↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖怪スカウト  作者: ニシムラユウト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/27

【番外編】守り方

明日から業務に戻る。安城(あんじょう)さんはもう少し休んだ方がと言っていたが、そんな時間はない。休んでいる間にも、魏骸(ぎがい)は出る。


化生対策室(けしょうたいさくしつ)はビルの二階から上にある。

主に使われているのはサポート班がいる五階で、それ以外の階にはあまり人はいない。資料を置いたり、救護室があったりする程度だ。


気づけば、窓の外はもう暗かった。夜も更けた時刻だ。

僕は必要な資料を取りに三階にいた。人気のない廊下に、灯りの付いている部屋がある。白い蛍光灯の光が、廊下に細長く漏れていた。


前を通りかかった時、声が聞こえた。


「保存……保存……」


低い、苛立ったような声。足を止めた。


扉が少し開いている。覗くと、雷牙(らいが)がパソコンの前に座っていた。画面を睨みつけて、眉間に皺を寄せている。


扉を開けて中に入った。


雷牙が顔を上げた。一瞬だけ驚いた顔をして、それからいつもの目に戻る。


「もう体はいいのか、狐」


「ええ、だいぶ。……あなたこそ何をしているんです」


「報告書を作ってんだよ。手書きじゃ駄目だって言うから、仕方なくこれでやってる」


そう言って、また画面に向き直った。マウスを握ったまま、カーソルを画面上で迷わせている。どうやら機械は苦手らしい。


「保存はどれだ」


呟いて、カーソルをとあるボタンの上で止めた。彼の背後から画面を覗き込んだ。


「そこは削除ですよ」


雷牙の手が止まった。画面を見たまま、一瞬だけ瞬きをした。


「……削除?」


「押したら、今書いた報告書が消えます」


雷牙の眉のあたりが、わずかに動いた。それだけだった。


「保存のボタンは、上のほうです」


「上?……どれだ。俺には全部同じに見えるんだが」


声が低くなった。空気がぴりつく。

雷牙の肩のあたりで小さな電気が散った。本人は気づいていない。


「雷牙、放電が」


「あ?」


自分の手を見て、初めて気づいた顔をした。


「……おぉ。わりぃ」


まずい、と思った。彼の手からマウスを奪い、代わりに保存のボタンをクリックした。


「保存しました」という文字が表示され、画面が切り替わる。僕は小さく息を吐いた。


その時、部屋の隅に目が行った。簡易ベッドがある。毛布が一枚、雑に畳んである。


「ここで寝泊まりしているんですか」


「ああ。安城に空いてるから好きに使えって言われてな。妖怪は寝ないし別に必要ないんだが……まああった方が落ち着く」


そう言ってベッドに目をやった。


「誰かさんは爆睡してたみてぇだけどな」


雷牙が、僕を見て言った。口の端が少しだけ上がっている。


僕は無言で雷牙を見た。


「冗談だ。……わかってるよ」


そう言って、彼はふっと笑った。その手がパソコンを閉じた。


「なあ、狐」


雷牙が口を開いた。


「何ですか」


「なんであいつを引き取った」


少しの間、答えられなかった。考えて、ようやく言葉を発した。


「最初は、責任感からでした」


「責任感」


「はい。六年前、コウタが家族を失ったのは僕のせいでもありました」


「鎌鼬(かまいたち)の件か」


黙って頷いた。六年前のことは、安城さんから聞いているのだろう。


「僕の仲間だった鎌鼬が、魏骸になってしまった。突然のことでした。僕は咄嗟に彼を斬ることができず、一度逃がしてしまった。その魏骸が、コウタとその家族を襲ったのです」


自分の手を見下ろした。指がわずかに震えているのが自分でもわかった。


「コウタが入院している間、安城さんが調べてくれました。母親の交際相手から日常的に暴力を受けていたそうです。母親は、それを見て見ぬふりをしていた」


雷牙の目が、わずかに細くなった。


「……それも、虐待でした」


僕は少し息を継いだ。


「家族を失ったその子を、親戚に引き取ってくれないかと掛け合ってくれたそうです。でも、誰も引き取らなかった。皆面倒くさそうに、施設に預けてくれと言うだけでした」


「それで、お前が引き取った」


「はい。安城さんがその話をした時、僕は思ったのです。この子を一人にしてはいけない。親に虐待され、誰にも必要とされず、挙げ句に魏骸のかけらまで抱えている」


少し視線を落とした。


「不憫だ、と。そう思いました」


「不憫か」


「ええ。でも、それだけではない。一緒に暮らすうちに情が沸きました。自分でも不思議でした。妖怪の僕が、人間の子に。でもそういうものなのでしょうね。気づいた時には、あの子が僕の日常になっていました」


