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トンこま!  作者: 根谷司
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10/16

魔法少女、始めました

 高校に進学に伴い、私は一人暮らしを始めることになりました。


 駅を降りて雑踏に流されれば改札を出れると思っていた私は、途中で分離していく人の流れに、どれに着いて行けば良いのかと戸惑いました。


「え、え? あれ……?」


 困った時は人に聞くといい、と祖母も言っていたので、私はそれに従い、道行く人に声を掛けます。


「あの、えっと、すみません。あの……」


 何度か無視されつつも三人目の男性が気付いてくれました。


「ん、どうかしたのかな、お嬢さん」


 とても優しそうな、壮年の男性です。


「改札口は、どこに向かえば良いのですか?」


 と、私がその人に尋ねると、


「南口かい? 北口かい?」


 と、おじさんは聞き返してきます。


「えっと、南口です」


 答えると、おじさんはさらに優しく微笑みました。


「なら調度良い。おじさんも南口に向かうところだから、ついておいで」


「ありがとうございます」


「ところで、親御さんは居ないのかな?」


「はい。これからこっちで暮らすことになったのですが……」


 おじさんに着いて行きながらそんな話をして改札の順番待ちをしていたら、改札の機械が警告音に似たサイレンを流し始めます。


「おっと、やってしまったようだね」


 おじさんは嘆息し、窓口のほうへ目をやりました。


「お嬢さんもこっちへ来るといいよ」


 どうやら、違う列に並び直すのではなく、窓口のほうで事を済ませようと判断したようです。都会の人は判断が早い。私はおじさんに習うようにして駅員さんに切符を見せて、そのまま通ろうとしました。しかし、


「君、ちょっといいかな」


 私の行く手は駅員さんに呼び止められてしまいます。


「え、えっと、なんですか?」


 駅員さんは営業スマイルとは思えない程の笑顔で、私が出した切符を見せてきます。


「間違えて買っちゃったのかな? これ、大人の切符なんだ」


 どうやら、高校生になった私を小学生と間違えてしまったようでした。


「子供は切符が半分の値段になるんだよ。今お金返すから、次からは気をつけてね」


「いえ、私はれっきとした高校生ですよ?」


 付け足された説明に嫌気が差して、少々尖った言い方になってしまいました。でもこれは、私の年齢を間違えた駅員さんが悪いですよね? しかし聞く耳を持たない駅員さんは子供をあやす保育士さんのように笑います。


「わかるわかる。ちょっと背伸びしたいお年頃なんだよね。でも、ご両親のお金で買った切符でしょ? 大事に使わないとね」


 失礼極まりないです。


「確かにそれは親のお金で買いましたが、私は本当に高校生なんです。この春から私立小海坂高等学校に通う、立派な大人です」


「おお、よく噛まないで言えたね。もしかして漢字が得意なのかな? 漢字が得意なのは偉いけど、お金の無駄遣いは関心しないなー」


 言っても信じて貰えないな、と気付いた私は、リュックサックから入学手続きの書類を出し、見せ付けました。すると駅員さんの顔は見る見る青ざめていき、


「……嘘、でしょ……?」


 と、呟きました。


 なんとなく得意な気分になった私は胸を張り、


「解っていただけましたか? 私は正真正銘、高校生になるのです」


 と、自慢します。


「ご、ごめ……失礼しました……?」


 ようやく私が高校生であることを認めてくれた駅員さんを背に歩き出すと、待ってくれていたおじさんがこっちを見て首を傾げています。


「どうしたんだい?」


 私が来るのが遅かったから、心配してくれたのでしょう。なんて優しい人なのか、と、感動さえしました。その優しさに甘えるのは気が引けましたが、私はとある質問をおじさんにぶつけました。


「私は、そんなに幼く見えますか?」


「なにを言ってるんだい、お嬢さん。一人でこんなところに来れるような偉い子が、幼く見えるわけが無いだろう? 君は立派な大人だよ」


 ほら、このおじさんの言う通りなのです。私は、少なくとも小学生に見えるなんてことはありません。駅員さんに見せ付けるために出した入学書類をリュックサックに仕舞うと、不意におじさんが言いました。


「可愛いバックパックだね」


「バックパック?」


「ほら、君が今抱えているその荷物さ。バックパックって言うよね?」


「言いませんよ? これはリュックサックです」


「え、いや、でも」


「言いませんよ?」


 バックパックがなんなのかは解りませんが、親切なおじさんが物の名称を間違えて覚えてしまっているのなら、教えてあげなければなりません、道案内してくれたお礼も兼ねて。


 私はその後も少しの時間、これがリュックサックであることを説明しました。ようやく理解してくれたらしいおじさんは「そうだね、そうだった、それはリュックサックで間違いないよ」と言って頷きます。そしてふと、腕時計を確認してから話を変えてきました。


