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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第二十五話 終焉(1)


 翌朝、凱旋の準備を整えていた遠征軍の元に、早馬の報告が舞い込んだ。


「帝国軍が、エルドラドへの進軍を開始した?」

「――!」


 報告を受けた二人の司令官のうち、副官の方が復唱した言葉に、後ろで聞いていたフィオナは息を飲んだ。

 ジークが短い言葉で、伝令を促す。


「いつだ」

「昨日未明、数は十五万。銃兵部隊も含まれているようです」

「十五万……!?」


 悲鳴に近い声を上げたのは、フィオナだ。いくら戦争を知らぬ彼女でも、その数が、小国エルドラドを叩き潰すのに十分な数字であること位は、理解出来た。


「……予想よりも早い」

「司令官は?」


 呟く兄の隣から、ユーリが急くように聞く。


「総司令官はビュッセル将軍。副司令官にブリーゲル大佐が――それと」


 そこで言葉を句切った伝令の顔は、その先を伝えるのを恐れるように、青ざめていた。


「……ゴッドハルト大将軍が、謀反を企てたとして、地下牢に投獄されたと」

「何……?」


 文字通り場を凍らせた報告に、辛うじて聞き返したのはジークだけだった。


「三日後に、処刑が執行されるとのことです」

「……冗談だろう?」


 その擦れた呟きがユーリのものだと、フィオナが理解するには、数瞬の時を要した。翠の目が見開かれ、強ばった表情には、驚きと猜疑が満ちている。


「氷雪の騎士が謀反……?」


 フィオナが介助する車椅子から、ウィルの呟きが聞こえた。

 シュヴァルトの民にとって、永雪の誓いは、死ぬまで違うことのない約束だ。


 だがフィオナは、下された極刑判決の方に震えた。


「そんな、ゴッドハルト将軍が……」


 フィオナを通して、亡き母を懐かしむように、眼差しを和らげた隻眼の騎士。


 帝王バルドゥルと苦楽を共にし、かけがえのない時間を駆け抜けてきたはずの男が、投獄の末、死刑を言い渡される現実を飲み込めない。


「ソルヴェーグ中佐」

「――ハッ」


 誰もが動揺を隠せぬ中、ジークの決断は早かった。自身の隊の中佐を呼び、隊の指揮権をその場で移譲した。


「後は任せる。俺とユリウスは先に戻る」


 ジークが不在の間、代理を任されていた男がその命令に揺らぐことはなかったが、微妙な間を置いて、後方で様子を見守っているフィオナ達に目を向ける。


「その……女性たちは」

「……連れて行く」


 置いていく、と言われても扱いに困ったのだろう。不安要素を排除されたソルヴェーグは、心得たようにその場を離れ、直ぐさま司令官の代わりに各隊の指揮を執った。


 見送ったジークが、やはり人形じみた無表情で、フィオナとウィルを振り返る。


「かなり厳しい強行軍になる」

「大丈夫です」

「平気だよ」


 間髪入れず二人が答えると、感謝を示すように深く頷いた。表情には出さずとも、彼もこの報告には動揺しているはずだ。


「ユーリ、すぐに馬の準備を」

「分かっている」


 それまで凍りついていたユーリが、兄の指示に、苛立ったような返事で動き出した。







 すぐにジェードとサミィを準備し、チェリルブロスに向かった時と同様、フィオナとウィルを乗せて四人が出発する。


 だが、今はあの時とは比べものにならない速度で馬を駆り、鞭を取る男達の手には、焦りと緊張が滲んでいた。


「アンネリーゼも心配だな」


 ウィルのすぐ耳元で、ユーリがいつになく真剣な声で呟いた。


「妹姫?」


 相手がその呟きに相槌が欲しかったのかは不明だが、聞こえたウィルは聞き返した。


「あれはゴッドハルトに懐いていた。それにあの気性だから、後先考えずに何を言い出すか分からない」


 低く抑えた声から、溜息のような呼吸が漏れる。


「……ぼんくら兄貴のフォローは望めないし」


 きっと懐いていたのは、アンネリーゼだけではないのだろう、とウィルは予想していた。


 例え、長兄や実父が同じような危機に陥ったとして、この男がここまで動揺するかは疑問だ。


「でも、バルドゥル王も自分の娘には……」

「氷雪の騎士を切り捨てる男が、娘に温情をかけるとも思えない」


 ウィルのフォローに対する、ユーリの断じ方は、若干意固地になっていると言えなくもなかった。


(それはどうだろう……)


