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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第二章・シュヴァルトの慟哭
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第三話 旅路(3)



 急ぎ国境を越えた一行は、エルドラド王国の中継都市で一泊した後、東方三国の一つヴェルクソンとの国境沿いへと差しかかった。


「……現在のヴェルクソンの情勢は分からないが、地方の町ほど治安が悪化している可能性がある。今日はエルドラド側で一泊して、明日は少しかかるが、一気に首都まで足を伸ばす」

「そうだね、君の判断に任せるよ、ジーク」


 ジークの判断をウィルが受け入れる。


 言葉通り、国境沿いの町で一夜身体を休めると、四人は日の出と共に出発した。


 シュヴァルト帝国とエルドラド王国の間に、縦に並ぶニーチェ、ヴェルクソン、ディルタイは東方三国と呼ばれ、現在はシュヴァルトの圧政の下、属国という扱いを受けていた。


「この辺りは、この時期はまだ寒いのね」


 町で買い足した外套を着込んでも肌寒さを感じ、フィオナは手をすりあわせながら呟いた。そのままジェードのたてがみに、もそもそと手を入れると温かいことを発見する。


 四人は、エルドラドを斜めに横切って確実に北上していた。

 気温は低下していたが、それ以上に、吹きすさぶ寒風が身に染みる。


「ニブルヘイム大山脈からの寒風が流れ込んでるからねェ。エルドラドは、まだ北側にヒンダル山脈が挟まってるから、暖かいけど」


 答えたのは、月毛馬を繰るユーリだ。


 エルドラドと東の国境を接するニーチェとヴェルクソンの北部には、ヒンダル山脈が横たわっており、エルドラド王国との自然的な国境となっている。

 一般的には、この山脈から東が、東大陸と区別されていた。


 早朝に出たというのに、目的の都市についた時には、もう日が暮れかけていた。


 さすがに疲れ果て、身体が休息を訴える。

 だが宿を求めようにも、入都した先の街並みは、惨憺たる有様だった。


「…………」


 フィオナは唖然とし、疲労も忘れ、ヴェルクソンの首都を凝視した。


 都心部を貫くという大通りに広がる光景は、廃墟と言っても良かった。

 通り沿いに立ち並ぶ建物の堅牢な壁が、何が落ちたのか想像もつかないほどに抉れ、へしゃげている。


 中には二階部分の角が完全に崩壊しているものもあり、路傍に飛び散った瓦礫は、片付けられもせずに北風に嬲られていた。

 目につく限りでは、一階のほとんどの窓が割られ、硝子の破片が飛び散ったまま、無人の廃墟が続いている。


「なに、これ……」


 乾いた唇がようやく紡ぎ出した声は、やはり乾いていた。


「……この都市は征服後に、民衆の蜂起が繰り返し起こった。一度大規模な市街戦があって。このあたりは大砲も何発か打ち込まれた」

「大砲……?!」

「被害が大きいのはここだけだ。もう少し行けば、都市として機能しているエリアがある」


 ジークに淡々と伝えられる情報はフィオナの理解を超えており、馬上から呆然と、灰色の街並みを見下ろすしかなかった。

 市民が住む都市に、国が大砲を撃ち込むことがあるのか――その事実に戦慄する。


 黙々と馬を進めると、確かに、無人かと思われた街に、ポツポツと人の姿が見えてくる。だが誰もが通りの端を遠慮がちに歩き、顔を伏せて背中を丸めていた。


 一体、何に怯えているのか――そう思った時、突然、何かが弾けるような音が聞こえた。

 同時に、どこからか悲鳴が聞こえた。


「何、今の音…!?」

「銃声だ……」


 驚くフィオナに答えたのは、すぐ後ろを歩くサミィに乗っていたウィルだった。


「銃声……!?」


 繰り返したフィオナの背中で、ジークが舌打ちするのが聞こえた。


「まずい。馬を下りるぞ」


 有無を言わさず、ジェードから降ろされる。ユーリの方は、既に車椅子を降ろしてウィルを乗せていた。


