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白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第一章・サン=フレイアの策動 前編
22/57

第十九話 信頼(5)



「海賊だ!」


 昇降口から出た途端、誰かの悲鳴が聞こえた。状況を知るには、それだけで十分だった。


 だが続いて鼻孔を突いた血の臭いに、ヴァンは眉をしかめた。


 星明かりで本が読めそうな夜空の下、本来海があるべき場所に、いくつもの松明が浮かんで見えた――船だ。


 密輸船の船端には、大型の海賊船が横付けされていた。


 蠢く灯りと共に、次々と野蛮な風体の男達がデッキに乗り上げ、繋がれていた馬たちが怯えたように嘶く。


 船楼の影から様子をうかがうと、横付けされた橋の近くに、一人の船員が血を流して倒れていた。


「うわぁぁぁ助けてくれぇぇぇ!」

「船長!」


 デッキの中央に引きずり出されたのは、この船の船長だ。悲鳴を上げる水夫たちを、斧を振り回して散らしながら、船長を盾に海賊がわめき散らす。


「死にたくなけりゃ、この船の荷を残らずよこせ! 女共も全部な!」


 彼らは、この船が密輸船であることを知っているようだった。


(完全に横につけられている……数が多い。厳しいか?)


 戦況を分析する。船長を人質に取られ、水夫達の動きは封じられていた。その間にも、上がり込んできた海賊達の一部が、昇降口に飛び込んでいく。足下から聞こえる悲鳴は、商人達のものだろう。


 エーギル海界隈で、密輸船を襲うことを生業にしている海賊は多い。


 サン=フレイアの海軍は、非公認の海賊に対して厳格だ。正式な商船を襲えば、最強と名高い海軍の容赦のない報復が待っている。


 だが密輸という違法行為に対して横暴を働こうとも、どこからも文句が上がることはない。


 そのうえ、希少価値の高い代物を積載している可能性の高い密輸船は実入りがよく、サン=フレイア海軍という凶悪な敵を持つこの辺りの海賊業にとっては、いい商売といえた。


「くそ、とうとうやられちまったか」


 慌ただしい甲板の上で、それまで船尾楼に隠れていたらしい男が、ひっそりと姿を現した。

 ヴァンの隣から首を伸ばし、船首の様子を伺うのは、船に乗り入れる際に荷を確認した男――この船の船主だ。


「おい、どうするつもりだ」

「どうするもなにも……手の出しようがねぇだろ。この船には、たいした武装もない。下手にそんなものを載せてたら、やっこさん警戒させて、余計にひでぇ目に遭っちまう」

「あえて無抵抗に殉じるのか」

「それがこの商売の、暗黙のルールみたいなもんだ。ここらの海賊は、天上人の海軍に目をつけられるのを一番恐れている。下手に抵抗せず、荷を引き渡せば命だけは助けてくれる」


 諦めたような男は、ここに載せた女性や馬も含め、全ての荷を海賊に明け渡す覚悟があるようだ。


「こういう船じゃ、軍隊の救援も見込めない。こういうリスクも見込んだ上での商売だ。あんたはまだ若いから、知らないかもしれないが……」


 そう言ってヴァンを見上げた男は、その青年が連れてきた『商品』を思い出したらしい。少しばかり、同情するような眼差しになる。


「まあ、せっかくの上等な品だったが、仕方がねぇ。生きていりゃ、また一攫千金の夢も見れるさ」

「おい見ろ、黒竜馬だ! 2頭もいるぞ!」


 船首の方で、海賊の1人が歓声を上げた。同じ頃に、昇降口から飛び出した男にせき立てられ、船倉で息を潜めていた十数人の女達が、列をなして出てくる。

 その中に、マリーアと、先ほどの少女の姿もあった。


「下にいる商人共はどうする?」

「邪魔くせぇ、船倉にでもぶち込んどけ。甲板に出てるヤツは、全員そっちに寄せとけ」


 慣れた様子で指示を出すリーダー格の男に従い、海賊達が散開する。


 ヴァンと船主も間もなく見つかり、ひとまとめにされた女たちとは離れた位置に追いやられた。


「おっと、これはアブねぇから没収だ」


 見張りの1人に、ヴァンは腰に佩いていた剣を奪われた。


 上甲板に引き上げられた荷の中で、やはり一際海賊達の目を引いたのは、2頭の幻の馬だった。


「こいつはすげぇ。しばらく遊んで暮らせるぜ」

「デカい方は危ない。とりあえず子どもの方から運べ!」


 命じられ、下っ端らしい男が、クンツァイトを警戒しながら、そろそろとにじり寄る。


(頼みの綱はクンツァイトか――)


