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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第五話 帰還(1)



 双子の皇子の帰還は、ヴェルクソンで遭遇した特銃隊から、すっかり報告が回っていたらしい。


 宮殿に足を踏み入れた四人を待っていたのは、幅広の廊下を埋め尽くす、黒隊服の男の花道だった。


『おかえりなさいませ! ジークフリート殿下、ユリウス殿下!』

「………………」


 野太い声が唱和する。


 寸分狂わぬ角度で揃った軍隊式の敬礼で迎える男衆に、圧倒されて言葉も出ないフィオナの隣で、ユーリが顔を引き攣らせた。


「……ウルサいんだけど」


 間違いなくうるさいのだが、誰もがこの場ではその感想を控えていた。

 正直な呟きの後、ユーリはガシガシと頭を掻いて嘆いた。


「あーやだやだ。相変わらずむさい男所帯」


 確かに彼の言葉通り、見渡す限り、そこには男しかいなかった。

 用意された花道を前に、心持ち身体を小さくするフィオナ。何となく、向けられる視線が怖かった。


「あの……ジーク、この宮殿には、女の人はいないの?」

「……この表宮殿は、主に応接や政務のために利用されている。詰めているのは一部の将校だけで、特に女手を必要としていない。奥宮殿の方は、皇帝の居住区だ。必要な女手はこの奥宮殿と、離宮に詰めている」


 つまり、ここには女性はいないのだろう。


「女性がいては駄目、というわけではないのね?」


 その質問には、回答に少し間があいた。


「……禁止されてはいないが、一部の身分の女性以外は、ほとんどこの表宮殿には立ち寄らない。あまり推奨されてもいない」


 何とも微妙な言い回しだ。


「それはどうしてかしら?」

「……女性がいると城内の風紀を乱す――からだそうだ」

「はぁ」


 今ひとつ釈然としないまま、フィオナが間の抜けた相槌を打つと、隣を歩いていたジークの視線が降りてきた。


「……お前も十分に気をつけろ」


 何をどう気をつければいいのか。


 忠告されているのか、心配されているのか判断に迷う言葉だ。


「ユリウス殿下、ジークフリート殿下、お荷物を部屋にお運びします」

「ああ、これはいいよ」


 慇懃に二人の手荷物を取り上げた武官から、ユーリは一つだけ袋を取り戻した。小脇に抱えられる程度の、あまり重くはなさそうな袋だ。


「そちらの女性は……」


 チラ、と荷物持ちの武官に視線を向けられ、フィオナは顔を逸らした。


「俺たちが運ぶ。手出しはするな」

「はっ」


 短く言い放ったジークに、男が敬礼で応える。


 ユーリの方はウィルの車椅子を押しながら、すでに花道を歩き出していた。その後を追いながら、フィオナは聞いてみた。


「ユーリ、それは何が入ってるの?」

「んー。お守り?」

「……何の?」

「何だろ。災厄回避かな? 主に女難?」


 何を言っているのか、全く意味が分からない。


 それ以上深く突っ込むのはやめて、フィオナが息をつくと、ちょうど花道が途切れた辺りで、この場においては異色な、軽い足音が聞こえてきた。


「ジークお兄様、ユリウスお兄様!」

「おっと」


 飛び出してきたその人物は、勢いよくユーリの胸に飛び込んだが、ユーリの方は、危なげなくそれを受け止めた。


 波打つ灰色の髪を高い位置で二つくくりにしたその少女は、フィオナと同じ年頃に見えた。髪の結び目には、大きなリボンが飾られている。

 くりくりとカールした濃銀の髪に縁取られた輪郭は、まだ幼さを残しながらも、女性らしい艶やかさが見え隠れしていた。


「ただいま、アンネリーゼ」


 ユーリが、絡みついて離れない少女を引き剥がしながら、名前を呼ぶ。


「……妹だ」


 蚊帳の外に近いジークが、手短に説明してくれる。


(そういえば、前にお兄さんと妹がいるって……)


 以前、一度だけジークが家族のことを話してくれた時のことを思い出した。

 尖った細い顎と、つり目気味の大きなアイスブルーの瞳が猫っぽい少女は、顔はあまり似ていない気がしたが、カールした長い髪は、ユーリたちと同じ濃い銀色だ。


「ねぇユリウス兄様! 色んな国を回られていたのでしょう? お話聞かせて」


 ユーリの右腕を取り、少女は冬の湖のような瞳をキラキラと輝かせた。


「今夜は寝かせませんのよ!」


 ませた物言いに苦笑しながら、ユーリが妹の頭を撫でる。


「忙しくてね、また今度」

「ええー」


 子供っぽくふくれる少女が、兄の腕を解放する気配はない。


「アンネリーゼはいくつになるんだっけ?」

「来月で十五歳ですわ。もう立派なレディですのよ! ユリウスお兄様とも結婚できますわ!」

(出来ないと思う……)


