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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第二十話 回顧(4)



 不愉快な魔法使いから与えられた情報に、踊らされるように走り出した己が不快でもあったが、それ以上の焦燥に駆られ、ユーリは玉座の間に続く大階段を駆け上がった。


 その先に、玉座の間から出てきたばかりの少女の姿を認め、叫ぶ。


「フィオナ!」

「ユーリ」


 驚いたように目を瞬いた少女が足を止め、振り返る。


「どうしたの? そんなに慌てて」


 息を切らし、我ながら珍しく焦った所作で肩を掴むと、フィオナが戸惑うように大きな目で見上げてきた。


「親父に呼ばれたんだろう。何もなかった?」

「ただ、お話しただけだけど……」


 そう言った少女の目をじっと見る。


 皇帝がゴッドハルトからエルドラドの王女の話を聞いたとすれば、彼がフィオナを呼び出す理由は、いくつか考えられた。


 脅迫や実力行使もあり得る男だったが、今のフィオナには、怯えの色はない。

 何か口止めされている可能性もあったが、例えそうだとしても、ユーリを騙せる程の嘘をつける娘ではなかった。


 本当に、何もなかったのだと、その時点で確信し、ユーリは深く息を吐いた。全身から力が抜ける。


 同時に、柄にもなく焦ってしまった己を自嘲する。きょとんとする少女から見れば、多分、相当に滑稽な姿だろう。


 ゴッドハルトの言葉が思い起こされた。


『王女の為ですか』


 そうだ――と答えるのが、正しいのかもしれない。


 それくらい物事が単純であるなら、その方がいい。


 ……あの『家』に続く世界を、壊したくなかったなんて、そんな生易しい願いがあるなどと、己の中で認めるのは気持ち悪い。


 たった一人の女のために、国の行く末を変えようとする方が、よほどエゴが利いていて清々しい。


「……アナタはアルベルト兄さんの婚約者……だったカモしれないんだねェ」


 出会い方が違ったら――もし、少しばかり運命の歯車が狂っていたら、彼女は兄の婚約者として、この宮殿に姿を現したのだろうか。


「そんなの、想像しただけで虫酸が走るケド」


 その未来は、今もなお回避されたわけではない。


 エルドラドの王女フィオナは、祖国の盾になるカードを持っている。そして、そのカードを使わせるのは簡単だ。


「あの男の嫁になる気、ある?」

「…………」


 彼女は、ユーリを騙す程の嘘をつけない。

 黒曜石の瞳が迷うように揺れて、ユーリは苛立った。


「……強奪略奪は、シュヴァルトのお家芸らしいんだけど。もちろん――女もね」


 言うや軽い身体を抱きかかえ、人気のない廊下を大股に進む。


「ちょっ、ユーリ!?」


 それこそ、どこかの馬鹿で下劣な士官のように、彼女を柱の陰に連れ込み、両手を壁について逃げ道をふさいだ。


「何だって、奪うのはカンタンなんだよ」

「ユーリ……?」


 顔を近づけた先で、疑うことを知らない無垢な目が、瞬きを繰り返して見上げてくる。


「……なんて言い出したら、あの糞親父と同類か」


 自嘲したユーリに、少女が悲しげに眉をひそめ、両手を伸ばしてきた。

 温かい手が頬を包む。


「ユーリ」


 諭すような声と表情はいやに大人びていて、少女というよりは、女性らしい魅力があった。


 その方が――ユーリにはずっと好みだった。


「――あなたのお父様は、多分、本当は優しい人よ……優しくて、寂しい人」


 あの男を、そう評する人間が、この世に彼女以外に存在するだろうか。


「胸の奥の宝石箱に、たった一つの思い出を、大事にしまっていらっしゃる」


 あの玉座の間で、彼女と父の間で、どのような会話が交わされたのかは知らない。


