表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪姫と7人の王子様+αⅡ  作者: 夜月猫人
第一章・サン=フレイアの策動 前編
13/57

第十話 離別(5)


 翌朝、日の出と共に宿を発ったヴァンは、3日をかけてクンツァイトを駆り、アルファザード王国北西の国境へと辿り着いた。


 そこから先は、「千里を見通せる」大陸最大級の平野が広がるヘイムダル大平原だ。


 スヴィド共和国は、サン=フレイア王国との交易が盛んなため、大陸国家への仲介貿易に強みがある。


 特にアルファザード王国は、スヴィド共和国にとって最大の輸出国であり、玄関口となるマルティ自治共和国の商都シャルバーニャは、マルティの首都に次ぐ大都市であった。


 そのシャルバーニャに入都すれば、クンツァイトが目につかないわけはなく、ヴァンはかなり早い段階で商隊が列をなす街道を逸れ、ヴァルクとの国境沿いからスヴィドの南部へと潜り込んだ。


 スヴィド共和国内は12の部族が自治共和国として独立しており、それぞれの部族長が首長と呼ばれている。


 この首長らの中から選ばれた長が国家元首となるが、現実的には代々、主体国家であるマルティ自治共和国の首長が国家元首を兼任していた。


 東西に長い境界線を持つマルティ自治共和国の南の端を、ヴァンは脇目もふらずに西へ駆けた。

 地平線の先まで平地が続く中を、馬と一体化して走るのは心地良かった。


 空と大地が平行に続いている。遮るものの何もない世界で、「なるほど、これは鏡だ」と、ヴァンは昔友人が言っていたことを思い出した。


 西大陸最北に位置するスヴィド共和国は、山岳地帯である東大陸北部ほどではないが、積雪がある。


 平らな大地に、均等に銀雪が積もった上に冬の太陽が照りつけると、まるで鏡のように強烈に照り返すのだという。


 今の時期は既に雪解けているが、スヴィドの民は1年の半分ほどを積雪した大地で過ごすので、雪焼けが激しい。


 男は雪焼けた褐色の肌が特徴だが、女性は北国特有の透き通るような肌を誇りとしているため、黒い布で肌を覆い隠して紫外線対策をする。これが高じて、古くからスヴィドの女は、外出時に頭巾(ヒジヤブ)で顔を隠す習慣があった。これは、他国からは独特に見られる風習だ。


(あいつも、少しはスヴィドの女らしくなったのか……)


 懐かしい記憶がかすめ、少し警戒が緩んだ時、遠くから呼び笛の音が聞こえた。


「ちっ……」


 舌打ちし、ヴァンはクンツァイトに鞭を入れた。後ろから追っ手がかかるのが分かる。


「面倒な……」


 相手の正体は分からないが、馬を駆る盗賊――馬賊である可能性もあり、油断は出来なかった。


 普通の相手であれば、クンツァイトを操るヴァンが追手を振り切るのは難しいことではない。だが、平原の覇者であるスヴィドの民は馬の扱いに優れ、集団騎馬戦術では比類無き力を発揮する。


 隣国ヴァルクの度重なる侵攻も、得意の騎馬戦で返り討ちにしてきた彼らと、騎馬で競うのはうまくない。


 だが、わざと泳がしているのか追いつけないのか、追っ手との距離が縮まる様子はなかった。


 ピィーッ


 再び笛の音が、遮るもののない平原に響き渡る。


 すると、前方から数機の騎馬が姿を現した。揃いの隊服で武装したその姿は、馬賊ではない。


「――ヴァルクの騎兵か!」


 悟り、馬首を返そうとした瞬間、地面に1本の矢が突き刺さるのが見えた。


 見ると、後方から追ってくる騎馬隊が弓を掲げていた。追いつけないと踏んで、馬を狙う作戦に出たのだろう。


 瞬時の判断で、ヴァンは進行方向を変えずに、前方の騎馬隊へ突進した。


 障害物のないこの場所では、騎馬にとって弓矢は最も恐れるべき敵だ。彼らの射程に入る前に、矢の準備が出来てない方の敵を片づけて、全力で引き離す。一点突破の策を選び、ヴァンは腰の剣を抜いて騎馬隊に突っ込んだ。


 クンツァイトの大きさに気圧される相手の胴と腕を狙い、落馬を誘って戦力を奪っていく。


 だが、そうしている間に、どこからか更なる援軍が湧いてきた。いつでも射放てるように矢を継いだ弓を抱える連中をみとめ、ヴァンはしつこく粘っていた相手の首を薙いだ。落馬する男が吹き上げた血飛沫がクンツァイトとヴァンを汚し、おののいた敵の動きが鈍った隙を見て鞭を入れる。


