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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第十八話 回顧(2)



 玉座の間は、白い壁と黄金細工が印象的な明るい殿内とは対照的な、灰色の石造りの無骨な空間だった。


 仄暗い広間に、いくつもの松明が灯っているその中央の絨毯の上を、フィオナは静かに進んだ。


 与えられた客室に戻り、ひとり考え事をしていたフィオナを迎えに来たのは、例の氷雪の騎士――ゴッドハルト=ヘルツォーク大将軍で、彼から王に呼ばれていると聞き、フィオナは青ざめた。


 命の危険はない、と諭され、ここまで連れてこられたが、もとより、どのような状況であっても、この場でフィオナに逆らう力はない。


 対峙する玉座に座る人物は、ジークが後二十年ほど経てば、このようになるのではないかと想像できるような男性だった。


 フィオナの顔を一目見た瞬間、バルドゥル王の薄氷色(アイスブルー)の瞳が揺れた。


「プリシラ……」


 譫言のように呟かれた名に、驚く。


「お母様を知っているのですか?」


 問われ、王は目眩を覚えたように瞑目し、一度前のめりになった身体を玉座に沈めた。


 小さく、祈りの言葉を呟くのが聞こえた。


「……少し、昔話をしようか」


 やがて切り出された言葉は穏やかで、フィオナは、立場も忘れて身を乗り出した。


「聞かせて下さい」







「私がお前の両親に出会ったのは、25年前。私とあの男が18、プリシラが16になる年のことだった」


 フィオナや、ジークたちとほとんど変わらない年頃だ。


「私より5つ年上のゴッドハルトは23歳だった。まだ、皆若かった……若さだけを持て余していた」

「父は、どんな人だったんでしょうか?」

「愚かな男だったよ」

「え……」

「羨ましいほど愚かで、自由気ままで、自分に正直な男だった」


 遠慮容赦ない評価に、どう返したものか言葉をなくす。


「……思い出すのも忌々しい」

「あの……」


 不機嫌にそう言って、難しい顔で黙り込んだ王に、フィオナが遠慮がちに声をかけると、気付いたように視線が上がり、付け足された。


「……まぁ、そんな関係だった。私とあの男は」

「……なんとなく、分かりました」


 この感じは、ヴァンがレナードのことを口にする時に似ている。







 牙狼王バルドゥルは、生まれながらに皇帝だったわけではない。

 長子継承を原則とする祖国にあって、彼は五人の男兄弟の末弟という立場にあった。


 長子は愚鈍で下劣な男で、次男から四男までは、その男に媚びへつらって生きていたが、バルドゥルには、己がその愚劣な男の臣下に下ることが許せなかった。


 反発するバルドゥルを快く思わなかった長男は、あらゆる手段を使ってバルドゥルを追い詰め、ついには国外へ追放することに成功した。


 その時点でバルドゥルは、幼い頃からの忠臣ゴッドハルトだけを伴い、国を逃げ出す他なかったのだ。


 エルドラドの現国王に出会ったのは、そんな最中だ。


 エルドラドの王――フィオナの父もまた、生まれながらの王だったわけではない。

 彼には年の離れた兄がおり、この第一王子が有能な人物であったため、当時から、次の代の王位は盤石であるとされていた。


 母親は平民出身でしがらみはなく、期待もされていなかった第二王子は、王位というプレッシャーもなく、野心も持たずに育ってしまったらしい。

 ただ、彼は彼なりに、内心孤独を抱えていたところはあったらしい――というのを知るのは、バルドゥルが彼――トリスタンと知り合ってから、かなり経ってからのことだ。


 ともあれ、政情に疎く、楽天的な放蕩息子という噂だけは聞いていたが、その時点では、バルドゥルは全くその存在を記憶に留めていなかった。


 国境を越えて西へ渡り、バルドゥルとゴッドハルトは、身の安全を求めて中立国エルドラドへ飛び込んだ。


 当時の国王に庇護を求めることも考えたが、まずは腹ごしらえのために、王都にある何の変哲もない食堂へと足を運んだ。


 店内では、真っ昼間から、四人掛けのテーブル席を一人で独占し、酒瓶を真ん中に立てて突っ伏している若い男がいた。


 バルドゥル達が入店すると、ちょうどテーブルを見回っていた店主らしき男が、呆れたように立ち止まって、その青年に声をかけたところだった。


「兄さん、もう何時間ここにいるんだい。いじけてるヒマあったら女でもひっかけてこりゃいいじゃねーか」

「だってさー、もう20連敗だぜ? さすがに俺様自身なくすー。シルヴィアちゃんに振られてから女運もってかれちゃった感じぃ」

「何言ってんだ、男は50連敗くらいしてから泣き言いうもんだ。俺は最高67連敗して今の女房を捕まえたんだぞ」

「マジかそれ、マスターかっけー」

(格好いいのか? それは)