「近くで発砲があれば、サミィが暴れるかも」

「ああ」


 ウィルの懸念に、ジークが素早く頷き、2頭を連れて無人の建物の裏に回った。


「……ジェードに任せてきた」

「上手くなだめてくれるといいね」


 わずかな時間で、ジークが1人で戻ってくる。どうやら、裏の離れた場所に2頭を繋いできたらしい。

 場を和ませるように、ウィルが少し微笑んで言ったところで、フィオナの耳にも軍靴の音が届いた。


 ジークが、フィオナの肩を引いた。そのまま、壁に張り付くようにして立たせる。ユーリもまた、ウィルの車椅子を壁につけ、自身も壁を背に立った。


 見れば、通りを歩いていた人々が、皆同じように壁に張り付いてじっとしている。


「何……?」


 その異様な光景に、正体不明の不安が膨らむ。

 律動的な軍靴の行進が音として近づき、いよいよ息が詰まったところで角から姿を現したのは、漆黒の軍服に身を包む小隊だった。


「あれは、特銃隊――王室陸軍特別銃兵部隊だよ」


 低く落とした声は、フィオナの右隣に立つユーリのものだ。


「特別銃兵部隊……!?」

「動くな」


 思わず声を上げかけたフィオナを、左隣のジークが黙らせた。


「……じっと建物の壁に寄って立て。通りの方を向いて。顔は下げていい。うかつに逃げれば、やましいことがあると思って撃たれる」

「そんな……」


 助言された内容の理不尽さに、行動では従いながら反発する。

 確認などという作業もなく、ただ、怪しいと思った瞬間に撃たれるのか。そんなことが、あっていいのか。


「……奴らが持っている狙撃銃(ライフル)は、従来の銃器とは命中精度と連射力が格段に違う。いっそ、別の武器だと言ってもいい」

「そんなものが……」


 そんなモノがあるのか。フィオナも、戦場で使われる銃器の存在は知っているが、その性能や種類にまでは詳しくない。


「あいつらは、天上人が作った、あの珍しい玩具を見せびらかしたい。撃ちたくてしょうがないんだ」

「…………」


 右の耳元で囁かれた補足に言葉をなくす。


 銃器という武器は、アースガルダ大陸よりずっと南の土地で、遙か昔に発明されたもので、海を介して大陸に伝わってきた。

 そのため、この大陸で最初に銃を手にしたのは、貿易商人の顔を持つサン=フレイア人である。


 ウィルは、先ほどの音を聞いて、すぐに銃声だと判断した。

 実際、彼の国に、その武器がどれだけ普及しているのかは分からないが、大陸国家とサン=フレイア王国の決定的な差の一つに、兵器技術力の差が挙げられるのは確かだ。


 その天上の島で作られたという兵器を、サン=フレイア王国から最も遠い、最も危険な国の軍隊が、隊列を成して抱えているという現実に、足がすくむ。


 呼吸の音すらはばかられるような緊迫感の中、一糸乱れるぬ動きで大通りを行進する小隊が通り過ぎるのを、ただひたすら祈るように待つ――


 その緊張感に耐えかねたように、突然、一人の女の子が悲鳴を上げて路傍から飛び出した。


「馬鹿!」


 その少女を罵倒し、親らしき男が後を追いかける。

 間を置かず、銃声が響いた。


「……ッ」


 その鋭く凶悪な音を間近で聞いて、声を上げそうになったフィオナの口を、ジークの手がふさいで防ぐ。


「声を上げるな」


 それはジークの静かな声だったが、大通りで足を撃ち抜かれて転がった男もまた、腕の中に抱え込んだ女児に同じことを訴えていた。


「ひっ……うぅ……っ」

「泣くな、泣くな、泣くな」


 娘を地面に押しつけて庇い、窒息するのではないかという勢いで口をふさいで、必死に囁き続ける。


 その父親の左足からは、止めどなく赤い血が流れ出しており、激痛であろうに、男は悲鳴一つ漏らさなかった。


 喚けば、殺される。


 全身でそう言っている男に、知らずこちらも息を止めていた。こちらが指先一本でも動かせば、あの男の身体に穴が開く――そう錯覚するほどの強迫観念に縛られ、微動だに出来ない。もとより、恐怖で足がすくんで、動くことなど出来なかったが。