 だが……その短い時間に、彼女は、実の息子よりもずっと深く、あの男を理解することが出来たのかもしれなかった。


「許してあげてなんて言えないけど……お互い、もっと知り合ってもいいと思うの」




※※※




 その小さな家では、1人の魔法使いと2匹の精霊が、いつものようにお茶会をしていた。


「応援してるんですけどね~。彼ら」


 間延びした口調でそう言って、温かい紅茶をすする魔法使いを、小さな精霊が見上げた。

 こちらは、特別に入れてもらった冷たい紅茶を、小さな両手でグラスを抱えて飲んでいる。


「一応、遠い親戚に当たりますし」

「親戚っていっても、エレアノーアの流れを汲んでるってだけでしょ? そんなのいっぱいいるじゃない」


 そんな1人と1匹の会話には入らず、黒い精霊は茶菓子をつまんでいる。


「エレアノーアって確か、レインの曾おばあちゃんだっけ?」

「違いますよ。私の曾祖母の妹さんです」

「ふぅーん」


 小さな精霊は、足をぶらぶらさせながら気のない相槌を打った。遠すぎて実感が湧かないようだ。


「私も、曾祖母の顔すら知りませんし、彼女の妹の末裔の傍流なんて、それこそただの他人ですけどね」

「じゃあどうして?」


 小さな精霊の素直な疑問に、魔法使いはカップを置き、思い出すような眼差しで、入り口にぶら下がった空の鳥かごを眺めて答えた。


「叔母みたいにうるさい人がいたもので」


 あぁ、と小さな精霊が合点して頷く。


「そっか、彼の子ね」


 こんな時、彼は外見に不相応な、ある意味年相応な表情を見せる。


「そういえば、かわいいかわいいってうるさかったなー。自分の子でもないくせに」

「本物のこどもは、そこまで可愛がられた記憶はありませんよ。まさに叔母バカです、あれは」


 当時、子供のようにはしゃいでいた大魔女を思い出したのか、小さな精霊はグラスを置き、テーブルに両肘をついて呟いた。


「大切な人の子どもなら、自分の子どもでなくても嬉しい……か」


 口に出してから、小さな精霊は愛らしい仕草で首を捻った。彼が実際にどれだけの年月を生きていても、姿形は六歳児だ。


「やっぱり不思議だね、人間って」


 数多の動物の中でも、特別に人間という存在に興味を惹かれるらしい彼は、難しそうな顔でぼやいた。


「人間が家族や恋人ってのにこだわることは、なんとなく分かってきたけど、そうじゃない場合もあるんだもの。そんなの予想しきれないよ」


 精霊は、精霊の長によって必要に応じて生み出される。

 彼らの間に血縁関係はなく、同じ属性を持つ精霊は仲間ではあっても、家族ではない。

 また、彼ら自身が繁栄を望み、種を増やしていくことはない。


 彼らは、世界を在るべき姿に保つための『六元素』に過ぎず、森羅万象を構成する使命のために、ただそこに存在する。


 血縁や家族という概念をもたない精霊には、そういったもの――またそれ以上のものに価値を見出す人間の生き方というのは、理解しがたいものなのだろう。


 その変わり者の小さな精霊が、そんなものに興味を示すことの方が、魔法使い――ローズレインには面白かったが、そうとは言わずに、彼はもう随分と昔の記憶を、掘り起こしてみることにした。







 それは、ずっとずっと昔のお伽話。


 ひとりの魔女の、ほんの気まぐれだ。



「来ちゃった」

「来ちゃったって……」


 てへっという効果音つきで、ホウキに乗ってやってきたのは、黄金の髪と翡翠の瞳を持つ魔女だった。


 突然バルコニーに現れた人物に、コンスタンティンはひっくり返りそうになるほど驚いた。


 ホウキの先には、彼女のミニチュア版のような子供が乗せられていた。こちらも立派に、魔女の黒ローブを着ている。


 小さい息子まで連れて、仮にも現教皇の私室にまで、無断でアポなしで唐突にやってくる……そのルール無用っぷりは相変わらずだったが、コンスタンティンは呆れ顔で彼女を迎え入れた。