 くだらない会話が聞こえてきてしまい、内心思うが突っ込まない。


 店主の励ましに、テーブルに突っ伏していた癖のある濃い茶髪の頭が持ち上がる。


 昼間っから食堂で酒を飲んで管を巻いているような男に、関わり合いにならない方がいいのは間違いなく、バルドゥルは男から視線を逸らした。

 だが、不幸にもバルドゥルは、顔を上げた青年の視界に入ってしまった。


 途端、青年の顔が輝いた。


「お兄さんイケメーン!」

「!?」


 唐突に立ち上がったかと思うと、予見できない動きで正面から抱きつかれ、硬直する。


「貴様! この酔っ払い、バルドゥル様になんという無礼を……」


 顔を紅潮させ怒るゴッドハルトが引き剥がそうとするが、青年は意外に鍛えてあるのか、バルドゥルに絡みついたまま、なかなかはがれようとしなかった。


「離せ気色悪い!」


 とりあえず殴った。


「ナンパいこ! ナンパ!」

「はあ!?」


 それでもへこたれずに腕を組んできた青年の唐突な誘いに、声が裏返る。


「いやー、こういう硬派な美形がいると信頼感が上がるんだよー」


 急に上機嫌になった男の言っている意味が、全く分からなかった。


 こちらの戸惑いを余所に、相手は初対面とは思えない距離感でバルドゥルの目を覗き込んできた。

 年齢はバルドゥルと同じ頃。まず言動が突拍子もなかったが、真面目な表情をしていれば、意外に整った顔立ちをしていた。


 不躾なほどに真っ直ぐに見てくる澄んだ黒い瞳が印象的な男だったが――だいたい口にすることは、その眼差しに反して世俗に濁りきっていた。


「隣で怖くない程度に仏頂面で立ってるだけでいいからさー。得意でしょそういうの」

「確かに得意ですが」

「おまえが答えるなゴッドハルト!」

「おっけー保護者の許可出た。れっつごー!」

「保護者じゃない! おい、ゴッドハルト、この馬鹿をなんとかしろ」

「……まあ、そういう話なら、バルドゥル様は女性関係について少々お堅すぎていらっしゃいますので、良い経験にはなるかと」

「なっ……」


 ゴッドハルトにまで裏切られて絶句する。


「何、バルちゃん童貞なのっ? イケメンなのにもったいねー!」

「ふざけるな死ね!」


 無理矢理食堂を押し出される。その後ろを当然のようについて来るゴッドハルトを、青年は嫌そうに振り返った。


「なー、その髭のオッサン置いてこうぜ。女の子逃げちまう」

「オッサン!?」

「ゴッドハルトは私の従者だ、置いていけるか!」


 さすがにゴッドハルトが色をなくすが、もちろん気にする青年ではない。


「バルっていい年扱こいて保護者離れできてないのなー。だから彼女出来ないんだぜー」

「うるさい離せ! 寄るな! 略すな!」


 そんな男だった。







「……すみません」


 話を聞きながら、うちの父がご迷惑を、とフィオナは手をついて謝りたくなった。







 馬鹿で軽薄な男の名は、トリスタンと言うらしかった。

 飯屋の前で、しばらく押し合いへし合いを続けた後、バルドゥルは戦法を変えた。


「そうだな。実は私も気になっていたのだ。髭を剃れゴッドハルト」

「はっ!?」


 いきなりの無茶ぶりに、ゴッドハルトの声が裏返る。


