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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第十一話 交渉(1)


 物心ついた時から、ジークフリートは剣に執着していた。


 その為、強さを良しとする父からの覚えは、昔から良かった――ように思う。……双子の弟と比較するには。


 剣は、とても分かりやすく、無駄がない。目的がはっきりしているし、姿形もシンプルで美しい。


 記憶にもないほど幼い頃、這いながら壁に掛けられた装飾剣に手を伸ばそうとする赤子を見て、乳母は悲鳴を上げたが、王は、「こいつは次期大将軍だ」と満足げに笑ったらしい。


「――私が帝位に就いた暁には、お前に一番に剣を与えるよ」


 兄が、己にそう言ったのは、いつのことだったか。


 王が最初に剣を下賜する者――それは、王に最も信頼を置かれた騎士であることを指し、シュヴァルトの騎士にとっての最大の名誉だった。


「……お言葉ですが、俺にその資格があるとは思えません。氷雪の騎士は、兄上のたったひとりの騎士です。もっと、慎重にお考えになったらいかがですか」

「つれないねぇ」

「……一国の軍を与る者を決める言葉です。軽々しくお使いになるのはやめてください」


 氷雪の騎士と帝王には、永久の絆と信頼が求められる。


 この冷めた兄弟の間に、どうやってそんなものを求めろと言うのか。


 兄の考えることは、時折、父親以上に分からない。

 父は、ある意味とても分かりやすいのだろう。己の内を貫く、一本の剣を持っている。


 西大陸では、男性の成人年齢は17歳が一般的だが、シュヴァルトでは男女ともに15歳だ。

 男は、剣が持てるようになれば一人前と言われ、バルドゥル帝王が作り上げた屈強な常備軍は、徹底した実力主義で、幼くとも、身分が低くとも、才能があれば騎士として出世できる。


 逆を言えば、どのような身分であれ、実力が伴わなければ出世できず、また、出世できなければ落ちこぼれと見なされる。


 そして、皇族、中央貴族の子息は、軍役につくことが義務付けられており、重傷、老齢、重病以外のいかなる理由でも、これを拒否することは出来ない。


 これらの義務を負う者たちには、軍役を免れるために聖職に就くという逃げ道を塞ぐため、三十歳以下の成人男子が僧籍に入ることすら父は禁じてしまった。


 ジークフリートの経歴は、12歳で少尉から始まり、13歳で中尉、14歳で大尉、15歳で少佐に昇進するという輝かしいものだった。

 対して、双子の弟であるユリウスは、17歳の時点で大尉止まりであった。


 功績を積めば成り上がれる帝国軍内では、ユーリには多くの有能な平民将校の同格がいるのだが、皇子という立場を、彼自身が認識していないのではないかと思うほど、そのことに彼がプレッシャーやプライドを見せることはない。


 ある意味で、誰にでも分け隔てなく接し、皇族らしくないこの男は、平民出の軍人からはあまり嫌われていない。……皇室のくせに尉官以上に上がれないというのも、彼らにとってはツボなのだろう。


 だが、当然のように格式を重んじる高級貴族たちからは嫌われており、無駄に婦人方にだけは人気があるというのも、男連中の不人気に拍車をかけている要因でもあった。


 とはいえ、彼が他人からの評価を気にするような男であったのならば、もっと早い段階で更生しているはずなので、本人にとってはどうでもいいことなのだろう。


「……またさぼりか」


 問題があるとすれば、彼が度々執務を放棄し、表宮殿のどこかで窓の外をぼんやり眺めているという事実の方だろう。


 今、ジークフリートがたまたま見つけてしまった男を捜して、彼の部下が右往左往しているのは、想像に難くなかった。


 顔を上げ、気付いたユリウスが、薄い唇に読めない笑みを刻む。


「そういえば、昇進おめでとう大佐殿」


 17歳で大佐に昇格した兄に、弟から棒読みの祝福が送られるが、ジークフリートは取り合わなかった。


「……昇進を望めとは言わないが、騎士としての勤めは果たしたらどうだ」

「僕は騎士じゃないからねぇ」

「王以外の皇室は、皆騎士だ」

「そんなもの、笑っちゃうくらいカタチだけだよ」


 言って、ユリウスは窓の方に首を傾けた。


「決めた人が守ってないじゃない」


 その拗ねた子供のような理屈を、彼はよく使う。


 本来、帝位継承権から最も離れた皇子が、全ての兄皇子を排除し、血の玉座に辿り着いた惨劇は、20年以上経った今も語り継がれているし、残酷な父の汚名はその子供にまで降りかかる。


 だがそれ以上に、かの皇帝が成し遂げた変革は、多くの臣民の血を流させた。

 今もなお、拡張姿勢を続ける帝国は、外国人の血を流させている。


 その事実に比べれば、帝位継承の過程に流した血など、ものの数にも入らないのかもしれない。


 ジークフリートとは対照的に、幼い頃から剣にも戦にも興味を示さなかった弟は、明らかに軍部には向かない人間だった。


 とはいえ、ならば何が向いているのかと言われると、いささか返答に窮する人材ではある。


 官僚機構の中でも特殊な位置づけとなる、帝国技術研究所には、彼のような変人が軒並み勢揃いしているが、軍部を尊ぶ皇帝には勿論、出世競争に明け暮れる地方貴族出身の官僚連中にも、席がひとつ減るという理由で歓迎されないだろう。