 多勢に無勢だ。これ以上足止めを喰らえば、本格的に矢の雨を受けることになる。


 ピィーッ


 どこからか、また笛の音が聞こえた。そのひときわ甲高い音色に、歓声ともどよめきともつかぬ声がヴァルク兵側から上がるが、気にしたところではない。


 これ以上増援が増えようが減ろうが、形勢不利に変わりはなかった。


 初速を上げ、団子になった騎馬隊を突き抜けて走り出すが、完全に振り切るまではいかない。


 逃亡と追跡が続き、やがて、前方に続いていた平原の地平線が途絶えた――海だ。


 ヒュン――と空気を裂く音がして、クンツァイトが駆け抜けた大地に複数の矢が刺さった。


 このまま海岸に追い込まれれば、逃げ場はない。


「クンツァイト、いいか、絶対に立ち止まるな。走り抜けろ。お前が行くべき場所は北だ」


 馬上から愛馬に言い聞かせる。だが、北へ行けと命じながら、ヴァンはそのまま西に向かって走り続けた。


 青い地平線が近づいてくる。エーギルの海。その向こうには、祖国の島があるはずだ。


 平野は唐突に途切れていた。その先に道がないことを察し、それまで迷いなく走っていたクンツァイトの足が鈍る。


「クンツァイト! いい、ギリギリまで駆けろ! ただしお前は落ちるなよ!」


『お前は』と言った主人の意図を察したかは分からないが、ヴァンの命令に、クンツァイトはまた速度を上げた。


 一時的にクンツァイトの足が鈍ったことと、逃げ場のない場所に追い込んでいるという意気から、後方の騎馬隊が距離を詰めてくる。


 切り立った崖の下、白波を飛ばすエーギルの海は、もはや目と鼻の先だった。


「よし、いいぞクンツァイト、行け!」


 平原の端ギリギリで馬を止め、降りたヴァンはその尻を叩いて命じた。雄々しい嘶きを上げ、クンツァイトが脇目もふらず北に駆け出す。


 突然標的が2つに別れたことで、一瞬、追ってきた騎馬隊の方に迷いが過ぎる。が、すぐに矢先はヴァンに集中した。


 引き絞った弓から放たれた矢が容赦のない唸りを上げ、立ち往生する男に襲いかかる。


 だが、その矢が己に放たれるのを見届けた瞬間、ヴァンは足場のない後方へ飛んだ。狙いを定めた十数本の矢は、ヴァンの視線の上を虚しく通り過ぎていく。


 落ちていくヴァンの耳に、誰かが叫ぶ声が聞こえた気がしたが、それはすぐに崖に打ちつける波音に掻き消された。





※※※





 東へ真っ直ぐに伸びる街道を、2頭の馬が進んでいく。


 前を行くジェードの背中を眺めながら、サミィに乗ったユーリが未練がましく嘆いた。


「ボクがお姫サマを乗せてあげても良かったんですけどねェ」


 ジェードとサミィ、2頭の馬に同乗させてもらうことになった2名のうち、フィオナはジークの愛馬であるジェードに、ウィルはユーリの新しい馬であるサミィに乗ることになった。


