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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第一章・サン=フレイアの策動 前編
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第二十一話 変革(2)


 一組の男女の後ろ姿が夜霧に沈んだ頃、ヴァンは素早く、がら空きになった裏門に近づいた。


 塀の中を巡回をしている人間は3人。庭の広さを考えると、タイミングを見計らえば監視の目をくぐり抜けられる。


 最悪、相手を沈めてしまえば問題ないが、せっかくマリーアが穏便に済ます方向性を提示したので、ヴァンは物陰から窓をこじ開け、警備の人間に気付かれぬままに屋敷に侵入した。


 マリーアのことは心配だったが、あれだけ自信満々だったのだから大丈夫なのだろう。その点には信頼をおいて、己の役割に集中する。


 屋敷の中は寝静まっており、ヴァンは足を忍ばせて、広いホールから階段を上った。


 宮廷に仕える貴族は、王城の近くにそれぞれの屋敷を構えている。こういった貴族屋敷の造りは、だいたい似たようなものだった。ヴァンはあたりをつけて、2階の廊下を奥へと進んだ。


 ――だが相手は、大将軍の呼び名を持つ男だ。


「何者だ」


 どこかの段階で勘づかれたらしい。闇に沈んだ先から呼び止められ、ヴァンは立ち止まった。


 暴れる気配も逃げる気配もない侵入者に、屋敷の主は、わざと消していた手元の蝋燭に火を入れた。


 薄明かりに照らされた先に見えた顔に、驚きを見せたのは、夜着を羽織った男の方だ。


「ヴィンセント殿下!?」

「久しいな、ジェラルド」


 駆け寄ってきた相手と言葉を交わすのは、実に3年ぶりのことだった。


 記憶と余り変わらない容貌の老将軍は、厳めしい白眉を心持ち下げて、息を吐いた。


「ご無事でしたか……」

「手紙は届いたか」

「はい、驚きました」


 ジェラルドが頷く。


 オルフェンでブルジョワジーの話を聞いた後、すぐにジェラルド宛に送った私信は、無事届いていたらしい。


「お久しぶりでございます」


 ジェラルドの接し方は、このような状況にあっても、3年前と変わらない敬意が払われていた。


「思ったよりも早いお着きで……しばらく見ぬ間に、一回り逞しくなられましたかな。また一段と、国王に似てこられた」


 自分よりも背の高い第二王子を見上げ、老将軍は少しばかり目元を和ませた。


「将軍も、健勝なようでなによりだ」

「ウィリアム殿下も、ご無事ということで……」


 心から安堵したような軍務大臣の表情は、彼がこの国において中立の立場にある、数少ない人材であることを示している。


「当然だ。ウィリアムは王となるべき男だ。何があっても、あいつは死なせない」


 厳しい声で断言したヴァンに、ジェラルドの表情も引き締まった。


「その言葉、偽りなしと見てよろしいのですね」

「疑う余地があるか?」


 1本の蝋燭の明かりを挟んで、視線が交錯する。己より下の位置にある大将軍の廉潔な眼差しは、まだ見上げていた頃から、変わることはない。


「確かに、その濁りなき(まなこ)、しかと受け止めました」


 男の言葉は、許しにも近いものだった。この瞬間、ヴァンは彼に、3年前の暴挙を許されたのだ。


 幼少の頃からウィリアムとヴィンセントの指南役として接していた男は、2人の立ち位置を最も客観的に理解しており、また、3年前の失踪の意図を知っている唯一の人物だった。


「ついに、3年前の約束を果たすべき時が来たと――そうご判断されたということでよろしいか」

「今が限度だろう、エドゥアルトのこともある。これ以上は、民が我慢できまい」


 この時期を選んだのには、彼には言えぬ事情も含めていくつかの理由があったが、ヴァンはそう言うに留めた。老将軍が静かに頷く。


「確かに。だが、機は熟していると言って良いかと――この国の内部は、もはや破裂寸前まで不信で膨れ上がっております」


 内政不干渉の鎖に縛られた剣と盾は、どこまでも冷静に、この国を蝕む病を見下ろしていた。


「きっかけさえあれば、いつでも」

「調べは付いているのだろう」

「ほぼほぼ間違いないでしょう。ですが、3年前のこと。言質が取れなければ、我々が動くのは難しい――」

「承知している」


 原則、内政へ嘴を挟む権利を奪われている軍部の越権行為が認められる特例が、たった一つだけある。


「フェッセン伯爵とコルタ財務大臣の噂も、裏は取れました。やはりベアトリス王妃が裏で仲介をしているようです」


 ジェラルドの報告は、ヴァンが先だっての私信で確認を依頼していたものだ。予想はしていたが、どうやら、サン島派の動きは随分と大胆になっているらしかった。


「内容は、フェッセン伯爵の直轄領である、ロンテル自治商区の特別課税の融通を、コルタ財務大臣に働きかけているというものです。一部、すでにコルタ侯側の金銭の収受も確認出来ています」


