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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第十五話 交錯(2)




 ウィルの部屋を出て廊下を進み、大階段の前まで辿り着いたところで、フィオナは足を止めてジークを見上げた。


「ここまでで大丈夫よ。ここからなら、もう場所も覚えたし、一人で戻れるわ」

「だが……」

「ジーク、忙しいんでしょう? ……これ以上、あまり足を引っ張りたくないから」


 言ってから、卑屈な台詞に聞こえてしまっただろうかと思い、目を伏せる。


 先ほど、ユーリに言われた言葉が響いていた。ここに来るまでの旅路も、そしてここに来てからの生活も、ほとんど全てジークたちに頼りっきりで来ていたのは確かだ。出来ることなら、余計な手間はこれ以上かけさせたくはなかった。


「……お前が一緒に行きたいと言った時、俺たちには断る選択肢があった。お前を連れてくることを選んだのは俺たちだ」


 フィオナの気持ちを汲んだのか、静かに諭したジークの言葉は、淡々とした語り口とは対照的に優しかった。


「連れてきてもらった上に、たくさん迷惑かけてるし」

「……迷惑だとは思っていない」

「でも、ユーリは……」

「……あいつも言い方が悪い。ユーリは、お前を心配しているだけだ。言い方が悪いのはいつものことだから、気にするな」


 彼らしからぬ弟のフォローに、そうだったのか、と今更理解する。


 あれが彼流の心配の仕方だというなら、随分と分かりにくいが……ジークはその全てを理解しているとしたら、やはり双子というべきか。他人とは違う、通じる何かがあるのだろう。


「……真っ直ぐ向かうだけだ」

「ええ。ありがとうジーク、頑張ってね」


 頷き、階下に降りていく背を見送った後、フィオナが視線を客室のある廊下の先に転じると、見覚えのある少女の後ろ姿を見つけた。


「あら?」


 カールした長い髪を高い位置で二つくくりにした、フィオナと同じような年頃の女性は――アンネリーゼだ。


(アンネリーゼ、危ないんじゃ……)


 一人で表宮殿をうろついている少女に、一瞬そんな危惧が過ぎるが、考えてみれば、彼女はこの国の王女だ。身分を知って無体なことをする人間はいないだろう。

 そういう意味では、この宮殿を最も安全に歩ける女性と言っていいかもしれない。


「アンネリーゼ、何をしてるの?」


 近づいて声をかけると、慌てて振り返った少女が、焦ったように口を開いた。


「ゆっ……おっ……に……」


 相手がフィオナであることを認め、寸前で飲み込まれた台詞はほとんど音になっていなかったが、ユリウスお兄様に、と言いかけたのだと推測できた。


 初日はキスしたら邪魔しないという交換条件で引き下がったはずだが、ユーリのあのあしらい方では、契約不履行と見なされ、邪魔されても文句は言えないのかもしれない。


 アンネリーゼは、腕に白いウサギを抱いていた。それは、ユーリが彼女にプレゼントしたもので、ウィルお手製の、淡いピンク色の絹のドレスを着ている。


 見ると、腕にかわいらしい巾着を下げた少女が纏うドレスも、同じような色合いのもので、すぐにぬいぐるみに合わせて選んだのだと分かった。


「お揃いね、とっても可愛いわ」


 素直にそう褒めると、アンネリーゼは顔を赤くして、そっぽ向いてしまった。

 その表情が、視線を向けた先で笑顔に変わる。


「お兄様……!」


 ウィルの部屋を遅れて後にしたらしいユーリが、こっそり階段を下りようとしたところを見つけられてしまった。

 そそくさと階下に降りていくユーリを追いかけ、アンネリーゼが小走りに階段に寄る。


「あっ……」


 すると、磨き抜かれた床に足を滑らせ、アンネリーゼは慌てて手の届くところにあった階段の手すりを掴んだ。


 その拍子にぬいぐるみを手放してしまい、階段を跳ねながら転がり落ちた白ウサギは、一つ下の階のホールの床で止まった。


 ちょうど、通りかかった士官がそれを見つけ、小走りに近寄って拾い上げる。


「アンネリーゼ様。大切なお人形を落とされました……よ……」


 ビリッ……と、布の裂ける無情な音がここまで届き、士官の動きが凍りつく。


 踏み出した先の足で、ウサギのドレスの裾を踏みつけてしまったらしい。気付かずに無造作に引っ張り上げた男の力で、絹のドレスは無残にちぎれ、かろうじて白ウサギの身体にまとわりついていた。


