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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第十九話 回顧(3)



「…………」


 ……恥ずかしい。

 いつの間にか俯いていたフィオナは、声もなくバルドゥル帝王の昔話を聞いていた。


「その後、私たちはエルドラドの西にある、イアルンヴィスの森に迷い込んだ――なんであんな森にわざわざ足を踏み入れたのか、きっかけはよく覚えていないのだが……」


 記憶の網をたぐるような間の後、


「ああそうだ、思い出した」


 帝王が顔を上げた。


「森の奥に、眠れる森の美女がいるらしいから助けに行こうと言い出したんだ、あの馬鹿が」

「……すみません」


 思い出してもらわなくてもいい理由だった。







 後から聞いた話では、彼は彼なりに、城に居づらい理由があったらしい。


 無目的に城下町をふらふらしていたトリスタンにとって、亡命中の異邦人は、いい遊び相手と認識されてしまったようだった。


 そんなバルドゥルたちが、イアルンヴィズの森にまで足を運ぶ理由になったのは、下町で当時流行っていた噂話だ。


 結果的に眠れる森の美女はいなかったが、家出中の大国のお姫様がいた。







「え……」


 家出中って。


 フィオナは嫌な予感がした。







 イアルンヴィスの森の奥に足を踏み入れると、急に現れた怪しい霧に囲まれながらも、トリスタンの謎の嗅覚を頼りに辿り着いた先には――森の中なのに門がある……しかし塀はない、奇妙な家があった。


「うおおおお! あったぜ相棒! うっひょーマジだったんだ。俺様かんどーっ」

「誰が相棒だ! 寄るな触るなくっつくな!」


 肩を抱いて感激する暑苦しい男を引き離す。


 バルドゥルに拒絶されたことなど意にも介さず、トリスタンは足取りも軽く戸口前の階段を一足飛びで上がり、勢いよく扉を押し開いた。


「こんにちわー! 眠れる森の美女を起こしに、絶世の美男子が駆けつけ……」


 ごぅん。


「げはんっ?!」


 よく分からない悲鳴を上げ、地面に沈んだ男の頭頂に、大きなタライが落ちていた。







「…………」


 なんか、デジャブ。


 身につまされる部分もあり、フィオナは恥ずかしさに顔が上がらなかった。







「おい、大丈夫……か、……っ!?」

「殿下!」


 床に沈んだまま動かない王子に呆気にとられ、バルドゥルが不用意に戸口に駆け寄ると、急にゴッドハルトに腕を引かれた。


 その脇を空を切って、室内から何かが飛び出してくる。

 地面にぶつかって破裂したそれから、赤い液体がぶち撒かれた。


「水風船!?」


 しかも色水だ。


 そして、二階が吹き抜けになった天井の高い屋内に視線を転じると、奥のカウンターに、棒を二本立て付けてゴムを張った、簡易な投石機が設えてあるのが見えた。


「何よ、あんたたち! 泥棒!?」


 キッチンと思しきカウンターの奥から顔を出したのは、ひとりの少女だ。


 つまり、保守的で頑固な母国に飽き飽きし、大陸を見聞することを選んだ家出少女――サン=フレイア王国の公女プリシラだった。







「それは……」


 フィオナは絶句した。


 一体どこで母親の名前が出てくるのだろう、と思っていたが、斜め上過ぎる登場シーンだ。


 自分も勝手に上がり込んで家にしてたくせに、迷い込んできた人間をいきなり泥棒呼ばわりとは……


 母のことはほとんど覚えていないのだが、色々いたたまれなくなり、フィオナは顔が赤くなった。







「ごめんなさーい。私てっきり」


 侵入者対策のタライに引っかかったトリスタンは気絶していたが、彼女の謝罪は軽かった。


 その少女は、艶やかな長い黒髪を、今は動きやすいように高い位置でまとめていた。

 花のような明るい紫の瞳と、透き通るような白い肌。

 黙っていれば出来すぎた人形のような美貌に、まともな出会い方をしていれば目を奪われただろうが、出会い頭のインパクトが強すぎて、バルドゥルが彼女の魅力に気付くのは、もう少し後になってからだ。


