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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第六話 帰還(2)



 表宮殿に客間を用意させ、ウィルとフィオナをそれぞれの部屋に案内したユーリとジークは、彼らに、くれぐれも一人では出歩かないよう言い含めた上で、謁見の間へと向かっていた。


 さすがに、皇帝には帰還の報告をしないわけにはいかない。


 スヴァログ宮殿は表宮殿と奥宮殿に分かれ、奥宮殿には皇帝陛下が、表宮殿には一部の将校と、第一皇子以外の皇子が住んでいる。


 彼らは皇室である以前に軍人であり、兵舎に詰めてる武官たちと同様の生活を強いられる。


 表宮殿に女性が立ち入ることはあまり好まれず、一部将校の妻子と皇室の女性たちが通う程度で、下働きは、階級の低い士官の役割だ。


 必要な女手は、主に奥宮殿か、第一皇子の住まいである離宮に詰めている。


 君主以外皆臣下とされるシュヴァルトでは、初めから王位継承者として扱われるのは長子のみであり、以下の継承順位者は、武官として徹底した実力主義の階級社会を這い上がっていかなければいけない。


 これは、例え同じ腹から生まれた兄弟――双子であっても例外ではく、事実、ユーリの階級が大尉であるのに比べ、兄のジークは、成人年の十五歳には既に少佐にあり、現在――正確にはこの国を出奔する前の17歳の時点で、大佐だ。


 数年前に改装を終えたばかりの、真新しい宮殿の床を踏み進めている途中、二人は、廊下でその人物に出会った。


「やぁジークフリート、ユリウス」


 気軽に右手を挙げた男は、揃いの黒い軍服姿しか見えない表宮殿にあって、異色のきらびやかな衣装を纏っていた。


 天鵞絨(ビロード)をふんだんに使った典雅な濃紫の長衣は、表に華美な金銀刺繍や縁飾りが施され、裏地には貂の毛皮が使われていた。


 広袖に、床に引きずりそうな長裾の衣装は、この国の伝統装束だが、非効率を嫌うバルドゥル皇帝が、男が着るには装飾過剰、動き辛いとして、聖職者や一部の職業の者達を除き、勅令により着用を禁止していた。


 現在は、聖職者、教会に仕える者、土地を耕す農民を除く全ての者は、西大陸風の上着とズボン、靴を着用することを義務付けられ、これを違反した者には罰金が科せられる。


 また、宮廷に仕える男達には、身分によって規定の制服が定められていた。


 そんな中で、皇帝の勅命に背き、華美な伝統装束で宮廷内を練り歩いて咎められることのない存在は、次の王である彼以外に他はない。


「おひさしぶりです。兄上」

「どうも」


 直立の姿勢で挨拶をする兄ジークの隣で、弟のユーリはいつもの猫背のまま軽く会釈をする。


 彼らの兄――第一皇子アルベルトは、母を同じくする妹のアンネリーゼとよく似た、猫のような目を細めて笑った。


「タイミング良く会えたな。今から、そちらに向かおうとしていたところだ」

「わざわざ足を運ばれなくても……」


 控えめに呟いたユーリに、アルベルトは笑顔のまま応えた。


「こちらから出向かないと、きっと弟たちは挨拶にも来ないと思ってね」

「………」

「そんなことありませんヨ」


 ジークは無言を貫き、ユーリの方は棒読みだ。


 ある意味正直な弟たちの反応に、アルベルトはさほど気分を害した様子もなく、話を続けた。


「それにしても、急に帰ってくるっていうんだから驚いた。もちろん兄としては、可愛い弟達が帰ってくるのは嬉しいけど、どんな心境の変化かな?」

「そろそろほとぼりが冷めた頃かと思って」


 探るような兄の眦を見返し、答えたのは弟の方だ。


 なるほどなるほど、と軽いノリで頷いているアルベルトは、どうやら機嫌がいいらしい。


 この変わり者の長男の出で立ちを見て、よく誤解する者がいるが、彼が、現皇帝と対立思想を持つ保守派、懐古主義であるかというと、別段そういうわけでもない。


 祖国の伝統に拘る一面を見せながら、彼には、グレイスの芸術的な鏡や家具、アルファザードの華やかな宝石細工を好み、先進的なサン=フレイアの哲学、経済学に傾倒するという顔も存在した。


