魔法少女の悲劇
全ての変態(イケ面を除く)を討伐した後、いわゆる魔法少女のコスチュームから私服に戻った私とイケ面は向き合って、心力、魔法、想魔等についての説明を受けました。
「俺の名前は黒槻蓮。こっちの梟がミネルバだ」
「ミネルバだーよ」
ばさばさーと翼を広げる梟ことミネルバ。私はさっきも自分が魔法を使ったりしたので、動物が喋るくらいでは驚かなくなっていました。
ミネルバは続けます。
「ぼくは世界の守護神なんだーよ。暴走した心力のせいで狂った世界のバランスを取り直すためにぼくが居るんだけど、ぼく自身に戦う力はないから、代役として魔法少女を生み出して、魔法少女に戦ってもらうんだーよ」
との事。かわいらしい声でとんでもない事を言うものです。
「魔法少女……ですか?」
「と言いつつ俺のほうを見るな」
訝しむような目で私を見下す黒槻さん。でも、だって、明らかに少女ではありませんし。男ですし。
黒槻さんは嘆息し、観念したかのように語ります。
「理には適っているんだ。さっきも説明した通り、心力が暴走するきっかけになるのは抑圧された欲求だからな。世間から抑圧され、弾圧される欲求ってのは大抵に抑圧される理由がある。つまり、うしろめたい欲求だな。うしろめたい欲求の多くは変態的願望だろう。だから想魔には変態が多い」
つまり変態さんに溜まった欲求不満が暴走して心力になる、と。
「自身の心をすり減らす事で供給される心力。もしも魔法少女ではなく普通のやつら――例えば自警団や警察の連中が想魔と戦えば、やつらの欲求はさらに弾圧される事になり、結果として、さらに強力な心力を搾り出させかねない状況になるだろう」
そこで、と、黒槻さんは続けます。
「変態共に欲求不満を抱かせずに戦うための存在が魔法少女だ。魔法少女の服装というだけで満足する連中も居るし、そうでないやつらはミニスカートの女が激しく動き回っているから、という理由で欲求が解消される。つまり魔法少女のコスチュームには、想魔の肥沃化を抑制する効果があるんだ」
簡単に言えば、自分がサービスしてあげることで相手を満足させるための服装だ、と。
「で、どうして貴方が魔法少女なんですか?」
私は黒槻さんを見つめながら問いました。だって、話を聞く限りでは魔法少女は見目麗しい女の子でなければならないはずじゃないですか。黒槻さんは見るからに男ですし、イケ面とはいえ体格の良い男性が魔法少女の服装をしていたら、普通は発狂ものかと。
「諸事情だ」
と黒槻さんは答えます。
「本当は蓮の妹と契約をしようとしたんだーよ。でも、蓮が妹を庇っ痛いよ蓮いきなり殴らないでよ!」
「余計な事を喋るな」
嘴を押さえる事でミネルバを黙らせた黒槻さんは、再び私のほうを見てから言い直しました。
「諸事情だ」
黒槻さんにとっては聞かれたくない事らしかったので、何も聞こえなかったことにしましょう。
「お前が勘違いしないように一応言っておくが、俺は決して、魔法少女のゴスロリコスプレを好んでやっているわけではないぞ」
そう言われましても、実際に黒槻さんは魔法少女のコスチュームを身に纏っていたわけですし……。
「いいか、想魔に通常の物理攻撃をしても、肉体的ダメージは与えられてもそれは肉体的ダメージでしかない。心が健全である以上、想魔は自らの心をすり減らし、心力を自家生産する。魔法少女のコスチュームを身に纏う事で、想魔へ精神的なダメージを与えられるようになるんだ。あれでも一応、魔法が組み込まれた衣装だからな」
「では、魔法でその衣装を形だけ変える事も出来るのでは?」
「出来なくは無い」
ならやれば良いじゃないですか。しかし、黒槻さんはめんどくさそうに舌打ちをしてから続けました。
「だが、魔法少女が魔法を使うためには、ステッキにチャージした心力を使用する必要がある。想魔を倒して手に入れた魔法の源――それを、そんなくだらない事に使いたいと思うか?」
「……え?」
自らのプライドを守るためには必要な措置だと思っていた私は面くらいます。こんな、少なくとも顔はアイドルにも劣らない程に魅力的な男性が、魔法少女の格好をしてまで心力を節約する理由。
「――ステッキに溜めた心力。それを使えば俺達は、自分の望みを叶えられるんだぞ?」
だから、恥ずかしい衣装も我慢して戦えるのだと。
だから、生誕の残滓と戦っている最中、黒槻さんは一度も魔法を使わなかったのだと。
「お前も、叶えたい願いのひとつやふたつあるだろう。そのために戦え。自分を守るために戦え。誰かを守るため戦え。どの理由であろうと、この世界から駆除すべき想魔を消す事になるのだから、間違いなんかじゃないだろう」
それは、自分に言い聞かせるような口調だな、と思いました。でも、その言葉は私の心を掴むに充分でした。
自分を守るために。
私は、一人暮らしに慣れるために都会へ越してきました。未来の自分への投資として、その気になれば通えなくもない地元から離れたのです。
そんな自分のために。
もしも、戦う必要があるというのなら。
