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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第十話 帰還(6)


「…………」

「ゴッドハルト」


 ユーリが、何かを見送るように廊下に立ち尽くす大男の背に声をかけると、ゴッドハルトはすぐに振り向いた。


「どうした? ぼーっと突っ立って。らしくない」

「ユリウス殿下、ジークフリート殿下」


 お手本のような敬礼を見せた相手は、大将軍――皇帝の助言役であり、帝国軍において、皇帝に次ぐ地位にある男だ。


 またの名を、氷雪の騎士――とも呼ばれる。

 それは、このシュヴァルト帝国において、帝王が最初に剣を下賜した者に与えられる称号だ。


 それは王に最も信頼を置かれた騎士であることを指し、シュヴァルトの騎士にとっての最大の名誉であると同時に、帝国軍を指揮する最高位を任じられることを意味する。


 氷雪の騎士は、死ぬまで王に忠誠を誓う。

 同時に、王は死ぬまで氷雪の騎士を信じる。

 その関係は、神聖で堅固なものであり、ニブルヘイム大山脈を覆う大積雪のように、恒久に溶け消えることのない。


 シュヴァルトの民にとって大きな意味のある、『氷雪の誓い』は、有名な初代帝王オスヴァルトの手記にも記されている。


 互いに信じ、身を寄せ合うことでしか生き抜けなかった厳寒の民が作り出したこの誓いの慣習から、現皇帝が即位の折に定めた制度が『氷雪の騎士』だ。


「ご無沙汰しております。二年と五ヶ月ぶりですか。お二方とも、御健勝にてなによりと存じます」

「……お前の方は変わりないか」

「はっ。この通り、老いてなお健在にございます」


 相変わらずの四角四面ぶりに、兄と大将軍の会話を聞いていたユーリは苦笑した。


「……っていうか、お前だけは変わらないでもらいたいもんだね」


 発言したユーリに向けられた隻眼が、頷くように伏せられる。


 彼の右目はすでに完治しているはずだが、彼は頑なに眼帯を外そうとはしなかった。


 氷雪の騎士ゴッドハルトは、若い時分に戦争で右目を失ったが、数年前、宮殿に現れた魔法使いを名乗る男サラバンドによって、その目を治された。


 それをきっかけに、皇帝バルドゥルがサラバンドに心酔し、彼を側近として引き立てたのだ。


 だが、傷を癒された当人は、「今更両の目で見える世界など気味が悪い」と言い放ち、目が治ってもなお、こうやって片目を覆い続けている。


「実は先ほど、若い女性がこの辺りをうろつていて、声をかけたのですが」

「……何?」

「お二人が連れてきたという女性の一人かと思い、行きたい場所があるなら案内すると言ったのですが、どうやら怯えられたらしく、断って逃げられました」


 その報告に不穏な空気が漂い、ジークが確認のように念を押した。


「……ここにいたのか、一人で」

「はい」

「どっちに行った?」

「あちらに」


 端的に答えたゴッドハルトが指し示した方向に、物も言わずに走っていく兄の背中を、ユーリが見送る。


 同じく、廊下に消えていく第二皇子の背を眺めていたゴッドハルトが口を開いた。


「少し、お変わりになりましたか」

「ジークが? ……ああ、彼は変わったかもね。少しは人らしくなったんじゃない?」


 言って、ユーリは唇を歪めた。遠く離れた地にいる同居人たちの顔を思い浮かべ、皮肉を口にする。


「関わらなきゃいいのに、ずかずか干渉してくるやつらがいるから」


 すると、ゴッドハルトも生真面目な顔に微笑を浮かべた。


「ええ。それと、ユリウス殿下も」

「ボクは変わらないよ」

「そうでしょうか」

「…………」


 静かに重ねる相手を見る目をすっと細めると、ゴッドハルトは小さく頭を下げ、身を引いた。

 それ以上深くは踏み入らないという意思表示に、とりあえずは言葉の刃をしまい、ユーリは大将軍から目を離した。


 わきまえている相手というのは、安心だ。

