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妖怪スカウト  作者: ニシムラユウト


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12/27

【番外編】雪女、台所に立つ

今は「卯咲(うざく)」と呼ばれている雪女が、初めてこの家に来た日の夜。

まだ彼女に名前はなかった。


――


あの日、僕は父さんに言われて雪女をこの家に連れてきた。

「仲間を集めてください」と父さんは言った。

でもその声は、どこか投げやりだった。


集めてくれと言っておいて、父さんは彼女を戦力にするかどうか、判断を保留にした。

それがなんだか、悔しかった。

自分の無力さを実感するようで。


そんな気持ちを抱えながら、僕は台所に立っていた。

父さんは夕方から仕事に行った。今日も帰りが遅いらしい。

フライパンをコンロに置いた。冷蔵庫を開けると、卵があった。

僕はそれを手に取ったまま、しばらく動けなかった。


「何をしているんですか?」


声のした方を見ると、雪女がドアの陰から不思議そうな顔でこちらを見ていた。頭の上で、赤いリボンがぴょこっと揺れていた。

そうだった。いまこの家には彼女もいる。父さんは彼女をここに住まわせたんだ。


「夕飯を作ってるんだ。雪女さんも食べるよね?」


「夕飯……」


雪女がきょとんとした顔をした。あれ。もしかして「夕飯」が通じていない?


「妖怪って、ご飯食べるんじゃないの?父さんは食べてるけど……」


僕が聞くと、雪女は「お父様が、食事を?」と目を丸くした。


「例外もありますが、基本的に妖怪は食事をとらなくても生きていけます」


「…そうなんだ」


そういえば唐傘は「傘なんでいらないっす」って言って食べなかったな。傘だからね、って理由で納得してたけど。あれ、もしかして関係なかったのかな。


微妙な間が流れた。僕は気まずさを紛らわすように言った。


「料理、してみる?」


雪女は少しだけ首を傾けた。


「いいんですか?私、やったことないですけど」


「僕が教えるから大丈夫だよ。一緒に作ろう」


今日は僕だけだから、チャーハンにしようと思ってたんだ。チャーハンなら失敗しない。多分、きっと、たぶん。


「じゃあ、このボールに卵を割ってみて」


僕はそう言ってネギを手に取った。


直後、ドゴォンというすさまじい音がした。


驚いて振り返ると、ボールの中には三つ分の卵が殻ごとぐちゃぐちゃになって沈んでいた。

勢いよく投げ入れたらしい。


「あ……えっと……割ってみてって……そういうことじゃ……」


「え……あの……すみません……」


これは想像以上だった。


できあがったチャーハンを前に、雪女がしょんぼりしていた。長い髪がいつもより静かに垂れている。


「大丈夫だよ。僕も最初はそんな感じだったし」


僕はチャーハンを口に運んだ。卵の殻がボールから取り切れなくて、じゃりじゃりする。でも味はいつものチャーハンだ。

雪女もおそるおそる、チャーハンを食べた。スプーンを持つ手もまだぎこちない。それでも彼女は一口、また一口と口に運んだ。


「あの」


「はい?」


「これは、どんな味なのでしょうか」


どんな味。

僕は少しだけ言葉に詰まった。

そうか。この人は今まで食事をとらなかったのだ。「味」というものを、知らないんだ。


「しょっぱい……味かな?」


「しょっぱい……刺激としては感じるのですが、よくわかりません……」


「すみません、せっかく作ってもらったのに」


雪女が、謝る。本当に申し訳なさそうに。


「全然大丈夫だよ。気にしないで」


食べ終わった後、僕は雪女に聞いてみた。


「そういえば、妖怪が食べたものってどうなるの?」


雪女はしばらく黙っていた。自分の内側を確かめるように。

そして、そっとお腹に手を当てた。


「……消えました」


「えっ」


「飲み込んだものが、体の中に入った途端に。……今、こうして触っても何もないんです」


「……じゃあ、食べる意味は?」


「……わかりません」


雪女は、真顔だった。


しばらくして、彼女がゆっくりと口を開いた。


「お父様は……どうして食事をとるのでしょうか」


「栄養にはならないのにね」


僕がぽつりと言うと、雪女は静かに頷いた。


「お父様は、何のために食べているのでしょうか」


その言葉に、僕はしばらく答えられなかった。


父さんは、僕と一緒にご飯を食べていた。僕が料理を作った時は、いつも残さず食べていた。「おいしいですよ」と笑いながら。


あれは、嘘だったのかな。


いや。


違う、と僕は思う。あれは嘘じゃない。


「人間の気持ちを、知りたかったのかもね」


僕は、父さんのことを思い出していた。火を使った料理も、教えてくれた。このチャーハンだってそうだ。

父さんはずっとそういう人だった。僕に生きるためのことを教えてくれた。いや、教えるだけじゃない。一緒にやってくれた。


「……私も」


雪女が、言った。


「私も、人間の気持ちを知ってみたいです」


それはとても小さな声だった。雪が解ける時の、雫が落ちるような声。

赤いリボンが、小さく揺れた。


「じゃあ、今度から一緒に料理の勉強をしようよ」


「……はい!」


その返事だけは少しだけ大きかった。僕は思わず笑ってしまった。雪女はそんな僕を見て、また首を傾げていた。


――


その日から、彼女がいる時は僕が料理を教えている。


まだ砂糖と塩の違いもわからない。

この前は、味を覚えるためにコップで醤油を飲んでいた。


僕は正直、心配になる。

大丈夫なのだろうか。

まあ、妖怪だから大丈夫なのだろう。


彼女は今も、奮闘中だ。

僕が教えたことを、ちゃんと覚えていてくれる。

それはたぶん、父さんが僕にしてくれたことと同じなんだと思う

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― 新着の感想 ―
雪女が「うざく」というネーミングになって意外でしたが、 当の本人が気に入ったようで良かったです! それからうざくちゃん、これから料理の腕前が上達するといいですね!
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