「お嬢さんはこれからどこに向かうんだい? おじさんはあまり時間が無いけど、バス停までなら案内するよ?」


「いえ、大丈夫です。土地勘を得るためにもここからは歩いて行くつもりですし、これ以上の迷惑はかけられません」


「解った。本当に偉いね。じゃあ、頑張ってね」


「はい。ありがとうございます」


 ああ、都会へ来た初日にこんな素敵なおじさんと出会えるなんて、幸先が良いです。私はうきうきした気分でスキップしながら街を歩きました。少ししてから自分が子供っぽくないだろうかと気になって、喫茶店のガラスを使って服装チェックをします。


 自己採点で満点をたたき出した私のファッションチェックを終えて新居へ向かう最中、辺りに沢山居た人の数は減って、鳩の数がどんどん増えていきます。なんだか、人間が鳩に変わってしまったのかようで、少し不思議でした。


 人が完全に居なくなった住宅街。夕方という時間であれど、皆さん既に家の中に入っているのでしょう。そして、新居たるアパートの前まで来た時です。アパートの近くに、一人の男性が居ました。三十代くらいの、少し太った男性です。その人は生涯を賭して私を探し続けていた、みたいな表情で、こっちに歩み寄ってきて、そしてガバッと私の手を握ってきました。


「ひ、ひう!?」


 びっくりして浮き足立ったのは一瞬だけです。


 何故なら――




「貴女様が、この枯れ果てた大地に舞い降りた合法ロリ様で間違いないでしょうか」


「人違いだと思います」




 ――血走ったその男性の目が、この人と関わってはいけない、と告げていたからです。


 ところで、号俸ろりって誰ですか?


 しかし、否定したところで手遅れでした。


「そんなわけがありません。貴女様の外見的特長は完全に、我らのリーダーが言っていたものと一致いたしております故。……稔小町様。今年で十六歳になる、立派な合法ロリ様ではありませぬか」


「ど、どうして私の事を、知っているんですか……?」


「幼子の事なら調べます。それが我々『生誕の残滓』の最優先任務ですので」


「し、失礼です! わ、私は幼子ではなく高こっ」「高校生になろうとしているところなのでございましょう?」「!?」


 この街に来たばかりの私の情報。それが、どうしてこんなに正確に漏洩しているのでしょうか。


「自己紹介が遅れましたが、我が名は『残滓捜索隊ナンバー2』でございます。先も申しました『生誕の残滓』のメンバーであります」


 男性は握っていた私の手を解き、丁寧に腰を折って頭を下げました。


「我々『生誕の残滓』は、幼子――つまり幼女をこよなく愛する者達が集まった精鋭部隊ででございます。愛する、というのは、勿論ですが性的な意味で、です」


 通報しなければ、と思った時には既に、私の背筋は固まっていました。


「しかしなんと残酷な運命であることか。我々のような大人は、幼子に手を出すと犯罪になってしまう……法律という無慈悲な壁に抑圧されてしまう儚き愛。なんとかならぬか、我々が堂々と幼子を愛する手段は無いのかと模索して、法律の改正を求める書名活動までしました……しかし、誰一人として、法律の……児童ポルノ法を撤廃するための活動に協力してくれませんでした」


 悲劇を語るようにがっくりと肩を落としているところ悪いのですが、それは当然だと思います。だって、気持ち悪いですし。


「そこに舞い降りたのが、貴女様なのです、合法ロリ様」


 再び私の手を取る男性。なんだか、嫌な予感がしました。


「一定の年齢を超えなければ我々は愛してはいけない幼子。……貴女は、その壁を乗り越えた存在!」


 熱く、そして強く拳を握る男性。


「我々が愛しても犯罪にならぬ幼子――そう、ロリ! 我々はついに、出会ったのであります!」


 私は当然ながら、既に涙目でした。ちなみに、児童ポルノ法では成人は十八歳未満の人へなんちゃらをしてはいけない、となっているはずなので、私に手を出したところで犯罪です。よしんばポルノ法が撤廃されたとて、同意の下でなかった場合は問答無用で牢屋行きです。有罪です。


「無論であるが手は出しませぬ! 当然であるが着衣で構いませぬ! この……このうさぴょんのぬいぐるみを抱きかかえた状態で写真を撮らせてくれたら一枚ごとに五千円でいかがだろうかぎゃふっ!」


「いぃぃいいいいいやああああああああああああああああああああああ!」


 気付けば私は、その男性の股間に蹴りを入れ、無我夢中で走り出していました。


 なんなんですか、なんなんですかあの変態は! 田舎に居た頃は出会った事の無い類の変態さんでした! 怖い! とっても怖いです!


