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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第十六話 交錯(3)




「どういうことですか? 兄上」


 開口一番問い詰めたジークに、兄――アルベルトはつづれ織りの肘掛け椅子に腰掛けたまま、視線を円卓の上の三女神像から外した。


「入ってくる時には挨拶くらいしないか。行儀が悪いぞ、ジークフリート」


 間延びした口調でたしなめたアルベルトが、突然離宮の私室に乗り込んできた弟に、向かいの席を勧める。


「立ち話も何だし、座ったらどう?」

「結構です」


 頑なな弟の声に、兄は肩をすくめて微笑した。


「珍しいな、君が私の部屋を訊ねてくれるなんて」

「……死霊部隊――聖騎士隊とやらをお作りになった件について、一体どのような了見か聞かせてもらいましょうか」

「……なんかその言い方、ユリウスみたいで嫌だなぁ。私のジークフリートは、もっと可愛かったはずだけど」


 血の通わない人形に囲まれた部屋で、嘆くアルベルトの言動は、人形以上に作り物めいて見えた。


 陶磁器人形(ビスク・ドール)と言うよりは――操り人形。


 一下士官が不法な麻薬を所持していたことに端を発し、軍内で同様の違反者を摘発した件から、最近、軍で実験的に投与されている新薬があることを知ったジークは、先日からその背景を調査していた。


 特定の部隊に試験的に新薬を投与し、実際の戦場において臨床実験を行った一連の首謀者が、アルベルトであることを知ったのは、つい先刻のことだ。


「まぁ、そりゃあ勿論、やらせたのは私だよ? 例え私じゃなくても、私の目を通らないと、それだけの『クラッシュ』を動かすことは出来ないしね」


 悪びれない兄の言葉はもっともで、今回の件は、アルベルトの関与がなければ実現し得ないものだ。

 現在、国内外の流通部門は皇太子に一任されており、産出量では大陸一を誇る『クラッシュ』の生産管理もその範疇に入る。


 そして、この計画には、もう一人――


「…………」


 大股にアルベルトに近づき、ジークは、椅子に座った彼の胸倉を掴んで顔を近づけた。


 至近距離で嗅いだ匂いには、西側世界の宮廷貴族が好むような香水の香りに混じり、ジークが予想した『匂い』が混じっていた。


「おや、ジークフリート、君が遊んでくれるのかな?」

「ご冗談を」


 伸びてきた手を払い、一定の距離を取る。冷めた目で見下ろすと、相手は拒否された右手をぷらぷらと揺らしていた。


「……西側国家を内から崩す気はあっても、ご自身の身を滅ぼす気がおありだったとは存じ上げませんでした」


 近年、クラッシュの輸出量は急増しており、シュヴァルトの輸出事業の柱の一つとなりつつある。


 この政策はアルベルトが仕掛けたものであり、大幅な輸入超過の改善が主目的だが、同時に、薬草としても使用できるこの特産物を、多幸感をもたらす嗜好品として、処方とともに輸入国へ蔓延させることで、副産物的な効果を狙ったものでもある。


 つまるところ、潜在的敵対国内の健康悪化や社会不安を醸成し、内部からの弱体化を図るという、長い目で見た戦略の一環であったはずだ。


 それが、他国を陥れる前に、自国を蝕もうとしているというのだから、話にならない。


「そういうわけではないんだけどね」


 弟の手厳しい批判に、兄は苦笑で答えた。


「せっかく魔女の知恵がそこにあるのだから、その恩恵にあずからない手はないだろう?」

「…………」


 魔女がどういう言を弄して、どういった『薬』を彼らに処方しているのかは知る由もないが……分かるのは、自分たちが国を離れていた二年の間に、このスヴァログ宮殿が、確実に浸食されているということだ。