 ヴァンは、素早く女性たちと水夫、見張りの海賊たちの位置に目を走らせた。


 ギリギリまで慎重に距離を詰め、最後は素早く近づいた海賊が、親子のように寄り添う黒竜馬のうち、仔馬の方に手をかける。


 ヴァンは、大きく息を吸った。


 ピィーッ


 だがその息を吐くより早く、甲高い呼び笛が鳴った。


 その場にいた全員が、何事かと顔を上げる。


「クンツァイト、やってしまえ!」


 よく通る女の声が甲板を貫き、漆黒の巨躯が反応した。それまで並び立っていた仔馬の方に素早く尻を向け、太い後ろ足で、近くにいた男を蹴り上げたのだ。


「ぷげっ」


 目にも止まらぬ一撃に、顎を砕かれる音を立て海賊が吹き飛ばされる。かろうじて船首からは落ちなかったが、船端に引っかかるように仰け反った男は、完全に白目を剥いていた。


「おい! 大丈夫か!?」

「駄目だ!」

「あの馬に近づくな!」


 騒然とした男達の怒号が錯綜する。その動揺の隙を縫って、一人の女性が船首に飛び出した。


「お姉ちゃん!」

「マリーア!」


 ヴァルクの少女と、ヴァンが同時に叫んだ。


 誰も、彼女を止められなかった。

 というよりも、いきなり危険な黒竜馬に飛びついた女性に、誰も近づけるわけがなかった。


 マリーアはスカートの下に隠していたナイフで、クンツァイトを繋いだ縄を切り、恐るべき身体能力で、巨大な裸馬にまたがった。


 たてがみにしがみつき、迷いなくその胴を足で蹴る。

 すると、怒るように獣は鋭い嘶きを上げ、前足を振り上げた。


 夜の海を背景に、狭い船首に仁王立ちする漆黒の巨躯。


 その迫力に、一同は敵味方を忘れ呆気にとられた。


「暴れろ暴れろ!」


 馬首にしがみつき、囃す女性の言葉を真に受けたかは定かではないが、クンツァイトは生来の気性を取り戻したかのように、全身で興奮した。


 甲板を跳ぶように駆け、海賊達の一団に突っ込む。


「うわぁぁぁ! 黒竜馬の成体が暴れだしたぞ!」

「ぎゃぁ! こっちに来るな!」

「逃げろぉ!」


 飛びかかり、踏みつけ、蹴り飛ばし、狭い甲板を縦横無尽に暴れ狂うクンツァイトによって、海賊たちは散り散りに逃げ惑った。


「おい! 積めるもんだけ積んで引くぞ!」


 誰かがそう指示を出すと、これ幸いと自船に引き返す海賊たちが続出した。だが中には、その指示に反感を持った者もいた。


「うっせぇ! タダで帰れるかよ!」

「女だ! 女も連れて行け!」


 クンツァイトから逃げ出した数名が、甲板の後方に固まっていた女性に襲いかかる。


 悲鳴を上げ、魔の手から逃れようと女達が押し合い船尾へと走る。船上での混乱に、何人かが足を取られて転んだ。


「へへっ……」


 手近なところで転んだ少女に目を光らせ、男が野卑た笑いを浮かべて手を伸ばす。


 だがその時には、クンツァイトの混乱に乗じて、近くの見張りを張り倒していたヴァンが追いついた。


 後ろから掴んだ男の襟首を、力任せに引いて投げ飛ばす。


「げっ!?」


 状況を理解しないまま、悲鳴を上げて甲板に激突した男を一顧だにせず、ヴァンは目の前の少女を抱き起こした。


「あなた……ッ」


