↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖怪スカウト  作者: ニシムラユウト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/27

かけら

「安城(あんじょう)さん」


低い声だった。


振り返ると、父さんが立っていた。コートのままだった。

いつもの穏やかな顔じゃなかった。目が、安城さんを射抜いていた。


「何を、見せているんですか」


安城さんは動じなかった。ゆっくりと椅子の背にもたれて、父さんを見た。


「コン。ちょうど良かった」


「答えになってない」


「君に言うべきことがあると思ってね」


父さんは、部屋に入ってきた。

ドアが静かに閉まる。その音が、やけに大きく聞こえた。

父さんはテーブルの横に立ち、画面を見た。

止まった映像。幼い僕に近づく灰色の影。

それから、僕を見た。


僕は何も言えなかった。


父さんの目がほんの少しだけ揺れた。


「……見たんですね」


「うん」


「全部」


「うん」


父さんは目を閉じた。長い長い沈黙だった。パソコンのモーター音だけが静かに聞こえていた。


喉が、小さく動いた。


やがて、口を開いた。安城さんに向かって。


「安城さん。何を考えているんですか。彼はまだ子供です。知る必要のないことまで…」


「知る必要のないこと?」


安城さんが、父さんの言葉を遮った。

その声は静かだった。でも、一片の曇りもなかった。


「その『必要のないこと』を、誰が決めるんだい?」


安城さんは、父さんをまっすぐ見ていた。


父さんは、答えなかった。


安城さんは、少しだけ声を落とした。


「彼はもう、自分で動いている。唐傘と雪女をスカウトしたのもそうだ。あれは、君の役に立ちたいという気持ちからだ。そうだろう?」


「…でもね、コン。自分で選んだ危険と、隠されたことで起こる危険は違う」


父さんは、黙っていた。


「スカウトの危険は、彼が承知の上。自分で選んだことだ。でも、君が隠すことで彼が動くのは、彼の選択じゃない。君の隠し事が、彼を動かす。それが危険なんだ」


安城さんは、父さんをまっすぐ見ていた。


「コウタ君は今、自分だけが何も知らないと思っている。仲間外れにされていると思っている。その孤独が、彼を一人で動かす。君が真実を隠そうとするほど、彼は危険に近づいていく」


図星だと思った。


もし安城さんが何も見せてくれなかったら、僕はきっと自分で調べていた。


誰にも言わずに。


安城さんの声は静かだった。でも、揺るぎなかった。


「怒るなら怒ればいい。でも、私は間違ったことをしたとは思っていないよ」


父さんは、安城さんを見ていた。

怒りと、それから疲れのようなものがその目にあった。

僕にはそれが何なのか、わからなかった。


でも、父さんが安城さんを本気で怒っているわけじゃないことだけは、わかった。


長い沈黙の後、父さんが口を開いた。


「……続きは、私から話します」


父さんが自分のことを「私」と言うのを、僕は初めて聞いた


その声は、いつもよりわずかに低かった。


安城さんは、少しだけ笑った。


「そうしてくれ。それが一番いい」


立ち上がり、ドアのほうへ歩いていく。その背中に、父さんが呼びかけた。


「安城さん」


「なんだい」


「後で、話があります」


「ああ。いくらでも付き合うよ」


安城さんは、部屋を出た。


父さんは僕の対面に座った。テーブルを挟んで、向かい合う。こんなに近くに父さんを感じたのは、久しぶりだった。


しばらく黙っていた。何かを探しているようだった。言葉を。あるいは、勇気を。


「……何から話せばよいでしょうかね」


やっと発した父さんの声は、いつもより少しだけ硬かった。


「かつて仲間だった妖怪が魏骸化(ぎがいか)し、あなたとその家族を襲った……これは前に話しましたね」


僕は頷いた。


「助けたとき、あなたの中に何かがあるのを感じました」


父さんは言葉を選ぶようにゆっくりと続けた。


「魏骸のかけらです」


僕は息を呑んだ。


「最初は倒した魏骸のものかと思いました。でも違った。それはあなたの中に最初からあった。僕にはわかりません。なぜ持っているのか。いつからなのか。でも確かに、あなたの中にありました」


父さんは、一度言葉を切った。


「魏骸の習性について聞きましたか」


僕は、少し考えた。習性。共食い。それくらいしか知らない。


「……共食いすること?」


父さんは頷いた。


「はい。強い魏骸は共食いをします。あなたの中にかけらがあれば、魏骸は同族だとみなして食べようとする。だから」


父さんの目が、僕をまっすぐに見た。


「僕は、あなたの中のかけらを封じました。僕の力で。今、それは封じられた状態です。あなたは普通の十二歳の男の子として生きています。魏骸に喰われることも、魏骸を見ることもありません」


