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(出せ)
(ですが陛下)
(国王が直々に言っているのだ。不敬も何もあるか)
(ですがこれは)
(お前に託されているものだろう、出すがよい)
さらに躊躇するシェイラにアーデルベルトはくどいと言い放つ。
シェイラの退路を断つように命じた国王は、これはそなたを王家につなぎとめる枷だなと言った。
同時にそなたに力も与えるだろう。
これは余の鈴に対する褒美だとも言った。そなたの弟は余の剣をねだってきたというのに、お前ときたら一向に何も言ってこようともせん、とも。
私はこれを返さねばならないのです。
シェイラが抵抗すれば、苦笑した彼はそうなれば改めて与えればよいだけのことだと容易いことのように応じた。
「誰も形も大きさも覚えてなどおらんよ、大事なのは王家が下賜したという事実だけだ」
お昼を少し前から始まったお茶会は春めいた季節の中、カテリーナの名に相応しくとても華やかものだった。
中庭に用意されたテーブルには手を汚すことなく口に入れられる軽食やスイーツが目に鮮やかだ。
鮮やかと言えば、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢達が、更にその場を彩る。
その令嬢達は、緊張した面持ちで女主人の登場を待っていた。
程なくして現れた王太后カテリーナは、今日は楽しんでいってちょうだいねと挨拶をごく短い時間で終わらせ、王妃候補の筆頭であるゲディング侯爵令嬢リデルと数人をさりげなく誘った。
カテリーナを後ろを歩いてきたジークヴァルトの左右には、マティアス兄弟が控える。
宰相府を切り盛りする兄、そして王太弟の側近を務める弟。将来有望でありながら滅多に社交の場には出てこない2人が参加者だと知った令嬢達は色めき立った。
この日集められた令嬢はソフィアとシェイラを除くと6名、妃候補はほとんどリデルで決まりだろうという前情報の中、自身が数合わせに過ぎないことを彼女達はよく理解していた。
もう1人、ロロ伯爵令嬢ユイナは未だ妃の座を諦めきれずにいるようだが、残りの4名はよほど現実的な選択肢にあるマティアス兄弟に積極的に売り込もうとしてくる。
「あら、殿下はあまり人気がないようですわね」
ジークヴァルトの隣に立つソフィアは頬を膨らませている。
「お陰様で楽がさせてもらえる」
イザクはともかくヴィリーの方はたじたじだ。
2人のいつにない様子に肩を震わせたジークヴァルトは、見返りの件は後でゆっくり時間を取ろうとソフィアを宥める。
「ジーク、こちらに」
その時、カテリーナがジークヴァルトを呼んだ。
そして、ジークヴァルトはリデル=ゲディングと引き合わされる。
「リデル=ゲディングでございます」
「母の話相手をありがとうございます、ゲディング侯爵令嬢」
紹介をされ、ジークヴァルトの前できれいなカテーシーをしたリデルは今年18、エルンストと同じ年で今年学術院を卒業した。エルンストの側近候補だったグルード侯爵子息が同様に廃嫡され、思いもかけず婚約者を失った彼女は、ユーリエ派の有力貴族の中では最上位の未婚の令嬢となる。成人しているのも都合がよく、順当に行けば妃候補の筆頭ということになる。
「顔を上げてください」
「はい」
顔を上げたリデルはジークヴァルトの隣に立つソフィアの存在にはっとする。ソフィアはリデルより1年下になるが、リッカ本家の令嬢を前に迂闊な態度は取れない。
「ごきげんよう、ソフィア様」
「ごきげんよう、リデル様。私、兄と慕っている殿下のお相手が気になって仕方がありませんのよ」
そう言って無邪気に笑んで見せるが、ソフィアを前にして積極的にジークヴァルトに詰め寄ることが出来る令嬢などいるはずもなく、リデルの態度も控えめなものとなる。
リデルは高位貴族の令嬢として遜色のない人物のようだった。
