあたしが駆逐するんだからー」
「そうですか。なら」
仕方ありません。
私は魔法ステッキをイメージしました。
この右手に宿れ。そう祈りを乗せ、悪しきと戦う覚悟を寄せて。
「――私が貴女を倒します! 友香さん!」
そして、私は友達を助けるため、友達を倒さんとして、駆け出しました。




