【2-5.デュール氏の過去】
このとき、魔法協会の大応接室には、デュール氏の職場復帰を説得すべく、クロウリーさんの上司はじめ魔法協会の理事など偉い人が何人もいた。皆でデュール氏を取り囲み、物々しい様子で魔法協会の現状や問題点について説明していたはずだった。
しかし、さすがに職員の女が不審な倒れ方をしたり、ポルスキーさんが変な水晶玉で『呪いの主』などを具現化して見せたものだから、偉い人達はデュール氏自身の問題を解決する方が優先だということを理解してくれたようだ。そして、クロウリーさんとポルスキーさんがデュール氏を部屋から連れ出すのを許してくれた。(※呪いの問題が解決したらデュール氏を魔法協会に連れ帰ることをきつく命令されたが。)
ポルスキーさんはさんざん躊躇ってから、それから意を決してデュール氏を自分の海辺の掘っ立て小屋に招待することにした。
……もちろん、できればそんなことはしたくなかった。
しかし、どこかでゆっくりと落ち着いて話し、尚且つ、速やかにポルスキーさんに憑いた呪いを解こうというのであれば、何かと変な道具の揃っている自宅が便利なのではないかと思ったのだ。
ポルスキーさんがデュール氏を自宅の掘っ立て小屋に連れて行くと言い出した時、クロウリーさんは嫌そうな顔をした。
「この男を?」
デュール氏の方は先ほどの水晶玉の細工にすっかり感心してポルスキーさんを賞賛の目で眺めており、抵抗する気は無いようだった。
ポルスキーさんはテレポートでクロウリーさんとデュール氏を自宅の掘っ立て小屋へ連れて行った。(魔法協会ー自宅間はたぶん大丈夫!)
そして、掘っ立て小屋の中へ案内されたデュール氏は、目に飛び込んでくるたくさんのこまごまとした魔法道具に心底驚いた。
玄関入ってすぐから、もう所狭しと色とりどりの魔法道具が置いてある。棚という棚、なんなら床の上にも、引っかけられる物は天上付近に張り渡らせたロープに……、と雑多なことになっている。
キッチンのテーブルの上には何冊もの魔導書が無造作に積んであって、一人分のスペースしかない。
ポルスキーさんは魔導書を動かし、テーブルに3人分のスペースを確保した。
「ちょっと散らかっているけど」
クロウリーさんがぼそっと呟く。
「ちょっとじゃない」
「余計なことは言わなくていいのよ」
「しかし壮観だね……!」
デュール氏が感嘆の声をあげた。
しかし、ポルスキーさんはデュール氏との最初の出会いでテレポート失敗を鼻で笑われたことを根に持っていたため、ムッとした。
「厭味かしら」
デュール氏は慌ててかぶりを振って、大真面目にポルスキーさんを褒めた。
「違うよ、本当に凄いと思っている。僕の思い違いじゃなかったんだ」
「思い違い?」
「君なら僕にかけられている呪いを何とか出来るんじゃないかと思ったんだ。感じた事ない魔法の空気を纏っていたから。さっきの水晶玉も凄かったし」
水晶玉と聞いてクロウリーさんがぼそっと突っ込む。
「呪いの主を見せると言うから、私はてっきり水晶玉に映るだけかと思っていたよ。まさか煙が出て人型になるとは」
ポルスキーさんはそれを聞いて両手をあげて喜んだ。
「そうなの! そこは凝ったところよ? 水晶玉に姿が映るだけなんてフツー過ぎるでしょ? 力作よ!」
「そこは凝るところなのか?」
クロウリーさんがやや呆れた声を出すと、デュール氏は、
「だが、驚いたのは確かだ。足がすくんだよ」
と苦笑した。
ポルスキーさんは満足げに手を叩いた。
「そうでしょう、そうでしょう。で、あの女の人が呪いをかけた本人ね?」
「ああ」
デュール氏はもう何も隠す気なく素直になっていた。
デュール氏は語り出した。
シルヴィア・ベルトーチは北方の地に居を構える魔女だった。
もともとのあの美貌に凛とした佇まい、そして強大な魔力を持つとして、たいした肩書は持たない割に非常に存在感を放っていた魔女だった。