僕の中で、六年分の空白が埋まっていく。あの日を境に、魏骸が見えなくなった理由。父さんが、抑えていた。僕のために。


「だから、あなたを戦わせられません。魏骸に近づければ、それが目覚めるかもしれない。そうなれば、あなたは」


父さんは、そこで言葉を止めた。


「何がきっかけなのか、わからないんです。妖怪の魏骸化も、あなたの魏骸化も」


「僕は、あなたを失うのが怖い」


その声は、今まで聞いたことがないほど小さかった。



父さんは俯いた。銀色の髪が蛍光灯の光を受けて、少しだけ揺れた。


「僕は、あなたを守っているつもりで縛っていました。ごめんなさい」


僕は、何も言えなかった。


モヤモヤの正体がゆっくりと溶けていくのがわかった。

あれは、置いていかれた寂しさだった。

でも、本当は違った。父さんは僕を置いていったんじゃない。僕を守るために、必死だった。

僕が戦えないのは、弱いからだけじゃない。僕の中に、化け物になるかもしれないものがあるから。

父さんは、それを知っていた。

知っていて、それでも僕を守ってくれた。


「父さん」


僕は、口を開いた。声が少し震えた。


「僕、知らなかった。そんなこと知らなかった」


「うん」


「父さんがそんなに」


言葉が続かなかった。代わりに涙が出た。


「僕、どうすればいいんだろう」


父さんは、顔を上げた。その目には僕と同じくらいの迷いがあった。


「守られるだけじゃ嫌なんだ。僕も何かしたい。父さんの役に立ちたい。唐傘や卯咲みたいに」


「コウタ」


父さんが、僕の言葉を遮った。少しだけ強い口調だった。


「あなたは戦わなくていいんです」


祈るような声だった。


「魏骸が見えなくても戦えなくても、できることはあります」


僕はうなずいた。


それは、わかっている。


僕は人間だ。


妖怪の父さんや、唐傘や卯咲みたいには戦えない。


戦えば足手まといになる。


それは、僕が一番よく知っている。


僕が戦わないことは、みんなのためでもある。


「でも」


僕は父さんをまっすぐ見た。


「仲間を探すのは、辞めない」


父さんは、少しだけ眉を下げた。


「コウタ」


「僕にできることだと思う。父さんを一人で戦わせたくない」


「一人じゃありません。唐傘も卯咲もいます」


「それでも」


僕は、もう一度父さんを見た。


「もっと仲間がいたら、父さんは楽になる。僕はそれがしたい」


父さんは、しばらく黙っていた。


長い沈黙だった。


僕は、父さんが何を言うか待った。


やがて、父さんは小さく息を吐いた。


「わかりました」


父さんは、折れてくれた。


「ただし条件があります」


「条件」


「学校はちゃんと行くこと。勉強もすること」


父さんは、僕をまっすぐ見た。


「仲間を探すのは構わない。でも、あなたの生活を犠牲にしないこと。それが条件です」


父さんは、僕が引き下がらないのを知っている。


だから、譲ってくれた。


その代わりに、僕に守れる約束を求めた。


「わかった」


「約束ですよ」


「うん。約束する」


父さんは、少しだけ笑った。


そのとき、父さんが何かに気づいたように顔を上げた。ドアのほうを見た。


「どうしたの」


「いや」


父さんは立ち上がった。ドアに近づき、静かに開けた。


ドアの向こうに卯咲(うざく)が立っていた。その手には、閉じた傘が一本握られていた。唐傘だ。


「安城さんに、コウタがここに来てるって聞いて……」


卯咲が、少し言いにくそうに言った。


「最近、様子がおかしかったから。心配だったっす」


卯咲の手の中で、傘が小さく震えた。唐傘が言った。


僕は少しだけ驚いた。


二人が、ここにいる。


僕を心配して。


僕は笑った。


「もう大丈夫だよ」


そう言った自分が少しだけ他人みたいだった。


でも嘘じゃなかった。


今は、大丈夫だと思った。


本当に。


父さんは、卯咲と唐傘を見て少しだけ考えるような顔をした。それから、静かに言った。


「今日は、二人でコウタを頼みます」


卯咲が、少しだけ驚いた顔をした。


「え」


「僕はまだ仕事が残っています。コウタを家まで頼んでいいですか」


父さんは、僕を見た。


その目はいつもの穏やかな目だった。でも、少しだけ違った。

僕に二人といてほしいと思っている。そういう目だった。


「……わかりました」


卯咲が、小さくうなずいた。


「任せるっす」


彼女の手の中で、傘がくるりと回った。


「コウタ」


父さんが、僕を呼んだ。


「うん」


「…また明日」


父さんの声は、いつもより少しだけ優しかった。


「うん。また明日」


僕は、卯咲と一緒に部屋を出た。卯咲の手には、まだ閉じた傘が握られていた。

ドアが閉まる音が、後ろで静かに響いた。


---


ビルから出ると、外はもう暗かった。


卯咲が、心配そうに僕をのぞき込んでいた。


「……なにか、ありましたか?」


彼女が、静かに聞いた。


僕は少しだけ考えた。話すべきか、話さないか。でも今は。


「うん。いろいろ」


それだけ言った。


「……そうですか」


卯咲は、それ以上聞かなかった。唐傘も、動かなかった。


でも、二人とも僕のそばにいた。


それだけで、少しだけ楽だった。


僕にできること。


仲間を増やすこと。


父さんを一人で戦わせないこと。


それが、今の僕の役目だ。


そう思った。


夜空を見上げると、星が一つ、光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。