 不用意に踏み込んでくる人間は――たまに、つい斬ってしまう場合がある。その責任はユーリではなく、おそらく、そんな人間に踏み入ろうとする、相手の方にあるのだ。







 ウィルが与えられた客間に来客が訪れたのは、ちょうど彼が暇をもてあましていた頃だった。


 黒い軍服を見事に着こなしたジークに連れられ、かなりバツが悪そうに入室してきたのは、共にこの地にやってきた少女だ。


 話を聞くと、どうやら言いつけを破って部屋を抜け出したところ、見事に危険な目に遭って、ジークに助けられたらしい。

 ここに連れてきたのは、彼女の希望もあってとのことだが、おそらく、1人より2人の方が安全だと思われたのだろう。


 ウィルもウィルで、忠告を聞かずに1人で外をうろついていたら、変人皇太子に捕まってユーリに連れ戻されたので、人のことは言えない。


 目的の魔法使いとの交渉の場は、彼らが作ってくれるということだから、今は足を引っ張らないように、じっとしておくくらいしかない。情けない話だが。


 少女は、暇つぶしにもらったというアースガルダ大陸の地図を持っていた。

 そのことに、ウィルの胸が騒ぐ。


 大陸の行政図などは、彼女ほどの年頃の少女が、自然に興味を持つようなものではない。


 この旅に出て、様々な事物を目撃し、彼女なりに何かを感じ取ったからこその行動だと、予想できた。

 そしてその予想は、すぐに的中した。


「ねぇ、ウィル。もし、もしもよ……」


 絹張りのソファに座り込み、膝の上に地図を広げたまま、フィオナは言い辛そうに口を開いた。


「――ウィルの国が、シュヴァルト帝国と戦争することにしたら、どうなるのかしら」


 そう言いながらも、彼女は薄々、答えを予想しているように思えた。


(ああ、この子は……)


 ウィルは思った。


(俺と似ているのかもしれない)


 ――『見えてしまう』子だ。


 決してそんな教育を受けているわけではないはずなのに、わずかな情報だけで、パズルを組み立てるように先を予想してしまう。


「あんな銃兵部隊を、ウィルの国がたくさん抱えているのだとしたら……」

「――そう簡単にはいかないと思うよ」


 この危険な大国に勝ててしまうのではないか……

 そう言いたげな彼女に、最後まで言わせなかったのは優しさだった。


 あるいはエゴかも知れない。彼女に、残酷な言葉は似合わない。


「……来てみて思ったけど、やっぱり、シュヴァルト帝国――この国の軍事力は脅威だ。サン=フレイアからは最も遠いけれど、それだけに、西の島国が大陸を侵攻した場合、最も疲弊した状態で、あの大戦力を迎え撃たなければいけなくなる」


 少女のその質問に対する回答を、ウィルはいくつでも持っていた。


 やり方はいくらでもある。いくらでもあるから……ウィルは、一番妥当な内容を口にした。


「それに、あの国はヴァルクとも通じている。大陸内部に侵攻した時に、ヴァルクを足がかりに、挟み撃ちにされれば、無傷では済まないだろうね」

「多大な被害が予想されるということ……?」

「うん、だから俺はやらない」


 その一言に、ほっと胸をなで下ろしたフィオナに、ウィルは微笑んだ。


「けど、勝算がないわけじゃない。アルファザード、そしてエルドラド……この2つの国を味方につければ、かなり戦局は有利に働く。近年サン=フレイアは、アルファザードとはヴァルクの動向をきっかけに同盟を結んでいる。国民の反感は……特にアルファザード側は強いだろうけど、シュヴァルトの脅威を前に団結することは可能だろう。そしてエルドラド……ここがどう転ぶかによって、戦局は大きく変わる」


 祖国の名が出て、少女が心持ち身を乗り出した。そのことに、胸が痛む。


 彼女が、戦争を――現実を知ろうとしている。


「シュヴァルトの周辺諸国の植民地化は、悪評高い。先手さえ打てば、エルドラドは西の二強国の保護を求めて下るだろう。だが、シュヴァルトの手が先に伸びれは、エルドラドには、それに立ち向かうだけの力はない。アルファザード、サン=フレイアにも現状、それを助けるだけの理由がない」