どこで見初められたのか、いつしかデュール氏はシルヴィアに付き纏われるようになった。シルヴィアは職場や街角でデュール氏を見つけては駆け寄ってくるのだ。
あの意味ありげな笑顔で、斜め下から上目遣いにデュール氏を見上げる眼差し。
とはいえ、デュール氏自身は仕事が忙しかったしシルヴィアにあまり興味がなかったため、話しかけられても挨拶を返す程度でほとんど相手をすることはなかった。
このときは、特別デュール氏はシルヴィアのことに危機感は抱いていなかったのだ。
しかし、シルヴィアの付き纏いはだんだん常軌を逸するようになってきた。
彼女の言動には「私を無視し続けて何もなしで済むと思っているの!」などといった脅しのようなニュアンスが含まれるようになった。
やがてシルヴィアの人相にも目に見える変化がみられるようになってきた。少し痩せ、美しい顔に怒気を湛えて凄味が増している。
デュール氏はようやくまずいことになっているんじゃないかと認識し始めた。
かといって先方の一方的な想いであって、デュール氏にできることもあまりない。叶わない想いだということに気付いて諦めてくれればよいが、と願うばかりだった。
そんなある日、魔法協会の廊下かどこかだったか、突然シルヴィアがデュール氏の前に仁王立ちになって、
「愛してくれないのなら呪ってやる!」
と叫んだのだった。
デュール氏は面と向かって言われたので、さすがに面食らった。
そして次の日、もっと驚いたことに、シルヴィアが亡くなったという噂を同僚から聞かされた。シルヴィアは王都の旅館の一室で眠るように亡くなっていたらしい。
何ということだ!
デュール氏は少々後ろめたい気持ちになった。自分に思いを寄せた人が死んでしまったというのだから。
魔女の不審死ということで、魔法協会は一応事件性があるかどうか簡単に調べたが、その調査では特別他殺などの証拠は出てこなかった。魔法協会はそれ以上調べる必要はないと判断し、それでシルヴィアの一件は片づけられたことになった。
デュール氏も何となくすっきりしないままだったが、それで終わりだと思っていた。
しかしその後、デュール氏の周りで何か奇妙なことが起こり始めた。
一番親しかった職場の同僚女性が、急に悪寒や吐き気を訴え、寝たきりになってしまったのだった。
そして行きつけのカフェでよく顔を合わせ、何かとデュール氏の相談に乗ってくれていた女性が、馬車と接触して骨折したという。
デュール氏は何か変だなと思ったとき、シルヴィアは自分を呪いながら死んだということに気付いた。『愛してくれないのなら呪ってやる!』というセリフが思い出される。死ぬ間際の強い気持ちは呪いになりやすいのでは……。
そしてさらに、デュール氏の秘書として行動を多く共にしていた若い魔女が、階段から転落して意識を失ってしまったのだ。
しかし、身近で3回もこのようなことが起こると、さすがにデュール氏も『シルヴィアの呪い』を疑う気持ちになった。
3人とも命に別状はなかったのは不幸中の幸いだったが、全員が病院に担ぎ込まれたときに、体調不良や事故の前に「何かを見た」と証言したことや、体が治ったらそれをすべて忘れてしまったというのが特に不気味だった。
そこでデュール氏はかけられた『呪い』を解除しようと思ったが、しかし『呪い』っぽいものの存在は確かめられても、解呪自体はうまくいかない。
どうやら有名どころの呪いではなかったのだ。
デュール氏は仕事の合間をぬって古い伝承の魔法や特別な禁忌魔法の情報を集めたが、あまり自身にかけられた呪いに繋がる情報は得られなかった。
ただ、古い魔導書のどこかのページに、『死に際の膨大なエネルギーが生み出した魔法は、複雑にこんがらがり、厄介な呪いを生み出しやすい』という記述があるのは見つけた。