 息が詰まる沈黙が続く。黒い小隊は行進を止め、男と少女の様子を観察しているようだった。


 ああ、撃ちたいのだ、彼らは。


 先ほどのユーリの囁きの先入観か、フィオナは彼らのその行動を、そう理解した。

 その理不尽に怒りと哀しみが湧き上がり、声を上げそうになる己を紛らわそうと、視線を彼らから外して周囲を見回した。


 壁の染みのように直立する人々は、誰も何も見てはいなかった。少女の泣き声も、父親の苦悶も、何も聞こえないように、誰もが俯いたまま動かない。


 涙が出た。


 それは、恐怖というよりも、このあまりにも残酷で身勝手なその他大勢の一人に、自分もなっている――ならざるを得ないという悔しさからだった。


「泣くな」


 静かな声は、すぐ左の耳元に落ちた。

 だが、そこに優しさが混じっていたことがいけなかった。


「うっ……く」


 堪えきれず零れた泣き声に、幾人かの兵隊の視線が移動する。


「顔を伏せろ」


 ジークの短い指示に従い、フィオナは深く俯いた。


「おい、そこの女。顔を上げろ」


 声をかけてきたのは、先ほど男を撃った兵隊だった。


「上げるな」


 恫喝的な命令口調に思わず顔を上げかけ、ジークに止められる。

 フィオナの口をふさいでいた手を下ろした代わりに、強い力で腕を掴まれる。


 命令を無視するフィオナに、黒服の兵士は律動的な動きで近づいた。その腕には、長い銃身の、黒光りする兵器が抱えられている。


「おい、顔を上げろと」


 真向かいまで近づいた男の腕が伸び、強引に顎を掴まれた。


「……っ」


 到底抵抗しきれる力ではなく、顔を上げかけた時、左にいるジークに掴まれていた感触が消え、彼の右腕が動いたのが見えた。


「ずいぶん横暴だね」


 だが、声は右手から聞こえた。


「なんだと……?」


 男の動きが止まり、少女の右に並び立つ、顔を伏せたままの青年に目が向く。


「その子の顔を上げさせて、どうしたいワケ」

「……貴様、無礼だぞ!」


 揶揄する声に、兵士が憤怒に目をつり上げ、拳を振り上げた。


「………なっ?!」


 だが、青年は顔を伏せたまま、その腕を掴んで止めた。そして、冷ややかな声と共に顔を上げる。


「無礼? どっちが」


 人形のような美貌に、作り物めいた笑みを貼り付けた青年に、男は腕を掴まれたままおののいた。


「おま……あ、あなたは……っ」

「――とりあえず一発」

「あぐっ……?!」


 外套のポケットに手を突っ込んだまま、ユーリが長い足を振り上げ、隊士のみぞおちを突き飛ばす。


 不意を打たれよろめいた男は、無様に尻餅をつき、己が手を上げた人物を凝視していた。


「無抵抗な一般市民への発砲を許可したのは誰だ?」

「いえっ、あの、そのっ」


 声の冷ややかさとは対照的に、緊張感のない足取りでひょこひょこと近寄る青年の顔は、もう笑っていなかった。


「言え」


 真顔で見下ろされ、兵士が凍りつく。


「きょ、許可ではありませんが」


 もつれる舌で何とか言葉を紡ぎだし、自己弁護を試みる。


「あ、怪しい挙動がある者があれば、迷いなく撃てと」

「怪しい挙動? 銃が怖くて逃げ出した女の子が、おまえの中では怪しい者なんだ」

「そ、それは……っ」


 言い訳を皆まで言わせず、ユーリは男から狙撃銃(ライフル)を取り上げた。

 それこそ玩具でも弄ぶようなぞんざいな扱い方で構え、照準を合わせる素振りを見せる。


 後方で立ち尽くす特別銃兵部隊を、銃口で軽く撫でると、怯えるように黒い軍隊がさざめいた。

 その滑稽な姿に薄く笑みを刻み、ユーリは銃口を目の前で座り込む男の頭へと向けた。その男の顔が、恐怖に引き攣る。


「何回かしか撃ったことないけど、この至近距離なら、外しようがないか」

「やっやめ……」

「ねェ、皇室の人間に手を上げた者は、怪しい者でいいよネ」

「それは、知らっ、知らな……」

「知ってる? この国じゃ、怪しければ罰せられる。知らないは有罪なんだヨ」


 見苦しい自己弁護を切り捨て、第三皇子は、最後通告を放った。


「死んでイイよ、お前」

「ぎゃぁぁぁぁッ!?」


 銃声と断末魔の悲鳴が重なり、フィオナは身をすくめて耳をふさいだ。


 ――だが、銃弾に頭部を狙われたはずの男の悶絶は続いていた。


 恐る恐る顔を上げると、天に向けられた銃口が硝煙を上げている。

 そしてユーリの足下では、股間を踏み抜かれた男が、地獄のような痛みに大通りを転げ回っていた。


「ユリウス殿下、ジークフリート殿下!」


 だが誰もその哀れな兵隊には目もくれず、残る特銃隊は二人の皇子に駆け寄り、膝をついて頭を垂れた。


「お戻りとは知らず、大変無礼なことを」

「そうだネ、おまえらの無礼な振る舞いを散々見せられて、とっても不快だヨ」

「はっ……」