改めて魔法少女になりました私こと稔小町ですが、数ヶ月が過ぎた頃にはもう慣れていました。沢山の想魔と戦い、沢山の人々から事件の記憶を消す日々。胸が痛くなることもありましたが、私が闘うことで何かを守れているのだと思うと、その苦痛は達成感へと変わるようにもなっていました。
ブラジャーで顔を隠して闘う想魔。より多くのアニメを見るために時間が流れる速さをコントロール出来るようになった想魔。某海賊アニメに憧れて体がゴムのようになった想魔等々。こんなのと戦う日々でしたが、私はもう立派な魔法少女です。嘆いてばかりではいられません。そう思って自分磨きをしていたある日の事です。
「おとなになんてなりたくないよぉぉぉぉおおおおおお!」
授業中、突然発狂したクラスメートが居ました。進路希望調査の最中だったので、おそらくそれが原因での発狂でしょう。
最初は何かの冗談かと思っていたらしいクラスの皆も、発狂が収まらない彼を見て、少しずつ身を引いていきました。
「ねぇ、あれ、やばくない?」
と、私の一番の親友である友香さんが耳打ちしてきます。
「あんだけ叫んでると、殆ど変態だよね」
とのことですが、私はそうは思いません。
「普通ではありませんか?」
と、私は率直な意見を述べます。
「……え?」
信じられない、とでも言いたげな表情を浮かべる友香さん。
私は構わず続けました。
「あんなのは変態なんて言いません。人間は誰しも、明かせない欲求を抱えているものですから。大人になりたくない、なんて程度の欲求を抱き、堪えられなくなって発狂する程度なら、変態変人奇人と称する必要はないかと」
なにせ私は、毎日のようにもっと酷いのと戦ってますからね。
しかし、それが失言でした。
いつの間にか、発狂していた男子含めて、クラスの皆が私を見ています。何かおかしな事を言ったでしょうか、と思い首を傾げると、誰かが呟きます。
――稔さんって、変態に寛容なんだね。
翌日には既に『稔小町』は変態に寛容だ、という噂が校内中に響き渡ってしまったようで、誰かに認めてもらいたいと思いつつも隠れてきた校内の変態さん達がこぞって私の下へ訪れてきました。
「BL程素晴らしい物語は無いと思うのだけれど、どうかしら、稔さんなら解ってくれるわよね!」
「今度帰りにタイヤを食べに行こうと思うんだけど、よければ一緒にどうだい? 美味しいタイヤがある場所、知ってるんだ」
「ずっと貴女に会いたかった。……俺と、足の裏を見せ合わないか」
こんな感じの人々に言い寄られ続ける私の下から、一般的な感性の持ち主は離れていきました。当然です。変態が集ってくる私の近くに居たら、自分達も巻き込まれかねないのですから。そうして普通の友達を失い変態に囲まれるようになった私は、まさしく変態ハーレムの主となりました。
どうしてこんな事になってしまったのか。そんなのは解りきっています。私が魔法少女になったせいです。
魔法少女として変態と戦う日々は、着実に私の感覚を麻痺させていたのです。変態と出会い続けたせいで私も変態であるかのように見られるのならば、私は二度と変態と出会わないようにしなければならない。しかし、もはや手遅れ。私の周りには変態しか居らず、変態しか近寄らず、変態以外は離れていくという一種の固有結界が張られていました。
そして私は決意しました。
いったいどれだけの量の心力が必要になるのか。どれだけの時間を要するのか。そんなことは解りませんが、それでもやるしかないと思いました。そうです、私は……時間を巻き戻す魔法を使うため、心力をチャージしようと決意したのです。
それからの日々はとても単純でした。血眼になって変態を探し想魔を探し、心力を節約するために魔法少女のコスチュームを纏い殴打にて想魔を討伐。着実に心力をチャージしていきました。
高校を卒業する頃には、私の周りには誰も居ませんでした。私の周りには変態しか居なかったのですが、それら全てが想魔となり私に倒され変態であった頃の記憶を失い、私との日々も忘れてしまったのです。つまり私に近付いてきた人は全員が想魔だったのです。
しかし、私に悲しみはありませんでした。何故なら私は、時間を巻き戻すだけの心力をチャージ出来たからです。これでもう、変態との日々をおさらば出来る。とはいえ、厳密に言うと時間を戻す事は出来ないのだとミネルバに説明されました。過去に飛ぶ事は出来るものの、それは別の時間軸にふたつの『私』が存在してしまうという事。過去に戻った私が変態に出会わないように留意して魔法少女にならないよう気をつけるだけではいけません。
私は、別時間軸の私が魔法少女にならないように助けなければならないのです。
「大変な道だーよ?」
とミネルバは言います。
「解ってます」
しかし私は、迷ってなどいられません。
「それでも私はやらなければならないのです」
拳を胸に抱いて、私は魔法を唱えました。
「――心力を魔法に変換。私の軌跡を辿り、分岐となりえた瞬間へと私自身を誘え」
光り出す魔法ステッキ。そしてその光に包まれた私の体も同様に光を放ち始めました。
「――魔法よ! 私を過去に連れて行って!」
私は、私自身を守るための戦いへ、この身を投じたのです。