 それでも、大尉まで昇進したのは、皇子だからというのもあるが、彼が与えられた任務に関しては、最低限以上の成果を上げるからだ。


「……先のヴォストー地方への遠征」


 呟いた言葉に、先を予想したのか、弟は不快そうに眉根を寄せた。


「随分、やり方がえげつないと聞いた」

「ヤり方なんて、どうでもいいでしょ、あの人は」


 この場合、王がどう思うかを問題にしているわけではないのだが、彼にとっては、それ以外は問題にならないという言い草で、投げやりに答える。


 黙したまま視線を逸らさずにいると、やがて、耐えかねたようにユリウスはフッと微笑を漏らした。


「君のそれは武器だねぇ。僕も使ってみようかな」


 沈黙は時に、相手に語らせる有効な手段だと、ジークフリートも知っている。


 ユリウスの言葉はそれを揶揄してのものだが、実用的であっても、彼には向かないだろう。


 彼は言葉で人を惑わし、傷つけることを好む。


「一番手っ取り早い方法を使っただけだよ。面倒ごとは早く終わらせるに限る」

「……容易である方法が最善とは限らない。皇帝陛下が求められるのは結果だけだが、過程で帝国の利益と尊厳を保つことは、司令官の使命だ」


 必要なこと以外はしゃべらない兄の小言に、弟は皮肉混じりに言い返した。


「君はアルベルト兄さんの忠実なお人形じゃないか」

「お前は棚に陳列されてるだけの置物だ」


 言うと、ユリウスは翠の瞳を妖しく歪めて笑った。


「よくご存じで」


 宮廷数多の淑女を虜にする笑みは、当然のことながら、別段ジークフリートに何らかの感銘を与えることはない。


『あの双子の目には魔力が宿っている』というのは、時折、宮殿内で聞く囁きではあるが、その瞳の魔力を有効活用できているのは、きっと弟の方だけだろう。


 その表情をコロリと変えて、ユリウスはつまらなそうな顔で、肩にかかった己の髪をつまんだ。


「で、どうなの実際。あの変態兄貴に取り入って、なんかイイコトあんの?」


 父親と同様に、腹違いの兄をも嫌う弟の言葉には、露骨な棘がある。


「……今よりはマシな国になると思っているだけだ」

「マシな国、ねぇ」


 鼻で息を吐いたユリウスは、まるで現実味を伴わない単語を口にする軽さで復唱し、再び窓の外を眺め出した。


 別に、熱心に見るほどのものなど何もない。ただ、永遠に変わらないニブルヘイム大山脈の積雪が続くだけの景色だった。


 ――その頃、二人は確かに、このくだらない、退屈な毎日がずっと続くものだと思っていた。


 その漠然とした思い込みは、ある時一変する。


『双子の皇子は災いとなるため、片方は殺すべき』


 皇帝が寵愛する東の魔法使いが唐突に告げたその予言は、彼らの立場を決定的に危うくさせた。


「いつも通り黙って待ってたら、君が生き残るんじゃないの?」


 まるで世間話のようにことの成り行きを推し量る弟に、ジークフリートは同程度の他人事ぶりで返した。


「……お前を殺したら、王妃殿下が怒り狂うだろう」


 この場合の王妃は、二人の母親ではない。彼らの母親は既に身罷っており、今の皇帝の妃は、アルベルトとアンネリーゼの母親だけだ。

 牙狼王も、あの気の強い美女には頭が上がらない。


「……お前は、王妃をはじめ異様に宮廷の婦人たちに人気があるからな」


 その返しは、半ばこの滑稽な危機に対する、投げやりな皮肉でもあったのだが、事実、宮廷において、女性とは無力な存在ではない。


 奥宮殿を支配しているのは女性達であり、また、表宮殿を出入り出来る女性の多くは、有力貴族の後ろ盾がある夫人方だ。彼女たちの反意を買うと言うことは、少なからず宮廷内での立場に影響を与える。


 かといって、それだけの理由で、ジークフリートの方が切り捨てられるということも考えにくい。

 馬鹿馬鹿しい二者択一は、それなりに宮廷内の人間の頭を悩ませる、大問題であったのは確かだ。


「逃げてもいいぞ」


 そんな折りに、また突拍子もないことを言い出したのは、やはり変わり者の腹違いの兄だ。


 彼は、機嫌のいい猫のように眼を細め、弟の代わりに亡命のプランを練りだした。


「なんなら、国境を越える手引きをしてやろう。西への越境は、今制限が厳しくなっているからね。トロイに向かう商隊に混じったらどうだい? 変装とかしてさ。うん、なんだかワクワクするな。私もやってみようかな」

「……何を考えていらっしゃるのですか?」


 冗談のような口調だが、こういう時の兄は本気だ。


 だが、彼は変わり者ではあるが、無闇に皇帝の意志に逆らうような男ではない。


「私はね、お前が可愛いんだよ、ジークフリート」


 文字通り猫なで声を出すアルベルトに、あからさまに警戒の色を見せると、兄は苦笑を寄越した。


「……なんて言っても、お前は信じてくれないんだろうねぇ?」


 それは、最初で最後の――少なくとも、ジークフリートはそう決意している――兄アルベルトから(こうむ)った、大きな借りだった。


 ……それが、今から二年前の話だ。






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