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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第八話 帰還(4)



 フィオナに用意された部屋は、来賓用の客室の一つということで、天蓋付きの寝台に寄木細工のテーブルセット、絹張りのソファといった調度が揃えられていた。


 捕虜というには、いささか扱いが良すぎるような気がした。


 沈み込みそうな大きなソファの端に腰掛け、フィオナは、その豪奢な内装を見回した後、寄木細工の椅子の一つに腰掛ける青年に目を向けた。


 長い足を組み、両腕も組んだまま正面を見据えている眼は硝子玉のようで、その表情は、人形のように感情を映さない。


 ジークとユーリの二人は、フィオナを部屋に案内した後、皇帝に挨拶に行くと言って出て行ったのだが、その後、兄の方だけが戻ってきた。


 部屋に居座ってしまったジークは、石になったみたいに動く様子を見せず、フィオナの方が控えめに声をかけた。


「あ、あの、ジーク。そんなに見張らなくても大丈夫よ? おかしなことはしないから」


 確かに、目的があって他国に入り込んだので、スパイのようなものだが、何かしら国家情報を持ち出したり、彼らの不利益になるようなことをするつもりはない。


「……お前を一人にするべきではないと判断したまでだ」


 だが、ジークの返答はにべもない。


 ずっとこの部屋にいるつもりだろうか。彼にも祖国へ帰還したからには、何か目的があったはずだ。フィオナとウィルを入国させ、城に滞在できるよう手配するだけでも、かなりの手間を取らせているはずだ。

 今更ではあるが、これ以上、余り手をかけさせたくはなかった。


「でも、お城にも着いたし、私は一人でも大丈夫よ? そんな無茶はしないわ」

「……フィオナ」


 翡翠の眼がこちらを向く。平坦な声が投げかける忠告は、少しフィオナの感覚では理解しかねた。


「この国は、お前にとって危険だ。おそらく、お前が思っている以上に」

「でも……」


 ここは宮殿の中だ。王の住まいであり、政治の中枢となる場所で、正式な訓練を受けた軍人たちが大勢常駐している。

 フィオナも、ここに来るまでの道中で、この国や周辺諸国がアルファザードなどに比べれば治安が良くないことは十分理解したつもりだが、そんな中でも、ここは最も安全な場所と言っていいはずだった。


「決して一人では行動するな。出来れば、俺と一緒にいろ」

「ユーリは駄目なの?」

「…………」


 聞くと、ジークは沈黙の後、珍しく伏し目がちに答えた。


「……駄目というわけではないが、あまり、近づき過ぎない方がいいかもしれない」

「どうして?」

「あいつは刃だ。刃は、何かを傷つけるために存在する」

「…………」


 フィオナは、それ以上深く追及することはしなかったが、その言葉は、少し、分かるような気がした。


 ユーリはごく稀に、全く予期していない方向から、言葉のナイフを振ってくることがある。

 それは、悪意というよりは、彼自身も自覚していない衝動のようなもので、いつもユーリが、煙に巻くように人と距離を取るのは、己の言葉のナイフで、相手を傷つけないようにするためなのではないかと――フィオナは彼と共にいる時間が増えるにつれ、思うようになった。


 人を傷つけないではいられない――暴かずにはいられないその性分を、兄は『刃』と表するのだろう。


「……この部屋の中で、いくらでもゆっくりしてくれていい。退屈だろうが、望むものがあれば用意させる。魔法使いの件は、俺たちの方で手配する」


 それっきり会話がなくなり、客間に静けさが戻る。


(ええっと……)


 二人きりで部屋にいると、掛け時計の秒針の音だけが、やけに大きく聞こえた。


(ジークはいつも黙ってるから、多分気まずくはないんだろうけど……)