 賢明な判断で言葉にはせず、ウィルは胸中でだけ疑問を返す。


 親が子に向ける感情とは――それが憎しみであれ愛情であれ――血の繋がらぬ他人に投げかけるのとは、また別の場所から湧き上がる種類のものだ。


 氷雪の騎士と、どちらが大切かといった話ではなく、同列に語れるものではないと思うのだが、ウィル自身、それを言葉で上手く表現できる自信はなく、結局、沈黙の道を選んだ。


 それが出来るのであれば――とっくの昔に、自身の身に降りかかった難題についても、解答を見出していることだろう。


 往路に三日をかけた行軍は、復路は二頭の騎馬によって、一日半で踏破された。


 辿り着いた宮殿で双子の皇子を出迎えたのは、たった一人だけだった。


 どこか澱んだ空気が漂う宮殿内に人の姿はまばらで、例え見かけたとしても、誰もが近寄りがたい緊張感のもと、足早に自らの職務に追われている。


 この宮殿に訪れた時と同じ広い廊下には、今は男の花道はなく、一人の少女が佇んでいた。


「アンネリーゼ」

「兄様!」


 ユーリが名を呼んで腕を伸ばすと、弾丸のように胸に飛び込んだ少女がすがりついた。白いウサギのぬいぐるみを抱きしめたまま、兄の胸の中で泣きじゃくる。


「ゴッドハルトが……!」


 妹のことは弟に任せるように、ジークは無言のまま、足早に場を離れた。

 彼にも、目的の場所があるようだった。


 フィオナも、アンネリーゼを心配そうに見つめていたが、兄妹の抱擁に遠慮したように遠巻きにしている。


 氷雪の騎士であるゴッドハルトが投獄され、明日みょうにちに死刑になるという話を、アンネリーゼは泣きながら兄に訴えた。


「酷いわお父様! ゴッドハルトが、そんなことするはずないのに、こんな横暴な……」


 大好きな兄に再会してたがが外れたのか、絶対権力である帝王を糾弾するような言動を声高に叫びかけ、その唇を、ユーリが人差し指で押さえた。


「シッ。アンネリーゼ、このことについて、親父には何も言ってないね?」


 一瞬で大人しくなったアンネリーゼが、ふるふると首を横に振る。


「投獄される直前に、ゴッドハルトに頼まれたことは、ちゃんと守ってるわ。このことについては誰にも……お母様にも、アルベルト兄様にも、文句を言ってはいけないって」


 そこに双子の皇子の名がなかったことに、ウィルは他人事ながら無言の信頼を感じたが、やはりユーリも、感じ入るように強く妹の身体を抱き寄せた。


「ついに、狂ったのかね、あの親父は……」


 アンネリーゼに対しては口を閉ざさせたユーリが、己は溜息と共に放言してみせる。


 抱きしめた少女の頭を撫で、落ち着いたところで解放する。


「しばらくは宮殿内が荒れるから、部屋を出ないようにね」


 言いつけ、ユーリは妹の背中を押して、部屋に戻るよう促した。

 いつもの跳ね返るような元気はなく、アンネリーゼが肩を落とし、こくりと頷く。


「ユーリ、君は……」


 従順に部屋に戻っていく妹を見送る背中に近寄り、ウィルは声をかけたが、相手は振り返らなかった。