 バルドゥルは、そもそも体質的にあまり髭が生えないのだが、それとは別に、長い髭を後生大事に撫でつけるのが男のあるべき姿とでも言いたげな風習自体が時代錯誤で、西側世界に蛮族と馬鹿にされる大きな要因だと考えていた。


 根っからのシュヴァルト臣民であるゴッドハルトも同様の面構えをしており不満だったのだが、これはいい機会だと、逆手に取ってやる。


「私に、この放蕩者の意を受け入れて不埒な行いに随行しろというなら、お前もこの西側の軟弱者を見習って、髭を剃れ。だいたい、オッサンと言われる年でもあるまい。そんな不景気なツラをひっさげてるから年寄りに見られるのだ」

「そ、それはそうかもしれませんが……」


 そんな反撃を喰らうとは予想していなかったのか、ゴッドハルトはしどろもどろになりながらも、結局主人の理不尽な命令を受け入れた。


 飯屋の主人の好意で、道具と水を借りて引っ込んだゴッドハルトが食堂に戻ってきた時、もさもさのひげ面の下から出てきた、二十歳(ハタチ)そこそこの精悍な美青年に、トリスタンだけでなく、バルドゥルもあんぐりと口を開けて驚愕したのは言うまでもない。


 生まれた時から一緒にいた相手だから、少年の頃の面立ちは覚えているが、この男は髭が生えるのも早かったため、その下の顔がこんな成長を遂げていたとは、バルドゥルにも与り知らぬことだ。


「マジ!? ありえねぇ! ヤバイだろ、魔法だろ! ぶひゃひゃひゃひゃっ!」


 遠慮容赦なく爆笑したのはトリスタンで、バルドゥルは必死で笑いを堪え、片手で口を押さえて視線を泳がせていた。


「いやっ……い、いいんじゃないか。割りに……」


 似合っている、と言おうとして耐えきれずに吹き出してしまい、身体を曲げて腹を押さえた。堰を切ったように笑いが止まらず、苦しさに涙目になったところで、バルドゥルは所在なさげに佇む髭をなくした男を振り返った。


「すまないゴッドハルト。おかしいわけじゃ……いや、おかしいんだが……」


 フォローにならないフォローを入れると、ゴッドハルトは、むしろ満足そうに首を振った。


「いえ、良かったです」

「何?」

「殿下が、そのように声を上げてお笑いになるところは、あまり見たことがなかったので……髭を剃って良かったです」


 慈愛と思慕に溢れた表情で微笑まれ、バルドゥルは見慣れぬその微笑に、思わず目を逸らした。


 辛気くさい髭面の下で、この男は、こんな表情で己を見守っていたのかと思うと――顔に血が集まり、慌てて手の甲で熱い頬を押さえる。


「ま、まあいい! 街に出るぞ。お前は約束を果たしたからな。おい貴様、適当に案内しろ」


 ごまかしついでにトリスタンの首根っこを捕まえると、男はこれ以上なく軽薄な理由で渋った。


「えー、でも、3人だと計画狂うんだけど。2人で十分なんだよイケメンはさぁ~。3人目は引き立て役にならないと……」

「じゃあ丁度いい。貴様が引き立て役だ」

「ええっ、ちょっと、酷くない!? 今の酷くないマスター!?」

「まぁ、そのトリオじゃそうなるわなぁ」

「マスタぁぁぁっ!」


 その男との出会いは、おおよそそのような成り行きだった。






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