少しだけ息を吐いた。


「コウタには、普通の人生を歩んでほしかった。魏骸の見えない、ただの子供として。六年前に引き取った時、そう決めた。彼が望んだわけじゃない。僕が勝手に決めた。それが一番いいと、信じていた」


「なのに、あいつはお前を助ける道を選んだ」


「…はい。彼は僕のために仲間を集めると言った。どうやってか妖怪を連れてきた。そして僕が眠っている間にあなたが修行をつけた。かけらの力を使い、魏骸と戦えるようになった。彼は、僕が望んだ普通の子供からどんどん遠ざかっていく。僕の知らないところで、僕の手を離れていく」


目を閉じた。


コウタが初めて化生対策室に来た日のことを思い出した。

一階の受付で待つ彼を迎えに、僕はエレベーターで降りた。

ドアが開いて、受付に座るその姿を見た時、僕は思った。もう引き返せない、と。


「あの子が仲間を連れてきても、僕は戦わせませんでした」


雷牙は、黙って聞いていた。


「彼が必死に集めた仲間が、魏骸との戦いで死んでしまうかもしれない。あるいは魏骸になって、僕が斬らなければならなくなるかもしれない。それがただ、怖かった」


雷牙は、天井を見上げた。それから小さくつぶやいた。


「お前は、あいつを守り続けた。俺は戦わせた。……まるで正反対だな」


「ええ。……だから、あなたには感謝しているのです」


雷牙は僕を見た。


「僕が眠っている間に、コウタは戦えるようになった。僕ができなかったことを、あなたがしてくれた。それが悔しくもあり、ありがたくもある。……複雑なものです」


「複雑、か」


「ええ。複雑です」


雷牙は、少しだけ笑った。口の端が片方だけ上がる、あの笑い方だった。


「……コウタを戦いに参加させたこと、嫌味の一つでも言おうと思っていたのですが」


「言えばいいだろ」


「言えませんよ。あなたは僕の眠っている間にあの子達を守ってくれた。それは事実ですから」


雷牙は何も言わなかった。ただ僕を見ていた。


「ありがとうございます」


頭を下げた。その言葉は、思ったより自然に出た。雷牙は少しだけ目を細めた。


「礼を言われるようなことじゃねぇ」


「いいえ。……礼を言わなければならないことです」


「眠ってたことまだ気にしてんのか」


雷牙が、少し呆れたような顔をした。


「お前、自分の妖力が無限だと思ってんのか? だとしたら、あの雪女よりも厄介だな」


「そんなことは」


「だろ。なら、済んだことをいつまでも抱えてんな。お前が一人で抱えなくていいように、俺がここにいる。……それじゃ、足りねぇか?」


思いがけない言葉だった。雷牙が、そんなことを言う人だとは思っていなかった。


「……充分ですよ」


僕は小さく笑った。胸の奥が、少しだけ軽くなるのがわかった。


「明日からは、報告書のことは僕がやります。……僕がいますので、大丈夫ですから」


「おう。それは助かる。俺は身体を動かしてた方が性に合ってる」


「それは何よりです」


僕は雷牙を見て言った。


「コウタのこと、頼みます」


雷牙が、呆れたようにこちらを見た。眉を上げて、口の端を少しだけ歪めている。おいおい、という顔だった。


「お前が言うな。お前が一番、あいつのそばにいるんだからよ」


「…それもそうですね」


静かに頷いた。さっきより、楽になっていた。


僕は扉の方へ歩き、取っ手に手をかけて振り返った。


「報告書、お疲れさまでした。慣れない作業だったでしょう」


「おー。明日から頼むわ」


雷牙は短く返した。けれど、その素っ気なさが妙に心地よくて、僕は思わず口の端が緩むのを感じた。


扉を開けて、廊下に出る。夜の空気が冷たかった。


強くならなくては、と思った。


ただ守るだけでは、足りない気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。