 少女の表情が強ばった。


 西の二大国は――ウィルの国は、彼女の国を見捨てる、というのだ。


 今、外から祖国を見ることしか出来ないウィルの目にも、サン=フレイアとエルドラドの関係は、悪い方向に向かっていると認識できた。


 きっかけはやはり、白雪姫の死だ。

 かなり特殊な例であったとはいえ、サン=フレイアの公爵家から大陸国家の后妃が生まれたという実績は、国際社会で大きな意味を持って受け止められ、サン=フレイア国内の国際派が勢いづく一石にもなった。


 だが、その后妃が早世し、後を追うように王女が不審な死を遂げたとなれば、そこに何かしら不穏な陰謀を感じる者があっても、おかしくはない。

 元々疑り深く、慎重な国が、再び殻に閉じ籠もろうとする理由になっても、不思議はなかった。


 だがそれは、彼女に伝える必要のない情報だ。


「つまりは、今動けば勝てる」


 その言葉に、俯きかけていた少女の顔が、弾かれたように上がった。


「ウィルは、戦争はしないって……」

「しないよ、俺は」

「でも、それが正しいかどうかは分からない」

「え?」


 少女が、不思議な言葉を聞いたというように目を丸くした。


「戦争をすることに、正しいなんていうことがあるの?」


 その素直な疑問に、とても安心した。


「ない、だろうね。うん、多分ないよ」


 だからつい、ウィルは笑ってしまった。


 人道的には、彼女の言葉が正しい。

 だが、物事にはいくつもの見方がある。視点がある。


 大局を見極めるには、この視点を多く持つ必要がある。

 反面、たくさん見過ぎることの弊害は、何が正しいのか分からなくなることだ。


「サン=フレイアは確かに今、大陸において確固たる優位性(アドバンテージ)を築いている。でも、いつまでそれが続くのか」


 見極める力が必要だ。


 冷静な目で、地図の上に駒を載せて動かしていく、王の目が。


「大陸文明の進歩はめざましいよ。暗黒時代で文明が白紙になってから500年。彼らは急速に力を取り戻している。よその高度な文明を貪欲に吸収し、自己流に発展させていく……これが、何度も戦乱に飲まれながら生き抜いてきた、大陸民の強さとしたたかさかな」


 暗黒時代以降、サン=フレイアは、ほとんどの大陸国家との国交を断絶し、独自の文化を生きている。


 500年のアドバンテージは大きい。だが、その優位と絶対不可侵の平穏に甘んじているうちは、あの国は緩やかにしか変化しないだろう。


「大陸と俺たちの国の成長スピードを比較した場合……彼らに追いつかれるのは、そう遠くない未来かもしれない」


 息を飲んで聞き入る少女の顔は、随分と大人びて見えた。

 こうやって大人になっていくのか、と思うと、感慨と寂しさがあった。


 ……あの、天使のような小さな女の子が。


「彼らがエーギルの海を怖れず、王国海軍に勝る武力を手に入れた時、サン=フレイアは……天上の島の威厳を失う――かもしれない」

「……!」


 きゅっと膝の上の拳を握った少女は、今、ウィルと同じ圧力を感じているのかもしれない。


「サン=フレイアの民は誇り高い。大陸民が急激に自分たちに追いつきつつある現状を、認めない者は多い。でも、一部の冷静な者たち……あるいは臆病な者たちは、そんな未来も示唆している」


 最後の言葉は、自分自身への投げかけのような意味を持って、ウィルの中に響いた。


「今、平穏を選ぶのか。今、戦いを選ぶのか」


 はたして、そのどちらが『国』のためになるのか。


「その決断が、百年先の民の行く末を決める――そんな大仕事、信じられるかい?」


 もし、己が本当に玉座につく未来が実現したのならば――

 己が、その決断を下さねばならないのだ。






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