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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第二十六話 終焉(2)


 宮殿に到着したジークが、真っ先に向かったのは第一皇子の離宮だった。

 華やかな宮殿の階段を駆け上がり、三階にあるアルベルトの私室に、ジークは荒々しく乗り込んだ。


「どういうことですか? 兄上」


 突然の来客に、部屋の主であるアルベルトが振り返る。ノックもせずに入ってきた弟を、今日は咎めることはしなかった。


「何のこと?」

「とぼけないで下さい。ゴッドハルトです。氷雪の騎士を投獄し、あまつさえ、十分な審議もなく極刑を言い渡すなど」

「それが皇帝のご判断なんだから、仕方がないだろう」


 円卓の上には、やはり数日前と同じ、三女神の陶磁器人形(ビスク・ドール)が置かれていた。それが今、彼にとって一番の気に入りであるのだろう。


「この国はいつもそうだ。陛下のご機嫌次第で大官の首が飛ぶ。そうやっていくつもすげ替えて、この強固な人形屋敷が出来上がった」

「それはそうですが、彼は氷雪の騎士です。その称号の持つ意味を、よもや陛下ご自身がお忘れになったわけではないでしょう」


 氷雪の騎士の称号を作り、剣を下賜し、誓いの儀式を執り行ったのは、若き日の皇帝自身だ。

 それは、文字通り、その氷雪の称号を、永久に王室史に残すつもりでの行動であったことは間違いない。


「兄上、あなたご自身の意見はどこにあるのですか?」


 仕方がない、と言って逃げようとする兄皇子の言葉尻を、ジークは眼差しで掴んだ。


「次期皇帝陛下であらせられるあなたは、唯一陛下に物申すことが出来るお方でしょう」

「仕方がないだろう。だって、サラバンドがそう言っているのだから、私も父上も、信じるしかないよ」


 弟に責め立てられ、子供のように口を尖らせて、魔法使いの名を口にしたアルベルトに、ついにジークの怒りが爆発した。

 つかつかと歩み寄り、胸倉を掴み上げて椅子から立たせると、息がかかる距離で問い詰める。


「あなたが陛下の傍らで見続けたゴッドハルトの忠義は、そのような言いがかりに屈する程度のものですか? あの魔法使いのどこに、氷雪の誓いを覆すだけの信頼がおけると?」