 部屋に入ると、親に何か言われる前に、小さな魔法使いがぺこりとお辞儀をしてくる。


「初めまして、ローズレインと申します。ローズは母の名前で、レインは父の名前です」


 突っ込まれることが多いのだろう。定型文のようにしっかりと説明した彼女の子は、確かまだ二歳だったはずだ。賢い子だ。


「君の子とは思えないな」

「どこが? そっくりでしょう?」

「確かに顔はそっくりだけど……」

「でしょ?」


 満足げに念を押されて、それ以上は言わないことにした。


 ここで意地悪を言ってむくれさせても可愛いのだが、今は他人の妻だ。

 たまにそのことを忘れそうになるほど、出会ってから何年経っても、彼女は可憐な少女の姿のままだった。


 教皇とはいえ、ただの人間であるコンスタンティンは、年月の分、年を取る。出会った頃は年上に見えた彼女を、もうとっくに外見年齢では追い越してしまった。

 そして、互いに今は、生涯の伴侶がいる。


「でも、この子はきっと、もっと格好良くなるわよ。だって旦那様の子ですもの」

「そう……だね……」


 彼女の配偶者の、聖者の写し絵のごとき姿を思い出す。

 彼女と彼の子どもだ。どう転んでも将来有望過ぎる。


 コンスタンティンは、彼女が訪問する前から、ずっと腕に抱えている、我が子を覗き込んだ。

 まるまるとしたほっぺたはリンゴのように赤く、眠る姿は天使のように愛らしい。


 先日、生まれたばかりの第一子は女児だった。

 我が子については、己が凡庸な顔をしているので、女の子だから母親の方に似てくれたらいいかな……などという願望を若干抱いていたりもする。


 もちろん、自分に似てくれても嬉しいし、どんな平凡な容姿であっても、我が子は世界一可愛いのだが。


 妻は今風邪をこじらせていて、うつる恐れがあるからと、幼い子供も引き離している。

 乳母に任せても良かったが、せっかくだからと一念発起し、父親として子守に精を出している次第だった。


「ちょっとごめん」


 そばかす跡の残った頬をかきながら、コンスタンティンは彼女だから言える願いを口にした。


「ちょうどいいと言ったら悪いんだけど、少し席を外していいかな」

「あら、どうして?」

「その……さっきからずっとトイレに行きたくて……でもこの子を降ろして、泣き出されたら困るから」


 現役教皇の鈍くさい頼み事に、魔女――ローズは軽やかに笑った。


「乳母を呼べば良かったのに。本当に、あなたのそういうところ、変わらなくて好きだわ」


 好きだと言われて、胸の中に嬉しい気持ちが飛び跳ねる。


 コンスタンティンが少年の頃から変わらない――彼が何よりも愛していた笑顔で、ローズは幼子を引き取った。


「いいわよ、いってらっしゃい」







「悪いね。すぐ戻るから」


 この世の権威の頂点に君臨している人物とは思えない素朴さで、へこへこと退室する背中を見送ったローズは、静まり返った部屋で、腕の中の幼子を見下ろした。


「…………」


 やがて静かに、穏やかな旋律が流れ出す。

 子守歌を歌いながら、ゆっくりと部屋を歩き回り、少女の姿をした大魔女が微笑む。


 その様子を、ローズレインは低い視線の位置から眺めていた。


 広い部屋には、巨大な姿見の鏡が置かれていた。それはローズレインの家にあるものと、全く同じ形をしていた。


「可愛い子」


 マシュマロのように柔らかい頬に触れながら、彼女は幸せそうに呟いた。


「私がとっておきの魔法をかけてあげる」


 白い額に唇を落とし、彼女はイタズラっぽく女児を覗き込んだ。

 すると、王子のキスで目を覚ましたお姫様のように、幼子が目を開ける。薄い翠の瞳が、ローズを見上げた。


 魔力が宿っていることを示す翠の瞳は、まだ女児の胎内にも、薄れつつある始祖魔女の血が残っている証拠だ。

 いずれはそれも消滅し、彼らの一族は、完全な人間に戻るだろう。


「コンスタンティンには内緒よ?」


 ふふっ、と笑い、大魔女は、子守歌のように言葉を紡いだ。


「きれいな()ね。あの人にそっくり……大好きよ」


 この世の慈愛を拾い集めたような声で、彼女は詠う。


「――あなたのその瞳は、誰もを魅了する。

   あなたのその瞳は、誰からも愛される。

   あなたの瞳はとても美しくて、愛さずにはいられない――」


 言葉には力がある。


 そして大魔女の言霊には、確かな魔力が宿っている。


「ねぇ、幸せになって?」


 たまに彼女は、己の力の強さを忘れる。


 稀なる双子の魔女は、ただ愛する人の子の幸せを思って、そう願ったのだろうが――


「たくさんの人に愛されて、幸せになってちょうだい」







「今思えば、彼女はなぜたくさんの人に、なんて言ってしまったんでしょうね」


 冷めてしまった紅茶に口をつけ、ローズレインは、その時は特に疑問に感じなかったことを口にした。


 コンスタンティンが、誰からも愛されない孤独な子どもだったからか。

 魔女の一族という運命のもと、人との関わりを断絶されていた彼女自身の寂しさゆえか。


 彼女は完璧な女性ではない。

 ましては聖女などではない。


「百億の星の瞬きより、たった一つの月明かりが眩しいように、大勢の人間より、たった一人に愛されることが幸せなこともあると――彼女は、分かっていなかったのかもしれません」

「そういうお前は分かってんのか?」


 それまで、ローズレインの思い出話を、気のない相槌を打ちながら聞いていた黒い精霊が突っ込んだ。


「さぁ……どうでしょう。少なくとも、私はどうでもいいその他大勢に愛されたいとは、髪の毛の先ほどにも思いませんね」


 ローズレインは、いつもと変わらぬ笑顔で答えた。


「うざいだけです」


 漆黒の精霊は、長い指先でティーポットを取り上げ、自分でお茶のおかわりを注ぎながら、魔法使いを横目で見た。


「あ、ヴァリウス。私の分も入れて下さいね。あと、リンゴ剥いて下さい」

「へいへい」


 魔法使いの命令を聞きながら、漆黒の精霊が動く。


 彼らの背後にある大鏡は、物言わずその光景を映していた。






 あの時、法王の女児の瞳にかけた、大魔女の『魅了』の魔法は――


 今もまだ、彼女の血統に受け継がれている。






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