 その嫌味には、なじられた兵士だけでなく、全員が下げようのない頭を更に下げた。


 その姿は、皇族を前にした敬意というだけでなく――明らかに怯えていた。


 牙狼王バルドゥル帝王の血を濃く受け継ぐ、冷酷な三人の皇子。


 いつか聞いた、その言葉を思い出す。


「――で、この件はとりあえず属州総督に上げとけばイイワケ? ……あ、めんどくさいから大将軍でいいか。どうせ会うし」

「そ、それは……」


 顔を上げた隊長格らしい兵隊が、凍る眼差しで見返され慌てて顔を伏せる。


「……御心のままに」


 呻くようにそう答える。一個小隊に跪かれていたユーリは、背後を振り返り、いまだ壁際で事態を傍観する兄を見た。


 その視線を受け取り、ジークは特銃隊を一瞥すると、短い言葉を発した。


「……失せろ」


 その指示とも言えない命令に、小隊が弾かれたように立ち上がり敬礼する。隊長格が号令をかけ、すぐさま回れ右をして、行進で来た道を戻っていく。


 隊列は崩さず、だが逃げるように去っていった特別銃兵部隊の姿が角を折れ見えなくなった瞬間、蜘蛛の子を散らすように、道ばたに整列していた市民たちが逃げた。


 誰も、悪名高い皇子たちに近づきたいとは思わないのだろう。


 いつの間にか、片足を撃たれた男と女の子も消えていた。

 乾いた道ばたに真新しい血痕が転々と続いているが、この跡を追って、見舞いに来て欲しいと、彼らが思っているとは到底思えなかった。


 縫い止められたようにその場から動けぬまま、生々しい血痕を見下ろしていると、濃い銀髪を後ろで一つに束ねた青年が、ひょこひょこと近づいてきた。


「大丈夫? お姫サマ」

「……ッ」


 伸ばされた右手が頬に触れかけ、身をすくめたフィオナに、触れようとした手が止まる。


「…………」


 不自然な沈黙の後、


「ああ、ボクに怯えてんのか」


 ユーリは、軽く小首をかしげて笑った。


 いつもと同じ、人を煙に巻くような曖昧な笑み。


「ちが……っそうじゃ……」

「無理しなくていいヨ」


 慌てて弁解しようとするが聞いてもらえず、ユーリはそれ以上フィオナに近づこうとはしなかった。


「馬取ってくる」

「ああ」


 兄弟で短い会話を交わし、フィオナの前を通り過ぎる。

 前髪を掻き上げ、溜息をついた弟の背中が遠ざかる。


「……だから来なかったら良かったのに」


 苛立ったように呟かれた声に、凍りついた。


(今、私傷つけた……?)


 だから傷つけ返された。そんな気がした。


「……出来たら軍部にはバレずに帰りたかったんだけど。見つかったらしょうがないねェ」


 二頭の馬を引いて戻ってきたユーリはいつも通りで、ジェードの手綱を受け取った兄が苦言を呈した。


「……やり過ぎだ」

「そう? キミより温厚な対応だったと思うケド」

「…………」

「さすがに、お姫サマに返り血浴びせたらマズイでしょ」


 ユーリは軽い口調で言っているが、確かにあの時、ジークの右手は剣にかかっていた。あのタイミングでユーリが声をかけなければ、ジークがどういう対応をしていたのかは、正直分からない。


「こんなことが、普通に起こってるの……」

「んー」


 フィオナが勇気を出してユーリに声をかけると、彼は僅かに眉根を寄せて、回答を探した。彼の言動と表情が一致する、希有な例だ。


「ま、普通に起こってるっちゃ起こってるんだけど、一応規則違反なんだよネ、無抵抗の一般人に手を出すのは。どうせ、ヴェルクソンの総督府も腐ってるから、言ったところでしょうがないけど……ゴッドハルトはそのへん潔癖だから、雷くらいは落ちるデショ」


 ゴッドハルトって誰だろう、と思ったが、口には出さなかった。

 先ほどの台詞から推測すると、大将軍という人だろうか。


 一連の事件の間、ずっと硬い表情で状況を見つめていたウィルが、ようやく口を開いた。


「君たちの国では、あれが標準装備なの?」


 緊張を帯びた声で問う声に、ユーリが大げさに両手を挙げておどけた。


「そんなワケないでしょ。あれはパフォーマーですよ。たまーに、ああやって支配地域を巡回して、自国の軍事力を見せつけてるんですよ」

「虎の子の特銃隊だ。あれの他にはない。現時点では」


 ジークの補足は相変わらず平坦だったが、現時点では、という言葉にわずかに力がこもったような気がした。


「そう……」

「勿論、自国での開発も急いでますが、欠点が多く実用化が難しくて、普及していないんです」


 短く相槌を打ったウィルを、ユーリが横目で見下ろす。


「大規模な狙撃銃軍団を常備させてるのは、天上の方々くらいですよ」

「…………」


 その時、日頃言動と表情が一致しない青年が浮かべていたのは、冷笑に近い笑いだった。







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