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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第七話 帰還(3)



 案内された客室を一通り観察した後、ウィルは、ユーリに部屋を出るなと言い含められたにも関わらず、分厚い扉を押し開いて、ひとり廊下へと滑り出した。


 そこは四階建ての宮殿の最上階で、車椅子のウィルを運ぶには随分手間をかけたが、聞くところによると、この階に玉座の間と、第一皇子以外の皇子たちの寝室があるらしい。


 二人の皇子の『戦利品』として連れて来られたらしいフィオナとウィルは、彼らの寝室に近い客間を与えられた。


 顔が映りそうな程に磨き抜かれた寄木細工の床に車椅子を滑らせ、周囲に注意を向けながら、人気のない廊下を進んでいく。


 右手に、扉のない部屋が見えた。

 近づくと、中はがらんとした広間になっていた。


 どうやら展望室であるらしく、一面の壁に、大きな一枚板の硝子がはめ込まれた、大窓が並んでいる。横に長いその部屋には、扉のない入り口が二カ所あり、通り抜けが出来るようになっていた。


 人のいないその展望室に、ウィルは手前の入り口から中に入り、窓の近くへと寄った。窓のない側の壁には、巨大なつづれ織りのタペストリーが掛けられており、内容は宗教画だった。

 猫足の長椅子がいくつか、外の景色が見えるように置かれていた。


 厚みがありながら透明度が高いその窓硝子越しには、ニブルヘイム大山脈が一望できた。

 地平線を埋めつくし、果ても見えないその大山脈は、灰色の空を背景に、圧倒的な白に覆い尽くされている。


永雪(えいせつ)……」


 小さく、その単語を呟く。


 永雪の山岳地帯、ニブルヘイム大山脈は、一年中雪と氷に覆われている。決して変わることのない、白の世界だ。


『――我々シュヴァルトの民にとって、その白は命を奪う恐ろしいものであると同時に、太刀打ちすることの出来ない、神聖で圧倒的な存在だった』


 百年前、シュヴァルト帝国の独立を実現した初代帝王オスヴァルトは、自らの手記でそう記している。


 その文は、更にこう続いている。


『ニブルヘイムの氷雪は、永久の証だ。例えば男女が愛を誓うとき――友と揺るぎない友情を誓うとき、我々はその絆を氷雪に例える。永久に不変なものであると』


 いい言葉だ――とウィルは思う。人が不変を信じることは、容易ではない。だが彼らは、圧倒的な大自然の神性の前で、強くその存在を信じることができたのだろう。


 視線を遠く望める山の輪郭から、城下へと映す。

 三つの堅牢な城壁に守られ、さらにその外側にも無秩序に広がる黒い街並みを観察していると、多くのことが見えてくる。


 この危険な国に訪れた目的は、たった一つしかない。それ以外の理由はない。そう、ウィルは――己にしては珍しいと思うほど――それ以外の何の深謀もなく、後先も考えずにここへ来た。


 だが図らずも、ここに来るまでの旅路、そしてこの宮殿に訪れて見聞きし、得た情報は、ウィルの中に静かに蓄積されている。


 そのリスクを理解していないわけではないのに、彼ら――双子の皇子は、ウィルをここに連れてきた。


「…………」


 その理由を考えあぐねる。


 ただの善意なのか、打算があってか。

 いずれにせよ、ウィルは、その彼らの行動のあらゆる可能性も含めて、これから先を見通さねばならなかった。


 小さく息をつき、瞼を閉じる。パノラマの光景が遮断された先に浮かんだのは、先のヴェルクソンで見た特銃隊の一件だ。


 ユーリの言葉を信用すれば、シュヴァルトにはまだ、従来の銃とは命中精度や連射力の面で一線を画す軍用の高性能銃を量産する技術はない。

 となると、出所はサン=フレイアからの密輸である可能性は、限りなく高い。


 ジークは、虎の子の小隊だと言っていたが、牙狼王バルドゥルが、あの規模で満足するはずはない。


 今出動できる部隊があれだけだというだけで、バックヤードには錬成中の部隊が控えているはずだ。

 その数がどれだけのものかは分からない。


 サン=フレイア王室は、アースガルダ大陸への武器の輸出を全面的に禁止しており、特に銃器の製造方法は、国家機密扱いで銃器ギルドを厳重に保護し、その技術を秘匿している。