 ジークたちがいた当時は、信仰の厚いこの国では、魔女という存在自体に忌避感を感じていた高官も少なくなく、皇帝に取り入る正体不明の人物に、危機感を抱く声は多かった。


 にもかかわらず、ジークが昨日一日をかけて見て回った限りでは、そのような猜疑的な見方をしていた大物達が、軒並み魔女に傾倒している。


 魔法、妖術、洗脳、催眠――それを表す言葉自体は、なんでもいい。

 そのようにしか思えないこの状況と、まことしやかに出回っているという『魔女の薬』――

 その因果関係までは想像の域を出ないにせよ、全くの無関係とも思えなかった。


 そして、それが魔女自身が弄する言葉通り、『帝国の夜明け』に繋がる道であるとは――ジークには、到底思うことが出来なかった。







「へぇ、たいしたもんですねぇ」


 遠征の準備やらなにやら、山盛りあった雑事に一区切りをつけ、息抜きがてらに戻ってきたユーリに、ウィルが依頼の品を手渡すと、素直な感嘆が返ってきた。


 不慮の事故で服を破かれ、ウィルの手元に預けられた白ウサギは、今はすっかり新調されたドレスに身を包んでいる。


 長い両耳の付け根には、昨日見かけた王女の髪を結んでいたのと同じ大きなリボンが付けられ、縫い取りやレースも増えて華やかさが増した。


「随分バージョンアップしましたね」

「依頼を受けた時はどんな子か分からなかったけど、本人を見てなんとなく好みも分かったしね」

「喜びますよ、間違いなく。上等です」


 そう賞賛した彼の顔は、朝に比べれば機嫌がいい。


「ありがとうございます。じゃ、さっそく行ってきますヨ」

「行ってらっしゃい。くれぐれも機嫌を損なわないように」


 妹の元へ向かう友人を、手を振って見送る。


 扉が閉まった後、ウィルがテーブルに広げていた裁縫道具を片付けていると、また唐突に客間の扉が開いた。


 ユーリが戻ってきたのかと顔を上げると、予想よりもかなり低い位置に人の顔があった。


 ウサギのように灰色の髪を高い位置で二つくくりにした少女が、親の仇を見るような目でこちらを睨みつけながら、礼を言ってくる。


「ありがとう!」


 その一言の後、バタン、と乱暴に扉が閉められ、呆気に取られていると、


「やれやれ……」


 閉じた端からすぐに扉が開いて、ひょろりとした青年が入ってきた。







 嵐のような訪問者に、目を丸くしていた車椅子の麗人が、入室してきたユーリと目を合わせ、首をかしげてみせた。


「もしかして俺、すごく敵愾心持たれてる?」

「そうみたいですネ。まぁ、あの通り思い込みの激しい子なんで、許してやってくださいよ」

「許すも何も……あの子が俺にどういう感情を向けようとも、彼女の自由だしね」

「アナタってそういう人ですよネ」


 あっさりと言ったウィルに突っ込むと、彼は何を言われているのか分からないという風に見返してきた。


「何でも正論で済ましてしまう」


 まるで、そこに彼という個人の感情など存在しないように。


 ユーリが補足すると、合点したウィルが苦笑で答えた。


「どうしても譲れないもの以外は、どうでもいいだけだよ」


 その回答に、何となく納得する。


 きっと、そのどうしても譲れないものに、『彼』自身が入っていないだけなのだろう。


 すると、先ほどから忙しなく開閉が繰り返されている客室の扉から、遠慮がちにフィオナが入ってきた。


「アンネリーゼなら、もう行っちゃったよ」


 少女が部屋の中を見回す前に、ユーリは彼女の目的の人物について教えてやった。


 実はユーリも驚いたのだが、奥宮殿にある王女の部屋に行くと、そこでフィオナが真剣に――かなりスパルタな、アンネリーゼの刺繍指導を受けていた。


 いつの間にか、同い年の王女二人は、勝手に仲良くなっていたらしい。


「この子、アンネリーゼに淑女のたしなみを教えてもらっていたよ」

「今ね、お裁縫を教わっているの」


 状況を知らないウィルに苦笑して報告すると、フィオナが嬉しそうに説明してきた。


「そう、友達が出来たんだね。良かった」

「友達……」


 ウィルがそう言って微笑むと、復唱した少女の白い頬が、薄紅色に染まった。


 黒曜石の瞳がきらきらと輝いて、恥ずかしそうにはにかむ。

 それは、慎ましい花の蕾が、春風に誘われてほころぶような、微笑ましい変化だった。


 きっと彼女にとって、初めて出来た女の子の友達だったのだろう。







(友達……)