言葉の端々に気位の高さは感じられるが、侯爵家の令嬢からすれば相応のものだったし、学術院の成績も悪くはない。
ユーリエ侯爵も彼女を推挙していることからすれば、ほとんど決定と言っていいだろう。
ジークヴァルトは思い浮かべようとした。
自身の隣にリデルが立つ未来を想像しようとした。
想像することはさして難しくなかった。
「こちらは随分と華やかですね、王太后様」
その時、宮殿の内側からの声に誰もが動きを止めた。
すべての話し声が止み緊張感が走る。
令嬢も女官達も皆、頭を下げる。ジークヴァルトもマティアス兄弟も同様で、唯一そうしなかったカテリーナが、お越しくださり感謝しますわと告げる。
やってきたのはアーデルベルト1人ではなかった。
国王のエスコートを受け現れた彼女は、若干ぎこちなくは見えるが、アーデルベルトの妃だと言われても誰もが納得せざるを得ない存在感を放っていた。
そのたおやかな動きに、その場の令嬢達は皆、彼女が王家に入る者として教育を受けてきた年月の重みを思い知る。
そんななか、ジークヴァルトだけが、別のものに視線を引き寄せられていた。
アーデルベルトがシェイラをエスコートしていたこともだが、何よりも胸元に釘付けとなる。
白と紺の2色使いのドレスの胸元は広く開く。
ドレスの色合いも、すんなりとした首筋に視線が集まるようデザインも、普段の彼女がほとんどしない1つに結い上げられた髪も、すべてが胸元の青を引き立てるために計算されていた。
「やはり、よい石ですね」
「えぇ、王太后様よりお願いされていた件です。せっかくだからここでお見せするがよいと言ったのです」
高貴な2人のやり取りにその場の全員がすぐさま理解する。
シェイラ=マティアスにティトゥーリアの青が下賜された。
それに異を唱えられる者は誰もいない。王の鈴としての忠義に対し、王家はこれ以上ない形で感謝の意を示した。シェイラが女性であることから下賜を許したのはカテリーナということになっている。が、実際に下げ渡したのはアーデルベルトであり、王家の総意であることがうかがわれる。
「大切にしてくださいね、シェイラ」
「はい」
カテリーナを前に完璧な礼を取ったシェイラは、アーデルベルトの意図のすべてを理解できないまま、2人が予定していただろう芝居の演者となった。
「王太后様のお心に感謝いたします」
「感謝しているのは私達ですよ」
「いいえ、陛下や王太后様のお力添えあってこそです」
ティトゥーリアの青の下賜は重い、中でも石を下げ渡すことは滅多にない。
たかだか石に過ぎない。けれどこの国の貴族社会の中であまりに大きな効果を発揮する。
これは意思表示だ。
エルンストとの婚約を破棄してなお、王家はシェイラ=マティアスを手放してはいない。
そして同時に、アーデルベルトはジークヴァルトに対しもう1つ、意思を示した。
今シェイラの胸元にある石はジークヴァルトが彼女に渡した守り石であり、シェイラの守り石は自身の髪の内に潜めている。
5年前、引き裂かれるしかなかった2人が、互いに託し合い、縋らずにはいられなかったものだ。
お前は手放すつもりかと問い質されている。
石は所詮、石でしかない。
2人にとって意味あるこの石は、けれど他の誰にとっても「ティトゥーリアの青」という符号にしかならない。
お前が手放すのならこの石は据え変えよう。
そうしたところで誰も気づきはしないだろう。
そう、告げられているようだった。
ジークヴァルトは思い浮かべようとした。
自身の隣にリデルが立つ未来を想像しようとした。
想像することはさして難しくなかった。
ただ、胸が痛んだ。
自身の隣にいるのが彼女ではないと考えるだけで胸が痛んだ。
そうなった時、彼女はアーデルベルトの隣に立つことになるだろう。
シェイラがジークヴァルトの義姉になる、そんなほとんどの者が歓迎するだろう茶番を突きつけられ、お前も同じ過ちをするのかと、責められているような気がした。




