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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第十七話 回顧(1)



 これは賭けに近いか。


 玉座の間に足を向けつつ、ゴッドハルトは一人、己が大きな博打に出ようとしていることを自覚していた。


 だが、ゴッドハルトは思う。


 奇跡のような奇縁によって、『彼女』をこの場に遣わしたのが、神の天啓であるならば――天は、あの魔法使いではなく、ゴッドハルトに味方しているのかもしれない。


 一縷の望みに縋るようなあがきであるとは理解していても、そこに可能性があるのなら、たった一つの彼の良心に――決して忘れ得ぬ記憶という名の宝石の輝きに――賭けたかった。


 重々しい両開きの扉が近衛兵の手によって開かれた先に、慣れ親しんだと言っていい、無骨で薄暗い玉座の間が広がっている。


 第一皇子アルベルトの成人以降、バルドゥルは後継者育成の必要性を感じてか、軍事以外の多くの分野を彼の手に委ね、勉強をさせてきた。


 バルドゥル自身が、若い時分から己の手で船を作り、己の足で市場を品定めし、己の剣で陣頭に立って戦果を上げてきた男であったから、同じだけの経験を息子に積ませようという腹づもりであることは、理解できた。


 また最近は彼自身、内政への熱が冷めたのか、それとも国内で行うべき改革は全て済んだと考えたのか、細かいことに口を出すことをぱったりと止めてしまった。


 数年前に、このスヴァログ宮殿の表宮殿を大改装した際も、陣頭指揮を執ったアルベルトの思う通りにやらせた。


 おかげで、皇帝が手を入れることを嫌った玉座の間以外は、すっかり西側世界の美意識を反映した、軽薄で煌びやかな様式に様変わりしている。


 アルベルトが帝位についた暁には、この歴史ある玉座の間も、黄金と白壁に囲まれた絢爛な空間に塗り替えられることだろう。


「――愚息共の動きはどうだ、ゴッドハルト」


 二年間の亡命生活の後、唐突に戻ってきた二人の息子の監視を命じていた皇帝は、挨拶もなく大将軍に報告を促した。


「万事において、皇帝陛下のご命令の通り動いております。今のところは、特に目立って不審な動きもなく」

「何か、変わっていたか」


 彼の言葉が、双子の皇子の内面の変化――特に、危険分子となり得る思想を芽吹かせてはいないかという質問であることを明確に汲み取り、ゴッドハルトは偽りなく答えた。


「変化があるといえば、あるのでしょう。お二人とも外の世界に触れ、自分なりの意志を持つ個人としての成長を遂げられたように見えます」

「個人の意志か――必要ないな」


 彼ならば、そう言うのだろう。臣下が個である必要はなく、群であればいいと。例え皇子であっても、彼にとっては国家という巨大な身体を動かす骨の一つに過ぎない。


「面を上げよ、ゴッドハルト」


 促され、ゴッドハルトは御前に跪いたまま、顔を上げた。


 玉座に身を沈める四十絡みの男は、怜悧な刃物のような眼でこちらを睥睨していた。


 仮面のような冷めた面立ちは、彼の三人の子息の中では、ジークフリート皇子が最も色濃く受け継いでいるか。


 牙狼王の由来にもなった、この北の大地に棲まう銀狼を思わせる、鋼の糸のごとき歪みのない髪は長かったが、髭は生やしていない。

 髭のない統治者というのは、この巨大な国の元首が、統一帝国の辺境伯であった頃から遡っても、彼が初めてだろう。


 シュヴァルトの成人男性の象徴であった顎髭を禁止することは、彼が実行した強引な風俗改革の一つであり、当時、嫌がる貴族高官達を、皇帝自らが鋏を持って追い回したことは、もはや伝説である。


 彼の後継たる第一皇子も、祖国の秘密めいた儀式や装束は気に召しても、大部分では西側世界的な美意識を好んでおり、熊のような髭を生やして、陰気臭い顔で過ごすことが美徳だとは考えていない。


 そこにもまた、確かな時代の移り変わりを感じる。


「何か言いたいことがありそうだな」


 ゴッドハルトは先代后妃の家人の息子であり、バルドゥルが生まれた時から側に仕えていた。もう四十年以上共にある臣下の顔色を読むことなど、この男にはお手の物なのだろう。