 ロンテル自治商区は、特別行政区域に指定されており、国王に直接特別課税を納めることで、市民の代表者による自治が認められている都市だ。


「ロンテル自治商区ということは、都市貴族が絡んでいるのか」

「恐らくは、前回の議長選挙での集票が裏取引にあったと思われます」


 大商人には、貴族議員と繋がっている者も多い。特別課税の融通を働きかける代わりに、集票の助成を得たと考えるのは自然だ。


「あの大臣がサン島派に与するとはな」


 王政庁長官の一人、コルタ財務大臣は、フレイア島出身貴族だったはずだ。ここ数年の政情に疎いヴァンの呟きに、ジェラルドが答えた。


「コルタ候は狡猾な男です。ロンテル自治商区の好景気は長期の見通しが立っており、北極海航路の開拓も、ロンテル西ラーン会社がアルファザードに先んじるべきと積極的に投資を進めています。乗らば東の舟、ということでしょう」

「だが減税施策を唱えている人間が不正では話にならない」


 一刀両断したヴァンに、ジェラルドが深く頷く。


 フェッセン伯爵は、今やサン島を代表する議員だ。サン島とフレイア島の間には歴史的背景から、議席数の差や課税の格差といったものが常に横たわっており、これらの是正は、サン島側の長年の悲願であった。


 特に税制面の待遇については、サン島、フレイア島とも両者一歩も譲らぬ攻防が続いており、議席数の優位性から一方的にフレイア島側が押さえ込んでいた形だが、今回、サン島議員のフェッセン伯が議長に当選したことで、減税施策と格差是正の旗頭として、大きく期待されているはずだった。


「賄賂による癒着。課税に対する融通――この辺りも広い解釈で、王権反逆罪にはあたりますので、ダメ押しにはなるでしょう」

「好都合だ。ついでにしょっ引けばゴミが一つ消える」


 国王大権による不当な課税は制限されており、全ての追加課税案には、元老院の承認が必要だ。


 その代わり、貴族を含む全ての国民には、王の臣民として納税の義務があり、これを拒否することは、明確な王権への反逆と見なされる。これらの義務を免れるのは、一種の治外法権ともいえる教会だけだ。


 ことが公になれば、フェッセン伯爵の失脚は免れないだろう。


 広義では王権反逆罪にあたるような行為が横行し、それを誰も咎めない状況というのは長らく続いており、前例が黙認されている限り、後追いの事例がつるし上げられることはない。その安心感が、彼らを大胆な行動に駆り立てている根拠であることは確かだった。


 だが、この事例一つでは悪習を排せなくとも――ジェラルドの言う通り、ダメ押しには有効だ。


「もう一つ」


 力強く声を押し出したジェラルドは、重々しさと昂揚が入り交じったような複雑な顔で、ヴァンを見据えた。


 その表情から、次に告げられる言葉に、重要な事柄が含まれていることが予想できる。


「このフェッセン伯爵ですが――『3年前』から、ローゼン侯の強い後押しがあり、実に50年ぶりのサン島出身議長に就任しています」


 ヴァンは目を見開いた。


 見つめるジェラルドの眼差しは言葉以上のものを物語っており、ヴァンは、思わずこみ上げそうになった笑いを押さえ込んだ。


 だが堪え切れずに、口角がわずかに釣り上がる。


 おそらく、随分と人の悪い顔をしていただろうが、それを見たジェラルドは何も言わなかった。


「まさに時は来たり――か」


 時流は、今この瞬間だけは、ヴァンに味方しているらしい。


 裏は取れている、とジェラルドは言った。


 ならば役者は揃った。

 あとは、舞台に上げるだけだ。


 復讐を悦ぶ男の顔を隠し、ヴァンは重々しく呟いた。


「随分と腐敗したものだな……長年の安寧と停滞の代償か」


 3年間、外側から祖国を見ることで、理解が深まったこともある。


 大陸から見た『天上の島』の虚像――そして、実像の醜悪さ。


「新しい息吹が必要な時代なのかもしれません」


 静かにそう言った軍部大臣は、あくまで中立の立場で、己の考えることを述べた。


「ヴィンセント殿下。私は、サン=フレイアの臣民として、正統なる王位継承を支持する者ですが、旧習と怠惰を望むわけではありません。聡明なるウィリアム殿下なら、必ずやこの国に、次に必要な道を選ばれると信じてのものです」

「……選ぶのはウィリアムだ」


 それに対応する自身の言葉がなかったわけではないが、ヴァンはあくまでそう答えた。


「俺はあいつが作る国を支える。それがどんな形であれ、必ずあいつは正しい道を選ぶ」


 ジェラルドが頭を下げた。頭を下げたため、その時、彼がどんな表情をしたのかは分からなかった。


 だがいずれにせよ、これから、彼らが取るべき道は一つだ。


 王の剣が、その身の内を切ることを許される、たった一つの大罪――王権反逆罪。


 主には内乱の収束を目的とする最終手段であり、軍務大臣が判断を下し、国王の許可を得ることで始動する。そこに、王と軍以外が入り込む余地はない。


 ひとたび軍部介入が決行されれば、国王以外の何者も、止めることは出来ない。


「ウィリアムは王になる人間だ。第一王子暗殺計画は、重大な王権反逆罪――内乱に値する」




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