 振り返らないまま頭を掻き、ユーリが、小さく――それこそ、聞こえるか聞こえないかという音で、呟いた。


「……親殺しの罪を知ってる?」

「…………」


 返す言葉を持てずに、見上げる場所にある後ろ頭を睨みつける。


「悪いけど、勝手に部屋に帰っといて」


 そう言い残し、大股に場を去っていくユーリを――残念ながら、ウィルは物理的に追いかけられない。


 車椅子のウィルが、四階にある客間に戻るには介助が必要だが、もはやそのことにすら気が回らぬらしい彼の心理状態を思うと……ウィルは、己の無力さに唇を噛んだ。


 アース教の教義において、親殺しは大罪だ。


 アース教の始祖、エマーヌエルは神の子だ。つまり、親を殺すことは、神を殺すことに繋がる。

 エマーヌエルの母は、聖女エレアノーアであるため、この場合の親は父親を意味する。


 父を殺した子の罪は――死罪。そして、その魂は、永久に天に昇ることは出来ないという。


「ウィル……ユーリは……?」


 終始近寄りがたい空気を発していたユーリが去ってしまい、一人になったウィルの車椅子に、フィオナが駆け寄った。


 遠慮がちな問いかけに、瞑目し、ウィルは大きく溜息を吐いた。


「……ユーリは、彼の父親を殺すかもしれない」

「……!」


 もうすっかり定位置のように後ろに回り、ハンドルを握ったフィオナが固まった。


「どうして、そんなこと……そんなことをすれば、ユーリは――」


 彼女とて、親殺しの罪が意味することを、知らないはずはなかった。


「これは、俺も最近気付いたことなんだけど……」


 彼女の問いに対して、答を与えることを、彼は怒るだろうか。そうも思ったが、今のウィルに出来ることは限られている。


「彼はね、夜なんだ」

「夜……?」

「人は夜を恐れ、闇を嫌う。でも、夜がなければ、誰も昼の明るさに気付かないと思わない?」

「……!」


 言わんとすることに気付いたらしいフィオナの気配が、背中から離れる。


「じゃあ、ユーリは……」


 前に回ってきた少女を見返すと、その表情には、分かりやすい意志が浮かんでいた。

 今、フィオナの脳裏に、ある少女の顔が浮かんでいることは、間違いなかった。


「ウィル、ごめんなさい。私」


 その表情のまま謝ってくる少女に、こんな時に、謝られなければいけない己が、ひどく情けなくなる。


 誰かが道を踏み出す時、自分は、必ず足手まといになってしまう。


「いいよ、フィオナ。行ってらっしゃい」


 その思いを飲み込み、ウィルは微笑みで少女を送り出した。


「俺は大丈夫。人の背中を見送るのは得意なんだ」


 見送る度に襲われる無力感と戦っていることは、この場合、彼女には知る必要がないことだ。


「君の思うとおりのことをしておいで」


 それは、おそらく、彼女にとっては効果的な『太鼓判』になったはずだ。

 放たれたように駆け出した、華奢な身体につられ、艶やかな黒髪が跳ねながら遠ざかっていく。


 何も疑う余地などないように、真っ直ぐに進んでいく後ろ姿が眩しい。


(俺が言ったから?)