 次の瞬間、絹を裂くようなアンネリーゼの悲鳴がホールにこだまし、何事かといくつかの軍靴の音が集まってくる。


 大事になりつつあるその場で、無残にドレスを破かれたウサギを差し出し、士官が腰を折って謝った。


「申し訳ありません! アンネリーゼ様!」


 だが、その程度のことで王女の気が収まるわけはなく、既に泣き出していた彼女は、大粒の涙をこぼしながら士官を睨みつけ、叫んだ。


「死刑よ!」


 指をさし、喚いた少女の言葉に、士官が青ざめる。


「こいつを死刑にして!」

「そんな……!」


 癇癪を起こした少女に、この事態に彼女と一緒に階下に降りていたフィオナは声を上げかけるが、涙のたまった水色の目に睨まれ、言葉を飲み込む。


 フィオナを黙らせた強い眼差しが、ホールに集まった家臣達に向けられ、甲高い声が命じた。


「命令よ! 今すぐこいつを死刑にしなさい!」

「――アンネリーゼ、言い過ぎだ」


 蒼白になったまま固まっている士官の手から、ひょいとウサギを取り上げ、彼女の暴挙をたしなめたのは、彼女が慕う兄だった。


「にい……さま……」


 我に返ったのか、見上げた少女が羞恥に顔を赤らめ、静かになる。


「兄が良くない例を見せるから、妹が真似をするんだよねぇ」


 この場にいない双子の兄への揶揄であると分かる言葉を呟き、苦笑する。

 ユーリは、片手でウサギを掲げて状態を確認した。


「別にたいして汚れてないし、ドレスだけ直してやればいいんだろう。玩具のドレスと兵士一人の命じゃ、釣り合わない。おまえ、もう行っていいよ」

「はっ……申し訳ありません、ユリウス殿下!」

「別にボクに謝らなくていいよ。ま、しばらくは、王女の前に顔を出さない方がいいんじゃない」


 軽く手を振って、問題の士官を追い払う。


「まぁ、アテはあるから、頼めばすぐだと思うけど」

「そっか、ウィルが作ったから……」

「ウィル?」


 アテはある、というユーリにつられ、口を滑らせたフィオナは、アンネリーゼに聞き咎められて口をつぐんだ。


「この子はしばらく預かるから」


 取り上げたウサギを抱えたまま、ポンと妹の頭を叩き、兄がひょこひょこと階段を上っていく。


 その後ろ姿を見送った後、残されたフィオナは、黙り込んだ王女に声をかけた。


「大丈夫よ、あのドレスを作った人、凄く上手なの」

「……ユリウスお兄様が連れてきた女の人?」

「……ええと」


 女の人、ではないのだが、フィオナは曖昧に頷いた。


「あんな刺繍、出来る人いるのね。奥宮殿の女官より上手だったわ」


 アンネリーゼはユーリが消えた方向を睨みつけたまま、憮然と呟いた。


 実際、ウィルが趣味で作ったものを、オルフェンの町に売りに出すこともあって、なかなか良い値で買い手がつくらしい。


「あなたもできるの?」


 ツンと尖った顎先が、フィオナを振り返る。


「私は……全然」


 ウィルに習おうと思っていたが、まず役立ちそうな乗馬を優先して、そちらの方面には手がつけられていない。


「針も持ったことなくて……」

「本当に?」


 正直に答えると、アンネリーゼが小さく吹き出した。


「じゃあ、私より下手ね、きっと」

「多分、間違いないわ」


 断言すると、アンネリーゼは優越感を滲ませた顔でフィオナを見返し、下げていた小さな巾着を掲げて見せた。


「見て。なかなかの出来栄えじゃない?」

「本当。上手ね」


 巾着の真ん中には、花の刺繍が刺してあった。形は少しいびつなところもあったが、フィオナの目から見れば十分に上手だ。


 だが、フィオナの賛辞にも、アンネリーゼは口を尖らせてぼやいた。


「ユリウスお兄様に見せつけるつもりだったのに、あんな上等な刺繍が出来る人が近くにいるんじゃ見せられないわ」


 やはり彼女は、ユーリに一人前の女性として認められるために、淑女になる努力をしているらしい。


 相手が実の兄であるということは、やや問題である気もするが、それを除けば、彼女は健気な恋する乙女で、フィオナも、その姿に奮い立たされるものがあった。


「私も頑張ろうっと」


 両の拳を握って気合いを入れたフィオナに、アンネリーゼはふふんと尖った顎先をしゃくった。


「あなた、針も持ったことないんでしょう。何なら、私が教えて差し上げてもよくってよ?」

「本当に? 是非教えて欲しいわ」


 今日一日、部屋でじっとしていることを求められていたフィオナにとっては、願ってもないお誘いだった。


「特別に私の部屋に招いてあげるわ。感謝してね」


 気取った物言いでそう言われたところで、フィオナは、そういえば、彼女にたいして敬語も使わずに話していたことに気付いた。


 同じ年頃の女性で、同じ立場ということもあって気安さが先立ったが、よく考えれば、この宮殿でフィオナの身分はないに等しく、対等に話していい相手ではないはずだ。


「ええ、ありがとうございます。アンネリーゼ王女」


 急にかしこまった相手に、彼女も、どこの誰とも知れぬ相手と対等にしゃべっていたことに気付いたのだろう。

 少し考えるようにフィオナを見つめた後、フンと、面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「アンネリーゼでいいわ。特別よ、感謝してね」


 そう言って、ツンとそっぽむいた高い鼻と耳が赤くなっていて、照れているのだと分かった。


「ふふっ。ありがとう」


 笑って礼を言うと、アンネリーゼが、不思議そうに言った。


「……あなた変な子ね。話していても違和感がないもの。奥宮殿の下女と話しても、貧乏臭さがにじみ出ているものだけど」


 覗き込んできた水色の目がじっとフィオナを映し、内心冷や汗を掻く。


「……どこかの国のお姫様みたい」


 当てずっぽうに呟かれた言葉を、フィオナは曖昧に笑ってごまかした。







「あれ? 何か忘れ物?」


 出て行ったばっかりで部屋に戻ってきたユーリに、ウィルは顔を上げて声をかけた。


「ちょっと、お願い事ができまして」

「それは?」


 ユーリが手にしていたぬいぐるみに気付き、促す。

 差し出された白ウサギは、確かに先日ユーリに頼まれて衣装を作った子で、その服も今は無残に破かれていた。


「うちの武骨者がやらかしてね。アンネリーゼの逆鱗に触れて、大騒ぎ」

「それはそれは……」


 事態が想像でき、苦笑する。


 白いぬいぐるみを受け取ると、ウィルはぼろぼろになったウサギの衣装の状態を確認した。


「うん、いいよ。すぐ直せると思う」

「それは助かります」


 大げさに安堵してみせるユーリに微笑む。


「王女様のご機嫌とりのために、少しサービスしておこうかな」

「お願いしますよ、材料はこちらで揃えますんで」







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