 ウィルに言われた言葉が、頭の中をぐるぐるして、客室を出た後も自然と足取りが軽くなった。


 心持ち駆け足で廊下を進みながら、フィオナは広い表宮殿をきょろきょろと見回した。


 たまに黒い隊服の男を見かけるが、皆フィオナを見た途端、逃げるように去っていく。昨日のジークのお触れが聞いているのだろう。


(アンネリーゼ、どこだろう……)


 ユーリにぬいぐるみを返してもらった時の、アンネリーゼの反応は面白かった。


 三割り増しで豪華になって返ってきた衣装に唖然とした後、顔を真っ赤にしてユーリにお礼を言った。

 かと思うと、その見事な刺繍細工に見惚れているうちに、みるみる表情が険しくなり、ぬいぐるみを掴んだまま立ち上がると、「あいつね!」と一言捨て置いて部屋を飛び出した。


 どう見ても怒鳴り込みに行きそうな勢いだったのだが、出会ってほんの数時間でも理解できた、彼女の分かりやすい性格を考えると、後の行動には予想がついた。


 きっと彼女は怒りながらウィルにお礼を言って、そんな自分の子供じみた行動を、今頃反省しているのだろう。


 ユーリに合わす顔もなく、部屋にも戻り辛くて、どこかでウサギのぬいぐるみを抱いて丸まっているかもしれないと、柱や彫像の裏を覗き込む。


「アンネリーゼ……?」


 廊下の端まで来て、角を覗き込むと、予想だにしていない――だが見覚えのある顔とぶつかった。


「あっ……」


 フィオナの正体に心当たりがあるような素振りを見せた、隻眼の将校だった。

 慌てて逃げ出そうとすると、相手の方が先手を打って引き止めてきた。


「お待ち下さい、フィオナ王女」

「え……っ」


 ズバリ名前と身分を言い当てられ、足を止める。


 おそるおそる振り返ると、もう隻眼の将校は、間近にまで迫っていた。


「私、あなたに会ったことありますか……?」


 かなり上の位置にある顔を見上げ問いかけると、男は首を横に振った。


「……ご両親によく似ておられます」

「……!」


 思わず息を飲み、フィオナは相手の左目を見つめて、身を乗り出した。


「父と、母を知って……?」

「……かつて、ほんの一時だけ、ご一緒させていただいた時期がありました」

「そう……なんですか……」


 その言葉だけでは、全く状況が想像つかない。


「あの……」

「なぜ、この宮殿へ?」


 だが、フィオナが深く訊ねる前に、相手から当然の質問を投げられた。


「……お友達が……そう。大切なお友達の怪我を治して欲しかったんです。どうしても」


 どう答えるか悩んだが、嘘はつけなかったので、結局言葉を選んで正直に話した。


「お友達……とは、ご一緒にいらした車椅子の女性ですか」


 女性ではないのだが、表宮殿内では、そういうことになっているらしい。


「この宮殿にいる東の魔法使いが、大将軍の失われた右目を治したと聞いたから……」

「…………」

「ジーク……ジークフリート殿下とユリウス殿下に、無理を言って連れてきてもらったんです」

「そうでしたか」


 相手は納得したように頷いた。


「あの、貴方は……?」

「失礼、申し遅れました。私はゴッドハルト=ヘルツォークと申します。皇帝陛下より、大将軍職を賜っております」

「あなたが……!」


 驚き、大きな声を上げそうになったのを、口元を押さえて自重する。


「あの、でも……目は……?」

「完治しております。眼帯を続けているのは……ただ、個人的な事情です」


 治ったはずの右目を覆ったままであることについては、そう言うに留め、ゴッドハルトは改まった口調で礼を尽くした。


「ご不幸の報せを聞いていたので、正直驚きましたが……ご無事であらせられたこと、心よりお喜び申し上げます」


 シュヴァルト帝国の大将軍から、無事を喜ばれた。


 その事実に、胸に過ぎった複雑な思いが、顔に表れていたらしい。


「何か?」

「あの、でも……っ私が死んだ――ことになっていることで、戦争が始まろうとしているんですよね?」


