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妖怪スカウト  作者: ニシムラユウト


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理由

あの後、リビングで父さんと話した。雪女を連れて。

結果は同じ「保留」だった。


だけど、父さんは彼女を追い出すようなことはしなかった。

帰る場所がないならしばらく家にいてもいい、そう言った。

部屋も空いていた。結局唐傘と同じように、彼女もあの家に住むことになった。唐傘の定位置は玄関だけど。


---


「……どうして、お父様は一人にこだわるのでしょうか」


雪女が、首をかしげる。

僕は、手に持ったカイロをぎゅっと握った。指先にじんわりと温かさが広がる。


公園のベンチ。冬の空気は乾燥していて、冷たい風が肌を冷やす。

寒さのせいか、僕たちの他に人の気配はない。


「私でも多少は力になれると思うのですが……」


表情は乏しいが、心なしかしょんぼりしているように見える。


「魏骸(ぎがい)って、そんなに強いんすか?」


立てかけた唐傘が僕に尋ねる。外では、傘の姿のままだ。


「うん。すごく強いし怖かった。僕も会ったのは一回だけだったけど…」

「妖怪も、魏骸との戦いで死ぬことがあるんだって」


「……妖怪でも、死ぬんすね」


唐傘が、ぽつりと言う。


「父さんも、仲間を失ったって言ってた」


「以前はお仲間がいらっしゃったんですか?」


雪女が驚く。


「うん。前に一度、聞いたことがあるんだけど」

「父さんがいる組織……化生対策室(けしょうたいさくしつ)が出来た時、父さんの他に仲間が四人いたんだって」


僕は、父さんの部屋での会話を思い出した。


「四人のうち、三人は魏骸との戦いで死んだ」


「残りの一人は……?」


父さんは、そこで黙った

僕は、はっとした。


「魏骸の正体は……妖怪」


僕は唐傘と雪女を交互に見る。


「どうしましたか?」


雪女は不思議そうな顔をした。


「父さんが言ってた。魏骸の正体はもともと妖怪なんだって。突然変化して、人を襲うって」


「え…」


雪女が信じられないという顔をする。


「それでは、お父様は……」


彼女が思わず口に手を当てる。その手は少し震えていた。

沈黙が流れる。枯れ葉がひとつ、ベンチの脇を通り過ぎていく。


「でも今は、父さん一人で魏骸と戦ってるんすよね?」


唐傘が、恐る恐る口を開いた。


「これは本当に……本当に考えたくないんすけど。もし、父さんが魏骸になったらどうするんすか?」


その答えを、僕は知っていた。


「父さんは自分自身に強力な術をかけたって言ってた」


「魏骸化と同時に、自分が死ぬ術を」


雪女が息を呑む。


「そんな…」


唐傘の柄が、微かに震えた。


「そんなことを…」


雪女の声が、いつもの平坦さを失っていた。

風が、二人の間を吹き抜ける。

僕は、俯いた。


父さんは強い。それは分かっている。

でも、強いだけじゃない。父さんは最初から、自分が魏骸になることを前提に生きている。

だから自分に術をかけた。そうなった時に、人を襲わないため。


「ねえ、唐傘」


「なんすか」


「父さんが、二人を仲間にしない理由って…」


僕は言葉を選ぶ。


「魏骸との戦いが危険だから、ってだけじゃないと思うんだ」


唐傘が、黙って続きを待っている。

雪女も、僕を見ている。


「二人は妖怪だから。もしかしたら、いつか魏骸になるかもしれない」


唐傘が、何も言わない。


「でも、もしそうなった時。父さんは、二人を斬れるだろうか」


風が、また吹く。


父さんは、ひとりでいろんなものを背負ってる。


今は自分ひとり。

でも仲間が増えれば、その命も預かることになる。


二人が戦いで死ぬかもしれない。

いつか魏骸になるかもしれない。

その時、自分が斬らなければならないかもしれない。

斬れなければ、大切なものを失うかもしれない。


「…だから、迷ってるんだと思う」


僕は、冷たくなった指先にもう一度力を込めた

雪女が、小さく息を吐く。


「お父様は、優しいのですね」


その言葉は褒めているようで、どこか悲しかった。


公園の時計が五時を告げる。空はもう、冬の色に染まり始めている。


「話しましょう。お父様と、もう一度」


雪女が立ち上がる。

唐傘を手に取り、僕も立つ。枯れ葉が足元で鳴った。


---


リビングの時計が、十一時を回っていた。


僕は床に正座したまま、横目でリビングのドアをうかがっていた。

テレビの画面は消えている。父さんはまだ来ない。


唐傘は玄関に立てかけてある。雪女は自分の部屋にいる。

話し合った結果、今夜は僕一人で父さんを待つことになった。


冷たい夜だ。暖房の音だけが、静かに部屋を満たしている。


父さんの帰りは遅い。何時に帰ってくるかも分からない。それでも、待つと決めた。

午前零時を過ぎた頃、玄関の鍵が回る音がした。

扉が開く。入ってきた父さんは、どこか疲れているように見えた。


「……まだ起きていたのですか」


父さんは、僕を見て少し驚いたように言った。それからすぐに、僕の用件を察した顔をした。