 ヴァルクの少女は、船倉で話した青年を、呆気にとられた目で見上げた。


 見返す間も惜しみ、ヴァンはすぐさま足下の止索栓(ビレイピン)を抜き取って、振り向きざまに左後方へと投げ放った。


「ぐぁっ?!」


 船端際で別の女性に手をかけようとしていた海賊の肩に、錆びた大きなピンが突き刺さる。悲鳴を上げて仰け反った男は、そのまま海にまろび落ちた。


 すぐにもう1本止索栓(ビレイピン)を抜いて構え、周囲に視線を巡らせる。そこでようやく、ヴァンは一度だけ少女を見下ろした。


「大丈夫だ。お前たちに手出しはさせない」

「…………」


 そう言って少女を背中にかばった時には、1人の海賊が目の前で剣を振り上げていた。


 その一撃をピンの胴で受け止め、声だけで背後の少女に命じる。


「奥へ!」

「はいっ」


 少女が離れたところで、敵の力を受け流し、床へと叩きつける。相手の背を踏みつけて武器を奪い、ヴァンは甲板を振り仰いだ。


 商船の隣に、松明の明かりに照らされ船影が浮かび上がる。


 夜のエーギル海に、我が物顔で帆を掲げる海賊船。


 その時、胸に去来した怒りには、明確な理由があるわけではなかった。それは、己の本質から湧き上がる、本能にも近い感情――捨てたと思っていた、島の民の矜持だ。


 神の海エーギルの守護者としての、血に染みついた使命感。


「来い」


 ヴァンは剣を突き出し、襲い来る海賊達を睥睨した。


「このエーギルの海を乱す者は許さん」


 クンツァイトの暴走によって、戦意を削がれた海賊の残党を一掃するのは、さほど難しいことではなかった。


 最後の一人が自ら海へと飛び込んだ時、船首の方も騒ぎは収まっていて、最後まで立っていたのは、当然のように漆黒の巨馬だ。


 ヴァンがそちらを振り返ると、ちょうどその時、マリーアがよろめくようにクンツァイトから飛び降りた――というか、落ちた。


「あいたたた……くそっ、目が回った」


 そのまま甲板に転がる女性に駆け寄り、抱き起こす。


「阿呆!」


 相手が何かを言うよりも先に、感情的に怒鳴りつけた。


「こんな狭い場所で、鞍も手綱もない暴れ馬に乗るとは、落ちたらどうするつもりだ!」

「ああ、さすがに振り落されるかと思った」


 怒鳴られた側は、疲れたように頭を抱えたまま、いつものようにその叱責を受け流した。だが、今回ばかりは、ヴァンもそのまま黙ってはいなかった。


「落ちたら海だぞ! 分かっているのか?!」


 その声の大きさに辟易したように、マリーアが顔をしかめて見上げてくる。


「この時期のエーギル海に落ちれば、身体の弱い者なら息の根が止まると言ったのはお前だろう!」

「私は至って健康だ」

「お前は女だ!」

「…………」


 口をつぐんだ相手に、ヴァンは一段声を落とし、相手の肩を掴んだ。


「じゃじゃ馬だろうが跳ねっ返りだろうが、お前はお前だが……お前は女だ。それだけは忘れるな」


 真正面から見据えた相手は、毒気が抜かれたように、無防備な顔でヴァンを見返していた。その表情がやはり、5年前とは全く違う女性の顔をしていて、ヴァンは自分でも意外なほど切実な声で呟いた。