 つまるところ彼は、彼の感性にのみ従って行動する――規律に縛られたこの国にあって、唯一の自由人であった。


「まだ災厄がどうのこうのって言ってるんですか?」

「うん? そういえば最近は聞かないな。お前たちが出て行ってからは、特に後を追うような話もなかった」


 軽い探りを入れたユーリに、アルベルトは思い出したように首を捻りながら答えた。嘘を言っているようには聞こえない。


「へェ……?」


 その報告に、翡翠の眼差しがすいと細められる。


「だいたい、私もあの予言はどうかと思ったのだよね。『双子の皇子は災いとなるため、片方は殺すべき』だなんて、仮にも皇室の血統に向かって、全く横暴に過ぎるじゃないか」

「ま、仮ですけど」

「……その予言を皇帝が受け入れたのですから、横暴も王命になるのでしょう」


 肩をすくめたユーリの隣で、ジークが静かに口を開く。


「おや、やっと挨拶以外をしゃべってくれたな。私のお人形」

「…………」

「あなたがそういうことを言うから、こいつがどんどんしゃべらなくなるんですよ」


 嬉しそうに言ったアルベルトに、ジークが再び貝になった。結局、ユーリが会話を繋ぐことになる。


「んー、そうかい? じゃあ、聞きたいことがあるなら、ジークから聞いてごらん。何でも話してあげるから」

「…………」


 嫌がらせ以外なにものでもないが、こうなると措置がないので、ユーリは場を放棄した。


 だが、これはある意味有利な状況でもある。


 無論、この好機を、双子の兄が個人的な感情で逃すはずはなく、ジークは表情のない声で問うた。


「……エルドラドへの進軍ですが」


 どこから聞いたのかも、どういう意図で聞いているのかも悟らせない。彼の口数の少なさは、こういう時に武器になる。


「兄上はどうお考えですか」

「うん? 結構じゃないか」


 皇太子は、あっさりと答えた。


「サラバンドの言う通り、今しかないと私は思うよ」


 サラバンド、という名にあえて2人は無反応を決め込んだ。

 弟達の様子をうかがう素振りも見せず、アルベルトは続けた。


「確かに婚約を断られたのは出兵の口実にはなるが、とはいえ、今エルドラドを侵攻する意義は薄いと思ってたんだ。まだ特銃隊も十分に育ってないしね」


 確かに、兵力を考えればエルドラドの侵略は容易いが、後ろにアルファザードが控えていることを考えると、今東西の均衡を崩すことに大きな価値があるかと問われれば、疑問の残る部分ではある。


「だがあの男、どんな魔法を使うつもりか知らないが、三千丁の最新式の狙撃銃(ライフル)を用意してみせると言った。手始めにだ」

「…………」


 三千もの狙撃銃兵隊。今、それ以上の数を確実に保持していると言えるのは、サン=フレイア王国のみだ。


「そこにきて、法王陛下がご体調を崩され、聖日祭の式典を欠席されたとの報だろう。教皇選挙が現実的に近づいている今、この時期の西大陸侵攻は、枢機卿団に対するいいプレッシャーになる」


 やはりその狙いか――とは、双子のどちらも口には出さなかった。


 かつて、『教皇の溜息で大陸が揺れる』とまで言われた時代に比べると、アース教会の威光は陰りを見せており、弱まった信仰心の代替として、イザヴェル皇室は婚姻によって、大陸国家との同盟関係を強化した。