 だが、正規でない輸出ルートは必ず存在するものだ。

 武器の密輸については、厳格に取り締まっているが、中にはその包囲網を逃れる者もいるだろう。


 特に、ウィルはここ数年の祖国の事情を知らないが、彼がいた頃でも、国際化を推進する一派の声は年々大きくなっていた。

 彼らの主義主張は一理あるが、同時に、闇商人たちの暗躍を幇助する土壌になりやすいのも確かだった。


 それでも、広大なアースガルダ大陸の真反対に位置する二国間の物理的な距離は、圧倒的な壁として立ちはだかっており、大隊を編成できるほどの輸入量を確保できているとは、到底思えなかった。


 ――現時点では。


 そこまで考え、ウィルは肘掛けに肘をつき、こめかみに指先を添えた。

 冷えた指先が、頭を冷やしてくれるようだった。


 この件一つを取っても、選択肢は幾らでもある。

 短期的、中期的、長期的対策、その方向性、目指すべき着地点――

 やらなければいけないことは、いくらでもあるのだろう。


 今すぐにでも。


(理性と感情は別物だ)


 言い訳か、忠告か――よく分からないまま、ウィルは己に言い聞かせた。

 感情的に受け入れられないことでも、理性的に判断することは出来る。また、それはしばしば必要なことだった。


 だが、究極に選択を迫られた時、どちらの判断に基づいて結論を出すかは――人によって違うし、また状況によって違うものだろう。


 この現状を見て、分かることがある。


 西大陸を脅かす東の狼。

 その懐に入って分かる、現在の力量。


 属国を、郊外を、首都を、王城を見回って得た結論。


『この程度』だ。


(今なら――)


 分かっている。『今』しかない。

 これが、最後にして最大のチャンスだ。時は、全ての条件を取り揃えている。


 だがそれは、『必要』なことなのだろうか?


 感情とは別のところで、理性がシミュレートする。

 やはり、どうしてもその結論が出た。そしてその結論を、感情が猛烈に否定する。


 ウィルは小さく息をついた。 末端は冷たくなっているのに、吐く息は不要な熱を持っているように思えた。


 ――胸が焼けるようなこの鬩ぎ合いを、人は葛藤と呼ぶのだろうか。

 ならばそれは、一生、己が付き合っていかなければいけないものだ。


 ウィルには確信があった。



 今なら『天上の島』は、世界を手に入れることができる。





 その時、カツン――と、固い靴先が床を叩く音が聞こえた。

 ハッと我に返り、ウィルは慌てて後ろを振り返った。


 少し注意が散漫になっていたらしい。だが、ガランとした展望室で身を隠すような場所もなく、表情を強ばらせるに留まったウィルの前に現れたのは、緩い弧を描く長い髪を背に流した、雅な風体の男だった。