 というわけで散々走りまくった私は後ろを確認しつつ立ち止まり、携帯電話を取り出しました。勿論、警察に電話するためです。


 しかし、


「いかがなさいましたか、幼女」


 不意に真横から声をかけられ、そっちを向きます。


 するとそこには、さっきとは違う、心なしか爽やかな雰囲気のする男性が。しかし、なんでしょう、どこかに違和感があったような。


「お困りのようでしたので、声を掛けさせていただきました」


 と、男性は言います。どうやらこの人は、良い人そうです。私はさっきの事を話しました。


「ああ、それは悲劇ですね……」


 と、その男性は目を細めて同情してくれます。


「――幼女は触れるものではなく見て愛でるものだというのに、そんな一般常識さえ弁えていない輩が我ら『生誕の残滓』に居ようとは……なんと嘆かわしい悲劇でしょうぼふっ!」


 その男性の股間を無言で蹴り上げたのもまた、立派な正当防衛だと思います。


 その後も逃げる先々で『生誕の残滓』を名乗る方と出会いました。全部で六人くらいと遭遇して逃げ切った頃には、外は既に真っ暗でした。


 震える手足。もう、恐怖で走れそうにありません。今も、『生誕の残滓』を名乗る変態さん達は私を探しているようです。見つかったら最期。私はきっと、祭壇の上に乗せられ、そして、要らない愛情をたっぷり注がれる事でしょう。想像するだけでおぞましいです。


 私が隠れていたのは、貸し駐車場にあった車の陰だったのですが、この暗さです。こんな狭い隙間に入っている私を見つけ出すのは容易では無……。


「みつけたよ、神」


 ひゅ、と、車と車の間から顔を出してきたのは、あの駅員さんでした。


「あ……あぁ……」


 見つかってしまった。


 もう解っていました。私はあの時、この駅員さんに私の個人情報を教えてしまっていたではありませんか。……この人が事の発端だったのです。


 人一人入るのも至難の業であろう隙間に無理矢理体をねじ込ませ、その男性は奇妙な笑みを浮かべながら私に手を伸ばしてきます。


「い……いや……」


 後ずさり、反対側から隙間を抜けると……。


「「「「見つけましたぞ、合法ロリ様!」」」」


「あぅ……あうぁ……」


 もうなす術無し。その駐車場は、変態共に占拠されていました。


 迫る変態達。無い逃げ場。動かない体。


 ああ、終わった。


 そうやって全てを諦めた瞬間の出来事です。突如現れた黒い影が、一人の変態を吹き飛ばしました。


「な!」「なんだ!」「どうしたナンバー2!」「敵襲か!」


 慌てふためく変態達。しかし、黒い影の正体はすぐに解りました。吹き飛ばした変態へ留めを刺すためでしょう、人の形をした黒い影は倒れているナンバー2さんの頭の上に乗っていました。


 月明かりが照らす美しいシルエット。ふわりと浮くようなスカートに、全てを受け入れてくれそうなほどやわらかく見えるフリルの着いたシャツ。サンタさんみたいな帽子。それら全てが、黒と白によって構成されていたため背景の夜空に溶け込んでいるようでした。


 ――そんな感じで、とても凛々しいイケ面(♂)がそこに居ました。


「…………」


 変態が、一人増えた……。


 背筋をぴんと伸ばしたそのイケ面は、辺りを一瞥してから「この数は厄介だな」と呟きます。辺りの変態さん達は未だ状況に着いていけていないらしく、イケ面に攻撃を仕掛けようという意思は感じられません。


「おい女」


「…………うん、ああ、はい」


 なんかもう、何も考えないほうがラクな気がしてきました。きっとこれはあれです、いわゆる都会クオリティーというやつなのです。これが都会の実態なのです。なら仕方ないですよね。諦めました。


「助かりたいか、女」


「……まぁ、はい、そうですね、助かりたいかもしれません」


「そうか、それなら充分だ」


 クールな口調で頷いたイケ面は、執事を呼ぶ主のように、指をぱっちんと鳴らしました。


 すると、どこからともなく羽ばたく音が。


 視界を上空に運ぶと、そこには灰色の梟が。こちらへ向かって飛んでくるそれはしかし、私のすぐ眼の前で止まります。


「説明は後でする。その梟と契約しろ」


 と、イケ面は言います。契約? いったいなんのことでしょう。と首を傾げようとしたのですが、


「……助かりたいなら、余計な詮索はするな」


 そう言われ、諦めかけていた希望を見つけた気持ちになりました。


 私は、この変態さん達から逃げなければなりません。逃げる? どうして? どうして私が逃げなければならないのですか? ふざけないで。ふざけないで下さい! 私は何も悪いことしてません! 悪いのは向こうです! なのに、なのになんで!


「……戦え。そうすれば、助かる」


 私は、そのフクロウへと手を伸ばしました。これで助かるのなら、後で何が待ち受けていようと構わない。私に散々な恐怖を味あわせたやつらに、仕返しの鉄槌を……!




「私に……戦う力を!」



 

 ――こうして、私は魔法少女になりました。

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