【2-6.女の亡霊】
クロウリーさんはポルスキーさんを見た。
「解呪だなんてできるのだろうか。今のところ手がかりはさっぱりなんだが。なにかヒントになりそうなものは見つかったか?」
そう聞かれたポルスキーさんは、にこっと笑った。
「今の話で十分だわ! 私にもこの呪いがどう構築されてるかはさっぱり分からないし、解呪と言われてもどここら手をつけたらいいか正直ぱっと思いつかない。でもね、そういうときはね、どうしたらいいか分かる? シルヴィアさん本人に直接聞いてみればいいのよ! 幸いデュール氏の知り合いなんでしょ?」
ポルスキーさんは拳をぎゅっと突き出した。
「えっ!?」
デュール氏は驚いた。
シルヴィアに、直接、聞く?
しかしポルスキーさんの方は「合理的でしょ」といった顔をしている。
「こーゆーのは直接本人に聞くのが一番でしょ」
ポンコツのポルスキーさんは、分からないことはすぐに本人に聞くのが信条だ。
ここでもその精神が反映されただけなのだが、クロウリーさんとデュール氏が呆気に取られて何も返事をしないので、不満げな顔になった。
「え? 私、何か変なこと言ったかしら?」
クロウリーさんはコホンと咳払いした。
「本人に聞く? それは妙案だが、シルヴィアは死んでいるし、そもそもデュール氏は呪いをかけた本人なんて会いたくないんじゃないか」
デュール氏はクロウリーさんの言う通りだと思った。
本人に聞くって? 亡霊でも呼び出すのか? そんなことができるのか?
それに、シルヴィアは想い叶わず死んだのだ……こちらを恨んでいるだろう。亡霊を呼び出せたとしても、その後悪いことが起こるのではないだろうか。
しかしポルスキーさんは平然としている。
デュール氏はそれが尚更気味悪かった。
ポルスキーさんはデュール氏の心配をよそに、軽く思案した。
「あの水晶玉はダメなのよねえ。呪いの元凶を見せることに特化させちゃったから……ってゆか、そもそもデュール氏に割られちゃったんだっけ……。じゃあ、こないだアドリアナのお母さん(※第一章参照)に使った、死者を呼ぶ魔法にしようかしら。でも霊魂を目の前で具現化しちゃうと霊魂が非友好的なときのリスクが跳ねあがるかー。何か制限をかけた状態で呼び出せたらいいんだけど……」
ポルスキーさんは何やら一人でぶつぶつ言いながら考えていたが、やがて何かを思いついたらしくハッと顔を上げた。
「あれがいいかも!」
ポルスキーさんは小走りで隣の部屋へ駆け込むと、すぐに椅子を一脚持って帰ってきた。
クロウリーさんは眉をぴくりと動かす。
「椅子? それは特別な椅子か? 安全な物か?」
「安全性は請け負うわ。これはただの依り代なの」
「依り代?」
クロウリーさんにはその意味が分からないし、安全性を請け負うと言われてもいまいち信用しきれない顔をしている。
まあ、ポルスキーさんの日頃のポンコツぶりからも信用されないのは当然だが。
デュール氏もこれから何が起こるのかと不安そうな顔をしていた。
しかし、ポルスキーさんの方は他人のそんな態度には慣れっこだったので気にしなかった。
「じゃ、始めるわね」
ポルスキーさんは少しかがんで椅子の座面に手を置いた。
水晶玉でシルヴィアの姿を見ていて良かった。それにデュール氏の話を聞かせてもらってるから、まあ彼女の霊魂を特定できるでしょ。何せここには彼女が執着を持っていたデュール氏もいるし、それに私にも彼女の呪いが憑いちゃってるんだから、交わりは十分、私にも降ろせるはず……。
そしてポルスキーさんは、何やらぶつぶつと呪文のようなものを唱えはじめた。
すると、いきなり強烈な光がばっと椅子を包んだので、予備知識のないクロウリーさんとデュール氏は突然の閃光に目が眩んだ。
「……!」
しかし徐々に目が慣れてくると、二人は椅子の上にはっきりと一人の女性の姿を見たのだった。その女性はもちろんシルヴィアだった――。
クロウリーさんには、デュール氏が息を呑むのがはっきりと分かった。
シルヴィアは恐ろしいほどの美貌で例の赤いドレスを着ていた。相変わらず存在感を放っていたが、品よく椅子に腰かけているため、何だろう――どこかしら従順そうな空気を纏っていた。
ポルスキーさんは自分用の椅子をシルヴィアの目の前に置くと、そこに座りシルヴィアに目線を合わせた。
「あなたの名前は?」
「シルヴィア・ベルトーチ」
「あなたは死んでいるわね?」
「死んでいる」
亡霊のシルヴィアは淡々と答える。水晶玉から抜け出たときとはまるで別人の様子だ。
ポルスキーさんは一歩踏み込むことにした。先ほどより少し身を乗り出し、シルヴィアの目を覗き込むようにして聞いた。
「アシュトン・デュール氏にかけられた呪いはあなたのものね?」
「ええ」
「どんな呪い?」
「アシュトン様に好意を持つ女を呪う」
シルヴィアは少しも動じずに答える。口調はとても明瞭だ。
ポルスキーさんは満足そうに頷いた。
「皆が思っていたとおりね。それにしてもすごい呪いだわ。呪いをかけられたのはデュール氏だけど、でも呪いが発現するのはデュール氏に絡んだ女性たちよ。しかも、呪いの種を植え付けて条件が合えば発動するという二段階! どういう仕組み?」
「……」
急にシルヴィアは黙った。
ポルスキーさんは「ん?」と思った。
「言いたくないのね。じゃあいいわ。でもこれだけは教えてよ。こっちのが問題なんだから。ねえ、解呪したいのだけど、どうやってやるの?」
