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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第一章・サン=フレイアの策動 前編
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第二十話 変革(1)


 2人が上陸したのは、フレイア島北東の小さな港で、そこから中南部にある王都までは、馬で2日ほどの距離だ。


 道中は取り立てて騒ぎもなく、旅人を装って目的地に辿り着くと、ヴァンは都の外の森にクンツァイトを放した。


「まぁ確かに、王都であの馬に乗るおまえの姿を見たら、『第二王子の凱旋だ』と騒ぐ者が出てくるだろうな」


 というのはマリーアの弁で、そこからはオブシディアンに相乗りし、入都する。


 すでに連絡を入れてある『アテ』については、道中でマリーアにも説明しており、日が沈むのを待って2人で行動を起こした。


 旅の間の大半を男装で過ごしていたマリーアは、その日に限って、あでやかな女性の姿を選んだ。


「なんだその格好は」


 宿の廊下で合流したヴァンが、渋面を作る。


 肩を出した紺色の薄地のドレスからは、しなやかな褐色の両腕が惜しげもなく晒されている。高い腰の位置から伸びた足が、歩く度に深いスリットの狭間から見え隠れしていた。


 マリーアは華やかな笑みを浮かべた。


「大将軍に面会するのだ。あのような性別を偽った格好では無礼であろう。淑女のたしなみだ」

「淑女?」


 その返答に、ヴァンの眉間の皺がますます深まる。


「この国でそんな恰好をしているのは、商売女くらいだ」


 貞淑を求められるサン=フレイアの女性は、夏でも肌の露出が少ない。

 マリーア自身、生粋のスヴィド人だというのに、人前で肌を出すのに、特別抵抗もないらしい。


「元首がご覧になったら卒倒するぞ」


 意味のない小言だとは承知しつつ、言わずには言われない呟きを、溜息と共に吐き出す。が、マリーアはやはり聞いていないようだった。



 サン=フレイア王国の政治体制は君主制だが、国王の下には、行政機関である王政庁と、諮問機関である貴族評議会――元老院が存在する。


 国王の傍には、常に宰相――大法官と、副官――国璽尚書がついており、王政庁の各大臣は、王への上奏は必ず宰相を通さねばならない。これは元老院も同様だ。


 だが、大法官の目と耳を通さずに、国王に直接繋がることの出来る組織が、一つだけある。軍だ。


 サン=フレイア王国が有する軍部の指揮権は国王のみにあり、軍とはすなわち、王の(つるぎ)であり、盾だ。


 その代わり、圧倒的な軍事力を背景に王が専制を強いることを防ぐため、政府は国内における王の指揮権を厳しく制限していた。


 軍部が内政に関与することはなく、国内の治安維持は、軍部とは別に警察組織が王政庁下に置かれ、主に管轄していた。軍部の平時の主たる役目は、国王及び王城の警護、国内警察組織の補助、海洋の保安や商船の護衛などに限られる。


 サン=フレイア王国軍は、王政庁にも元老院にも拠らない、全く独立した、国王のみに従う組織だった。


 その軍部のトップに立つのが、今回ヴァンが繋ぎを取ろうとしている相手――軍務大臣だ。


 イアルンヴィズの森を出る前に、オルフェンで彼に文を出していた。届く保証はなかったが、無事に運ばれたとすれば、もう手元には届いているだろう。


「場所は分かっているのだろう? さっさと行くぞ」


 それ以上の文句は言わせまいと、マリーアが追い立てる。宿の階段を下りると、1階は食堂になっており、泊まり客以外も利用していた。


 当然、いきなり現れた艶やかな女に注目が集まり、視線と好色な口笛を受けながら、ヴァンは早足に店を出た。





 現軍務大臣は、ジェラルド=ウォリス侯爵。


 ウォリス侯爵家は、元々はエーギル海に浮かぶ最東端の島、バーグリンド島を含む東海岸沿いに領地を持つ辺境伯で、過去、不干渉協定が確立するまでの間の、大陸諸国の侵略から幾度となく国土を守った。