 もちろん、そういう下心を平気で見せる弟なため、双子の兄ジークとウィルの意見が一致して、数の勝利で決定した組み合わせだ。


「名付け親ですし、きっとこの子も乗せてあげたかったんじゃないかなァ。ねェサミィ」


 わざとらしく、月毛の馬に声をかける。


「そんなこと言ってもダメ」

「ちぇー」


 馬の代わりにウィルが応えると、子供のような舌打ちをした。


 そう言いながらも、別段悔しそうにも見えない。彼のこういった言動に関しては、どこまで本気で言っているのか、真面目に考察するだけ無駄なのだろう。


 目指す東の国へは、まだまだいくつもの国境を越えて行かなければいけないが、当面の目的地は、アルファザード王国とエルドラド王国の国境沿いにある、貿易都市トロイだ。


 普段馬に乗らないフィオナとウィルに気を遣ってか、トロイに続く街道を往く2頭のペースは、さほど速くない。


 それでも、朝に『森の家』を発ったことを考えれば、日が暮れるまでにはトロイに着けるはずだ。


 日の傾き具合から計算すれば、もうトロイに向かう行程の半分は過ぎたところだろう。


 ――もう、後戻りは出来ない。


 実感し、ウィルは小さく息を吐いて愚痴った。これは愚痴だ。


「俺もわがままを言っている立場だから、強くは言えないけど……君たちには止めて欲しかったな」


 これは、結局ついてくるという主張を押し切った少女のことだ。


「ボクからすれば、どちらも同じような無謀さですよ。本当についてくるなんて、どうかしてる」

「わざわざ戻って来てくれたくせに?」

「忘れ物を取りに来たんですヨ」

「ふぅん」


 聞き流し、ウィルは馬上の揺れに身を任せた。もとよりただの愚痴なので、論破できるとも思っていない。


 ふいに、背中に感じる気配が慣れ親しんだものでないことに気付き、小さく微笑む。


「ヴァンに怒られるな」


 ウィルの旅は、いつもヴァンとの2人旅だった。今こうして彼がいない旅路についているのが、どこか不思議な感じもする。


「ああでも……怒られるならいいのか」


 もう一度会える、ということを楽観しての己の言葉に、ウィルは自嘲気味に付け足した。


「……アナタも、たまには怒り返してみたらいいのに」

「俺が?」

「盲信されるのも楽じゃないでしょ」


 背中越しの彼との会話は、顔を合わせるよりは幾分か楽だった。顔を合わせると、余計な駆け引きに気を遣う。互いにそういう性分だった。


「本人は自制しているつもりみたいですけど、あれは重傷ですよ。開き直っているところがある分タチが悪い」

「はは」

「腹立ちません?」


 笑って済ませたウィルに、ユーリはわざと踏み込んで聞いてきた。こういうことをあえて抉ってくる相手も、彼以外にいない。


「そうだな……怒りは感じないかな。でも、どうしようもなく苦しくなる時はあるよ」


 彼に抉られると、負けず嫌いが顔を出す。


 きっと、ヴァンやジークなら、こんな戯れは黙殺するのだろうなと思いつつ――口にしないわけにはいかなくて、ウィルは言葉を探した。


 それは、あえて形にすることのなかった感情に、名前をつけるような作業だった。


「二人でがんじがらめの鎖に縛られて、どこまでも海底深く落ちていきそうな――」


 エーギルの神海を思い出す。


 果てなどないような、深海の底。


 人の命は、死んだら天に昇るのではなく、あの海の底に落ちていくのではないかと――島国育ちのウィルは思っていた。


 それくらい、『あの世界』は深く神聖で、果てしない。


「そこまで分かってて突き放せないっていうのは……アナタも相当重傷ですヨ」

「そうだね……」


 こんな会話を雑談のように済ませられる相手も、彼くらいしかいないだろう。


「俺は、君と彼の関係も不思議だけど」

「ボクたちですか? ただの謎の双子ですよ」


 自分のことになると、途端に煙に巻く習性は相変わらずだ。


「謎は解明したくなるな」

「解明されたら、ただの双子になってしまいます」

「はは」


 笑う。そのまま巻かれて終わりかとも思ったが、こちらを抉った対価か、彼は一言だけ付け足した。


「まぁ、でも……アナタたちよりは、シビアな関係だと思いますヨ」

「本当に?」

「えェ」


 この時、彼の目を見て聞いていれば、あの不思議な力を持った眼差しに惑わされ、やはり何も掴めなかったかもしれない。


 だが、背中越しに頷いたその声は――とても、嘘っぽく聞こえた。


 そのことに少し満足して、ウィルは探り合いを切り上げた。


 空はまだ明るいが、太陽は真上を過ぎ、やや西側に傾いていた。進行方向に、馬と人の影が伸びる。


「ああそうか」


 唐突に気付き、ウィルは声に出した。


「どうしました」

「日は、君の国から昇るんだな」

「…………」


 たわいもない発見のつもりだったが、ユーリからの反応はなかった。


 もしかしたらそれは、彼にとって――彼らにとっては、何か意味のある言葉だったのかもしれない。


 人の心の機微に聡いウィルは、それ以上は何も言わずに、静かに馬上で揺られていた。





※※※





 その小さな家では、1匹の精霊と1人の魔法使いが、テーブルでお茶会の準備を始めていた。


「あの子が何でもするからって言った時、レイン出て行くかと思ったけどなー」


 と言っても、ティーセットを食器棚から取り出しているのは魔法使いの方で、小さな精霊は足のつかない椅子に座ったまま、思いつくままをしゃべっているだけだ。


「だってあの子は、魔女が唯一欲しがる物を持ってるじゃない」

「あれが彼女のお願いなら、聞いてあげても良かったんですけどね」


 2組のティーセットをテーブルに載せ、魔法使いは答えた。


「あれは、『彼』のお願いでしょう。ならば、彼から頂くのが筋ってものです」

「レインって、そういう筋とか気にするタイプだっけ? ……っていうか、彼、レインのこと知らないんじゃ」

「ズルは、出来る人と出来ない人がいるんですよ。出来る人はしたらいいですが、出来ない人は……ま、地道に生きろってコトですね」

「なんか、分かるような分からないような……」


 適当なことをそれらしく言って、ごまかしているだけなような気もしたが、精霊の興味はすっかり逸れた。


「ま、いっか」


 切り替えの早さは彼の長所だ。


「のどかわいたなー」

「今、お茶入れますね」


 その小さな家では、1匹の精霊と1人の魔法使いが、お茶会を始めていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