 アース教は、親兄弟の結婚を禁じている。

 たが口を挟んではいけない気がするので、フィオナは心の中でだけで呟いた。



「レディなら、レディらしい振る舞いを見せて欲しいな」


 そう言われ、それまで威勢の良かった少女がひるんだ。翡翠の瞳が下の方にある少女の顔を見下ろし、試すように微笑む。


「男の仕事の邪魔は、レディのすること?」

「う……」


 アンネリーゼが反駁を飲み込んだ。だが、それで大人しく引き下がる玉ではないようで、兄の手を繋いだまま一歩下がり、対峙するように見上げる。


「じゃあ……じゃあ、交換条件ですわ」


 必死に言葉を巡らせるようにして、アンネリーゼは訴えた。


「大人の恋の駆け引きですのよ」


 何か違っているような気がする。


「キスしてくれたら、邪魔しないであげますわ」

「…………」


 臆面もなく言い切った少女の提案に、ユーリが眉を下げた。


 その、珍しく正直な、呆れたような困ったような顔は、相手が実の妹だけに、いつものような煙に巻き方が出来ないからだろう。


 周りに視線を巡らせると、車椅子のウィルは、彼がこの窮地をどう切り抜けるのかを、興味津々というように見ている。

 ジークは全く無関心としか思えない無表情で、傍観体勢だ。


「分かった。キスしたら満足してくれるんだ?」


 結局、兄の方が折れる。


 了承の言葉を引きずり出したことに、少女は目を輝かせて念を押した。


「ちゃんと唇よ! 分かってるわね?!」

「はいはい。じゃあ、目をつぶって」


 促され、アンネリーゼは素直に目を閉じた。


 少し顎を上向け、唇はわずかに震えて、兄の薄い唇が落ちてくることを期待して待っている。

 ユーリが細長い身体を折り、アンネリーゼの頬のあたりに唇を寄せた。


「アンネリーゼ……」


 耳元で、擦れた声で囁く。

 アンネリーゼの頬が、一気に紅潮した。


「ちゅぅ。」

「…………」


 間抜けな効果音付きで、妹の唇を奪ったのは、兄――ではなく、彼が手にした白いぬいぐるみだった。

 その感触に違和感を感じ、目を開けたアンネリーゼが、目の前に広がった毛むくじゃらの顔に悲鳴を上げた。


「にいさま!?」

「こんなのに引っかかるようじゃ、まだまだレディとは言えないねぇ」


 ケラケラと笑うユーリに、先ほどとは別の意味で顔を真っ赤にして、少女は目の前の白ウサギを睨みつけた。

 子供をあやすようにウサギの手をいじりながら、ユーリが笑いかける。


「おみやげ。アンネリーゼの好きなウサギ」


 その白ウサギは、四肢と首に可動域があり、座ったり手足を動かしたりすることが出来るもののようで、お人形よろしく服を着ていた。

 凝った刺繍の入ったドレスはお姫様のようで、ヒラヒラしていて可愛らしい。


(あ、そうか。これウィルが……)


 ウィルは、裁縫や刺繍が得意だ。トロイに入る前に、ユーリがウィルに頼んでいたのはこれだったらしい。

 そういえば夜、宿に泊まる度に、ウィルが何か内職をしていたのを思い出す。


「あ、ありがとうございます……」


 女性、というよりは、やはり年の離れた妹という扱いの贈り物ではあったが、それはそれで嬉しかったらしい。

 おめかしをした白ウサギを受け取り、顔を赤くさせたまま抱きしめる姿は、とても可愛らしかった。


(あ……だからお守りなんだ)


 今更ながらに気付く。


 つまり、アンネリーゼ対策。


 ……なんというか、そつがない。


「これくらいの貢ぎ物は、紳士の嗜みってやつだよ」


 感想が顔に出ていたのか、目が合って微笑まれる。いつもの、何を考えているのか、よく分からないやつだ。


「さ、今のうちに……」

「ところで、ユリウス兄様」


 そそくさと退散しようとしたユーリを引き止めた声は、鋭かった。


 その切り替えの早さに感心してしまうが、矛先は心配していたようにフィオナに向いた。


「そちらにいる女性たちは、何者ですの?」


 たち、というからには、ウィルも入っているのだろう。

 本人には申し訳ないが、今更驚く気にもならず、また誰も訂正しなかった。


「おトモダチ」

「は、はじめまして……」


 ユーリの紹介に、名乗って良いのだろうか、と思い、しどろもどろに挨拶をする。


「いい」


 だが、止めるように発せられた短いジークの言葉で、彼女と積極的に関わる必要がないのだと理解する。

 それ以上は何も言わないよう口を閉ざすが、目が合った瞬間、少女の眦が一気に釣り上がった。


 間違いなく、敵認識された瞬間だ。


 続いて睨むように目を向けられたウィルは、こちらはそつなく一言も発さずに微笑みで返す。

 すると、ぐっ……とひるんだように、アンネリーゼが息を飲んだ。その隙に、


「うわっ?」


 ユーリに車椅子を急発進され、ウィルが驚く。


「行くぞ。もういい」

「あ、でも……」


 フィオナの方も、やや強引にジークに背を押される。


「兄様!」


 背中にかけられる声を振り切り、半ば駆け去るようにして、四人はその場を後にした。







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