 その功績から侯爵の称号を与えられ、現在にいたるまで、代々軍務大臣を輩出している。


 現職のジェラルドは高潔で厳格な人物として知られ、王の剣たるに相応しい男であるという評判だ。


 候の屋敷は王城に近い場所にあり、2人は人目をはばかりながら、夜闇にまぎれて近づいた。


 こういう時、男女の二人連れというのは、目についても如何様にもごまかしが利く。

 マリーアが艶女の格好を選んだのは、そういう目くらましもかねてのものだった。


 夜道で腕を組むと、予想通り、堅苦しいしかめ面が返ってきた。


「……なんだ」

「男女がこの時間に距離をあけて歩いていたら不自然だろう。おとなしく恩恵に預かっておけ」


 言い放つと、無粋な男は何か言いたそうにしたが、結局何も言わなかった。


 ウォリス侯爵の屋敷の正門には、2人の門番が立っていた。


「挨拶でもするか?」

「そうしたいところだが、あいにくアポを取っているわけではない。今日は視察だ。侵入しやすい場所を見つけて、明日に備える」

「協力を仰ぎに行くのに、こそ泥のような真似をしなければならないというのも難儀なものだな」

「そういう身分だ。今はな」


 軽く嘆息するマリーアに、ヴァンが糞真面目な回答を寄越す。


 2人は屋敷を取り囲む外壁の周囲を、恋人同士を装って歩いた。


 角を一つ曲がった外壁の近くに、丁度良さそうな高さの木が生えている場所があった。その壁の角から屋敷の裏手を覗き見ると、裏門に門番らしき男が一人、眠そうに立っている。


「この位置からなら、裏庭の様子が見えるな……少し待ってろ」


 木に登って塀の中を見ようとするヴァンを、マリーアは手で制した。


「私が登ろう。任せろ」

「ちょっと待て。お前はその格好で……」


 小言を言いたげな男を振り切って、マリーアは猫のような身軽さで、するすると木を登った。


「心配するな。おまえのでかい図体よりは、小回りが利く」


 木登りは子供の頃から得意だったので、ヘマをしない自信はあった。実際、小器用に枝に足をかけ、なんなく理想的な位置取りをする。


 不自然な姿勢のせいで、スカートのスリットから左腿がむき出しになったが、マリーアは気にしなかった。下で様子を見守っているヴァンの方は、気にしているかもしれない。


「デカい犬がいるな。庭の警備は、1、2、3……」

 広い庭の奥を見ようと、塀に向かってもう半身、乗り出す。枝に足をかけて、慣れた感覚で体重を移動させる。


 だがその時マリーアは、自分が常とは違う、踵の高い靴を履いていることを失念していた。


「おっ……?」

「おい、危ないぞ」


 危険を察したヴァンの忠告は、彼にしてはかなり遅かった。


 ヒールの先が細い足場を踏み外した、と気付いた瞬間には身体ごとバランスを失い、後ろ向きに倒れていた。咄嗟に伸ばした手が手近な枝を掴むが、それも軽い音を立てて折れる。


 ──ドサッ……と、こちらは重い音を立てて、地面に落ちた。目の前には、曇っているのか星のない夜空が広がっていたが、痛みは感じなかった。


「……重いぞ、マリーア」


 代わりに、頭の後ろあたりから囁くような低い声が聞こえた。これだけ近くで聞くことはあまりないので、いい声だな、などと場にそぐわぬ今更な感想を抱く。


「淑女に重いとはどこまで配慮がないんだ、朴念仁め」

「淑女は木から落ちて男を下敷きにはしない」


 そう言いながらも、彼があえて下敷きになって受け止めてくれたことは知っている。


 わざと礼は言わずに、マリーアが身を起こすと、ヴァンは素早く立ち上がって離れ、角から裏門の様子を伺った。今の音で門番が気付いたのではないかと心配したらしいが、杞憂だったようで、すぐに戻ってきた。