 ジークが、過去にここまで雄弁であった試しはない。


 だが、人生において人が言葉を尽くさねばならない時があるとすれば、それは今、この時だった。


 この兄に対し、これほどの怒りを感じたのはいつ以来だろう、とジークは思った。

 日々思うことがありながらも、それでも、ある一定の部分でこの兄を認めていた面がある。


 あまりにも大き過ぎる父とは違う形で、兄には国を導く可能性があると――ジークは信じていた。


 父と同じ色の瞳を見返し、その奥に潜む心理を掴み出そうと、ジークは瞳に力を込め、叫んだ。


「俺は、あなたの声が聞きたいんだ。操り人形の台詞が聞きたいわけじゃない!」

「…………ッ」


 水色の瞳が揺れた。

 それは例えるなら、冬の外気に曇った窓硝子が、その手の一拭きで透明度を取り戻したかのような変化だった。


「ジークフリート……?」

「はい」


 譫言のように呟かれた名に答えると、震える手が頬に触れた。

 いつもなら振り払うその手を、ジークは大人しく受け入れた。


「俺はここにいます、兄上」


 間近に見える、冬の湖のような色の瞳に、呼びかける。


「あなたに、俺の声は聞こえていますか?」

「ああ……聞こえる……聞こえている……私は、どうして……」


 氷が溶けた湖面のように、瞳が揺れる。確かな手応えを感じ、ジークは、己の頬に添えられた手を掴んだ。


「……兄上、俺はサラバンドを信じません。あなたは、俺とサラバンドのどちらを信じますか」


 先ほどの激昂が嘘のように、声を静めたジークに、アルベルトの表情が凍った。


「あなたが最初に剣を下賜すると仰った者の言葉は、あなたにどれだけの価値がありますか」


 突き放す物言いに、アルベルトが怯えたように取りすがる。


「ジークフリート、違うんだ。サラバンド……そう、あの男は、私に……くっ……」


 頭を抱え、よろめいた兄の手が離れ、布擦れの音を立てながら、皇太子はつづれ織りの椅子に身を沈めた。

 己の背後に刺すような視線を感じ、ジークは振り返った。


「あまり余計な真似をされては困りますな、ジークフリート殿下」


 爛々と輝く翠の両眼が、こちらを見ている。

 興奮状態にあったとはいえ、入室に気付かない程、注意散漫になっていたつもりはない。


 だが、その男はいつの間にか、当たり前のようにそこに立っていた。


「サラバンド……!」


 フードを縫いだ男の頭は、黒い布が幾重にも巻かれ、やはり素顔を見ることは出来なかった。

 ただ、そこから、異様な輝きを見せる翡翠の両眼だけが覗いている。


 その眼を見た瞬間、ジークは、その瞳の力に攫われるような錯覚を覚えた――が、すぐに目を閉じて振り払う。


「……フン、やはり駄目か……」


 錯覚はその一度きりだった。対峙し、再び睨み合うと、相手はつまらなそうに吐き捨てた。


「……大魔女の呪い……百年を超えても顕在するとは……」

(呪い……?)


 その台詞に疑問を覚えながらも、ジークは迷いなく腰の剣を抜き、一気に扉前の男との距離を詰めた。


 だが、確かに突いたと思った標的の感触はなく、剣先は虚しく木製の扉に突き刺さる。

 残像を残し、身体三つ分離れた位置に佇む男が、薄っぺらい声で嘆いた。


「ジークフリート殿下とあろうお方が、随分と乱暴な手段に出られますな」

「……悪いが、元々短気な性分だ」


 すぐに剣を引き抜き対峙した第二皇子に、魔法使いは飄々と告げた。


「ですが貴方は、皇帝陛下の忠実な臣下であったはずだ。私を手にかけることは、あのお方のご意志に反します」


 この期に及んで皇帝の威光を盾に取ろうとする男に虫酸が走ったが、ジークは凶暴な衝動を抑えて答えた。


「皇帝陛下は、常に国のための王であられた。ならば、真の忠誠は、国のためにならぬ陛下の過ちを正すことにある」


 相手を見定め、剣を突きつけて告げる。


「国に仇成す害虫の駆除は、血をかぶる兵隊の役割だ」

「……いやはや、実にご立派です。ジークフリート殿下」


 上っ面をすくうような賛辞の後、魔法使いは翡翠の眼を歪めて笑った。


「あなたが第一皇子でなくて、本当に良かった」

「――ッ!」


 その瞬間、音を立てて、室内の硝子という硝子が割れた。


 まるで窓の外で巨大な爆発でもあったかのように、爆風と衝撃波が部屋を揺るがし、吹き込んだ突風に巻き込まれた硝子の破片が、指向性をもってジークフリートを襲う。


「クッ……」


 咄嗟(とっさ)に頭と目を庇うが、避けようのない無数の牙は、容赦なくジークの分厚い軍服を切り刻んだ。


 風が止んだ隙を縫い、ジークは、円卓に土足で飛び乗った。その衝撃に、卓上の女神像が横倒しになる。

 卓を踏み切り台に、向こう側にいる魔法使いに斬りかかるが、やはり残像を残して滑るように移動した男に、今度はジークの方も予想して、直ぐさま逃げた側の地面をなぎ払った。

 しかし、そこに足はなく――あろう事か、黒いローブの男は、宙に浮かんでいた。


「魔法使い……!」

「いいえジークフリート殿下、私は魔女です」


 呟いたジークの呼称を、サラバンドが否定する。


「――真に優れた種族の、呼称ですよ」


 前に突き出された右手から、赤い光の球が浮かび上がり、たちまちに炎の塊となる。

 振り上げられたその腕から放たれた炎の蛇が襲いかかるのを、ジークは後方に飛んで辛うじて避けた。


 獲物を逃した蛇の胴が蛇行し、その一端が椅子に踞るアルベルトに当たりそうになるのを、ジークは言葉で忠告する他なかった。


「兄上、お逃げ下さい!」

「――おっと」


 すると、影のようにアルベルトの前に滑り込んだ魔法使いが、ローブの裾で、炎の蛇を振り払った。


「アルベルト殿下は、次の帝国を担う大切なお方。そのお身体を傷つけることなどあってはいけません」


 あくまで帝国への忠誠を見せようとする男は、皇太子を庇うように前に立ち、第二皇子に対峙した。


「さて、終わりにしましょうか。ジークフリート殿下」

「…………」


 身構える。が、ここまで戦って、彼には一撃すら与えていない。その上、風や炎を操る奇術で翻弄され、場の優位はサラバンド側にあるかと思われた。


「罪状は……そうですね、邪心を抱き、アルベルト殿下の命を狙った第二皇子を、部下が止め損ない殺害してしまった……程度のシナリオにしておきましょうか。加害者は、適当にどこからかあつらえて来るとして」