 状況も状況だし、さすがにフィオナの方が気まずい。

 何か話す話題はと思考を巡らせていると、意外にもジークの方が口を開いた。


「……実は、俺は一度だけ、『森の家』に来る前のお前に会ったことがある」

「えっ…?!」


 それは、今更明かされた新事実だ。


「いつ? あ、ごめんなさい。私は、覚えていないんだけど……」

「当然だ。お前の方は、気付いてもいなかった」


 部屋に閉じ込められ、退屈をもてあますフィオナに気を遣ってくれたのか、 そこからジークがぽつりぽつりと語ってくれたのは、彼にしては少し長い、思い出話だった。





「エルドラドの王都ローディアンで行われた、キルケゴールとシュヴァルトの和平合意は覚えているか」

「ああ……」


 そうジークが話を切り出すと、落ち着かない様子でソファに腰掛けていた少女が、ぼんやりと思い出すように相槌を打った。


 それは、アース歴497年の秋。今から、2年以上前の話だ。

 ジークとユーリは16歳。兄のアルベルトが、19になる年だった。


 キルケゴール共和国は、エルドラドの北、アルファザードとシュヴァルトの北部領土に挟まれた地域であり、先住民による自治国家だ。

 北部の国境を接するシュヴァルトとは、長い間、断続的な戦争状態にあった。


 その年、アルファザードを仲介に立て、中立のエルドラドを会談の地に選んだ、二国の和平協議が実現した。


 ちょうど、エルドラドと東の国境を接するニーチェ、ヴェルクソン、ディルタイの三小国を従属させた折で、シュヴァルトが軍備の立て直しを図る、小休止にあった時期でもある。


 キルケゴール共和国は、不毛の積雪地帯ニブルヘイム大山脈がその大半を占める、北端の辺境の地だ。


 安住が可能な土地は限られており、領土としての魅力は皆無に近い。そのために、新大陸民に追われた先住民の自治国家として、存続を認められており、複数の小部族が身を寄せ合い共和国を形成していた。


 アルファザードにとっては、シュヴァルトにキルケゴールを攻略されることは、自国領土への足がかりとされる。


 特に中南部を中心に集権化を図るアルファザードにとって、北部は軍備も手薄で、未だ地方領主の自治色が強く、中央からの伝達が弱い。


 東方三国を支配下に置いたシュヴァルトが、このままキルケゴールの攻略に乗り出すことは、国内の統治を優先させたいアルファザードにとっては、歓迎できる事態ではなかった。


 そのため、時を見てアルファザードは、キルケゴールにシュヴァルトとの和平合意を持ち出したのだ。


 一方、シュヴァルトにとって、キルケゴールの攻略にはニブルヘイム大山脈を越えるという難行が前提となる。

 アルファザード攻略への近道とはいえ、あまりにリスクが大きくリターンの少ないその戦略は、現実的ではなかった。


 特に、シュヴァルトは南のマルスタ王国との戦線が激化傾向にあり、そちらへの戦力集中を考えていた矢先のことで、キルケゴールとの休戦状態を明確にすることで、戦力の分散を避けることが出来るその提案は、その時点では有益なものだった。


 三国の利害が一致し、緊張状態にある互いの領土に国賓を招き入れることを避け、中立を示していた東西の緩衝地帯、エルドラド王国での会談が設定されたのだ。


 エルドラド国王が証人の元、キルケゴール、シュヴァルト、アルファザードの三国の代表が彼の地に集った。


 国家元首が出席したキルケゴール以外は、いずれも国主ではなく、アルファザードは次期国王である第一王子レナードが代表を務めた。


 シュヴァルトも、長子であるアルベルト皇太子が参席した。

 またその時は、アルベルトたっての希望で第二皇子、第三皇子も列席した。


 この和平合意の会談の席で、レナードは、腹心であるアルヴィスとキアルディを伴っており、二人は会談の席で、ジークとユーリを目にしたのだろう。


 そして会談の地となったエルドラド王国には、まだ12歳ながらも、ゆくゆくは当代一の美姫かと評判高い一人娘の王女がいた。


 当時から、各国から求婚を受けている王女の嫁ぎ先として最有力と言われていたのが、この二国であったため、周囲からは「王子の嫁見分」と噂されたが、会談の席に王女が姿を現すことはなかった。


 実際のところ、噂の美姫の見物だけを楽しみに、その退屈な会談の場に連れ出されることを承諾したユーリは肩すかしを喰らい、「実はそんなに美人じゃないんじゃないの」とぼやいていたものだ。


 アルベルトも、キルケゴールとの和平――実質的には、アルファザードとの一時休戦表明の場に、国家代表として参席することが第一の目的であったのは間違いないが、未来の妃候補を一目見たいという下心はあったようだ。


 一人、アルベルトのわがまま――もとい強い要望で同席したジークは、仕事で訪れた土地で、己に直接関係のない女性に興味を引かれることもなく、淡々と国務を果たしていたのだが……


