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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第二十二話 宿命(2)


 行軍に三日をかけ、一行は目的の村に辿り着く直前、ディルタイとの国境沿いで、奇妙な一団に遭遇した。

 最初に彼らに目を止めたのは、フィオナだ。


「ユーリ、あの人達は……?」


 馬車から見えたのは、到底身分があるようには見えない、貧しくみすぼらしい人々の長蛇の列だ。

 ぞろぞろと囚人の行列のように、縄に繋がれて歩く彼らの回りを、黒い兵隊達が囲んでいる。


 列をなしているのは、ほとんどが成人以上の男性だったが、皆一様に俯いて、虚ろな表情で、引かれるままに足を進めていた。


「あァ、徴発だヨ。属国は――まあ、必要があれば本国からも取り立てるけど、税金以外にも労働力を納めなきゃいけないから」

「労働力……彼らは働きに行かせられるの?」

「まァ、そういうコト。可哀想に、極寒の大地で、ただひたすらモグラのように地面を掘り続ける人生が待っているんだヨ」

「採掘……?」


 聞き咎めたウィルが、わずかに眉をひそめる。対照的に、ユーリが片眉を上げて唇を歪めた。


「鉄、銅、銀、石炭……雪山だらけのこの国には、金属鉱物が山ほど眠っているんだとか」

「それは、昔から指摘されていたような気がするけど」

「そりゃあ、天上から見下ろせば、そうなんでしょうね」


 皮肉めいた口調で答え、ユーリが肩をすくめる。


「ただ、冬は身動きが取れない、夏も湿地だらけで馬が沈むようなこの土地で、それを積極的に利用しようとするような無謀で奇特な変人は、これまで存在しなかったんですヨ」

「…………」


 難しい顔で黙ってしまったウィルを横目に、ユーリが遠目に見える市門を指した。


「ミハイロ村は、あの町のもう一つ向こうにある。二人には、数日あの町に留まってもらうことになるよ」


 目的のミハイロ村の、一つ手前の町に駐屯し、彼らの部隊は、作戦行動に移るらしい。


 市壁の内側に入ると、フィオナ達は、その町で最も立派な屋敷に招かれた。

 小高い丘の上に建てられた洋館の窓から西を見下ろすと、緩やかに下った街道の先に、小さな市門が見えた。


「ねぇウィル、あれがミハイロ村かしら?」

「そうみたいだね」

「思ったよりも近いのね」


 あれならば、フィオナでも歩いて行ける距離だ。


 司令官と副官という立場のジークとユーリの負担にならないよう、屋敷に入ってからのウィルの車椅子の介助は、フィオナの役割だ。

 指令本部となった客間の一室で、車椅子の後ろに立ちながら外を見ていると、背後でジークが矢継ぎ早に部下に指示を出す声が聞こえた。


 いつも静かにしゃべるジークが、こんなに大きな声を出すのかと驚くほどの声量で、しかも、いつもとしゃべり方が違う。


 単語に癖があり、全体的に早口で叩き付けるような口調は、アンネリーゼやバルドゥルにはなかったが、行軍の最中に耳に入る、一介の兵士達と同じものだ。


 現在、アースガルダ大陸では、広く統一帝国時代の公用語が使われているが、地域によっては、若干の差異がある。

 特にシュヴァルト帝国は、支配下においた大陸東端の異民族の文化の影響も受けており、独特の癖のある方言を使うらしい。


「ジークとユーリも、普段は方言を使ってるの?」

「いや? ジークのアレは使い分けてるんだよ」


 忙しなく動いている兄とは対照的に、副官であるはずのユーリは、フィオナの隣で窓辺に寄りかかり、彼らのやりとりを聞くともなしに聞いていた。


「正しい公用語っていうのは、教養の高い人間や身分の高い人間のメルクマークみたいなものだから、下っ端の兵隊に指示を出すなら、あっちの方が受けがいい。皇室の人間なら、大抵、身内用とよそいき用で使い分けてるよ。ただ、ボクらは母親がイザヴェルの人間だったから、もともと、西の影響が強いんだよね。って言っても多分、本家本元の天上人兄弟に比べたら、単語の訛りとかは入ってると思うケド」