 ここにはいない生け贄を用意し、罪を作り上げることも、彼には可能なのだろう。

 揺らがぬ優勢を前に、薄笑いが透けて見えるようなサラバンドの背後で、アルベルトが動いた。


「うぅ……」


 頭を押さえ、よろめきながら立ち上がった第一皇子を、魔法使いが慇懃に振り返る。


「殿下、お顔の色が悪いようです。ここは私に任せて、どうかお休みになって下さい。後で、楽になる薬を持って伺いま――」


 皇太子を気遣う台詞が終わる前に、魔法使いの目前で一閃した手が、血飛沫を生んだ。


 一瞬、何を持っていたのか分からなかったが、それは、卓の上にまき散らされた、硝子の破片の一つだった。


 先の尖った大きな硝子の破片を素手で握り、魔法使いの顔を一閃したアルベルトの手は、唯一空気に触れていたと言ってもいい、翡翠の両眼を切り裂いていた。


「あああああああッ!?」


 耳をつんざく絶叫が上がり、黒衣の男が顔を覆って仰け反る。


「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」


 だが恐慌は一瞬で、片手で顔を押さえたたまま、もう片方の手が炎を生み、怒号と共に、目の前の皇太子の腹にかざされた。


「兄上!」


 どうっ! と、瞬間的に膨れあがった炎の蛇頭が、アルベルトの胴を咥えるように飲み込み、熱風をまき散らしながらその身を吹き飛ばす。


 壁際の飾り棚に叩き付けられた身体が床に崩れ、衝撃で転がり出た繊細な陶磁器人形(ビスク・ドール)達が、断末魔を上げながら、無残な亡骸を床に散らした。

 赤子の頭ほどの大きな陶器の首が、動かないアルベルトの膝にごろりと転がった。


「兄上!」


 兄に駆け寄るジークには目もくれず、報復を果たした魔法使いはのたうち回り、呻きとも絶叫ともつかない声を上げながら、手近にあった椅子と円卓をなぎ倒した。

 小さな三女神の像が宙に投げ出され、受け止める腕に巡り逢わないまま、美しい姿を散らす。


「おのれぇぇぇぇっ!」


 唐突に、一気に炎が燃え広がるような音を立て、吹き上がった黒い霧が、魔法使いを包んだ。


 その闇の塊が、硝子の削げ落ちた窓から飛び出し、そのまま視界から消える。


 この部屋は、アルベルトの離宮の三階であったはずだが、人が落ちる音も、悲鳴も聞こえず、全ては静寂に還った。


 残されたアルベルトの身体から、布の焦げた臭いが立ち上る。幾重にも重ねられた衣装が、腹を中心に焼け落ち、肌には大きな火傷跡が、熱を持って広がっていた。


 落ちてきた陶器で頭を切ったのか、白い顔に夥しい量の血が流れている。


「兄上……あなたは……」


 シークは動かない身体の首筋に手を当て、その温もりを確かめた。

 脈はある、呼吸も正常だ。


「すぐに、医者を……」


 答えない兄の身を起こそうとして、ジークは身を強ばらせた。


「――!」


 嫌な予感がした。


 虫の知らせ、というのだろうか。

 脳裏で警告を鳴らす、不吉。


 呼び声が――『あいつ』の声が、聞こえた気がした。


 頭が認識するよりも先に、身体が動いていた。

 立ち上がり、ジークはアルベルトの部屋を飛び出した。


「ジークフリート兄様!」


 廊下に出た途端、妹の声に呼び止められた。


 ちょうど、アンネリーゼがアルベルトの私室へ駆けつけるところだった。

 その後ろには、ウィルと、車椅子を押すフィオナの姿がある。


「今、ユーリが……!」

「兄上を頼む」


 フィオナの言葉を最後まで聞かずに、ジークは表宮殿へと走った。







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