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幸願病—君の幸せを願う—  作者: 澪ナギ


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第一章




― 一 ―


「他にもなんか作ってたりするんですか」

「あ、はい! あ、あとで写真見せますね」

 そこからというもの、まずは相手を知ろうといろいろ聞いてみた。

 趣味の話、普段の話。あまり最初からがつがつ行くのもあれだろうと思うから気持ち控えつつ。そうして入社して一か月ほど、いろいろ聞いていって。


「めちゃくちゃ好きかもしれん」

「弟が楽しそうで何よりよ」


 より相手を知ってわかったのは、結局それだった。

 仕事終わり、姉と待ち合わせて過ごす姉弟二人での食事の時間。手を顔の前で組んで言えば、姉の実はよそ行きの顔で祝福してくれる。それには慣れているので、あの子を想いながら手はほどいてイスにもたれた。

「でもいい子だしかわいいよねぇ、願ノさん」

「話しててもめちゃくちゃいい子」

「わかる~」

 よそ行きから戻った姉は肉をほおばりながら共感してくれた。それにこちらも嬉しくなって。俺も目の前の食事に手を付ける。


 この一か月で、いろいろ知れた。

 ハンドメイドが趣味で、活動してて。新作は結構早く売れてしまうこと。作品を見たらどれもかわいらしくもありつつ、品があって。男が持っていても違和感のないものだった。

 家は一人暮らしで、一人っ子。姉の話をしたら驚いて、同時にうらやましそうだった。自分も姉が欲しかったと聞かされた時にはいつか、なんて先走った考えが浮かぶ。なんとか口からは違う言葉を出した自分をほめたい。

 ほかにも好きなもの、嫌いなもの。いろいろ知って、より好きだとわかって。


 出逢って数か月、秋に入る頃にはデートに誘った。


「映画? うん、行きたい!」

 そのころには互いに敬語も抜けて。

 恐らく向こうは普通の出かけだと思っている初のデートでは、少しだけ踏み込んだ。

「……幸、ってさ」

「……え」

 ぱっとこちらを向いた顔は驚いている。そりゃ今まで名字で呼んでいたのだから当然か。けれど引きたくなくて。

「……幸、って呼んでると、すげぇ幸せになりそうだから、呼んでいい?」

 そう、なんとか目をそらさずに言えば。彼女は照れたように笑って、

「じゃあ、叶って呼んだらたくさんの夢叶えられるね」

 なんて言うから抱きしめるところだった。


 そうしてその後も何度かデートに誘って、会社とプライベートでずっと逢っているような日々を過ごしていたある日。


「いい店があるんだ、行かないか?」


 なんて、一人で廊下を歩いていたら聞こえた声。なんつーありきたりな場面、とため息をつきそうになった時。

「困ります」

 その声に頭を抱えた。

 お前か、それ受けてんの。

 かわいいから口説きたくなるのわかるけど。彼女だとわかった瞬間に足は速くなり、廊下の曲がり角を曲がれば。

 やっぱり幸。そして彼女の前には、うちの上司の寺山さんがいた。

 あれそんな気あったっけあの人というのは後にする。それより問題なのは幸に伸びている手だ。


 それはだめだろ。


「幸」

 思わず、プライベートだけと約束していた名前を呼んでしまう。

 それに二人ともこっちを向いて。

「叶」

 ほっとしたような幸に、少し嫌そうな寺山さん。ここまで露骨に感情を向けられると逆に笑いそうになってしまう。それはなんとか隠して。

「なにしてんの」

「えっと」

「今日の夜映画行くんだろ」

 ありもしない予定を言えば、幸は一瞬驚く。けれどすぐにわかった彼女は頷いた。そうして寺山さんに向いて。

「なので、ごめんなさい」

「……」

 幸が一礼したのを見て、彼女を促し二人で課に戻ろうとしたとき。

「付き合ってるのか?」

 そう言われ、頷いてやろうかと思った。けれどさすがにこれではずるいなと理性が働いたので、寺山さんの方に一度振り返ってよそ行きの笑みを浮かべた。

「付き合ってませんが」

 正直にそう言えば、次の問いが来た。

「それなのに名前で呼ぶのか」

 これは相当ご執心か? 思わず目つきが悪くなり、無意識に幸を引き寄せる。

「同期なもので。仲良くなれば名前くらい呼びます」

 なんとか笑んでそう伝え、何か言いたげな上司を背にその場を去った。

「ごめんね叶。名前も」

「いや、俺も悪い」

 歩きながら謝りつつ。できれば、と思うのは欲深いからか。

「幸」

「ん?」

 こちらを見上げた幸はどこか安心した顔。それに嬉しさと、もどかしいような思いが湧き上がる。


 どこかで、取られたくない、とも。


 だから。

「会社でも幸って呼んでいい?」

 そんな願いを口にした。そうしたら、彼女はぱちぱち目を瞬かせてから笑う。

「きちんとした場以外ならもちろん」

 すべての願いを叶えてくれるようなそんな笑みで。

 それにどんどんのめりこんでしまうのは、俺だけなんだろうか。

 もどかしい、けれど居心地のいいこの関係。進んでしまいたい。そう思うのに進めない、そんな距離。


 その日々を楽しみながらたびたびデートに誘っていけば、冬になる頃には、どことなく幸からも良い雰囲気ではないかと思えることが増えて。勘違いでないことを願いながらタイミングを見計らっていれば、季節も過ぎていく。

 あの日から好意を過剰に出してくる寺山先輩にけん制するように幸と距離を詰めながら。


 春には、と決めて。前よりも近くなった幸とのこぶし一つ分の距離を、少しだけ狭くした。






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