状況証拠から、女性がデュール氏に好意を抱くと呪いが発動するように見えた。
そのためデュール氏はできるだけ人と距離を置くようにしたが、そんなものは根本的な解決にはならない。
そしてやっぱりデュール氏にささやかでも好意を持ったり言い寄ったりする女性が現れると、大なり小なり異変が起こるのだった。
デュール氏はそこまで話してからため息をついた。
そして、「さすがにあまり無実の人に迷惑をかけてもいられないからね、辞職してどこか人気のないところに引き籠ろうと思った。結局いろいろあってグレートモス山脈へ流れ着いたんだが」と付け加えた。
「それで、あなたはずっと後ろ向きで生きてきたってわけ……?」
とポルスキーさんは呟いた。
デュール氏はその言葉に少しカチンと来たようだった。
「後ろ向きだって? 違うよ、被害を抑えるためさ。それくらい分かるだろ」
「そうかな。あんなところに引き籠るなんて、厭世的にもほどがあるでしょ。何かいろいろ嫌になったんじゃないかと思って」
デュール氏は怒りを込めた目をポルスキーさんに向けた。
「嫌にもなるさ! 自分のせいで自殺されてみろ、平気な方がおかしいだろ! こっちは別に特別な感情は持ってなかったのに、勝手に死なれて、しかも呪いだって? 解呪もできない! なんてものを背負い込んだんだろうって嫌になるだろ!」
デュール氏が人柄に似合わず叫んだので、クロウリーさんは慌ててポルスキーさんを庇うようにそっと二人の間に割って入った。
しかしポルスキーさんはデュール氏の剣幕に怯えたりはしていなかった。
「私がその呪いを解く! だから、あなたはちゃんと自分の人生を生きたらいい」
「は……?」
デュール氏は目を見張った。
「こんな呪いを見せられて、私が興味持たないと思った? 複雑にこんがらがった厄介な呪いですって? ふん、私が徹底的に解明してやるわ」
ポルスキーさんは鼻息を荒くしている。決意固く拳をぎゅっと握った。
「え……」
デュール氏がポルスキーさんの気迫に押されていたとき、クロウリーさんが
「そういう奴なんで」
とぼそっと言った。
すると、ポルスキーさんが急にがらっと声のトーンを変えて、
「ところでさあ、あの辞任の時のハニートラップの件は何なの?」
と無邪気そうに首を傾げた。
下世話なネタはしっかり覚えているポルスキーさんである。
「あ、えっと」
デュール氏は急に話が変わったので置いてけぼりを食らったような顔をしたが、ポルスキーさんがゴシップ大好きそうなキラキラした目で自分を見ていることに気付いて、なんだか笑ってしまった。
「はは。辞任と重なってたっけ? ハニートラップっぽいのがあったのは本当だ。だから送り込まれてきた女たちに言ってやったんだ、呪われるぞ、わざわざ呪われに来たのか、って。その女たちは最初は全く信じなかったけど、そのうち呪いというか……何か悪いことが起こるのは本当っぽいってことが分かったらしく、慌てて『私たちは命じられただけです』って宣言したんだ。誰に宣言するつもりだったのかねえ。まさか呪いの主がもう死んでいるとは彼女たちも知らないからな」
すると今度はクロウリーさんが低い声で、
「それで、なんでイブリンが呪われなきゃいけないんですか。イブリンはあなたに好意を抱いてなどいません」
と鋭く言った。
ポルスキーさんも「あっ、ほんとだ」と小さく声をあげた。
デュール氏はまた真面目な顔に戻った。
「はっきりとは分からないけど……古い文献で見かけたんだ。接触した段階で『呪いの種』がつき、後ほど条件がそろうと『発動する』という2段階の過程を辿る呪いがあるというのがあるらしい。『シルヴィアの呪い』ももしかしたらそうかもしれない。僕に接触した時点で『呪いの種』がつき、好意を抱いたり言い寄ったりすると『呪いが発動する』。種の状態じゃ悪いさはしないが、爆弾のようなものだ。解呪できたら一番いいんだが」