「今の音でも気付かないとは、あの門番は居眠りでもしているのか。けしからん」

「全面的に同意見だが、お前が言うな」


 マリーアの色々棚に上げた感想に、ヴァンが疲れたような声で突っ込んだ。頭痛をこらえるように、頭を抱える。


「お前がウィルの嫁になるとは考えたくないな」

「なら、おまえの嫁ならいいのか」


 その問いは、売り言葉に買い言葉程度のものだったが、意外にも、相手はしばらく考えるような間をあけた。


「……まだマシか」

「マシ!?」

 呟かれた一言に、バキッと手の中の枝を割る。


 明らかに兄の嫁にすることと天秤にかけての消去法に、今度はマリーアの方が呆れた。


「本当に、おまえのアタマはどこまで兄基準で回ってるんだ。だいたいマシとは何だ」


 実は、今の会話は密かに痛かったのだが、言った本人は気付いてないだろう。マリーアはふてくされたが、ヴァンの方は、それ以上その会話を引っ張るつもりはないようだった。


「で、どうだった」


 とっとと話を変えられる。まあ、それくらいの方が気が楽なのは確かなので、マリーアの方も切り替えて、木の上から視察した情報を提供した。





 マリーアの話では、屋敷の塀の中に警備は3人、番犬とおぼしき大型犬が2匹。

 そして正門には門番が1人、裏門に1人だ。


 その後も数カ所から庭の様子を確認したが、数はそれで間違いないようだった。


「なるほどな。この場合――」


 その情報から、ヴァンが導き出した答は……


「肉屋」

「薬屋」

『だ』


 ヴァンとマリーア、二人の声が重なった。


 同時に、同じことを考えていたらしい。目を合わせ、マリーアがいたずらっぽい笑みをひらめかせた。


「子供の発想だな」

「簡単に済む物事は簡単に片付ける性分だ」

「気が合うな、私もだ」


 マリーアが冗談めかして嘆いた。


「殊に貴族の社会は複雑なモノが多すぎる。出来るだけカンタンに生きたいものだ」

「違いない」


 ポンポンとキャッチボールのように会話が交わされる。


 気が合うというのは、こういうことを言うのだろう。夜道を戻りがてら、ヴァンはそのことを妙に新鮮な気分で受け止めていた。


 翌日、2人は日が高いうちに市場と街角の薬屋に赴き、昨夜話し合った品を買い込んだ。日が落ちるのを待って、再びウォリス侯爵の屋敷へと足を運ぶ。


 霧がかる貴族屋敷の正門を避けて、側壁に回り込む。警備の配置は、昨夜と同じものだった。見張りの隙を見て、庭の隅に睡眠薬を混ぜ込んだ肉を放り込み、犬を眠らせる。


 問題は門番だ。

 裏門の番人は、やはり深夜の警備に、眠そうな顔で突っ立っていた。


「さて、どうする。眠らせるか」

「まぁ待て。それもカンタンだが、一応協力を求めに行くのだろう。相手を傷つけては礼を失する」


 すでに強制的に眠らせる気満々で、拳と掌を合わせて進み出ようとしたヴァンを、マリーアが止めた。

 振り返って見た女性の表情から、何か考えがあるらしいことが分かる。


「1時間もあれば十分か」

「30分でいい」

「楽勝だ」


 言うが早いか、濃藍のドレスを纏った女性は、優雅に身をしならせながら裏門へ向かった。


 その艶やかな後姿を見送り、こんな歩き方も出来るのか、とヴァンは逆に感心した。


 マリーアは大胆にも、その姿のまま門番に話しかけた。一瞬、男の表情に警戒が宿るが、それもすぐにだらしない顔に変わる。


 会話の内容は分からないが、わずかな時間で、マリーアは相手の男と腕を組んで、ヴァンがいる側とは逆の方向に歩き出した。


 一瞬、さりげなくこちらを振り返り、早く行けと目で合図する。


 ヴァンには当然真似できない、見事な手際だった。



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