「……あまり心配をかけるな」

「……すまん、実は無茶をした自覚はある」


 今度は、マリーアも素直に謝った。


 カクン、と顎を落とすように頭を下げた女性の仕草がいやに幼く見え、許しの言葉の代わりに、ポン、と後頭部に掌を乗せる。


「子ども扱いするな馬鹿者」


 憮然としたような声が下から聞こえ、胸を小突かれた。


「船主! 船長と水夫は無事か?」


 マリーアには怪我はないようだったので、ヴァンは船首をうろついていた船主に状況を確認した。


「あ、ああ……最初に切られた奴と、あと馬に蹴られた奴が何人かいるが、大方は無事だ」


 船主の答えに、ちらりと馬に蹴らせた張本人を見やると、マリーアがあらぬ方向を向いた。


「女性達は」

「数は足りている。怪我をした奴もいない。被害としては、最初の方に奪われた木箱と麻袋がいくつかだな」

「そうか」


 その頃になってようやく、事態の収束を知って、船倉に監禁されていた商人達が甲板に姿を現した。皆一様に自分の馬や、女の安否を確認している。


「良かった! 良かった!」


 泣きそうな勢いで喜んでいるのは、黒竜馬の仔馬の所有者だ。


「クンツァイト、偉かったぞ」


 遠巻きにその様子を眺めていたクンツァイトに、マリーアが胴を撫でながら優しく声をかける。


 これから先の、あの仔馬の処遇は追いかけようもないが、悪い扱いを受けないことを祈るばかりだろう。


 そこからの航海は短かった。海賊船に襲われ足止めはくらったものの、密輸船は予定通り、日が昇る前にフレイア島の小さな港に着港した。







 船着き場で、マリーアはすっかり仲良くなったヴァルクの少女と別れを惜しんでいた。


「元気でな」

「もちろん。お姉ちゃんもね……お幸せに」

「ん?」


 妙に感情のこもった最後の一言に、マリーアは首をかしげた。


「ああ」


 一拍おいて、理解する。


「私も、絶対幸せになってやるんだから」


 びしっと指を突きつけられ、隣にいたヴァンが苦笑した。


「ああ、お前ならいい男を見つけるだろう」

「本当に? お兄ちゃんより?」

「……なぜ俺がそこで比較対象に出る」


 困惑したようなヴァンに、マリーアが隣で笑いをかみ殺す。


 その時、少女を呼ぶ男の声が届いた。彼女は、これから『売られ』に行くのだ。大きな野心と、未来への展望を抱いて。


 別れ際、少女がマリーアの腕に飛びついて来た。ヴァンから引き離すように少し離れ、耳元で囁いてくる。


「今回は潔く身を引くけど、絶対、あなたの恋人よりカッコいい人捕まえて見せるから!」


 こればっかりは、苦笑いをするしかなかった。


 夜に紛れ、待機していた荷馬車に荷を積んだ闇商人たちが散っていく。

 同じように、何食わぬ顔でその港を離れながら、今日は日が昇るまでのんびりと海沿いの街道を歩くことになりそうだ、とマリーアは見当をつけていた。


 隣の町に着くまでは、宿を取るのもはばかられる。馬を駆って急いで町に入ったところで、この時間では迎えてくれる宿もないし、無理に頼み込めば不審がられるだろう。


 潮の匂いのする風に撫でられながら、2人はそれぞれの愛馬にまたがり、海辺を常歩(なみあし)で進んだ。


「マリーア」


 無言が続いた後、ふいに、並んで歩くクンツァイトから、ヴァンが声をかけた。


「俺はお前を女だからと侮っているつもりはないぞ」


 振り返ると、厳格で潔癖な――サン=フレイアの男性像を体現したような眼差しが見つめてくる。


 彼は、マリーアの無茶を「女だから」と叱りつけた件を気にしているらしい。


「だが、同じでないのは事実だ。俺に出来ないことを、お前はやってくれている。だから、俺に出来ることくらいは俺に任せろ」


 そうか、『理想的』なのはそういう関係か。


 何となく腑に落ちた気持ちで、その耳心地の良い言葉を受け入れる。


「あの時、お前が動いていなければ、俺が同じことをしていた。少しは信頼しろ」


 5年も顔を見ていない年下の女相手に、この男はいとも簡単に信頼を投げかけてくる。


 それは、マリーアの切り札の『交渉』よりも重い言葉だ。


「……ったく、敵わんな。いい男に成長した」

「何か言ったか」

「何でもない」


 ささやかな呟きを聞き咎めた相手を封じ込める。


 男女の区別を受け入れた上で、対等であろうとする。


 それが出来る人間――あるいはしようとする男が、今の世にどれくらいいるだろう。


 もうずっと前から『そう』だった1人以外は、マリーアは他に該当する人間が思い浮かばない。


 それはつまり――理想的な『友人』の距離だ。


 苦笑し、マリーアはクンツァイトに少し遅れて、オブシディアンを歩かせた。




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