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王の鈴(旧)  作者: うず
5章 別離
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しゃらとチェーンが音を鳴らす。

今日は首飾りとして使ったが、耳飾りにでも指輪にでも好きなように使えと言われた。

貴族のあれこれを面倒なものとしか思っていない、あの国王らしい発言だとシェイラは苦笑する。

そんなものを放り出してなお、玉座に君臨することが出来るからあの方はすごいのだと思う。

あの方が軍を率い、戦い、勝者となったからこそ、この国は1ミリたりとも領土を削られることなく存在することがかない、その後の平穏を享受してきた。

手のひらの上に石を載せる。

そのティトゥーリアの青、ジークヴァルトの守り石は昼間、シェイラの胸元を飾った。

剣呑な言葉とともに許されたそれを、シェイラは恐れ多くあるとともに、嬉しい、とも思った。

あの場所あの一瞬、自分はジークヴァルトのものでいてもいいと、許されたような気がしたからだ。



さすがに他の令嬢達との手前王宮内にいただいている自室へ引き上げるわけにもいかず、彼女達とともに車寄せへと移動した。途中、ジークヴァルトとイザクにアリアとの件を話さなければと思ったが、2人とも両脇を令嬢が固めていて話しかけられる状況にはなかった。

驚いたことと言えば、次兄のヴィリーにソフィアが隣立っていたことだろうか。そう言えば、お茶会の間も親しく話していたと気づき、そう言えばソフィア様は強い殿方が好きなのです、などとおっしゃっていたことがあると思い出した。

イザクもヴィリーも、シェイラにとって自慢の兄達だ。もしかしたらという予感に、心がほわりと温まった時、背後から名を呼ばれた。

「シェイラ様」

「はい、リデル様」

リデルはジークヴァルトの隣を歩いていたのではと思い前方を見れば、いつの間にやら彼の隣はロロ伯爵令嬢とのみとなっていた。

「殿下は、あなたのことを大切にされているのね」

「兄が殿下のお側に仕えていることもあり、何かと気にかけてくださるのですわ」

探るような口調に問われ、シェイラは本心を隠すように扇を持ち上げる。すると、頬に朱を走らせたリデルが嘘、と高い声を上げた。

「リデル様?」

「あれはなんなの」

「あれ、とは?」

「卒業パーティーでのことよ」

リデルの行動は貴族の令嬢としてあり得ないものだ。足取りを遅らせ、他の参加者から少し離れてこそいたが、何人かは気づき、2人のやり取りに振り返った。

「殿下はあなたをとても大切に抱えてらしたわ。そのあなたがティトゥーリアの青だなんて、王家はあなたがいいとでも思っているの?」

「リデル様」

リデルは焦っていた。

両親が期待している。ユーリエ公爵からの推挙も受けている。ほぼ決まりだと言われながらこの日を迎え、ジークヴァルトと対面した。

青の瞳がとてもきれいな人だった。

柔らかな物腰で、穏やかな口調の人だった。

この人の妻となりこの国の王妃となるのだと想像し、その未来を望んだ。

けれどその人は、国王とともに彼女が現れるなり表情を変えたのだ。

決して不自然な態度をとることはなくリデルのテーブルから離れることもなかったが、それでも何気ない時、彼の視線は彼女を追っていた。

これはどういうこと?

王妃になるのは私のはずよ。

怒りに似た感情が込み上げる。

「殿下の婚約者となるのは私よ」

「リデル様」

さらに声を荒げるリデルに、シェイラはぱちりと扇を閉じた。

リデルの言葉は正しい。

けれど胸元で青い石が揺れる。

ジークヴァルトの守り石が揺れる。

アーデルベルトはシェイラに言った。



(ジークがそなたを選べないのなら、余がそなたを妃となる)



否定は出来なかった。

今、シェイラは妃教育を受け、そのほとんどを終えている唯一の令嬢だ。エルンストの王位を確実にするために為された措置が、今なおシェイラの地位を高めている。

そして、ジークヴァルト同様、アーデルベルトも継妃を娶ることが望まれているのも事実だ。

王家では子が、求められている。あの暴挙をもってさえ、エルンストから王子位が剥奪出来なかった程に。

そのシェイラにアーデルベルトは言った。



(いずれにせよお前は王家に嫁ぐ。ならばせめて、好いた男を望め)