「サラバンドですが」


 ゴッドハルトは、彼が今最も寵愛する魔法使いの名を口に出した。


「よくない話を耳にしております」

「ほう」

「――あの新薬の開発の傍ら、軍規を乱す依存性の強い麻薬を軍内に蔓延させているとのこと。また、新薬についても、当初は副作用や依存性についても否定していましたが、現在、投与後経過観察を行っている実験部隊には、明かな判断能力の低下、薬物依存症に酷似した症例が報告され、使用を問題視する声が現場レベルで上がっており……」

「聖騎士隊の著しい成果は、先のイオネスク戦役で証明されている」

「ですが……」

「駒が有効に機能するのであれば、些細な副作用などは顧みる必要はない。奴らが剣として機能しなくなった時に、また改めて話を聞こう」


 相手にもしない皇帝に、ゴッドハルトはもう一段階食い下がった。


「……では、その新薬を、彼がヴァルク側の高官と秘密裏に接触し、横流ししているという噂は」

「噂だろう」


 確かに、確たる証拠があるわけではない。だが、本来の彼であれば、その噂の真偽を確かめることを厭わないはずだ。


「三千の銃の調達というのも、どこまでが本当か――」

「あの男が予言を違えたことがかつてあるか?」

「…………」


 皇帝が全幅の信頼を置く魔法使いに対し、疑ってかかる腹心に、バルドゥルは少し呆れたように息を吐いた。


「奴は、お前の目を治したのだぞ」


 それは、ゴッドハルトにとっては、最も忌まわしい『恩』だった。


「……私は片目など見えなくとも、陛下をお守りすることに不足を感じたことはございません」

「…………」

「失礼いたしました。出過ぎた口を」


 その棘が声に出ていたのだろう。不快そうに黙り込んだ皇帝に、ゴッドハルトは謹んで顔を伏せた。


「――ゴッドハルト、見せてみろ」


 だが、すぐに皇帝の命令で面を上げることになる。


 心得ているゴッドハルトは、王と臣下の距離を崩し、玉座に歩み寄った。目の前で膝をついた大将軍の耳に、バルドゥルの長い指がかかる。


 右目を覆っていた眼帯を取られ、久しぶりに開いた両の眼で、皇帝の整った顔を仰ぎ見た。


「フッ……」


 その顔が、ようやく安息を得たように、満足げに笑む。


 氷雪の騎士の癒えない傷を完璧に治癒した魔法に、皇帝はことのほか――それこそ当人以上に、喜んだ。


 ゴッドハルトにとっては、彼のために負った傷の全てが誇りであったが、どうやら彼にとっては、呪いでしかなかったらしい。


 彼の進撃の鬨に幾千の命が散ろうとも、眉一つ動かすことのないこの王に、こんな顔をさせるのが己だけだということを――ゴッドハルトは、誇るよりも罪深く感じていた。


 ――なぜ己は、彼を孤独にすることしか出来なかったのだろう。


 彼が唯一友と認めたあの男の持つ才能を、今になって羨むしかなかった。


 ゴッドハルトは自身への失望の息を吐く代わりに、静かな決意を乗せて主君を見返した。


「……一つ、ご報告がございます」


 胸の奥に厳重にしまい込んだ、オルゴールの鍵に手をかける。


 やはり、縋るしかないのだろう。


 彼と己の内に共通して輝く、大切な記憶の宝石に。







 ゴッドハルトと別れた後、ユーリは軍の編成と命令系統の確認、食料、武器の搬送の指示を出し、遠征の道程を見直して、部下に残りの仕事を託した。


 何度経験しても億劫なだけの戦争準備に、鬱々とした気分が募る。


 一通り終わらせた時にはすでに日が暮れており、蝋燭の光が照らす廊下を一人歩きながら、大きく息を吐いた。


 頭を掻き、すっかり凝ってしまった肩を回す。


 すぐに部屋に戻ってしまいたい気もしたが、どうせ気は晴れないので、客間に顔を出して、『捕虜』にちょっかいの一つでもかけてやろうかと思い直す。


 ストレス発散の矛先を見つけ、少しばかり足取りが軽くなったところで、廊下の向かいから、闇の穴が漂っているような人影を認めてしまった。


「…………」


 すぐに気分が最下限まで下がり、ユーリは足は止めずに、冷めた目でのそのそと歩く黒ローブの不審人物を眺めた。


 以前なら無視していたところだが、すれ違い様、一礼をする相手を珍しく引き留めた。


「サラバンド」


 当然無視されるものと思っていたらしい男が足を止め、顔を伏せたまま振り返る。


「なぜおまえは顔を隠している?」

「醜いからですよ」


 気まぐれな皇子の問いに、魔法使いは、例の嘘か誠か分からぬ口調で答えた。


「この城には綺羅綺羅しい方が多すぎて、私のような者が素顔を晒すには、あまりにも苦渋に満ちているのです。お察し下さい、殿下」

「無理だね、醜悪なモノの気持ちなんて、分かりっこないから」

「……なるほど」


 一言の元に切り捨てると、僅かに低くなった声が、どこまでも耳障りで卑屈な言葉を紡いだ。


「確かに殿下のように、この世の優れたもの全てを持って生まれたお方に、私のような醜く下賤な者の心理を察せよというのは、あまりにも出過ぎた非礼な言葉にございました。どうか捨て置き下さい」