 思い切ってそう訊ねると、ゴッドハルトは驚いたようにフィオナを見下ろした。


 王女の無事を喜んでくれた言葉は、嘘ではないと思い、フィオナは、大将軍という地位にある人物に切実な思いを投げかけた。


「私が生きていたら、何とかなりますか? 戦争が止められますか?」

「……王女の死は、きっかけに過ぎません。すでに、時は動き出しています」


 そんな単純な問題ではないことは分かっていたが、やはり、大将軍は首を横に振った。


「もう……駄目なんでしょうか……?」

「一度動き出した時流を変えることは、容易ではない。ですが――あるいは」


 そこで言葉を切り、ゴッドハルトは真摯な眼差しでフィオナを見据えた。


「――貴女がアルベルト殿下に嫁がれれば、戦争を回避することが出来るかもしれません」

「……!」


 想像していなかった方法を提示され、フィオナは言葉を失った。


「貴女方は、決して非力なだけの女性ではないのです。……あるいは、この大陸の歴史は、貴女方によって動かされてきたという側面も――歴史を紐解けば、確かに存在する」


 その目はまるで、フィオナを通して誰かを見つめているようだった。


 理性に囲まれた眼差しの隙間から、悲しげな色が覗き、惹き込まれるように見つめ返す。


「私が……」


『これ以上、君が駒になる必要はないんだ』


 そう言ってくれたウィルの声が、記憶の棚から引き出される。


 目の前の男性は、フィオナに『駒』の道を提示しながらも……あの時のウィルと、同じような目をしていた。







 頼りない足取りで去っていく少女の後ろ姿が消えた後、柱の陰で二人の会話を聞いていたユーリは、冷ややかな声を大将軍に投げかけた。


「余計な知恵を与えないで欲しいものだね」

「聞いておられましたか」


 男は、驚いた様子も、取り繕う様子も見せずにユーリを振り返った。


「いつから気付いた?」

「一目見たときから……よく似ておられましたので」

「おまえ……彼女の母親を知っているのか?」


 彼らの会話は、途中からしか聞いていなかったので、探りを入れてみる。


「ええ。それにお父上の面影も、あるように思います」


 そう答えられ、ユーリは舌打ちした。


 彼がエルドラド国王の顔を知っている可能性を考えなかったわけではないが、一目で見抜かれるほどとは思っていなかった。


 その上、母親も知っているとは――彼女の母親は、幼くして死んだと聞いていた。


「最初は、その為にお連れしたのかと思ったものですが、とんだ見当違いだったようです」

「…………」


 フィオナを、兄アルベルトの婚約者に――その可能性と、それによって変化する未来の可能性について、全く考えなかったと言えば嘘になる。


 だが、ユーリがその可能性を選ぶ可能性となると――これは間違いなく、ゼロだ。


「ユリウス殿下、お二人は、エルドラドへの侵略を止めに戻られたのでしょう」

「…………」


 悔しいから肯定はしなかったが、ゴッドハルトは確信を持って更に重ねた。


「王女の為ですか」

「…………」


 そうなのだろうか。それもある。


 だが、それだけか?


「これ以上、戦火を拡大するのは無意味だ――なんて平和論を唱えるつもりはないよ」


 あの森を出る直前から、胸の内にわだかまっている違和感は、今もなおそこにあって、ユーリを苛立たせた。


 だからユーリは、その違和感から目を逸らし、全く別の理由を口にした。


「ただね……むかつくんだよ、あの男が。それだけ、悪い?」


 それも、確かに理由の一つではあるが、目の前の大将軍が、どこまで本気に受け止めたかは分からない。


 が、それ以上、彼がその件に対して言及することはなかった。


 その後、ゴッドハルトはユーリに、興味深いような、そうでもないような話をして去っていった。






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