 そこまで彼女の信頼を得ている己が、また少しおかしくて、苦い笑いが零れる。


 一人取り残された廊下を、ウィルはゆっくりと進み始めた。


『――それって、楽しいんですか?』

「……うん、楽しいよ。とても……だってたまに、自分が善人のような気がしてくるだろう?」


 ここにいない彼に対して、あの時は言ってやらなかった答を返してやる。


 きっとそう言ったら、彼はとても喜んだだろう。







 フィオナが王女に追いついたのは、奥宮殿の、アンネリーゼの部屋の前だった。


「アンネリーゼ!」


 扉に手をかけた少女を、慌てて呼び止める。


「な、なによっ」


 気付き、振り返った彼女は、慌てて頬を濡らしていた涙を拭った。


「アンネリーゼ、氷雪の騎士はどこにいるのっ?」


 息を切らし、駆け寄ったフィオナの剣幕に面食らったように、アンネリーゼが口を開ける。


「何を……」

「今、バルドゥル王を止められるのは、きっとあの人しかいない。だから、教えて欲しいの」


 そう言うと、アンネリーゼは頬を紅潮させ、眦を吊り上げた。


「お父様は、ゴッドハルトを裏切ったのよ! 氷雪の騎士を信じず、あの魔法使いを信じたの!」

「そうよ! だからユーリは……」


 つられて強い口調で言い返したフィオナが発した名前に、アンネリーゼが食いついた。


「ユーリ? ユリウス兄様がどうかしたの?」


 食い入るように見つめてくる相手に、フィオナは出来るだけ気持ちを落ち着かせようと、一度大きく深呼吸をしてから、伝えた。


「……ユーリは、氷雪の騎士を切り捨てた……過ちを犯した王を、力づくで止めようとしてる」

「それって……どういう……」


 聞きながら、途中で、気付いたように言葉を飲み込み、アンネリーゼは顔色を変えた。


「そんなこと……っ嘘よ、そんなこと!」

「アンネリーゼ、信じて」


 その手を取り、力強く説得する。

 ウィルの言葉が、間違っているとは思えなかった。


 ユーリは、バルドゥル王を殺そうとしている。そしてウィルは、それを止めたいのだ。その役目を、フィオナに託した。彼自身が、その力を持たないから。


 精一杯の想いを込めて見つめると、アンネリーゼは青ざめた顔のまま、覚悟を決めたように頷いた。


「……ゴッドハルトは地下牢よ」

「じゃあ……」

「行くわよ、フィオナ」

「え?」

「ユリウス兄様とお父様を止めるわ」


 一度腹をくくったシュヴァルトの王女は、その生来の気質からか、フィオナより数倍行動的だった。


 牢の鍵を持っているのは牢番だったが、アンネリーゼは、予備の鍵を保管している保管庫を知っていた。

 身分の高い人間を投獄する牢屋は特別製で、鍵自体も特別なあつらえとなっており、すぐにそれと分かった。


 地下牢は、表宮殿の地下にあった。


「面会するだけよ。お父様の許可は取ってあるわ」

「しかし、今ゴッドハルト将軍は重罪人で……」

「くどいわ。私を誰だと思っているの? お父様に言いつけられたいのっ?」


 堂々たる演技で、予備の鍵を盗み出したことなどおくびにも出さずに、牢番を脅しつけるアンネリーゼ。


 王女の権威をもって地下牢に侵入した二人は、最奥の重厚な扉の鍵を開けた。


「ゴッドハルト!」


 地下牢に王女が飛び込むと、その奥に座っていた氷雪の騎士の隻眼が、驚愕に見開かれた。


「アンネリーゼ様!? ……フィオナ王女」

「…………」


 後ろからついて入ってきた少女を見て、つけ足された呼称に、アンネリーゼは驚いたように振り返ったが、その場では何も言ってこなかった。


 事態の解決を優先させたのだと分かる彼女の判断に感謝し、フィオナはすぐに、ゴッドハルトに状況を説明した。


「ユーリが……ユリウス殿下が、おそらく、王の過ちを正そうとしています。このままでは、取り返しの付かないことになるかもしれない。貴方しか、止められる人はいない……そうでしょう」

「…………」


 実際、ゴッドハルトへの言葉は、それだけで十分だった。静かな表情で聞いていたゴッドハルトが立ち上がる。天井が低い牢屋では、頭がぶつかりそうな程の巨躯だった。


「その通りです。賢明なご判断、ありがとうございます。フィオナ王女、アンネリーゼ様」


 落ち着いた声で感謝の意を示し、最敬礼をする。


「氷雪の騎士の名にかけて、必ず王のお心の迷いを正すことを誓いましょう」


 その言葉に、二人の王女の表情に不安が過ぎる。


 皇帝バルドゥルの心の迷い――その闇を、はたして本当に振り払うことが出来るのだろうか。


「どうか、私を信じて下さい」


 だが結局、その力強く真摯な眼差しに説得され、二人は心から祈りを捧げた。


 ゴッドハルトを先頭に地下牢を出たところで、脱獄に気付いた牢番を、少々手荒な手段で眠らし、明るい表宮殿の廊下に出る。


 氷雪の騎士を見送る直前、フィオナは、彼に取りすがっていた。


 どうしても、欲しい答があった。


「ゴッドハルト……私は……」

「どうしたらいいかは、私に尋ねないで下さい」


 だが大将軍は、フィオナの迷いを見透かすように、その問いを閉ざした。


「貴女の神聖な決断を、私の汚れた魂で歪めることは出来ない」


 暗に恣意的な解答しか出来ないと断る彼の返答は、どこまでも誠実だ。


「ただ――私は」


 それでも、迷うような沈黙の後、ゴッドハルトは一つだけ教えてくれた。


「時代の流れを変えるような選択を、たった一つの愛を貫いて決めた女性を、一人知っています。それが、今となっては正しかったのかは分かりませんが……あの時、彼女は確かに幸せだったのだと、それだけは自信を持って言えます」


 それが誰のことかは――フィオナには、すぐに分かった。


「人生は短く長い。そして、未来は誰の目にも見えない。一時の真実の愛のために、生きる生き方も存在するのだと、貴女に伝えておきましょう」


 思わず――それは無意識にも近い魂の衝動で――フィオナは、深々と頭を下げ、彼の背中を見送っていた。






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