 その髪はユーリたちと同じ濃い銀色で、ウィルは彼の服装と容姿から、すぐにその正体を察した。


 第一皇子アルベルト。


 顔は割れていないはずだが、巨大帝国の継承者は、なぜかアイスブルーの瞳を見開き、驚愕を刻んだ顔でウィルを凝視していた。


「アルテミス……?」

「え?」


 譫言のように呟かれた単語を理解する前に、急に大股に近づいてきた相手に腕を掴まれた。


「!?」


 かと思うと、長い指先がウィルの頬を包み、顔を固定される。冷えた他人の手が、己の温かい首筋に触れたことに、鳥肌が立った。


 覗き込んでくる瞳は、やはり驚きに固まったままで、呟かれた言葉は更に意味不明だった。


「……生きているな」

「何を……」


 これは間違いなく変人の類だとアタリをつけ、ウィルは手をふりほどいて距離を取った。


「車椅子……そうか、ユリウスが連れてきたという女か」


 花道に出迎えた士官の誰かからでも聞いたのか、納得したようなアルベルトは、やや落ち着きを取り戻し、警戒するウィルを見下ろした。


「弟に痛めつけられたようだな。アイツは容赦がない」

「…………」

「わざわざ傷物を連れ帰るということは、それだけ気に入ったのだろうが……」


 再びにじり寄ってくる相手を見上げる。眦の釣り上がった眼が見開かれ、異様な熱を持って爛々と輝いていた。

 そして、伸ばされた右手が顎を捕らえ、男が、正気を感じぬ声で呟いた。


「……美しい」

「……お離しください、アルベルト殿下」


 触れられた先から寒気がし、反射的にその手を退ける。


 拒絶された皇太子は、機嫌の良い猫のように瞳を歪めて笑った。


「見た目より気が強いようだ……まあいい、そういう女は嫌いじゃない」


 すっかり女だと思われているらしい。これは、バレた方がいいのか、バレるとやっかいなのか。

 あまり想定していなかった事態に見舞われ、そろそろと車椅子で後ろに下がりながら対処法を考えていると、ハンドルが壁に当たって停止した。


 だが、男の方は、じりじりと逃げ場を削っていく過程を楽しむように、笑みさえ浮かべながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。


(どうしよう……)