「結局、おまえは僕の質問に答えてないね」

「はて、初めにお答えしたと思いますが」

「どうせ嘘をつくなら、もっと上手くついたら」

「はてさて……」


 とぼけた声はくぐもっており、真意の程は分からない。


「しかし殿下、私が醜いのは事実でございます」

「あっそ。興味ないヨ、そんなコト」


 その時、サラバンドがどんな表情を見せたのかは知る由もない。


 だが、立ち去ろうとしたユーリの背に、人の悪い声が思い出したように付け加えた。


「――そうそう、ユリウス殿下。あの女性ですが……」


 彼はウィルを男と認識していたから、この場合該当するのはフィオナしかいない。


「しばらく前に、皇帝陛下に玉座の間にはせ参じるよう命じられたようですよ」

「!」

「おやおや……」


 駆け出したユーリの耳に、面白がるような男の声が届いた。







 玉座の間へと駆け出していく背を見送り、サラバンドは壁際で揺らぐ蝋燭の火を翡翠の両眼に映した。


「さて、どうしたものか……」


 少々手違いがありながらも、ようやく全ての準備が整ったところで、舞い戻ってきた厄介者の措置に思いを巡らせる。


 皇帝には、明日には彼らを発たせるように仕向けた。


 やっかいな双子を辺境に飛ばしている間に、ことを起こしてしまうのが望ましいだろう。

 一度動き出してしまえば、時流を止めることは出来ない。


 戦争さえ始まってしまえば、どちらかを危険な前線に送り込んで死に至らしめることも、不可能ではなかった。


 一時は追い出すことで手を打ったが、やはり、あの二人の皇子の『眼』は、少しばかりやっかいだ。


 魔女にとって、双子は特別な意味を持つ。


 双子に生まれた魔女は、魔力が二乗されると言われている。――つまり、極めて高い魔力を持って生まれてくる。

 そしてこの魔力は、片割れを失うことで失われるものであるらしい。


 直近であれば、現エルドラド国王の王妃に収まっているエクレーネは、魔女として圧倒的な力を持っていたが、双子の片割れ、ローズを失ったことによって、その力は大きく損なわれた。


 双子の皇子は魔女ではないが、遠く遡れば始祖魔女エレアノーアの子、エマーヌエルの血を引いている。

 だが、それも長き時の間に薄れ、本来ならば魔力を顕在するまでには至らないはずだった。


 問題は――


「ローズめ……やっかいなコトをしてくれた」


 低く、サラバンドは大魔女の気まぐれを罵った。


 時を越え、双子の皇子の瞳に顕在している『魅了』の魔法は、サラバンドの『洗脳』を真っ向から相殺するものだ。その上、あの二人は先天的に魔法防御力が強く、こちらの洗脳を受けつけない。


 だが、おそらく双子であるが故に、百二十年も前の魔法の効力が効果を発揮しているだけで、どちらか片方を消せば、彼らの魔力はたちまちに弱まり、その力は消失するはずだった


(あとは、もう一人……)


 大将軍ゴッドハルト=ヘルツォーク。

 サラバンドの『眼』の危険性に気付き、片目を覆うことによって洗脳の効果を半減させた皇帝の最後の忠臣は、ただの人間でありながら、その強固な意志によって、未だ正気を保っている。


 あの男もまた、サラバンドにとっては、この上なく邪魔な存在には違いなかった。

 所詮はただの人間である以上、完全に堕ちるのも時間の問題だと放っておいたが、双子の皇子と手を組むようなことになれば、話は変わってくる。


「氷雪の騎士か……くだらない」


 シュヴァルトの民にとって、氷雪の誓いは永遠を表すのだという。


 この世に変わらないものなど存在しないというのに、愚かな人間達は、すぐに永久(とわ)という幻想を見ようとする。


「……ならば、見せてやろう――永雪(えいせつ)の雪解けを」







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