彼は知っていただろうか。

告げたその時、王には滅多にないことだが声が震えていたことに。

シェイラが知っている過去は多くはない。が、それがアーデルベルトの本心であることは分かった。



(そなたは余がユーリエをどうにかせよと命じれば、迷うことなく是と言うだろう)



買いかぶりだ。

マティアスの名が利用できないのなら、自分に出来ることはあまりに少ない。

けれど、幾度となく後悔しただろう強き王が背を、押してくれた。



「このような場所でおっしゃるのは、リデル様にとってよいことではありませんわ」

伏せていた睫毛が揺れ、上げた双眸が真っ直ぐにリデルを捉える。

「あなた…!」

言葉通りだった。

頬がぴくりと動く。

振り返った令嬢は隣の令嬢に話し、イザクが振り返った。

背後のざわめきに気付いたユイナが振り返り、リデルの失態を囁くようにジークヴァルトの名を呼んだ。

告げられ、ジークヴァルトが振り返る。それをシェイラは脇目に見た。

「シェイラ」

「私も当家も、王家に忠誠を誓っているだけです」

近づいてきたジークヴァルトは、シェイラ、リデルと順に見、どうしたのかと視線が問う。

「なんでもございません。なんでもないのですわ、王太弟殿下」

シェイラはジークヴァルトを見、次に令嬢達を見、最後にリデルを見、その場のやり取りを引き取った。

リデル=ゲディングはジークヴァルトにとって大切な人だ。

あぁ、でも、けれどけれどけれど。

表面の穏やかさを失わないまま、胸の内だけで葛藤をする。

ジークヴァルトは、言葉こそは冷静さを装っているものの、表情を見ればシェイラを案じているのは明らかで、それを正面から見ることになったリデルは言葉を失い、顔を背けるしかなかった。



側にいたいのだと、乞うても構わないだろうか。



今日も屋敷に帰れそうもないフェルディナンドは、ようやく一通りの書類を見終わり、執務机から席を立った。

窓枠に手をかけ硝子越しに見れば、流石に疲労感が隠せない自身にぶつかりうんざりとする。

彼はとにかく不機嫌だった。

先ほどまで作っていた書類は、常の彼らしくもなく乱れた書体で綴られていたがイザクがなんとかするだろうと開き直る。

国王にしてやられたと歯軋りをする。

シェイラが王家からティトゥーリアの青を賜ったことは、イザク経由で宰相府にも伝えられた。

確かに「青」の扱いは王家の専権事項で、宰相府であっても介入出来ない。が、親である自分にさえ連絡さえなく、婚約者選びのお茶会につけて参加させるとは。

参加の令嬢達から始まり明日には主だった貴族には広まっているだろう。

言葉通り、これでは王家に娘を略奪されたようなものではないか。

マティアス侯爵家はあの婚約破棄で娘を王家から取り戻すはずだった。

フェルディナンドはシェイラを貴族に嫁がせたいと考えていた。

兄弟の中で誰よりもマティアスの才を色濃く受け継ぐ娘だ、確かに自分の手許で使いたいと思っていた。

そして同時に、あどけない頃より政争の具としてしまった娘を、出来ることならば解放してやりたいとも考えていた。

エルンストとの婚約だけではない、元はと言えばジークヴァルトとの婚約も政略だった。ゲオルグ王が亡くなり、その後、ルドルフ王が病床に伏した時だ、アーデルベルトとジークヴァルトが王位を争う可能性に最初に気付いたのは。

家柄からすればアーデルベルトがジークヴァルトに対抗できるはずもなかったが、2人の間には圧倒的な年の差があった。「万が一の時」に力となって欲しい、そう請われ、その証として、内密ながらもシェイラをジークヴァルトの婚約者として差し出した。

結局、意味のない婚約となってしまった。

懸念した「万が一の時」は、想像よりもずっと早くに、ずっと深刻な形でやってきた。母の身分が低いながらも有能で、その頃にはほとんど軍を掌握していたアーデルベルトに、まだ未成年であったジークヴァルトがかなうはずもなかった。