「……」
これにもシルヴィアは答えなかった。
ポルスキーさんは語気を強めた。
「どうしたの。呪いの仕組みはまだしも、解呪の仕方は教えてよ?」
「――その前に、アシュトン様とお話をさせてください」
シルヴィアはポルスキーさんの要求を遮った。
「ああ、そういうこと……。いいわよ」
ポルスキーさんは一歩引くことにした。
そして立ち上がるとデュール氏の方を向いて、今まで自分が座っていた椅子に座るように促した。
しかしデュール氏はいきなり指名されたのに驚き躊躇った。
「ここに座る? 彼女、僕に何か危害を与えたりは?」
ポルスキーさんはゆっくりと首を横に振った。
「危害を加えることはできないわ。シルヴィアはこの『椅子』を依り代に降霊術で下しただけだから」
「降霊術? 『椅子』を依り代に?」
「ええ。遠い異国のイタコの口寄せってのにインスピレーションを得て作ったものなの。イタコは降霊術で霊の言葉を喋るそうよ。私は生き物じゃなくてモノを依り代に降霊術とかできるのかしらと思って。それでモノ――、最終的にはこの椅子に霊を降ろしてみることにしたの」
途端にクロウリーさんは全く理解できないといった呆れ顔をした。
「イタコの口寄せは霊の言葉を伝えるためのものだろう。でもそれは依り代が人間だからできることだ。だが、椅子みたいに物を依り代に霊を降ろしたとしても、物に口はないんだから喋れないじゃないか。いったいそれで、霊を降ろす意味があるのか」
ポルスキーさんはクロウリーさんに賞賛の目を向け、興奮込みにその手を取った。
「そう、それなのよ! モノは喋れないから問題でしょ? だから、すっごいことを考えたわけ。椅子を依り代に霊を降ろしたついでに、椅子上で霊に形を与えて霊自身に喋らせればいいんじゃないかって。そしたら、ほら、物を依り代にしても、イタコの口寄せみたいなことができるじゃない!」
クロウリーさんは、ポルスキーさんの話の内容があまりにぶっ飛んでいるので、手を握られたことに気付きもせず、ついつい声を荒げて突っ込んでしまった。
「いや、もう――それなら!! 普通に最初っから霊を具現化させればいいじゃないか、依り代なんか使わずに!」
するとポルスキーさんはにっこりした。
「さすがね、クロウリーさん。それで作ったのがアドリアナのお母さんに使ったつむじ風の呪文よ(※第一章参照)。正直、そっちの方が作るの簡単だった!」
クロウリーさんはぽかんと呆れたが、やがて脱力してこめかみを押さえた。
「それじゃ、この椅子の意味は……? もう、つむじ風の呪文でいいじゃないか」
ポルスキーさんは声を立てて笑った。
「あはは、そうよね! 私もこの椅子、必要ないんじゃないかと思ったわ。でも、よくよく考えるといいこともあったの。こっちだとね、具現化した霊は悪さできないのよ。あくまで霊はこの椅子に憑いているから。椅子は椅子だもの、何もできないでしょ? だから――今回の件でもね、当然デュールさんに危害を加えることはできません」
クロウリーさんとデュール氏は、「はあ……?」と納得してよいのかよくないのか分からない顔をしている。
しかし、ポルスキーさんが、
「だからデュールさん、少しシルヴィアさんと話してあげて。というか、シルヴィアさんはずっとデュールさんと話したかったんじゃないかと思うわ。こうやってしおらしく座って私の質問に答えていたのも、あなたと直接話すためなんじゃないかと思うの。いや、話してくれないと困るわ。私の呪いが解けないじゃないの」
と強めな口調で言ったので、デュール氏は仕方なく恐る恐るシルヴィアの目の前に座った。
自分を愛して死んだ女を目の前にして、気まずさで居た堪れない。自然と背中が丸まってしまう。
デュール氏は恐れていた。シルヴィアの強すぎる想いに。自分がシルヴィアの気持ちを受け入れられなかったことをシルヴィアは詰るだろうか。何と答えたらいい?
しかし、シルヴィアはあたたかく優しい目をデュール氏に向けた。
「愛しい人。やっとあなたと話せた」
「シルヴィア、想いに応えられないことも、あなたが亡くなったことも、気の毒だと思っている……。が、しかし、呪わなくても……」
シルヴィアはゆっくりと首を横に振った。
「私は呪っていないわ」
「え、呪っていない!? どういうことなんだ? さっきこの呪いは自分のものだとポルスキーさんに行っていたのは……?」
「ええ、私の死が利用された呪いよ。そういう意味では私の呪い。……私はいつのまにか死んでた。そして私の死はこの呪いに利用されたみたい。だから、私がかけたわけではないわ」
それを聞いて、デュール氏もポルスキーさんもクロウリーさんもぎょっとした。
「いつのまにか死んでた!? そして、あなたの死が呪いに利用されたって、それってつまり、呪いに利用しようとした別の誰かがいるってことか? 君は、誰かに殺された!?」
デュール氏は思わず叫んだ。
シルヴィアは短く首を横に振った。
「私もよく分からない。私が死ぬとき、誰かの思考が頭に流れ込んできた。その人は、世間は『死の魔法』にもっと寛容になるべきだと思っていた。そして、アシュトン様を疎ましく思っていた。アシュトン様は魔法協会の理事で、『死の魔法』の制限に対して絶対的な決定力を持っているから――」
横で聞いていたポルスキーさんは急に険しい顔をした。
『死の魔法』に寛容に、ですって? 知っているかもしれない、その人――。