「そうでもないよ」


 急に比較対象に挙げられたウィルが、さらりと否定した。


 大陸の公用語は、元を正せばサン=フレイアの言語だ。

 サン=フレイア王国は、帝国の保護下にあった独立国家イザヴェル皇国を除けば、唯一、統一帝国の支配を受けなかった国だ。


 だが、当時の海洋商業はサン=フレイアの独壇場だったため、貿易商人達の共通語はサンフレイア語だった。

 そのため、アルフォンス大帝が、世界に通じる言語としてサンフレイア語を公用語に採用したという経緯がある。


「じゃあ、ユーリも使い分けるのね?」

「ボクはそのまま。こっちの言葉って、あんまり好きじゃないんだよねェ、忙しなくて」

「確かに、怒っているように聞こえて、少し苦手かも……」

「ジークに言っとくよ」

「ごめんなさい、そういうつもりじゃ……それより、ユーリとジークのお母さんって、イザヴェルの人なの?」


 会話の流れで、新しい情報を得て、フィオナは聞いてみた。


「んー、もういないけど、一応、今のフェリーニ朝の流れを汲む公爵家の人間で、これでも遠い遠いところで、光の皇子コンスタンティンと血が繋がってるらしいヨ」


 己の血統を説明するのは面映ゆいのか、ユーリは頭を掻きながら、適当そうな口調で言った。


「そうだったの……」


 現法王とは、遠い親戚ということだ。

 教皇というのは、やはり遠い存在な気がしていただけに、身近に思わぬ縁戚がいて、フィオナは軽い驚きを受けた。


 そんな話をしている間に、新たに司令本部に入ってきた士官が、律動的な所作でジークの前に立った。


「第二部隊、第三部隊、ミハイロ村市壁周辺の森に待機完了しました」

「偵察隊の報告はまだか」

「ハッ」

「遅い」


 鋭い声に、報告した兵が背筋を伸ばすのが分かった。

 ジークが、早口に指示を出す。


「第二部隊は右翼、第三部隊は左翼、正面は俺が行く。報告を待って、ミハイロ村の三つの市門を速やかに包囲しろ」

「いることは確かなんだから、もう一気に押し潰しちゃえば?」


 それまで傍観していたユーリが、窓辺に立ったまま口を挟んだ。

 振り返った兄が否定する。


「相手の規模、武装レベル、非戦闘員の有無と避難場所、糧量を確認せずに突っ込むわけにはいかない。無駄な被害が出たらどうする」

「別にいいじゃない。見たトコたいしたことないよ? 前もそうだったし」


 頭を掻きながら、ユーリがわずかに苛立ったような声で付け足した。


「こんなところで足止め喰らってる場合じゃないでしょ。さっさと終わらせないと」

「……母親、妊婦、年寄、僧侶、教会に仕える者、子供等の迫害を禁じるとは、軍規特別条項にも明文化されている」

「…………」


 条項を朗読するような反論にユーリは黙ったが、見返した目は到底納得したものではなく、二人の間に険悪な空気が流れるのが分かった。


 苛立たしげに前髪を掻き上げ、先に目を逸らしたのは弟の方だ。


 この行軍の最中にも、日増しに機嫌の悪さを増しているユーリと、見た目には変わらないジークの兄弟は、何度か意見の食い違いで対立していた。


 彼らに焦りがあるのは確かだが、何に焦っているのかまでは、フィオナには分からない。


「荒れてるね」


 場をならすようなタイミングでウィルの声がかかり、ユーリは肩をすくめて見せた。


「こういう、民衆の反乱ってパターンは面倒臭いんですよ。戦えない女子供もかなりの割合で交じってるし。時間ばかりかかる。訓練も受けてないから、叩き潰すのは簡単なんですが、外聞や市民の反感を考えると、あんまり無体なことも出来ない――っていうのが兄の考え方みたいで」

「普通はそうだと思うけど」

「今更って気しません? 正規軍同士の戦いなら、虐殺、殲滅、略奪なんでもアリだっていうのに、カタチだけのモラルなんてくだらないですヨ。武器を持つことを決めた時点で、素人だろうが向こうも殺す気で来てるんでしょうに」

「騎士道の延長線上のモラルを論じるのに、戦闘職種と一般市民を同列に語るのはどうかな……まあ、それ自体、時と場合によっては、建前にしかなり得ないことがあるのは認めるけど」