 これ以上後退できないところまで追い詰められ、外面では冷静を装いつつ、ウィルは内心冷や汗を掻いていた。


「――アルベルト殿下」

「……なんだ、サラバンド」


 その時、背後から水を差した声に、アルベルトは急に不機嫌な顔つきになって相手を振り返った。


「こんなところにおいででしたか」


 くぐもった声をかけたのは、入り口付近に佇む、黒いローブ姿の男だった。目深に被ったフードの中の顔はよく見えないが、どうやら、口元を黒い布で覆っているらしい。


「ああ、お楽しみ中のところ申し訳ありません。皇帝陛下がお呼びです」


 あまり悪びれた様子もなく、男は事務的に報告をした。


 その時、うつむき加減だった男が顔を上げ、ウィルを視界に入れた。


「あなたは……アルベルト殿下のお手つきですか?」

「…………」

「ボクが連れてきたんだよ」


 答えたのは無論、ウィルではない。


「これはこれは、ユリウス殿下。ご無沙汰しております」


 黒ローブの男は、もう一方の入り口から入ってきた青年の名を呼んだ。

 だが、広間に入ってきた第三皇子は、男を完全に無視して兄に向き直る。


「そういうわけだから、手出しはやめてもらえるかな、兄さん」


 牽制されたアルベルトは、フードの男に向けていた剣呑な眼差しをパッと切り替え、頭を掻きながら子供のように舌を出した。


「やぁ残念。見つかっちゃった」


 先ほどまで発していた異様な気配が霧散し、第一皇子は、意外にもあっさりと引いた。


「仕方がないな。父上が呼んでるみたいだから行くよ。またね、ユリウス――と、アルテミス」


 去り際にウインクを投げられたのを気持ち避け、特徴的な後ろ姿を見送る。


 残った黒ローブの男はもう一度ウィルを見つめ、第三皇子の方を向き直った。


「ユリウス殿下にもそのようなご趣味があったとは、存じ上げませんでした――では、失礼します」


 含みを持った言葉だけを残し、一礼をして場を後にする。

 彼は、ウィルが男だと見抜いたらしい。


 ……別に女に扮装しているわけではないので、見抜いたという言い方も不本意ではあるのだが。


 よく見たら分かるはずなのに、ぱっと見の先入観で思い込む人間が多いのだ。


「助かった……って言った方がいいのかな?」

「どういたしまして」


 危機を脱し、大きく息を吐いたウィルに、呆れたような声が降った。


「言いつけ破って勝手にうろうろするからですよ」

「それは反省する」


 素直に出てきた反省の弁に、ユーリが肩をすくめて笑い、広間の隅に追いやられたウィルの車椅子を窓辺に移動させた。


「君たちの宮殿では、こんなことが日常茶飯事なのかい?」


 一連の成り行きに対して、あまりにも当たり前のような周囲の反応に、嫌味半分でそう聞くと、平然と返された。


「まぁ、どこで誰がヤっててもボクは驚きませんけどねェ」

「信じられない」

「それだけ荒んでるんですよ、この国は。男は常に気が高ぶってるし。女は戦争では、これくらいしか役に立たないでしょう」

「…………」


 不快な物言いに眉をひそめる。


「それ、本気で言ってるの?」

「……この国の、一般的な男の意見ですよ」


 不快感を隠さずに問うと、相手はやはり、本音を見せない顔で微笑んだ。


 深く息を吐き、ウィルは一度こめかみを押さえた。


「……そういうの、感心しない」

「何がですか?」

「…………」

「一般論と言って逃げようとするコト? それとも、一般論と自論をワザと混同して利用するコト?」


 先を言うべきか迷ったウィルに、ユーリが遊ぶように先回りする。


「――そうやって、言葉で自分を貶めるの」


 その一言に、ユーリの表情が止まった。薄笑いのまま、瞳の色だけが急速に冷めていく。


「……クッ……アハハハハハッ!」


 唐突に吹き出したかと思うと、髪を掻き上げ、狂ったように笑い出した。


「…………」


 ついには腹を抱えて笑い出す男の哄笑を、ウィルはじっと、辛抱強く見守った。


 ソレが彼の地雷なのは分かっていて避けていたのだが、あまりに許容出来ない内容だったので、つい踏み抜いてしまった。


 難儀な男だ、と思う――向こうにも、そう思われていそうだが。


「本当に、アナタ面白い。面白いですよ」


 ようやく笑いが収まったところで、目元を拭ってこちらを見下ろした男の眼は、笑ってなかった。素早く顎を掴まれ、硝子玉のような翠が近づく。


「あんまり見くびらないで欲しいですねェ」


 肌を刺す冷たい気配。言葉のナイフが振り下ろされるのを、ウィルはその眼で見た気がした。


 だが、その刃に傷つけられることは――ウィルは怖くない。


「これ以上くだらないこと言ってると、襲いますよ?」

「出来ないことは言うもんじゃない」

「さぁ? どうでしょう。やってみなきゃ分かんない……って、コレも全部筒抜けなんですよねぇ。アナタは」


 ギリギリまで張り詰めた冷たい苛立ちは、急に雪解けたように霧散した。


 手を離し、両手を上げて道化のように嘆く。


「ヤメたヤメた。馬鹿馬鹿しい。化かし合いにもなりませんよこんなの。ほんと、アナタのそういう所キライですヨ」

「光栄だよ」


 図太く返すと、ホラそういうトコ、とぼやいてユーリは天井を仰ぎ見た。


「まあ、ボクはともかく……アルベルト兄さんの方は両刀なんで、気をつけて下さいね。多分、あなた好みですよ」

「…………」


 だが意趣返しのように与えられた情報に、自分でも顔色が変わったのが分かる。そういえば……サラバンドという男は、「ユリウス殿下にも」と言いもっていたか。


 そのことに気を良くし、ユーリは更にいらない情報を教えてくる。


「ああ、でも彼、生きている人間には、そこまで執着ないんですよね」

「……あまりその先は聞きたくないんだけど」

「いい年こいてお人形遊びが好きなので」

「聞きたくない……」


 うんざりして拒否するが、ユーリは構わず続けた。


「皇室専属陶磁器工房は、今や兄の理想のお姫様を作るための実験場ですよ。……まぁ、彼の要求があまりにも高いので、死に物狂いにそれに応えさせられる職人たちの技巧がうなぎ上りに上達して、特産品としての価値が上がっているという説もありますけど」


 思わぬ副産物……と言っていいのだろうか。確かに、シュヴァルトの伝統工芸である陶磁器は、国外でも芸術的評価が高い。


「なんでもちまたの噂では、アルベルト皇太子殿下の最終目標は、等身大の陶磁器人形を作って、サラバンドに魂を吹き込んでもらうことだとか……」

「それは噂だろう」


 噂であって欲しい。


「一日中、血の通わないお人形に囲まれてニヤニヤしている兄貴です。正直近寄りたくありません」


 感想が表情に出ていたのか、ユーリが人の悪い笑みを浮かべた。


「まあそんなんだから、ジークがお気に入りなんですよ。分かるでしょう」


 分かるだろう、と言われても、特別分かりたくはないが――目の前の青年と同じ容姿でも、表情に乏しく口数の少ないジークは、確かに人形じみていると言えなくもない。


 ウィルは大きく溜息をつき、手で額を覆った。


「君のお兄さん、かなり危なくないかい?」

「ボクが知る限りでも一、二を争う変態ですよ」

「…………」


 もう絶対に近づかないようにしよう、とウィルは心に決めた。


「……少し疲れたかな」

「……今、シュヴァルトの王室は倒錯者ばっかりか、と思ったでしょう」

「そんな心、読まなくていいよ」


 また一つ、情報が蓄積されてしまった。






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