 その一環として、シュヴァルト帝国とイザヴェル皇国の王室間でも婚姻が交わされ、現シュヴァルト皇帝の妻の一人に、イザヴェルの公爵家の血を迎え入れ、入れ替わりに、皇帝の妹を同公爵家に嫁がせた。


 その、イザヴェルの公女がユーリたち双子の実母であったりするのだが、この場合重要なのは、イザヴェル公爵家に輿入れした現皇帝の実妹の方だ。


 直系断絶の危機に立たされ、教皇選挙(コンクラーベ)が現実的な今、彼女の未成年の息子が、候補の一人に上がっているのだ。


 現教皇位の崩御による新教皇の選出の場合は、無論未成年でも戴冠できるが、少なくとも成人までは、政治的判断が未熟ということで摂政がつく。


 摂政には主に近親者――多くの場合、母親もしくは父親がつき、実質的な権力をふるう。


 だが母親が摂政となることを考えた場合、軍事力によって周辺諸国を脅かす帝王の妹という人物が、その立場に立つことには難色を示す者が多く、全枢機卿の賛成が必要となる教皇位選出は、現実的には旗色が悪かった。


「エルドラドを抑えること自体は、今の戦力でも難しくはない。アルファザードとの対決姿勢が固まる前に、三千の特銃隊が間に合えば、政治上の我が国の勝利は、確定だと思わないか?」


 アルベルトは饒舌だった。機嫌の良い猫の目で語る言葉は、するすると耳に入ってくる。


「何も、実際の戦火の中で勝利をもぎ取らなければいけないわけではない。特銃大軍を振りかざし、臆病な僧侶達に、我が国の軍事力と優位性を示威できれば十分だ。あの男は、そこまで考えているよ」

「…………」

「その後、軍をどう動かすかは、サン=フレイアがどう出るかによっても変わってくるが――160年ぶりの教皇選挙が行われるこのタイミングで、西大陸に攻め込む口実と、戦力、教皇の病状悪化という政治不安が重なった。揺さぶりをかけるには、絶好のチャンスだ」


 そう一気に語った兄が紡いだ次の言葉は、どこかで聞いた覚えがあるものだった。


「まさに天啓だと思わないか?」

「……教皇陛下が重篤であらせられるかもしれない状況を、そのように表現するのは、いささか不謹慎かと」

「なあに。すぐに相応しい新教皇陛下が立つのであれば、不謹慎なことなど何もないさ。時代が変わる節目を迎えているというだけだ」


 静かにたしなめたジークの言葉にも、アルベルトが堪えた様子はない。


「その時代の潮流が、我々を向いている。新しい時代の日の出は、シュヴァルトから昇るのだろう」


 最後まで上機嫌に語った兄は、久方ぶりの弟たちとの語らいに満足したのか、ばいばーいと陽気に手を振り去っていった。


 その背を見送り、ユーリは不景気な声で呟いた。


「あの口ぶり……」

「ああ」

「あたかも自分の言葉のように語ってるけど、完全に洗脳されてるね。あの魔法使いと話している気分だ」


 不快さを隠さずに吐き捨て、ユーリは大きく息をついた。


「……まぁ、無難にやり過ごせたっちゃ、やり過ごせたか」

「ああ、十分だ」


 皇帝謁見の前に、一つの大きな障壁は乗り越えられたということだ。


「フィオナたちには触れられなかったね」

「……まだ情報が届いてないんだろう。いずれ突いてくる」


 ジークの言は的確だったが、的確だからと言って、別段喜ばしいものでもない。


「さて、どうやって誤魔化すか」

「勝手に外に出るなとは言い含めてある」

「まぁそうだけど、それもどこまで効果があるか」


 この宮殿の特殊性を、彼女たちは十分に理解していないはずだ。


「あの二人、この城が自分たちにとってどう危険なのか、ちゃんと分かってないと思うんだよねぇ」

「…………」


 ジークの無言が、この場合は同意を表していることを、ユーリは知っていた。







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