「話があって」


「明日でもいいでしょう」


「今、聞いてほしい」


父さんは、小さく息を吐いた。コートを脱いでハンガーにかける。それから、僕の向かいのソファに座った。

背もたれに深く寄りかかる。うんざりしているのが、その仕草だけで分かった。また同じ話か、と。


「保留にしたはずです」


「うん。でも、聞いてほしいことがある」


「何ですか」


僕は、まっすぐに父さんを見た。


「父さんが一人で戦ってるのって…」


言葉を選ぶ。

言えば、父さんは怒るかもしれない。

それでも、僕は引くわけにはいかない。


「怖いからでしょ」


父さんの目が、わずかに動いた。


「仲間が戦いで死んだら、どうするのか。魏骸になったら、どうするのか」

「ずっと、そればかり考えてる」


沈黙が、続く。

暖房の音だけが、部屋に響く。


「父さんにも、昔……あったんでしょ」


空気が、変わった。僕は構わずに続ける。


「仲間を斬れなかった。だからもう誰も失いたくないし、誰も巻き込みたくない。だから一人がいい。そういうことでしょ」


重苦しい時間が流れた。

やがて、父さんが口を開いた。低い声だった。


「……仲間にするということは、責任を背負うということです」


僕は、何も言わずにその言葉を聞いた。


「二人が戦いの中で死んだら、どうするんですか」


声が、少しずつ熱を帯びていく。


「魏骸(ぎがい)になったらどうするんですか」


答えられなかった。父さんは、続けた。


「彼らは、あなたが命がけで仲間にした妖怪たちだ。できることなら、斬りたくない」


その声は、絞り出すようだった。


「でも、斬らなければならない。あなたを、守るために」


手が、震えている。

強いはずの父さんの手が。

この人は、怖いのだ。


父さんは俯き、深く息を吸った。


「それとも」


語気が、一段と強くなった。


「僕にかかっている術を、あの二人にもかけろと言いますか」


父さんが、顔を上げる。琥珀色の目が僕を射抜いていた。


「魏骸化と同時に死ぬ術を。自分を殺す術を、あの二人に」


「人間を守るという、僕のわがままのために」


父さんの声が、部屋に低く落ちる。

怒りではなかった。悲痛だった。


「あなたは、それを分かって言っているのですか」


僕は何も言えなかった。父さんの言っていることは、正しい。でも。


「…僕は」


言いかけた時だった。


リビングのドアが開き、すさまじい冷気が部屋に流れ込む。


驚いて横を見ると、雪女が立っていた。その後ろには、唐傘の姿もある。どうやら扉の外で聞き耳を立てていたらしい。


そして、静かに口を開く。


「見くびらないでください」


雪女は、父さんを見据えた。いつも通りの無表情。だが、その声には強い決意が滲んでいた。


「あなたは、私たちの覚悟を知らない」


父さんは、何も言わない。


「私たちがここにいるのは、他でもない、自分の意思です」


雪女が、父さんを見つめる。


こんな時、普段なら真っ先に口を挟むのは唐傘だ。

なのに、今日は黙っている。

雪女に、任せているのだ。


彼女は一歩前に踏み出した。

もう、誰にも止められなかった。


「その術、私たちにもかけてください」


父さんの目が、わずかに見開かれた。


「それが、覚悟です」


沈黙が、部屋を満たす。

父さんはしばらく何も言わなかった。雪女と唐傘を、交互に見ていた。

それから、僕の方を見た。僕は頷いた。


一瞬の間。


父さんは目を閉じ、観念したかのように深く息を吐いた。肩の力が、ふっと抜けた。


「……分かりました」


その声は、落ち着いていた。


「戦いに参加してくれますか」


雪女と唐傘が同時に頷く。


「ただし」


伏せていた瞳が、すっと持ち上がる。もう迷いはなかった。


「術は、かけません」


二人が、首をかしげる。


「君たちは、死なせたくない。魏骸にもさせたくない」


語尾が、わずかに揺れた。でも、それは弱さではなかった。


「…それでも、もし魏骸になってしまったら」


父さんは、自分の手を見た。

震えはもう止まっていた。


「その時は、僕が斬ります」


視線は、まっすぐ二人に向いていた。


「僕が、君たちの命を預かります。だから、生きてください。魏骸にならないでください」


いつもの丁寧な口調だった。けれど、どこか縋るようにも聞こえた。


「……分かりました」


雪女が、ゆっくりと頷いた。


父さんはその返事を聞いて、少しだけ安堵したように息を吐いた。

そして、僕の方へ向く。


「…コウタ。僕は、自分勝手に動いています。人間を守るのも。彼らを仲間にするのも。全部、僕のわがままです」


「それでいいんすよ」


唐傘が、割って入った。


「わがままでも、なんでも。あなたがそう決めたなら、僕たちは付いていくだけっす」


父さんはふっと笑った。小さく、確かに。


「……明日から、一緒に来てください」


その言葉で、長い夜が、ようやく終わった。

時計が、一時を告げていた。窓の外では、静かに雪が降り続いていた。

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