 概してこういったものは、欲のない者ほど『当たり』くじを引くものだ。


「明け方、お前は城の塔の窓から、外を眺めていただろう」


 早朝の鍛錬はジークの日課であり、遠征先でもそれを怠ることはない。


 朝ぼらけの中庭で剣を振っていたところ、塔の窓を開け、身を乗り出して、朝焼けの街を見下ろす少女を見つけた。


「白雪姫の噂は聞いていたから、すぐにお前だと見当がついた」





 そこまで話を聞いて、フィオナはようやく思い当たる節があった。


 ……と言っても、それはフィオナにとっては特別ではない日課で、周辺国の和平会談が催されると聞いていたその日も、同じような行動を取っていた、というだけの記憶だ。


「……朝焼けの街を見るのが、好きだったの。街が一斉に目覚めて、今から一日が始まる。そんな街の姿を、空想するのが楽しかったから」


 日の出を告げる教会の鐘の音。寝坊する子を起こす母親。馬車が走り始め、工具を担いだ男たちが動き出す。パン屋の声が飛ぶ。井戸の前での女性たちの長話。白い鳩が広場に集まり、そこでオルガン弾きが歌い出す。


 静けさに包まれた夜から、すべてが動き出す朝へ。その変化を見るのが、フィオナの一日の最初の楽しみだった。





 懐かしそうに語る少女を見つめ、ジークもまた、あの時のことを思い出していた。


 黒炭のように黒く艶やかな髪と瞳――相反する、雪のように白い肌。そこに鮮やかな色を添える赤い唇。水色の清楚な着衣に身を包み、冴え冴えとした朝の空気に身を晒す少女の横顔は、絵に描いたように目を引きつけ、離さなかった。


 だが、ジークの目を引いたのは、その噂に違わぬ美しさ――だけではない。


「……あの時のお前は、まるで人形のような横顔をしていた」


 どこか空虚な目と、感情の抜け落ちた顔。

 何かに操られるように、ただ彼女はそこにいるだけなのだと、感じた。


 そう思ったのは、自分と、どこか同じものを見出したからだ。


 父であり皇帝であるバルドゥルの、いずれそれを継ぐ兄アルベルトの、忠実な剣としてただそこにある己と、同じ糸を彼女は纏っていた。





 長いようで短い語りを終えたジークが、ふいに席を立ち、フィオナに近づいて右腕を伸ばした。


 だがその手がフィオナに触れることはなく、彼女の肩や、頭の上を行き来する。


「ジーク……?」


 まるでフィオナの上に何かがないか確認するような、その不思議な動作に、疑問符を浮かべて見上げる。


「……今のお前の方が、いい顔をしている」

「……!」


 そう言って、珍しく控えめに微笑む青年に、告げられた言葉の意味より、その不意打ちの笑顔にフィオナは赤面した。


「そ、それは多分……皆さんのおかげです!」

「そうか……」


 思わず背筋を伸ばし、敬語で答えると、ジークが手を下ろした。笑みを見せたのはその一瞬だけで、すぐにいつも通りの表情に戻る。


 ちょうどその時、客室の扉がノックされた。


「――入れ」


 入室の許可を聞いてから、一人の士官が扉を開き敬礼する。


「ジークフリート殿下。こちらにいらっしゃいましたか」

「なんだ」

「ソルヴェーグ中佐以下550名が、ジークフリート殿下にご挨拶を申し上げたいとのことで、騎士の間に待機しておりますが――」

(550名……!?)


 思わず上げそうになった声を、口を押さえて留める。


 漆黒の隊服の大男たちが、五百人広間にひしめいてジークを迎え入れる姿を想像すると、入城時の花道以上の迫力だ。


「……俺の部隊だ」


 そう言ったジークの声は平坦だったが、若干、憂鬱そうに見えるのは気のせいだろうか。


「留守中を副官に任せていた。愚痴や小言くらいは聞いてやらなければならないだろう」

(そっか、ジークは軍人なんだ……)


 今更ながら、そんな感想を抱く。


 シュヴァルトでは、例え皇室の人間であっても、軍人として功績を挙げなければ、昇進は望めないという。


「……少し出てくる。おそらく、しばらくは戻れないだろう」


 数百名の部下から熱い歓迎を受ければ、解放されるのはかなり先の話になりそうだ。

 彼らが極力お忍びで戻りたがったのは、この辺りの事情もあるのだろうか。


「何か欲しいものはあるか?」


 問われ、フィオナは遠慮しかけたが、これからどれくらいの間、ここで一人過ごすのかを考えると、遠慮を押し切って欲しかったものを一つだけお願いした。

 それは、フィオナのような年頃の女性が欲しがるには少し妙なものだったが、ジークは何も言わずに了承してくれた。


「……出来るだけ部屋は出るな。この城は、お前にとって決して安全な場所ではない。くれぐれも注意しろ」


 最後に、その注意だけを繰り返し、ジークは士官を伴って客間を出た。


 死んだはずのエルドラドの王女が、この国にお忍びでやってきているなど知れたら大事だ。


 そういう意味での再三の忠告なのだと、フィオナはその時思っていた。







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