残ったのは、厄介な感情だけだった。

フェルディナンドは、あれ程の悪手はなかったと後悔をする。

誤算だった。



ジークヴァルトが宰相府を訪れたのは夜、随分遅い時間だった。

さすがに遅すぎだろうかと懸念したものの、やはり宰相の執務室の近辺は煌々とした明かりが灯されていた。

思ったよりも時間がかかってしまった。

お茶会が終わり、令嬢達を見送った後、ジークヴァルトは軍司令部の執務室に引き篭もった。

気づけは日は暮れていた。

それから、アーデルベルトの元を訪れ、カテリーナの元に立ち寄り、最後に宰相府を訪れた。先ぶれを出してはいたのだが、果たして宰相はすべての部下を退け、ジークヴァルトと待っていた。

「王太弟殿下、わざわざ御足労ありがとうございます」

「いや、こちらこそお時間を取ってくださり感謝します」

勧められ、ソファに座ったジークヴァルトは膝の上で指を組み、フェルディナンドを見た。

フェルディナンドにとって、この王子は高貴な子供に過ぎなかった。

暗殺に恐怖し、シレジアへと落ち延び、目立たないよう引き篭もっていた子供。

そうではないのかもしれないと評価を変えたのは、つい最近のことだ。

エルンストの影となった彼は、目立とうともせず、手柄を誇ることもなく、王都から遠く離れた国境の地の防衛を、淡々と担っていた。この5年間、国境が穏やかだったのはアーデルベルトの威光あってのことだが、実務という意味ではこの王子によって保たれていたのだろう。

リッカの血を引く王子が任されるような場所ではなかった。

確かに、アーデルベルトとエルンストに当てられた光は、彼を危うい場所に追い込んだけれど、いつまでも辺境の地で、毒に慣れるような日々を送らなければならないほどのことはなかったはずだ。

そうさせてしまった始まりを作ったのは大人達だが、本人もまた、王都から離れることを望んでいたのだろう。

別離は、時を止めた。

「先ほど、陛下の許可はいただきました」

「陛下はなんと」

「つまらん諍いなどお前が抑えよと簡単なことのようにおっしゃいました」

「本当にあの方は、貴族の面倒さを何と思っていらっしゃる」

彼が、望んだことは少なかった。

その、少ない望みすら、何度も何度も考えたのだろう。本当に望んでいいのかと考えたのだろう。

多分、自身の望みが、娘を苦しめることにならないかと考えてくれたのだろう。



「宰相、フェルディナンド=マティアス」

「はい、王太弟殿下」

「私は陛下のように豪胆ではないだろう。おそらく王としての才覚もあの人には程遠いだろう、それでも望んでも構わないだろうか」



確かに豪胆さはないだろう。

が、王座についたばかりのアーデルベルトにそれがあったとも思えない。

それは、王座に立ち、その覚悟とともに手にするものだろう。



王太后のお茶会に集まった令嬢達はこの王子の心変わりさせられなかったか。

これも策略か。

貴族の面倒さなんてまったく分からないくせに、たった1つの石で追い詰めてくるとは、本当に、あり得ない。

苦々しさを抱えつつフェルディナンドは、問う。

殿下が、守ってくださるのですね?

私の力の限りという回答が戻ってきて、それが当然だという自信たっぷりのものではないことに安堵する。そのような安請け合いを信じてたまるものか。

その言葉が、必ず守られるだろうことを信じたからこそフェルディナンドは告げた。

この高貴な人が、娘を大切に思っていることだけはよく、わかっている。



「娘が応じれば私は反対するつもりはありません、王太弟殿下」

「侯爵…!」

「マティアスの当主としては王家になどやりたくないところですが仕方がないでしょう」



やけを起こしたような口調にジークヴァルトは思わず肩をすくめた。

娘は貴方の隣にしか幸福を、見つけられないのだから。

そう告げた後、フェルディナンドはひどく真剣な表情をする。



「ですから殿下、無事のお戻りを」



フェルディナンドが臣下の礼をとると、軍服姿のジークヴァルトは立ち上がる。

引き延ばされていたシレジアへの出立は、翌日に控えていた。

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