「しかも何なんだこの色水は」


 トリスタンに同情する気はないが、妙な事態に頭を抱えたバルドゥルの傍らで、ゴッドハルトが、庭に散らばった赤い液体の臭いを嗅いだ。


「殿下、コレは血です。血を水で薄めたものでしょう」

「何……?」


 顔色を変え、女を振り返ると、彼女は――あろうことか笑顔で――生肉の塊を掴み上げ見せてきた。


「あ、さっきまで、捕まえたウサギ捌いてたの。そこの窓から侵入者が来たの分かったし、丁度良かったから使っちゃった」

「どういう女だ!?」


 そういった彼女エプロンは、返り血に汚れていた。







「…………」


 フィオナは気が遠くなった。


「元々は箱入り娘だったはずなんだが、私たちが出会った時点では、もう色々逞しくなっていた」

「そう……みたいですね……」


 それくらいしか相づちが打てない。


 自分が知らない身内の恥ばかり聞かされている気がして、いたたまれない。

 というか、ただの思い出話出会い編なはずなのに、恥しか聞こえてこない気がするのは何故だろう。


 恐縮して身を縮めるフィオナを見下ろし、バルドゥルはぽつりと呟いた。


「……あの夫婦の子供にしては、かなりまともに育ったようだな」

「…………」


 褒められている気がしたが、答えられなかった。


「――何ヶ月だったか。私たち四人は、その『森の家』で暮らした。それほど長い期間ではなかったはずだが、とても長く……そして短かった」


 その感覚は、フィオナにも覚えがあるものだ。


「楽しかったんですか……?」

「ああ、楽しかった」


 フィオナの問いに、バルドゥルははっきりと頷いた。


「楽しかったという記憶しかないが……今思えば、あれが『幸せ』だったという感覚だったのかもしれない」

「…………」

「……何のしがらみも陰謀もなく、血を流すことも流させることもなく、全てを忘れて、ただ繰り返し過ぎていく毎日を愛おしんでいた。いつか終わりが来ると分かっていながら……終わりなんて来なければいいと思いながら」

「それは……」


 ――それは、とてもよく分かる。


 穏やかに語るバルドゥルの目は、とても優しい。フィオナを見つめる先に他の誰かを見ているような気がして、フィオナはじっと彼を見返した。







「私はいつしか彼女を愛していたが、彼女は別の男を愛した。そしてその男も、彼女を本気で愛した。本気だったから……私は身を引いた。それだけだった」


 それを口に出して人に聞かせたのは、もしかしたら初めてだったかもしれない。


 ゴッドハルトすらも――彼はあえて口にせずとも分かっていたからだが――バルドゥルの告白を聞いたことはないだろう。無論、本人も。


 己の身の上で、プリシラを幸せに出来るとも思えなかった。バルドゥルには、やるべきことが残っていた。


『森の家』での毎日は、幸せだったが――己のいるべき場所ではないのも分かっていた。


 己の還る場所は――血の臭いのする玉座だった。

 そばにいるべきは天真爛漫な少女ではなく、剣となり盾となる氷雪の騎士だった。


 あの二人なら、きっと幸せになってくれると、そう信じてバルドゥルは彼らの元を去った。


 ……いつか、もしかしたら、彼らの幸せを壊すことになるかもしれないという、恐れを抱きながら。







「…………」


 泣いていた。


 フィオナは、自分の頬に零れた涙を自覚して、指先で頬を拭った。


 そんな少女を、王は静かな眼差しで見つめている。


 彼の語る思い出は、あまりにも優しくて――辛い。


 今、彼の座る玉座から血の匂いがすればするほど、彼が思い出を振り切ってきた痛みが分かる。


「私にとって、あの安息の時間があったことが幸福だった。あの時間を思い返せばこそ……生きていて良かったと、今のいばら道を歩き続ける決意が出来た」


 ほんのひとときでも、安らぎと幸せがあった。だから、今が辛くても乗り越えていける。


 そういう彼の言葉は、まだ15年しか生きていないフィオナには、よく分からない。


「……だが、今となってはそれが正しかったのか分かりかねる」


 そう言った王の声は一転して、暗い怨嗟が滲んでいた。


「あの男は、お前の母親を死なせ、お前をも窮地に追いやった。今は、どこの馬の骨とも知らぬ女にうつつを抜かしているという」

「…………」


 彼が今の父を糾弾し、己の選択を悔やむ言葉は、残念だが理解できてしまった。


 それでも、フィオナは一所懸命に否定した。


「でもっ……でもっ、父は母を愛していたと思いますし、母も父を愛していたと思います。あなたが……あなたが、その選択をして下さらなかったら、私は生まれていなかった」

「…………」

「色々あったけど、私、今生きてることに感謝してます。生まれてきて良かったって思ってます。それは、本当だから」


 ユーリやジーク、森の家の住人たちと出会えて、たくさんのことを学び、知った。


『森の家』で、忘れられない大切な時間を過ごした。


「だから、ありがとうございます。母と父を見守ってくれて。二人の愛を祝福してくれて。あと……」


 これは、言ってもいいのだろうか。


 あの二人と、この目の前の男の関係を知っているだけに、一瞬、躊躇う気持ちが生まれる。


 でも、彼がここまで話してくれたのだから、自分も隠し事はしたくなかった。


「ユーリとジークを、この世に生まれさせてくれてありがとうございます。大事なお友達なんです。初めて出来た、本当に、大切な……」


 その言葉に、バルドゥルの眼が大きく見開かれた。


「ありがとうございます。私の大切な人を、いっぱい守ってくれて」

「君たちは……どこで出会ったんだ」


 驚きと、期待。そんなものが混じった声に、フィオナは笑って答えた。


「とても素敵な場所です。道に迷った者を、優しく導く。道を失った者を、やさしく守る――優しい魔女が守る、優しい森の家です」


 水色の瞳が揺れた。だがそれは、すぐに瞼で隠され、彼は両手で顔を覆い、天井を仰いだ。


「神は……彼らに、あの時間を与えてくれたのか」


 指の間から漏れた声は優しく、確かに、父親のものだった。


「ありがとう……」


 呟くような声は、神への感謝の言葉か、フィオナに投げられたものか――それとも、もっと別の誰かか。


 きっと彼も、とても素敵な場所で、素敵な出会いをしたのだと思った。







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