 ユーリの過激な発言に、ウィルは言葉を選ぶように、そう言うに留めた。


 そんな押し問答がありつつも、間もなく、偵察隊が報告を持って戻ってくる。

 出動の号令をかけたジークに、彼らが戦いに身を投じるのだという現実味が一気に押し寄せ、フィオナは出て行こうとする背中に声をかけた。


「ジーク、あの! 私……」


 踏み出したフィオナの肩を、ウィルが掴んだ。

 振り返ったジークは、無感動な眼差しでフィオナを見返し、すぐに隣のウィルに視線を移した。


「……出来るだけ、彼女の傍にいてやってくれないか」

「分かってる」


 答え、ウィルが肩を掴んだままフィオナを見上げた。


「部屋で待っていようか、フィオナ」

「ウィル……」

「……世の中には、見なくていいものもある」


 言い聞かせるようなウィルの言葉が、右から左へと耳を通り過ぎていく。

 不安と焦燥と、割り切れない思いを抱きながら、フィオナは戦いに赴く二人の後ろ姿を見送った。







 ジークとユーリが率いる第一部隊は、正面の市門を包囲し、指令が下される時を待っていた。

 門は固く閉ざされており、すでに鎮圧部隊の存在に気付いた村は、死んだように静まり返っている。


 偵察の兵が、司令塔に敵の情報を報告した。


「大した装備ではありません。鋤や鍬や斧を所持した武装集団が三千から四千。また、数百名からなる傭兵隊も混じっているようです」

「女子供は」

「姿は見えません。恐らくは、どこかに潜んでいるかと」

「ならいい」


 短く答え、ジークは各小隊長へ指令を飛ばした。

 皇帝、バルドゥルからの勅命は――


「――殲滅しろ。日が暮れるまでに片付ける」







 怒号と悲鳴が交錯する空間で、時折思い出したように榴弾による爆音が弾け、家屋が崩落する。


 市壁を破壊し、雪崩れ込んだ黒隊服の集団を迎え撃った勢力は、てんでバラバラな装備に身を包んだ、民兵の軍勢だ。

 彼らは狂ったような雄叫びを上げながら、市門から突入した軍隊に、束になって押し寄せた。


 人壁で侵入者を押し返そうとする彼らの行動には指向性があったが、統一されているという程の敏捷性はない。


 先制攻撃にあった前線の一部が損傷を受けたが、人壁が崩されるごとにその勢いは弱まり、個別での争いになれば正規軍の優位は火を見るより明らかだった。


 戦況を冷めた目で見つめるジークの元に、次々と新しい報告がもたらされる。


「女子供が潜んでいる教会を発見しました!」


 一人の伝令が、息を切らし駆け込んできた。


「食料の備蓄もあるようです。どうしますか?」

「捨て置け」

「はっ……」


 一考の余地もなく断じた司令官に、伝令は反射的に敬礼で答えながらも、いささか拍子抜けしたような顔を見せた。


 戦力にならない弱者を殺す必要はないが、使い道はいくらでもある。

 労働力として徴発してもいいし、食糧は残らず押収するのが定石だろう。


 西大陸でも悪評高い、帝国軍のモラルの低さに慣れ親しんだ一兵卒にとっては、予想外であったらしいその判断を、ジークはもう一度厳しい口調で繰り返した。


「女子供は捨て置け。違反した者は厳罰を下す。武器を持った者は全て殲滅しろ」


 厳命に再度直立敬礼し、場を離れた伝令を見送った副官が口を開いた。


「種は残しといたら、また芽吹くんじゃない」

「……そう言って全て叩き潰したお前が撒いた憎悪の種が、今また芽吹いている。俺に指図をするな」


 血の繋がった副官を睨みつけた鋭い眼差しは闘気に満ちていて、普段人形のような青年の面差しに、凶暴な影を落とす。


 ――本人が気付いているかは知らないが、戦場でのジークは、少しばかり人が変わる。


 宮廷内では、その穏やかな気性や立ち振る舞いに定評があり、さすがイザヴェルの血統、と褒めそやされる双子の皇子だが、ジークにもユーリにも、間違いなく半分は祖国の血が流れている。


 その本質には、荒々しく粗野な東方の精神を受け継いでいることを自覚させられるその姿を、ユーリは薄笑いで受け流した。


「……はいはい。ご命令のままに、大佐殿」


 穏やかでない兄の元を離れたユーリは、槍を手に前線へと赴いた。


 血と汗にまみれ、修羅の形相で漆黒の兵隊に立ち向かう民兵の中から、誰かがユーリの名を叫ぶのが聞こえた。


 ユーリがこの村を訪れたのは、もう二年も前の話だが、顔を覚えていた生き残りがいたらしい。


「……全部掃除したはずなんだけど、また集まってきちゃったの」


 不幸の象徴たる独裁者の息子の首を狙い、向かってくる群衆を見て、第三皇子は冷めた声で呟いた。






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